「レコードってなんか興味ある」と思っていても、手が出しづらいと思っている人も多いかもしれません。
設定が難しそうとか、置く場所がないとか、音楽はストリーミングでも聴けるし、飽きたらもったいないとか、いろいろなハードルがあって二の足を踏むこともあるでしょう。
今回、同じような思いを抱えていた、ラップユニットchelmicoのRachelさんにインタビューを実施。レコード生活を始めてみてどんな変化があったのか、レコードの魅力はどんなところにあるのか、話を聞きました。
Rachelは発見した!レコードプレイヤーを迎えて気づいたこと
レコードを生活に取り入れたいと思ったきっかけを教えてください。
レコード自体は自分が参加している楽曲とか作品で持っていたんですけど、実際に自分で “レコードを買う” ってことをしたことはなくて。でもここ最近、友達の家でレコード聴いたり、レコードでDJしている人と話したりして、ふとレコードいいなって思うタイミングが重なったんです。
でも話を聞いていたら、難しそうで。いろんな目盛りがあるのも怖いというか、自分的に不確定な要素が多いような気がしてハードルを感じていました。
レコードプレイヤーを自宅に迎えてみてどうでした?
ただ置いてあるだけなのに、部屋が異様に文化的な空間になった気がして驚きました。そもそも自分の出したレコードが生活圏に入ってきたのが印象的で、「レコード、いっぱい出してたんだ!」って、自分を誇りに思います(笑)。
設置するときは、水平を取ったり、針圧がどうとか、ちょっと試行錯誤して、音が鳴ったり鳴らなかったりで「ん?」って感じでしたけど、やっと聴けたとき、得も言われぬ満足感があったんですよ。
正直、音質的なことはわかんないけど、ジャケットからレコードを出して、プレイヤーに置いて、針を乗せて、みたいな工程が入ることで精神的に何かが乗る感じがあるというか。
たしかに、その感覚はわかります。
あの感じは何なんですかね。だって聴くだけならストリーミングのほうが楽じゃないですか。でもレコードで聴いてみたら、すごく幸せな気持ちになりました。
場所を取ってしまうこともレコードを始めるハードルになるかなと思うのですが、そこはどうでしたか?
もともと棚が欲しかったので、レコードプレイヤーのために買うことにした感じですね。それって自分の空間をデザインしていく感覚というか、車を買ったときに車に合わせて自分の生活を変えていくのと似ているなと思いました。
自分で自分をコントロールしている感じが心地よくて、QOLも上がりました。「まだ楽しめるんだ、この部屋」みたいな感じもして、いい出会いでした。
初めてレコードを買ってみて出会ったワクワク感
最初に買ったレコードについて教えていただけますか?
さっき初めてレコードを買ってみたんですよ。だから自分が関わったもの以外で、レコードを手にするのは初めてです。
どんな基準で選んでみましたか?
もともとストリーミングで聴いていたやつを1枚、ずっと気になっていたレコードを1枚と、完全なるジャケ買いを1枚という感じで3枚。一旦とりあえずパターンを3つぐらい持って、自分のどれにハマるのかっていうのをやってみました。3枚で5,000円くらいだったかな。
ジャケ買いしたレコードをぜひ聴いてみましょうか。
おお、めっちゃいい! 私が想定してた爽やかさそのまま。「西海岸サウンドの決定版!」って帯にありますけど、こういうのとかワクワクします。
ずっと気になっていたレコードはどれですか?
『The Return Of Video Game Music』ってやつです。私、ポッドキャスト番組をやっていて、ゲストでゲームプロデューサーの三宅優さんが来てくれたときに紹介してくれたんです。
聴いてみたいなと思って、ゲームミュージックのコーナーを漁ってたら「あ、あった!」って。この瞬間、めっちゃ楽しかったです(笑)。これがみんな楽しくてやっているんだろうなと思いました。
下がっていた音楽へのモチベが、レコードで蘇った
初めてレコードを買ってみて、Rachelさんの音楽生活はどうなっていきそうですか?
結構、集めちゃう気がしてます。「この人の新譜、レコードで出るんだ」って感じでも買うだろうし、旧譜もレコードで欲しいのが出てくるだろうし、新しい感情が自分の中に芽生えたことに気が付きました。
なんか最近、音楽に対するモチベが下がってたんです。やるのは楽しいんですけど、音楽鑑賞に関してはちょっと下がり気味で。音楽との向き合い方がストリーミングサービスに触れる前に戻ってきたというか、気持ちがまた蘇ってきて、これはいいなと思いました。
音楽へのモチベーションが下がっているって、どんなところから感じていたんですか?
物語が生まれないというか。私の場合、新しい音楽と出会うにしてもシャッフルで出てきたとか、友達が教えてくれたとかが多くて、 “自分で選んだ感覚” ってずっとなかったんです。
もちろんストリーミングで聴くのも楽しいし、「1,000円で?やばくね?」って当時は超ワクワクしたけど、私はなんか疲れたなっていうのがリアルな感想で。レコードを通じて、音楽が自分のものに返ってきた感覚がありました。
自分で選ぶことで、音楽へのモチベも蘇ってきた。
そう。だからレコードの楽しみ方は私にとっては現状、深い思い出ができるみたいなイメージ。当たり前のことなんですけど、お金を払うと、責任っていうか、体重の乗り方が変わりますよね。最近、音楽とそういう向き合い方をできてなかったなーって。
「てか、疲れてたな最近」って、レコードを探してたときに思いました
今って自分で選べるものがすごく少ないと私は感じるんですけど、そんなことないし、むしろ選択肢はめっちゃ増えているじゃないですか。でも、なんか見せさせられている、聴かされているみたいな感覚になることも多くて。「てか、疲れてたな最近」って、レコードを探してたときに思いました。
選択肢が無数にあって情報も多いからこそ、選んでいるのか、選ばされているのかわからなくなる感覚ってありますよね。
私は自分で管理できる範囲のもので十分っていうか。友達関係とか全部に当てはまるんですけど、全員と仲良ければいいわけではないし、自分がどう関わるかをちゃんと考えていられる関係が大事なんだろうなって思うんです。
それは音楽も同じで。レコードは自分で選んだって気持ちで入れるから、久しぶりに自分の中で取り戻せる感覚があったし、「あ―、みんなこれが楽しいのか」って思いました。
レコード生活を始めてみたこと、どのレコードを買うのか選ぶということが、Rachelさんのセルフケアのようにもなっていたのがいいですね。
自分が何を好きかってこともプレイリストとか電子書籍みたいな形だと忘れがちだし、アーカイブが目に見える状態っていうのもいいなと思う。
まだ初心者だからわかってないこといっぱいだけど、レコードを通じて音楽との向き合い方への解像度が上がっていくんだろうなって思っています。
現物があることで、自分が何を好きで、どんなものを選んできたかがわかるのも、Rachelさんにとってのレコードの魅力になっていくかもしれないですね。
そうそう。レコード1年生のRachelはすごい今ワクワクしてるよっていう。この気持ちはすごく大事な思い出だから忘れたくないです。
疲れている人って多いかも。ソロEPを出して感じたこと
ohayoumadayarou名義のソロEP『そこにないもの』もレコードになりますね。
家でレコードが聴けるようになってから初めてなんですけど、マジで「でかした!」って感じです。手元に存在して残るものとして一つひとつ作品を残していくのは大事なことだし、心の安定感があるんですよ。レコードが身近にあることで今後作品を作る指標にもなりそうだし、音楽の見え方自体が広がりました。
今作のサウンドは比較的シンプルというか、音数が少なめな印象を受けたんですけど、どんな意図があったんですか?
豪華な作品とか、情報量が多い作品はchelmicoで出してきたし、最初のソロ作品だからchelmicoじゃできないこと、やってない範囲のことにトライしたかったんです。あと、ビートの段階からセッションして作ったから、私がコントロールできない範囲の音はあんまり入ってないのもあるかも。
本作は「聴きたい音、歌いたい言葉をひとつずつ紡ぎながら完成した作品」ということですけど、自己操縦感、生活する上での “自分で選んでいく感覚“ も、自然と作品に表れてそうですね。
たしかに。今まではいろんな人との関わりの中で作ったり、生活していたものが、自分一人でコントロールできる範囲が増えてきた感覚が形になった作品だなって思います。
そのセルフコントロール感が表出する背景には、ここまで話してくださった “疲れ” のような感覚もあったりするものですか?
そうかも。自分がある人を見るのも疲れるし、なんか全部に疲れてやばい。でもリリースの反響を見ても、疲れている人って多いのかなって思うんですよ。
あんまり聴いたことない感じの表現ができたから、似たような感覚の人に見つかってほしいなと思っています。
レコードで出すとまた違う広がり方もきっとありますよね。
そうですね。今作は2年前に作り始めたんですけど、「これ、書かないとダメだよな」みたいな感じの作品で。自分のターニングポイント的な時期なのかなって思うし、それがこうやってレコードとして形になるのもいいなって。
それこそ疲れてるときにレコードを聴いたり、買ったりすると気晴らしにもなりますし。
ほんとそう思います。自分の時間を過ごせてるって感覚になるし、自分で選んだものが増えていく感覚は簡単には得られないものだし。
私、ハマるかもしれない、レコードを聴くの。旅先でレコード屋さんに寄ってみたりとか選択肢が増えたのもすごいプラスだし、もうすでに私はレコードを買いたくなってます(笑)。
今はわからないからこその “怖いものなさ” があって、だから本当に、誰も私の楽しみを邪魔しないでほしい。それに関しては申し訳ないですけど、あれこれ言われるとやっぱり嫌になっちゃうから。
近道せずに、自分で一つひとつ気づいて試行錯誤していくのもきっと楽しいですよね。
そうそう。がんばりすぎずに自分で選んでいきたいなって思います。
Rachel
友達2人組で結成したラップユニットchelmicoのメンバー。2014年に結成、インディーズを経て、2018年にメジャーデビュー。CMソングやアニメ・ドラマの主題歌、アーティストへの楽曲提供など、幅広く活躍している。2025年11月、ohayoumadayarou名義でソロEP『そこにないもの』を発表した。
ohayoumadayarou
『そこにないもの』
2025年12月19日(木)リリース
[SIDE A]
1.Crawl
2.玉ねぎ
3.西澄寺
[SIDE B]
1.紙飛行機
2.惑星
3.mo osoi
Words & Edit:Shoichi Yamamoto
Photos: Gyo Terauchi