ヒップホップを使って、キッズに楽しい学習環境を提供する教育プラットフォームがある。

ラップといえば荒く生々しい表現によって、子ども・教育とは距離があったはず…。しかし、そこから聞こえてくるのは、ぶっといビートに乗せた安全で健全なリリック。これ、マインドフルネスにもいいらしい。

放送禁止用語は一切無し。キッズのための健全なヒップホップ

そのプラットフォームの名は「Healthy Hip Hop」。Healthyとは健全の意味。すなわち「健全なヒップホップ」。ど直球。オンラインプラットフォームやアプリ、ソーシャルメディアを通し、キッズのためのラップ配信や独自のダンスチャレンジコンテンツを提供している。

「健全なヒップホップ」の名の通り、ラップにはFワードもNワードも一切無し。ポジティブなメッセージだけが詰まっている。例えば…

数の数え方をラップする『Learn To Count​​』

野菜を食べることを奨励する『The Vegetable Song』

コロナ禍での手洗いの大切さをライムする『Wash Your Hands​​』

隔離後の学校再開を祝う『See My Friends』

「キッズのためのラップでしょ?」と侮るなかれ。曲のクオリティの高さも特筆したい。キッズが歌いやすいようリリックはシンプルでキャッチーなのだが、それでも「ヒップホップ特有のサウンド、エネルギー、バイブスは維持しつつ、すべてのメッセージはクリーンでポジティブに」をスローガンに生み出されるトラップ調の曲はどれも、大人をも魅了する良さがある。

Healthy Hip Hopの狙いは、ラップを聞いて身体を動かしモチベーションと集中力を高めること。

ヒップホップだから引き出せるキッズのマインドフルネス、もっとディグってみたい。元MCでプラットフォームを運営する会社Healthy Hip Hopの現CEO、Roy Scottにいろいろ聞いてみた。

2017年創立、ヒップホップを通じてキッズに楽しい学習環境を作り出す教育プラットフォームHealthy Hip Hop。いま、拠点は?

いまはジョージア州のアトランタ。元々はカンザスシティだったけど、数年前に米ヒップホップの中心地といわれるここアトランタに移したんだ。

そうだったんですか。Healthy Hip Hopは現在、オンラインプラットフォームにてキッズのためのラップ配信や独自のダンスチャレンジコンテンツを提供しています。昨年はアプリもリリース。

活動自体は、2012年から始めていたんだ。当初は主に学校でライブイベントを。行ったパフォーマンスを数えたら…1,500以上はいくだろう。あとはCDやDVD、ボードゲームなんかを作ったり。2017年にオンラインに移行したんだ。18年にオンラインプラットフォームを立ち上げ、19年にベータ版アプリを制作し、2020年に正式リリース。

そのアプリやソーシャルメディア上では、たくさんのキッズのためのラップがドロップされています。えっと、正直、キッズのためのラップというから、こう、ダサいの想像してました。でも重いビートに派手な電子音が癖になるスタイル、オートチューンも使っていてすごくいまっぽい。

ビートは子どもたちもノリやすいトラップやエレクトロ・ヒップホップを取り入れてるんだ。

ライブパフォーマンスをする当時のロイ・スコット
ライブパフォーマンスをする当時のロイ・スコット

どんなヒップホップ作りを心掛けているんでしょう。

僕らが作るのは、子どもと家族のためのヒップホップ。「ヒップホップ特有のサウンド、エネルギー、バイブスは維持しつつ、すべてのメッセージはクリーンでポジティブに」。これがHealthy Hip Hopのスローガン。キッズのためのラップと聞くと、市場に出回るヒップホップと違い「面白みがなさそう」と思うかもしれない、君みたいに(笑)。でも、ヒップホップの格好良さはそのまま。

Healthy Hip Hopの中の人のことを教えてください。

社内には5人のライターとプロデューサーが在籍。いま、ビッグネームのアーティストとのコラボも計画中。

おぉ、それは楽しみ。Healthy Hip Hopではさまざまなラッパーがラップしていますよね。みんなHealthy Hip Hopに賛同するラッパー?

ラッパーの多くは子どもがいるから、僕らのコンセプトを理解したうえで一緒に仕事をしているんだ。

Healthy Hip Hop

ロイは元MCだと聞きました。

ギャングスタ・ラップのね。当時、4歳の息子がギャングスタ・ラップのリリックを繰り返し言っていることに気がついたんだ。それで、ヒップホップが「麻薬」「暴力」「女性軽視」を助長するだけのものではいけないと思ったんだ。そういったリリックは、キッズにとってヘルシーではないから。これがHealthy Hip Hopのアイデアがひらめいた瞬間。

ギャングスタ・ラップにどっぷり浸っていたロイ。ヒップホップを子ども向けに落とし込むことへの妥協や葛藤はなかったんですか?

最初は簡単じゃなかったよ。と言うのも、僕は子どもの頃からずっとハードコアなヒップホップを聞いてきたし、MC時代はカンザスシティで割と名が知れていたから。でも息子や家族のためにいい人間になって正しいことをしよう、って思ったんだよ。

昔はどんなヒップホップを聞いていたんですか。

2パックやNas、JeezyやT.I。あとはベイエリア(カリフォルニア州北部)のアングラヒップホップもたくさん聞いてたね。E-40、C-Bo、Brotha Lynch Hungとか。マジでダークなヒップホップ。

ヘルシーとは遠いところの曲たちですね。

でもね、彼らのラップを一概に「ヘルシーではない!」とは言い切れない。なかにはポジティブなメッセージの曲もあるからね。

Healthy Hip Hopは決してアンチ・ヒップホップではないんだ。ただ、子どもや家族のために、ポジティブな選択肢も提供したい。

どういったヒップホップが、キッズのマインドフルネスにいいんでしょう。

僕が思うに、マインドフルネスはリリックとの関係が大きいと思う。例えば子どもは何かを学ぶとき、歌を通した方が記憶に定着しやすいとかがあるでしょう。子どもたちが正しいことを覚えられるよう、安全でポジティブなリリックでそれをすすめていく。

Healthy Hip Hopが作るラップのリリックは、どれもシンプルでキャッチーなのが特徴です。例えば…

心も身体も健康でいよう!とエンパワする『Healthy』のサビは

「I’m so healthy, gotta be healthy, wanna be healthy, I like to be healthy
My physical health, mental health, I take care of myself」

いまとっても健康、健康でいなくちゃ。

だって健康でいたいんだ、ずっと健康でいられたらいい。

自分のフィジカルヘルス、メンタルヘルス、ちゃんと大事にするんだ。

良い子でいるための行動をラップした『The Potty Song』では

「Don’t leave your toys down on the floor
If you done, ya gotta pick your toys up」

おもちゃを床に置きっ放しにしちゃいけないよ

遊び終わったなら、ちゃんと片付けないと。

「Don’t leave your plate sitting on the table
If you done, ya gotta pick your plate up」

お皿をテーブルに置きっ放しにしちゃいけないよ

食べ終わったなら、ちゃんと片付けないと。

うーん。キッズがリピートしたくなるキャッチーさがあります。

覚えたリリックは心に残る言葉となり、無意識に自分の考えに影響することもある。僕自身がいい例だよ。ギャングスタ・ラップを聞いて育ったから、ハードコアなラッパーになりたいと思っていたんだから。

昨年は米・テキサス州にあるダラス独立学区との契約に成功し、現在7万人以上の学生がHealthy Hip Hopを使い学習しているんですよね。

そうなんだ。教師がスマートボードにコンテンツをストリーミングし、学生に向けて使用している。主に運動を目的として使われることが多いね。あとは朝一番に活力を高めるためだったり、社会的感情を学ぶためだったり。

対象年齢は何歳から何歳までなんでしょう。

プレキンダーガーデン(4〜5歳)から5年生(10〜11歳)くらいまで。でも実際にはヒップホップ好きの中学生から大学生も聞いてくれている。僕らとしてはできるだけ若い年齢、例えば0歳から聞いてもらいたい。

最近の子どもは、大人より上手にiPadを使えることもあるでしょ? オンラインにはヘルシーではないコンテンツが溢れていて、100パーセントデジタルネイティブのいまの子どもたちはそういったものにアクセスできてしまうからね。

Healthy Hip Hopの画面

ヒップホップを聞くだけじゃなく、歌ってダンスする。キッズにはどういったいい影響があるんでしょう。

米国の多くの学校は、体育の授業を削減している。でも子どもたちにとって、一日中座って勉強することは難しい。だから学校はHealthy Hip Hopを取り入れて、一緒に歌って身体を動かす。そうすることでより授業に集中できるんだ。

Healthy Hip Hopのキッズラップには、トラップが多い気がします。ヒップホップには多くのサブジャンルがありますが、トラップが多い理由はあるんですか?

トラップが人気だから。子どもは流行りに敏感だからね。トレンドは変化するから、常にどのサブジャンルが流行っているかをチェックしながら、彼らが聞いていて楽しめるラップを作ってるよ。

親からはどんな反響があるんでしょう。

反響はグレートだよ。おかげでヒップホップ好きの親による強力なコミュニティもできた。

昨年、カーディ・Bが自宅で『WAP(過激な歌詞とダンスで賛否両論の曲)』をライブ配信中に、当時2歳だった娘が侵入してきた動画がバズった。

そのライブ配信、リアルタイムで見てました。さすがのカーディも「NO, NO, NO!!」と焦りながら音楽を止めていましたね。

そう。この動画でも分かるように「ヘルシーでないヒップホップは子どもに聞かせたくない」って、みんなが思っていることなんだよね。僕らはそういう考えの両親をサポートしたい。

RAPPIN ROY
PJ PANDA

逆に、ヒップホップだからこそ、キッズに伝えられることってなんでしょう。

1970年代、ヒップホップ発祥の地であるブロンクスでは放火が多発しドラッグが蔓延、ストリートにはヤク中とアル中が溢れかえっていた。そんななかで生まれたのがヒップホップ。ひどい時代だったけど、当時からすでに自分を、自分たちをエンパワメントするポジティブなメッセージが込められた曲はあったんだよね。Healthy Hip Hopはこうしたヒップホップのルーツを忘れずに、ポジティブなメッセージを込めたラップを発信していきたい。

ずばり、キッズとヒップホップの相性とは?

いい!その証拠に、いまってこれまで以上にキッズラッパー(ラップ好きの子ども)がいる時代だと思うんだ。それがヒップホップという、キッズをも魅了する音楽。

では最後に、ちょっと気になっていたことを。Healthy Hip HopのSNSに頻出するPj Pandaって何者?

Healthy Hip Hopのキャラクターだよ。ディズニーでいうミッキーマウス。キャラクターを用いることで、子どもも親もより親しみやすくなるから。

Healthy Hip Hopの目標は、アーバン(ここでは「都会的」ではなく「黒人音楽に起源を持つ音楽*」の意)のディズニーのような存在になることなんだ。

*近年、音楽業界内の一部ではアーバンという言葉をめぐり、賛否両論がある。Ariana GrandeやDrakeが所属するユニヴァーサル・ミュージック傘下のレーベルRepublicは、人種差別的な表現になるという理由から「音楽用語としての『アーバン(Urban)』を、私たちは今後一切使用しません。同業界内にも、そう勧めます」と「アーバン禁止宣言」をした。

Roy Scott

ロイ・スコット

2017年創立した、ヒップホップを通じてキッズに楽しい学習環境を作り出す教育プラットフォームHealthy Hip HopのCEO。元ギャングスタ・ラップのMC。昨年ダラス独立学区との契約に成功し、現在7万人以上の学生がHealthy Hip Hopを使い学習している。

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All Image via Roy Scott
Words: Yu Takamichi(HEAPS)