現代音楽の旗手として注目を集めるイギリスの作曲家、マックス・リヒター。映画音楽の世界でも才能を発揮するなかで、8時間を超える驚くべきコンサートの様子を追ったドキュメンタリーが完成した。そこからは、音楽と人間の関係が浮かび上がってくる。今回は映画を中心にして、リヒターの音楽の魅力を紹介。

1. 『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』

現代音楽の新世代を代表する作曲家であり、最近では映画音楽の世界でも活躍するマックス・リヒター。「現代音楽」と聞くとなにやら難しそうだが、リヒターの作品は親しみやすく、それでいて野心的。クラシックとエレクトロニックなサウンドを融合させた彼の作風は、「ポスト・クラシカル」と呼ばれる新しいジャンルを作り出した。そんなリヒターの代表作のひとつが、「睡眠」をテーマにした8時間もの長さを持つ大作『スリープ』。しかも、それを全曲演奏するコンサートが世界各地で開かれているというから驚きだ。それはどんなコンサートなのか。ドキュメンタリー映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』では、コンサートの模様を追いながらリヒターの素顔にも迫っていく。

映画で紹介されるのは、2018年にロサンゼルスのグランドパークで行われた初めての野外コンサート。スタートする時間は真夜中で、夜明けまで休むことなく演奏される。このコンサートが特別なのは演奏時間だけではない。客席のかわりにベッドが並べられて、観客はそこで好きな時に眠ってもいいし、会場を歩き回ってもいい。禁止されているのはスマートフォンやパソコンを見ること。リヒターが『スリープ』を作曲したのは、スマートフォンやパソコンの画面ばかりを見ている現代人に睡眠の大切さを問いかけ、心の安らぎを感じてもらうためだった。

睡眠状態を体験できる音楽とはどんなものなのか。リヒターは脳科学者のデイヴィッド・イーグルマンに話を訊いて、医学的知識も曲作りに活かしたという。そして、リヒターが目指したのは、母親の子宮の中で胎児が聴く音響を音楽で表現すること。そのためにエレクトロニクスを使ってサブソニック(耳で聞き取れない音)の低周波サウンドを曲に取り入れた。『スリープ』のコンサートは想像以上の爆音だが不思議な心地良さがあるらしい。

本作の監督を務めたのは、数々の音楽ドキュメンタリーを手掛けてきたナタリー・ジョンズ。音楽に寄り添うような繊細な演出と美しい映像でコンサートの雰囲気を捉える一方で、コンサートの模様を記録するだけではなく、音楽と人間の関係を探っていく。LGBTのカップルや音楽教師など、様々な思惑でコンサートに参加した観客に取材。パートナーとの絆を感じたと言う人もいれば、死を意識したと言う人もいて、観客の感じ方はそれぞれだ。しかし、彼らが普通のコンサートとは異なる経験をしたのは間違いないようだ。

またナタリーは、リヒターだけではなく、彼の公私にわたるパートナーで映像作家のユリア・マールにも話を訊いてリヒターの音楽人生を振り返る。現代音楽の作曲家としてデビューしたものの、仕事はなくて食べられない日々。そんなリヒターの才能を信じて、ユリアは3人の子供を育てながら彼を支え続けた。家族のプライベート・フィルムも織り交ぜながら、映画はリヒターと家族の絆や音楽に対するひたむきな情熱を描き出していく。

ステイホームの日々が続き、これまで以上にスマホやパソコンと向き合う時間は増えている。処理しきれないほどの情報に追われる日々を送るなかで、時には静かに音楽に耳を傾けて脳をリセットすることが大切だ。映画館の暗闇の中で、音楽に包まれながら『スリープ』のコンサートを疑似体験することで、音楽の持つ不思議な力を感じることができるはず。音楽やアートが心の健康を保つクスリになることを、この映画が教えてくれるだろう。

INFORMATION

『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』

全国公開中

監督:ナタリー・ジョンズ
製作:ステファン・デメトリウ、ジュリー・ヤコベク、ウアリド・ムアネス、ユリア・マール
撮影:エリーシャ・クリスチャン
出演:マックス・リヒター、ユリア・マール、(ソプラノ)グレース・デイヴィッドソン、(チェロ)エミリー・ブラウサ、クラリス・ジェンセン、(ヴィオラ)イザベル・ヘイゲン、(ヴァイオリン)ベン・ラッセル、アンドリュー・トール
2019年/イギリス/英語/99分/シネスコサイズ/原題:Max Richter’s Sleep/映倫:G
配給:アット エンタテインメント 

詳細はこちら

2. 『戦場でワルツを』

イスラエルのアニメーション監督、アリ・フォルマンが、実体験をアニメで描いたドキュメンタリー映画。19歳の時に国防軍の兵士としてレバノンの内戦に参加したフォルマンは、24年後に兵役時代の友人と再会。そこで内戦の記憶がなくなっていることに気づき、記憶を取り戻すために過去と向き合う。リヒターはフォルマンの記憶に結びついたシューベルトやショパンの曲の断片を取り入れつつ、胸を打つメロディーと重層的なサウンドでサントラを作り上げた。サントラはヨーロッパ・フィルム・アカデミー最優秀作曲賞を受賞。リヒターが映画音楽の世界で注目を集めるきっかけになった。

INFORMATION

『戦場でワルツを』

監督・脚本:アリ・フォルマン
製作:アリ・フォルマン、セルジュ・ラルー、ヤエル・ナフリエリ、ゲルハルト・メイクスナー、ロマン・ポール
アニメーション監督:ヨニ・グッドマン
音楽:マックス・リヒター
2008年製作/90分/PG12/イスラエル・ドイツ・フランス・アメリカ合作
原題:Waltz with Bashir

3. 『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』

スコットランドの女王、メアリー・スチュワートと、イングランドの女王、エリサベス一世。16世紀を生きた2人の女王の波乱に富んだ人生を描き、シアーシャ・ローナン(『レディ・バード』)とマーゴット・ロビー(『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』)の共演で話題を呼んだ大河ドラマ。「昔から伝えられてきた物語を新しい切り口で描きたい」という監督の想いを受けて、リヒターはルネッサンス音楽に現代的な要素を加え、メインテーマとなる“ニュージェネレーション”では力強いドラムを入れるなど、クラシカルでありながらモダンなサウンドを生み出した。

INFORMATION

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
監督:ジョージー・ルーク
製作:ティム・ビーバン、エリック・フェルナー、デブラ・ヘイワード
音楽:マックス・リヒター
出演:シアーシャ・ローナン、マーゴット・ロビー、ジャック・ロウデン 他

2018年製作/124分/G/イギリス
原題:Mary Queen of Scots

Blu-ray&DVD 発売中
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※2021年4月の情報です。

詳細はこちら

4. 『アド・アストラ』

リヒターが初めてハリウッド大作に挑戦にした本作は、ブラッド・ピット主演のSFサンスペンス。宇宙飛行士だった父親が行方不明になったことから立ち直れないまま、自分も宇宙飛行士になったロイ。その父親が生きている可能性があることを知って海王星に向かうが、そこには驚くべき秘密が待っていた。リヒターはミニマル・ミュージックなど現代音楽の手法を取り入れて、オーケストラと電子音楽を融合。その実験的なサウンドは、クラシックや現代音楽を使った『2001年宇宙の旅』を彷彿とさせるところもある。サントラはアカデミー賞最優秀スコア・サウンドトラック賞にノミネートされた。

INFORMATION

『アド・アストラ』

監督:ジェームズ・グレイ
製作:ブラッド・ピット デデ・ガードナー ジェレミー・クライナー ジェームズ・グレイ アンソニー・カタガス ホドリゴ・テイシェイラ アーノン・ミルチャン
音楽:マックス・リヒター
出演:ブラッド・ピット、トミー・リー・ジョーンズ、ルース・ネッガ、リブ・タイラー 他

2枚組ブルーレイ&DVD発売中/デジタル配信中
(C)2020 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン

Words:村尾泰郎

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