「“プラント・ジェネレイテッド・ミュージック”は、人間の音楽とは違います。植物が“作曲家”だからです」

私たち人間が毎日毎秒、息をしているように、植物も呼吸を続けている。人間が音楽を奏でるように、植物も目には見えない“生命のサウンド”を発している。
とあるミュージシャンは、とあるデバイスを手に入れて以来、植物が発する音を可聴化し、植物をリードシンガー(あるいはキープレイヤー)に、予測不可能な音楽作りに没頭している。

バンドメイトは、植物。

植物にデバイスをくっつけて、それをシンセサイザーへと繋ぎ、そこから発せられる音と一緒にシンセサイザーとギターでセッションをする。そんな不思議な動画に出演しているのが、太平洋を望む海岸線、カリフォルニア州ビッグサー在住のミュージシャンNico Georis、そして彼の自宅の温室に育つShirley(シャーリー)と名付けた植物モンステラだ。

気になる植物に付けたデバイスだが「植物のバイオデータを音楽データ(MIDI*)に変換して、可聴化する」ものなのだそう。聴診器のチェストピースような電極を植物の葉に取りつけると、それが植物に流れる電位差を感知し、その変動をデバイスが音に変換する仕組みになっている。そして、その音をコンピューターに取りこみ、さまざまなアウトプット(Nicoの場合は、MoogやProphet、DX7等のシンセサイザー)へと送り、植物に「“声”を与えているのです」

*音楽の演奏情報をデータ化し、電子楽器やパソコンで再生できるようにしたもの。

昨年は、Shirleyとともにアルバム『Shirley Shirley Shirley!』をリリース。現在新アルバムを制作中だと話す彼に、植物という音楽パートナーとのフリージャズな制作裏や、環境の変化や時間の経過で気分をコロコロ変える植物とジャムする醍醐味についてを聞く。

植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション
Nico Georis
Photo by Kate Berry

Always Listening(以下、AL):植物が作る音楽を「プラント・ジェネレイテッド・ミュージック」と呼ぶんですね。植物の音と音楽作りを始めたきっかけは、何だったのでしょう。

Nico(以下、N):最初はYouTubeです。北イタリアのダマヌールというコミューンで開発された「Music Of The Plants」で、デバイスを植物につけてその音を聴く、という動画。「だいぶ怪しいな」と、懐疑的に思ったのを覚えています。それから数年後、友人がたまたま同じ機能を搭載したデバイスを持っていて、その時に初めて生で植物の音を体感したんです。それですっかりハマってしまいました。

AL:植物の生命を目で見て感じるのと、耳を通して感じるのは、まったくの別物だと想像します。

N:初めて「耳で感じる」を体験した時は、エイリアンのような未知の生物と遭遇し、“意思の疎通” を図ったような、そんな感覚を味わいました。植物が「生き物である」ということを、より深く理解できると思います。今ではそんなふうに話す僕こそ、はたからみたら怪しい人なのかもしれませんね。

植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション
Photo by Amy Souix

AL:昨年は、自宅の植物モンステラとアルバム『Shirley Shirley Shirley!』を共作していますが、Shirleyと名づけたモンステラには特別の思い入れがあるのでしょうか?

N:自宅に温室があって、そこに以前の住民が育てていたと思われる巨大なモンステラがあったんですよ。とにかく大きい。Shirley(女性名)と名付けましたが、別にそのモンステラを女性として見立てたわけでも、深い意味があるわけでもなくて、あまり深く考えず、冗談でShirleyと名づけたまでです。そもそも植物との音楽制作は、趣味というか、個人的な自由研究として楽しんでいたことで、友人に「リリースしなよ!」と勧められるまで、特に外に発表するつもりはなかったんです。

AL:植物によって発する音は違う?

N:はい、違いますよ。巨大なモンステラを選んだのも、やはり音が独特で面白かったからです。家には、室内、温室、庭、と全部合わせると100種近い植物や木があるのですが、なかでもShirleyは音が忙しいというか、少しアップテンポというか。複数の音階が絡み合っていて、それぞれの音の長さもバラバラ、そんなところに興味をひかれました。一方で、大きな木、たとえば家の近くの丘にあるオーク(ブナ科の広葉樹)の木なんかは、Shirleyに比べると低音。一つひとつの音がやや長めで、リズムもゆったりしている感じがあります。

AL:同じ植物でも朝と夜で、音が変わったりは?

N:はい。晴れの日と曇りの日でも違いますし、水をあげた時や気温によっても変化します。そんな感じで、奏でる音は常に変わっているので「この植物は、こんな音」と定義するのは難しい。例えば、葉っぱや茎を切るとその瞬間に音が変わるんです。実を採るために植物を切った瞬間、波が一気に降下します。また、日没の時間にも変化がある。日が沈むにつれて、波は下降します。あと、プラスチックの箱に入っているキノコも実験しているのですが、フラッシュライトを当てると、その瞬間に高音を奏でることがわかりました。

植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション
日没前、日没、日没後の植物の波形の様子。マツは低音から高音へと激しく音を変化させるが、サボテンは穏やかに、クレオソートは一定に音を発している。

AL:面白い!つまりは、一見、静止しているようにみえる植物たちも、実は光や刺激に、敏感に反応してるということ…ですか?

N:そういうことなんだと思います。僕は科学者ではないので、詳しいメカニズムはわかりません。でも、音楽データを見る限り、どう見ても反応していますよね。
僕はこの「植物の音」という領域は、「アート」と「科学」の間にあるものだと思っています。科学者たちからは、まだまだ懐疑的な目を向けられている領域ではあるのですが、音楽データのおかげでより視覚的かつ論理的なデータが徐々に集まってきたことで、彼らの認識も変わってきているようです。

AL:植物との音楽制作についてももう少し聞きたい。アルバムや動画で聴ける植物の音は、なんともアンビエントで宇宙的でもありますが、これはセンサーから取りこんだ植物の音をいじっているのでしょうか。

N:植物と音楽を作るときは、植物とシンセサイザーをデバイスで繋いで、まずは数時間、植物に“好きに演奏”してもらいます。時間が経つにつれ植物の音は変わっていくので、いつでも音楽的に素晴らしいというわけではないんです。プランツ・ミュージックの音の長さは、一定ではなく常に変化するので、ただゴチャゴチャしている時と、音楽として「面白い!格好いい!」という時が混在している。面白いと思った瞬間に、録音ボタンを押すんです。

AL:なるほど。常に植物が主導なんですね。

N:メインパフォーマーはやはり植物で、僕はそのプロデューサーとかサウンドデザイナーという感じです。それぞれの植物と、その植物に合うトーンのシンセサイザーをペアリングしています。

AL:アルバム『Shirley Shirley Shirley!』で聴ける曲は、すべて植物の音のみで作られているんですか?

N:一曲(『The Greenhouse Reel』)以外、100パーセント・ピュア・プラント・ミュージックです。最近になって、植物と一緒に演奏したり、植物の音楽と人間の音楽をミックスしたりするようになりました。これらのコラボレーションでは、植物の音が前に出てくるときもあれば、僕の音が前に出てくる時もある。すべては、その瞬間に植物がどんな演奏をしているかによります。だから植物との演奏はいつも予測不可能で、ある程度は即興に頼るんです。

AL:そんな気まぐれな植物が音楽制作メンバーにいるって、楽しくもあり気苦労もありそうです(笑)

N:植物は本当におもしろいバンドメイトですよ。数年前、鉢植えに入った四つの植物と一緒にツアーをしたことがあって。ツアーに出発する前に、四つの植物と自宅でリハーサルをした時は、とてもゆったりして、まろやかな音楽を奏でていました。水族館みたいな音というか。ツアーの初日の演奏場所、サンフランシスコに到着して、植物をセットアップしてみると…音が完全にカオス!四つの植物それぞれが早いテンポで半狂乱の音楽を奏でていて。何も手立てがなく、数時間は地獄の音楽を演奏していました。次第に植物も落ち着いてきたようで音楽もスローダウンし、リラックスした音になったという。おそらく、サンフランシスコに到着したばかりで街中の環境に驚いていたんだと思います。残りのツアーでは、こんなトチ狂った音はもう出さなかったので。

植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション
Photo by Todd Weaver
植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション
Photo by Todd Weaver

AL:植物も緊張しちゃったんでしょうね。Nico以外にもプラント・ミュージックを手がけている人はいますが、Nicoは共作相手である植物とどう向き合っていますか。

N:僕は、自分のプラント・ミュージックをあまり真剣に考えたことはないんです。だって、これは僕の音楽ではなく、植物の音楽なので。プラント・ミュージックを作っている多くの人たちは、バリバリのミュージシャンとして制作しているのではなく、植物と音楽を作ることを高尚な芸術や、インスタレーション、テクノロジーや科学、スピリチュアルなものとして扱ってアプローチしている感じがします。

AL:スピリチュアル、というところにも通ずるかもしれないですが、植物も含めた「自然の音」には、一般的に「癒しやヒーリング効果がある」ともいわれています。Nicoの場合は植物の音ですが、これについてはどう思いますか?

N:植物の音は、ゴチャっとしているときは、癒しどころか、ややイラっとさせられたり耳障りに感じることもあります。そもそも、プラント・ミュージックは「非人間の奏でる音楽」であり、まったくもって予測不可能です。常に変化していて、同じリズムを繰り返すことはありません。なので、聴いている私たちの脳や神経は、終始驚かされっぱなし。そういったある種のサプライズの連続が、リスナーを凝り固まった考えや思い込みから解放する——そんな側面はあると思います。植物の音を “理解する” なんて、そう簡単にできることじゃないですからね。

AL:それは、人間の「音楽を理解できる」「理解しなければ」というエゴやおごり、はたまた思い込みのスイッチを、植物が自然とオフにしてくれる、ということでしょうか。

N:そうですね。植物の音が、人の執着やエゴを洗い流してくれる、手放すのを手伝ってくれる、そんなイメージだと思います。

植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション
Photo by Todd Weaver

植物との音楽制作「晴れの日、曇りの日で音が違います」気まぐれに、でも時々、奇跡のような調和を生むジャムセッション

AL:そういえば、Nicoが小学校で子どもたちに植物の音を聴かせている動画を見たのですが、アルバム制作以外にも植物の音を通した活動を?

N:来年に向けて、レッドウッド・フォレスト(世界有数の大高木、カリフォルニア赤松〈セコイア〉が茂る森林)の所有者と一緒にアートプロジェクトを計画しています。8、10本ほどの木にデバイスを装着して、木が奏でる異なる音の協奏を楽しめるというインスタレーションです。その中をハイキングしたり、座って音に浸って時間を過ごしたり、いろいろな触れ合い方ができると思います。録音された音を聴くのもいいですが、やはりその場で試聴体験するのは別物です。実際、その音を奏でている木や植物に触れることもできますからね。

AL:それは体験してみたい!最後に、植物と音楽を作ること、ジャムすることの歓びを教えてください。

N:初めて聴いた時に感じた、“未知の生物との遭遇したような感動”が今でもあります。なぜなら、植物の奏でる音楽は、人間の音楽のロジックとはかけ離れていて、音の背後に植物の生命力を感じることができるのです。時々、奇跡的な偶然で、植物と呼吸がピタリと合って、お互いの送り出す音が自ずと有機的に絡み合うことがあるんです。それはまさに魔法のようなシンクロニシティで、同じ奇跡を再現することは二度とできない。そんな奇跡の瞬間こそが、僕にとって、植物とジャムする醍醐味といえます。本当の意味でのフリージャズ。“プランツ・ジャズ”です!

プロフィール

Nico Georis/ ニコ・ジオリス

カリフォルニア州の湾岸の町カーメル出身のシンセサイザー、キーボード奏者。ニューヨークを拠点にバンド活動をおこなったのち、10年ほど前にカリフォルニアに帰省。レコーディングのほか、コミュニティに根ざした音楽活動をおこなっている。第二次世界大戦後から1960年代半ばにかけて、ビートニクやカウンターカルチャーの舞台ともなったこの地の根付く、反骨精神やクリエイティビティ、そしてなにより「地球との共生に尽力する人々」を愛して止まないと話す。
HP

Words:Chiyo Yamauchi