今までの人生の中で、「楽器を自作してみよう」と思ったことはあるだろうか。 多くの人にとって楽器は、楽器店で入手するものである。 しかし、楽器を自分の手で作ってしまう人たちがいる──。

自分で楽器を作る人たちに話を聞く連載。 第一回目は、和田永さんを訪ねた。 彼は、役割を終えた電化製品を新たな楽器へと蘇生させ、オーケストラを形づくる「ELECTRONICOS FANTASTICOS!(エレクトロニコス・ファンタスティコス!)」というプロジェクトを主宰している。 「ELECTRONICOS FANTASTICOS!」は現在、渋谷にあるクリエイターのための活動拠点〈CCBT(シビック・クリエイティブ・ベース東京)〉にスタジオを置き、3月17日に初めて開催する「発電磁行列」という祭のために日夜練習や準備を重ねていた。

一体なぜ、かれらは電化製品で楽器を作り、奏でるのか。 そして、「発電磁行列」とはなんなのか。 役割を終えた電化製品だからこそ放つ “野生” がキーワードとして浮かび上がってきた。

電化製品が発する、“普段は目に見えないけれど、確かにそこにあるもの” を音にする。

自分で楽器を作りはじめたきっかけは何だったのでしょうか。

出発点となったのは、中学生の頃に知り合いから譲り受けたオープンリール式テープレコーダーです。 あるときそれが壊れ、回らなくなってしまった。 オープンリールは録音のためのテープが巻かれている部分がむき出しになっているので、そこを自分の手で回してみたんです。 そうすると、テープに入っていた音が “ぐにゃっ” と歪んだんですね。
そのとき、自分の手で音に触れる感覚、もっと言えば、時空間を歪め、操る感覚に出会った気がしました。 オープンリールは再生や録音のための機材ですが、そこに自分が介入することによって音を鳴らすことができるということは、もはや楽器的な存在なのではと思うようになったんです。
その後、パーカッションみたいに叩いてみたり、テープの回転速度を変えることで音程を調整したりと、色々な実験をしながら、バンドとして演奏をしているのが「Open Reel Ensemble」です。

Open Reel Ensembleについて語る和田永氏

はじめは古いオーディオ機器からだったと。 では、家電で楽器を作りはじめたのはいつからですか?

オープンリールの次に楽器として発見したのが、ブラウン管テレビでした。 大学時代なので記憶が曖昧なんですが、気がついたらなぜかもうテレビを無我夢中で叩いていた(笑)。
仕組みとしては、テレビから出る静電気を手で触り、そこから自分の体に流れた電気信号を靴下の中に入れたケーブルへ、さらにそこからギターアンプへと伝わせて音を鳴らしているんですね。

オープンリールの次に楽器として発見したのが、ブラウン管テレビ

靴下の中に?

なぜ靴下の中に入れたのかは記憶が曖昧なんですが、多分、両手でテレビを叩こうとしたんでしょうね(笑)。 最初は「アンプがテレビに反応するな」という気づきがあり、そのあと「自分の体を通った電気によって、触ると音が鳴るのか!」と。 それを両手で触れるようにしたくて靴下の中にケーブルを入れたら、気がついたらテレビをぶっ叩いていたという……。 最初は「こうやったら音が出るだろう」という直感でした。

ブラウン管にも、オープンリールのような「自分の手で音に触れる感覚」があったのですか。

ブラウン管って、表面に近づくと静電気によって少しふわふわとしますよね。 普段は目に見えないけれど、確かにそこには “まとい” があるんです。 その静電気が音になったとき、普段は聞こえない音に直接自分の手で触れられている体感があって。 そういう感覚に完全に取り憑かれてしまったんです。
ボタンやつまみに機能が集約され、基本的にそれを触ることで音を鳴らす「電子楽器」に対して、もっと “感電する” に近い領域というか、“電磁化された波に触れる” ということがあり得るのだと気がついたんですね。 オープンリールもブラウン管も、電磁波を発しているものをハックすることによって生まれた「電磁楽器」です。 「Open Reel Ensemble」は2009年からスリーピースバンドとして活動しているのですが、あらゆる電化製品を楽器にしようと2015年に始めたのが「ELECTRONICOS FANTASTICOS!」(以下、「ニコス」)ですね。

あらゆる電化製品を楽器にしようと2015年に始めたのが「ELECTRONICOS FANTASTICOS!」(ニコス)

家電で作られた、ELECTRONICOS FANTASTICOS! の「電磁楽器」たち。

CCBTのスタジオでも「参加者募集」のチラシを拝見しました。 「ニコス」は、間口が開かれていて多様なメンバーが参加されていますね。

「ニコス」を立ち上げた当初、「役割を終えた電化製品を新たな楽器に蘇生させ、徐々にオーケストラを形作っていく」というコンセプトを掲げたんです。 電化製品は日常で使うものであり、それ自体が間口が広いものなので、色々な人が参加できる活動になるのではないかと想像しました。
立ち上げ時期は、まず材料がないと始まらないということで、電化製品を集めるところから始めました。 墨田区の一角にアジトを設けて、SNSで呼びかけたり、ご近所さんに呼びかけたりしながら、同時に仲間を募っていきました。 家電関連のメーカーに勤めているエンジニアやデザイナー、ミュージシャンなど、プロアマを問わないさまざまな人々が集まってきて、2〜3人でスタートしたところから現在は100人を超えるメンバーが参加しています。 オンラインで顔を見たことがあっても実際には会ったことがないメンバーもいるくらいです。

家電関連のメーカーに勤めているエンジニアやデザイナー、ミュージシャンなど、プロアマを問わないさまざまな人々が集まってきて、2〜3人でスタートしたところから現在は100人を超えるメンバーが参加

東京以外にも、秋田、日立、名古屋、京都に拠点があると伺いました。

実は、「拠点を作った」のではなく、「拠点ができた」んですよね。
2020年くらいに、秋田や名古屋に住んでいる小学生から中学生までの学生から「自分で家電楽器を作ってみたんですが」と連絡が来ました。 コロナ禍で家で過ごすことを強いられていたときだったので、僕たちの活動をYouTubeなどで見て、自分でも作れるかもしれない、ということで挑戦したんですね。 そして実際に演奏した様子を動画に撮って送ってくれたんです。
そういうすごい人たちがいるなら、そこに暖簾分け的な感じで拠点を作ったらいいんじゃないかと。 彼らは学校の部活動でもなんと「家電楽器部」を立ち上げて活動していますね。

「ニコス」の楽器たちを見てみたいです!

「ブラウン管ドラム」は、ブラウン管テレビの画面を手のひらで叩くことで音を鳴らす楽器です。 画面から出ている静電気を手のひらでキャッチし、それを体を通してギターアンプから鳴らしています。 3台あるブラウン管には、それぞれ太さの異なる縞柄模様が描かれていて、太い線が映るテレビからは低い音が、細い線が映るテレビからは高い音が出るようになっています。

小さなブラウン管テレビを三味線のような形に改造した「テレ線」。 「ブラウン管ドラム」で発見した、画面に映る縞柄模様の太さで音程が変わるという仕組みを利用し弦楽器的にしたもので、その縞柄模様の太さをネック部分で変えられるようになっています。 テレビ画面の表面の電気を拾う「通電撥(つうでんばち)」というピックで音を拾っています。

「扇風琴」には、扇風機の羽根の代わりに、穴が空いた円盤がついています。 この円盤の羽根が回転することによって、回転部分の後ろについている電球から放たれた光が遮られます。 そうして点滅した光を電気信号に変換する「光ピック」で拾い、音を鳴らしています。

「ファン線」はできたてホヤホヤ。 PCの冷却ファンを使った三味線型の楽器です。 「扇風琴」と同じ仕組みで、ファンによって生まれる光の点滅を「光ピック」で拾っています。 ファンの羽の形がそのまま音の波形になっていて、回転数によって音階が生まれます。

古い電化製品でできているからこその、独特な音の揺らぎ

古い電化製品でできているからこその、独特な音の揺らぎ。

「ニコス」の楽器から出る音には、独特な揺らぎがあるように感じます。

まさにそうだと思います。 決して音が洗練されているわけではないんですよね。 僕たちの楽器は、電磁波や静電気、あるいは光の波を拾って、その連続的なアナログ信号をスピーカーに直接接続して音にしている。 ある意味、すごく原始的な方法で楽器を鳴らしているんですね。 それによって手の動きとも呼応するような不確定で独特の揺らぎが生まれて、そこにものすごいリアリティを感じる瞬間があります。

デジタルは0と1の値で表されるけれど、和田さんの言う「リアリティ」は、0と1の間にある、割り切れない世界のものなのかも

デジタルは0と1の値で表されるけれど、和田さんの言う「リアリティ」は、0と1の間にある、割り切れない世界のものなのかもしれません。

目に見えないくらい微細なミクロの世界で起きていることや、現実の物理空間での分解できないような時間の流れの中で起きていること。 そういったものを、おそらく鼓膜が震えるときに僕たちは感じ取っているのかもしれませんね。 「電磁楽器」を作り、鳴らすことは、そういったある種のリアリティと濃厚接触している感覚なんです。

もしかすると、「第六感」的なものに近い感覚なのではと思います。 見えていないのに誰かの視線を感じるとか、ピンとくるみたいな感覚……そういうものを呼び覚ますような音といいますか。

たしかに、電気や電磁波は、人知を超えた存在ですよね。 僕らは使われなくなった電化製品を “電の妖怪” と呼んでいるんですが(笑)、それらが役目を終えたとき、別の言い方をすると “野生に戻っていくとき” に、電のエネルギーを帯びた存在として、もっと自由に振る舞っている感じがするんです。
例えば扇風機って「回す」という機能で風を送り出す装置ですけど、役目を終えた扇風機も、本来持っている「回す」機能を使って、今度は音という波を起こす装置になることができる。 アクロバティックで野生的な老後が存在してるんです。

古い電化製品って「触れられる領域が多い」

「ニコス」では、主に古い電化製品を楽器にしている印象ですが、最新型のものを楽器にしようと思ったことはないのでしょうか。

古い電化製品って「触れられる領域が多い」んですよね。 例えば、オープンリールはテープがむき出しになっていたから楽器にできた。 次の時代にできたカセットテープは、テープ部分が触れられないようになっていますよね。 人がなるべく怪我をしないように、または小型化するためなどの理由による進化ですが、それは一方で、ユーザーに対してタッチできる領域が限定されていくということに繋がります。 つまり、改造する余地を与えられなくなっていくということ(笑)。
最新型の電化製品は、中身を開けたときに例えばICチップが入っていたり、構造が自分たちには掴みきれないんですね。 だからデジタル以降の機械のハッキングの仕方は、ソフトウェアをいじることに楽しみがあるのではないでしょうか。 僕たちはどちらかというとハードウェアをハッキングしている。 古い電化製品は、開けたときにバネが出てきたり、大きなモーターが入っていたり。 そういう部分を、“手垢のついたハッキング” で遊んでいる感覚があるんですね。
理科の実験のちょっと延長線上でありながら、手触り感があるという感覚。 それが、長く活動していても新鮮さを保ち続けている大きな理由になっているように思います。

理科の実験のちょっと延長線上でありながら、手触り感があるという感覚

オーケストラ的な集まり方から、「お囃子」的な集まり方へ。

「ニコス」はオーケストラを形作っていくプロジェクトであると伺いましたが、人と集まって活動することにどんな意味を感じますか。

発見の確率が爆上がりすることが、大勢で活動する一番面白いポイントだと思います。 ひとりで作っていてもアイディアが枯渇したり行き詰まったりすることがある。 でも同時にいろんな人が集って実験を繰り広げ、情報をシェアし続けていると、常に発見があるんです。 その化学反応が起きている状態はとてもエキサイティング。
また、僕は「ニコス」のコアにはいますが、師匠ではありません。 電化製品でできた楽器を演奏する方法なんて、教則本があるわけではないので、みんなで方法を探していくしかないんですね。 全員初心者の状態からスタートするのが楽しいんです。

人と集まって活動することについて語る和田永氏

「オーケストラ」には、指揮者が集まりを導いていくイメージがあります。 しかし「ニコス」には正解があるわけでもなく、中心人物に従っていくような集まりでもないということですね。

「ニコス」を立ち上げるとき、大人数で演奏する活動体だということが伝わりやすいので「オーケストラ」を名乗ることにしました。 でも続けていく中で、各々が自由に楽器を作ったり演奏したりするようになってきていて、僕自身もそんな状況をすごく面白いと感じているんです。
楽譜があるわけでもなく、ガッと集まって、ガッと作って、ガッとセッションして、ガッと決めていく。 各々が好き勝手に活動しているけれど、全体としてだんだんとグルーヴし始めている。 そんなあり方は、祭太鼓を中心とする「お囃子」のようだなとも思います。
大きなイベントをやる時は自分が中心となって祭太鼓を叩いているのですが、櫓(やぐら)の上の太鼓のようにどんどんローテーションしていくような活動になっていったらいいですね。

今までに盆踊りのイベントなども開催されていましたね。

当初は洋楽のカバーを主に演奏していたんですが、2017年くらいから、「ニコス」の世界観は日本のお祭り的なものに近いのではないか、というビジョンが浮かんできたんです。 祭りというのは、色々な参加の余地があるもの。 演者だけでなく、お客さんも入り乱れるような「場」みたいなものが起こるようになってきたんです。

そんな中から、古家電の祭囃子で踊る「電磁盆踊り」も生まれましたね。

古家電の祭囃子で踊る「電磁盆踊り」

野生化した電磁楽器を鳴らし練り歩く。 3月に開催される祭「発電磁行列」とは。

3月17日(日)に、お台場で「ニコス」にとって初めての「発電磁行列」を開催すると伺いました。

今度は発電機の山車(だし)を作って練り歩こう!という企画です。 古い家電は妖怪だと思っているので、やっぱり百鬼夜行するしかないな……と(笑)。 約60名が30m近い行列を成して、電磁祭囃子を奏でながら約500mを練り歩くという奇祭になる予定です。
発電の「発」の字を模した発電山車が登場したり、楽器を鳴らすための電線をつなぐ電柱を持った人がいたりと、前代未聞のものになるはずです。

“妖怪” というのは、先ほどもお話いただいた「野生に帰った電化製品たち」のことですね。

そうですね。 普段、社会の中での役割を演じてきたブラウン管や扇風機がプリミティブな音を鳴らす存在に変わった瞬間に、野生的なものへと戻っていく感覚があるんです。 祭というのも、人々が日常から非日常へ渡り、野生に還っていくようなものであり、イメージとして繋がったんですね。
電気というものは、危なくもあり、恩恵を与えてくれる存在でもある。 水祭り、風祭り、火祭りといった自然とともにある祭りと並び、“電” を奉る祭りづくりに、今回の「発電磁行列」では挑戦できたらと思っています。

祭というのも、人々が日常から非日常へ渡り、野生に還っていくようなものであり、イメージとして繋がった

ELECTRONICOS FANTASTICOS!『発電磁行列』

日時:2024年3月17日(日)18:00〜19:00
場所:東京国際クルーズターミナル 3階集合(東京都江東区青海二丁目地先)
   ゆりかもめ 東京国際クルーズターミナル駅 徒歩12分程度
申込不要・参加無料
※お早めにお越しください

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ELECTRONICOS FANTASTICOS!

アーティストの和田永を中心に、さまざまな人々が共創しながら、役割を終えた電化製品を新たな楽器へと蘇生させ、徐々にオーケストラを形づくっていくプロジェクト。 現在、国内5都市と、インターネット上にラボを立ち上げ、参加型アートプロジェクトとして100名近いメンバーとともに創作活動を続ける。 これまでにブラウン管テレビ、扇風機、換気扇、ビデオカメラ、エアコン、電話機などの数々の家電を楽器化してきた。 人々の創意工夫によって電化製品が本来持っている機能を積極的に楽器へと読み替え、使い古されたテクノロジーから生まれる「電磁民族音楽」やその祭典を夢想しながら、日々ファンタジーを紡いでいる。

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和田永

物心ついた頃に、ブラウン管テレビが埋め込まれた巨大な蟹の足の塔がそびえ立っている場所で、音楽の祭典が待っていると確信する。 しかしある時、地球にはそんな場所はないと友人に教えられ、自分でつくるしかないと今に至る。 学生時代より音楽と美術の領域で活動を開始。 年代物のオープンリール式テープレコーダーを演奏する音楽グループ「Open Reel Ensemble」主宰。 2015年より「ELECTRONICOS FANTASTICOS!」を始動させて取り組む。 その成果により、第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。 そんな場所はないと教えてくれた友人に偶然再会、まだそんなことやってるのかと驚嘆される。

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Photos & Movies:Shoma Okada (RADIMO)
Words & Edit:Sara Hosokawa