物語であれば、筋や主題、文体といった手がかりがある。しかし音楽は、目に見える情報が少ないぶん、感じたことをどう整理すればいいのか戸惑うことも多い。

今回は、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』など多数の書籍やコラムを執筆し、YouTubeやポッドキャストなどのメディアを通して本の魅力や読むことの意味を伝える活動を展開する文芸評論家・三宅香帆がレコードを初体験。モジュラーシンセサイザーによるクラシックの再解釈や、既存のイメージを裏切るジャズ、CM音楽の実験性など、彼女が普段は触れない音の情報に向き合ったとき、その思考はどこへ向かうのだろうか。

三宅さんは、普段はどんな音楽を聴きますか?

J-POPやアイドルソング、あとはクラシックをよく聴きます。

レコードは初体験ということですが、CDは買っていましたか?

買ってました。スピッツとかミスチル、aiko、チャットモンチーとか、CDを(MP3プレーヤーに)取り込んでいました。当時と比べると、アルバムを丸ごと聴くのは本当に好きなアーティストだけになったし、友達から借りて音楽を聴くっていうこともなくなりましたね。

でもよく考えたら、レコードって最初から最後まで聴くしかないんですよね? そう考えると、今のデジタルな音楽の聴き方とは全然変わってきますよね。

曲の切れ目で溝が太くなっているので、そこで曲の頭がわかるようになっているんですよ。

知らなかったです、すごい。

今回は、三宅さんが普段聴く音楽にはきっと含まれないだろうなと思うレコードを4枚ほど用意しました。さっそく1枚目から聴いていただきましょう。

比較すると、より面白い 〜 Mighty Moog『Switched on Bolero』

A面1曲目の「España」を再生します。この曲はシャブリエ(Alexis-Emmanuel Chabrier)が1883年に作曲した管弦楽曲、つまりクラシック音楽をカバーしたものですが、ヴァイオリンやピアノといったアコースティック楽器では演奏されていないんです。

これは何の音なんですか?

Moogと呼ばれる、アナログシンセサイザーの音です。ケーブルをつなぎ換えたりツマミを調整したりして、演奏しているんです。弦楽器や打楽器とは、音の性質が違いますよね。

全然違いますね。この音色というか、奏でられている楽器を知らないのが面白いですね。メロディーは知っている感じなのに、新鮮です。こういう音楽はどういう方が好きなんだろう、って気になります。

こういう初めての体験で自分にボキャブラリーがないときって、感想を言葉にするのはなかなか難しいと思うんですが、率直な感想はいかがでしょうか?

難しいな! そうですね、たとえば自分の友達が「これ好きなんだよ」と話してたら、どう言うんだろう。でも人と聴いて楽しむ感じでもないのかな。こういう音楽が好きな方は、どういうところに注目して入っていくんだろう。

音色やリズムだったり、歌詞がないところが好きな人は多いかもしれませんね。

なるほど。音楽や言葉じゃないものの言語化はとくに難しいなあ、といつも思います。たとえばクラシック音楽の評論を読むと、すごいなあって。

でも、たくさん聴いて自分の中の感性を作っていくしかないのかもしれませんね。何かと比較することや文脈を作っていくことから感想が生まれると思うので、一曲聴くだけじゃなくて、たとえばこの曲であれば、もとのクラシック音楽と比べてみるとか。

では、オリジナルの「España」を聴いてみましょう。

おお、もとのクラシックの曲からはスペインっぽい情熱的なイメージが出ますけど、シンセサイザーになると途端に情熱的じゃなくなるのが面白いですね。同じメロディなのに、聴き比べると全然違うのが衝撃的でした。オーケストラみたいに、演奏してる人もいないからなんですかね?このシンセが流行った時代って、「人間が(楽器を)弾いてないとダメだ」とか言われたりしたんですか?

『Switched on Bolero』は、トーマス・Z・シェパード(Thomas Z. Shepard)とアンドリュー・カズディン(Andrew Kazdin)という、2人のプロデューサーによって作られています。

“Moogのシンセでクラシック音楽を演奏する” という作品は、ウェンディ・カルロス(Wendy Carlos)というアーティストが1968年に発表した『Switched-On Bach』というアルバムが先駆けで、1960年代後半〜1970年代にかけて大ヒットを記録したのですが、一部のクラシック音楽の批評家からは、否定的な意見もあったそうです。

このレコードは1970年前後に収録されてリリースされたものですが、きっと当時のアーティストたちはこのMoogを新しい楽器として表現するのを楽しんでいたんでしょうね。

なるほど! 批判もありつつ、新しい表現が生まれていたんですねえ。

元ネタがあるからこそ、違う表現方法でやることの面白さはどんなジャンルでも生まれますよね。本でいうと、同じ内容でも文体を変えたら伝わり方が変わります。音楽でも表現方法自体に個性が宿るんだろうな、と感じました。

ジャケットの中にはライナーノーツと呼ばれる紙が入っています。音楽ライターや音楽評論家による解説が書かれているので、ぜひ読んでみてください。

「演奏家がひとりも居ないこの電子回路内で、こんなダイナミックな輝かしい音がよくぞ出せたものだ」って書かれていますね。今でもAI論争で「人間が作ったものであるべきかどうか」というものもありますが、このシンセが登場するまでは、音楽も「人間の手によって演奏されるもの」だったんだなって考えると、面白いですね。

ライナーノーツのドライな愛 〜 井上敬三『Intimate』

次は「ジャズだけど王道のジャズっぽくはない」レコードです。

ジャズも全然聴かないので新鮮です。あえて言うならチャーリー・パーカー(Charlie Parker)は小説で知りました。村上春樹作品によく出てくるんですよ。村上さんはレコードマニアで有名ですよね。これはどんなレコードなんですか?

これはバスクラリネット奏者/即興演奏家の井上敬三さんが1979年に、57歳でリリースしたファーストアルバムです。

坂本龍一さんも参加されているんですね。

音がかっこいい。すごい。

この「Kitsu-Tsuki」はトランペットやピアノのような “王道ジャズの楽器” ではなく、井上さんがバスクラリネット、坂本さんがシンセサイザー、そしてこのアルバムのプロデュースを手がけた渡辺香津美さんがギターを演奏しています。

この音色はバスクラリネットなんですね。新鮮。自分のなかに「ジャズとはこういう音が鳴るんだろう」という固定概念がありましたが、そこに当てはまらないジャズは初めて聴きました。面白いですね。

それこそジャズみたいなジャンルの奏者は、一度セッションすれば言葉はいらない、とよく言いますよね。すごく憧れるし、羨ましいです。

言葉を介さないコミュニケーションですね。

物書きをやっている人は「音楽家が羨ましい」ってみんな言いますよねえ。趣味で音楽をされていてすごく上手な方でも「文章は一発書けばいいだけだから、本当になんでもないんだよ。音楽をやってる人が一番すごい」とおっしゃってました。

あと、このライナーノーツの文体もいいですね。

文体ですか?

たとえばこの「57歳のデビュー作」という話題性もそうですが、こういう文章って「井上敬三という人物像」を伝える前に、その人への感情や気持ちだったり、関係性みたいなものがウェットに出ちゃうことがあると思うんです。

この時代のライナーノーツ全般の文体だからなのか、これを書かれた坂田 明さんの文体だからなのかは私にはわからないですが、これを読むと井上さんがどういう人柄でどういう実力を持たれていたかが素直にわかったというか、敬意が伝わってきつつもドライで素敵な文章だと思いました。

当時の豊かさが垣間見える 〜 清水靖晃『Music for Commercials』

3枚目は、日本のテレビCMのために作曲された楽曲が集められたレコードです。このアルバムは最初は1987年にCDでリリースされていて、レコードとしては2017年に再発されました。

70年代後半から80年代のCMはその企業のイメージを戦略的に作り上げようとする風潮があったので、単純に商品のアピールをするのではなく、革新的な映像や音楽が使用されていたそうです。

Chee Shimizuさんのライナーノーツはウェブサイトで読むことができます。

すごい、こんな前衛的な曲がCMに使われていた時代があったんですねえ。CMの音楽でやりがちなキャッチーなアプローチをすることなく、消費社会への皮肉でもありつつ、だからこそ面白いものが生まれている。正直、80年代自体の豊かさをしみじみ感じます。

時間の制限もある中で「耳に残るもの」かつ「ありきたりではないもの」が求められたのかもしれませんね。 

コマーシャルの芸術ってそういうことですよね。写真や絵の世界なんかは、ポスターから芸術として発展することがありますが、音楽もそうですよね。

CMって強制的に流れるものだから、そこで前衛的な音楽が流れたら、その後その曲に影響を受けてまた新しい音楽を作る方もいるんだろうな。CMソングっていい装置ですね。

80年代というと、音楽はマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の「Thriller」といったポピュラーミュージックが大きく流行する一方で、楽器やツールの進化でどんどん新しい表現が派生して出現したり、新しいジャンルが生まれたりと変化が起きた時代でした。80年代の文章表現には、どのような特徴があったのでしょうか?

たとえば昭和軽薄体*と呼ばれる文体があったり、80年代に流行したのは学生運動へのアンチテーゼとしての軽さを押し出すような文体でした。小規模社会への回帰、みたいなことが言われていました。

その流れで「学生運動のときのように組織や国家の展望についての抽象的な言葉をたくさん語る」のではなくて、「大切なことは口にしないけど自分の日常を大事にして生きる」ような主人公が登場する小説も流行しました。村上春樹さんの『ノルウェイの森』や、田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』がそれに近いですかね。

*昭和軽薄体:1980年代前後の日本で見られた、軽妙で皮肉や自嘲を含む文体を指す通称。深刻さよりもテンポやノリを優先し、消費社会や都市文化をどこか突き放して描くのが特徴。

レコードは音楽だけじゃない 〜 Phyllis Diller『Laughs』

最後に番外編として。アメリカの女優で声優、そしてコメディエンヌとして活躍していたフィリス・ディラー(Phyllis Diller)のスタンダップコメディのレコードです。ディズニー/ピクサー映画の『バグズ・ライフ』では、女王アリの声を演じられた方です。内容というより、“音” として楽しんでみてください。

音楽以外のレコードもあるんですね。一般的だったのでしょうか?

レコード=音楽というイメージはありますよね。日本でいうと落語がレコードになっているので、そのアメリカ版といったところでしょうか。1961年に録音・販売されたレコードです。

なるほど!こういう知らなかったレコードに巡り会うことは、お店に行く楽しみだったりしますよね。

三宅さんは普段、どういうタイミングで音楽を聴きますか?

普段だと歩いているときとか、原稿を書いているときとか。私は昔から音楽があった方が、本を読んだり勉強したり、仕事に集中できるんですよね。

適度にノイズがあると集中しやすいって言いますよね。

そうそうそう。逆に変なことを考えなくていいというか。

そういうときは、どんな音楽を聴きますか?

それこそJ-POPやクラシック、好きなアーティストのアルバムが出たらそれを聴きます。YouTubeやApple Musicができてから、昔のクラシックがより聴きやすくなりましたね。

音楽と言葉のあいだで

今日はレコードを初体験していただきましたが、いかがでしたか?

これこそが本当の音楽の一番の楽しみ方なのかな、と思いました。言葉にならなくても胸にグッとくるというか、体に響く感じというか。何かが頭の中に残ったり、忘れられなかったり、そういうものを体験することが、本来の音楽の聴き方なんだろうなと思いますね。

どれも自分では聴かない音楽だったから、すごく面白かったです。

言葉にならない中で聴いた体験を言語化したいとき、三宅さんはどこから考え始めればいいと思いましたか?

何かと比較したり、文脈を見出したり、自分の感性だけじゃないものの知識を得ることが大切なのではないでしょうか。ミュージシャンも何かの影響を受けて音楽を作っている方が多いわけで、そこを自分なりに辿ってみることは、文脈を知ることに繋がっていくと思います。あるいは他人の音楽批評を読んで「ああ、こういう言い方ができるんだ」と気づいたり。

自分が好きな音楽をほかの人はどのように語っているのか、調べてみると情報はいっぱい落ちているはずなので、まずはいろんなインプットをして、その上で比較したり、文脈を作ったりして語る。それが最初の一歩なんじゃないかなと思いますね。

お気に入りの一曲だけを聴くのもいいですが、たとえばその曲はどうやって生まれたのか、その系譜を知ることも、音楽を聴く楽しさに繋がるのではないでしょうか。

三宅香帆

文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』等多数。

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Photos:Soichi Ishida
Words & Edit:May Mochizuki

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