いい盤は、刻まれている音楽とあしらわれているジャケットデザインの蜜月によって生まれ、ひとつのアートピースになる。その組み合わせの背景を探ってみる企画。今回フォーカスするのは、エレクトロニカシーンの新ミューズ、ベアトリス・ディロンの『Workaround』。ジャケットのアートワークを提供したのは、モダンアートの巨匠であるトーマス・ルフである。初めにエレクトロニカシーンを振り返り、『Workaround』の意義、凄みを考察してみる。

年を追うごとに多様になるエレクトロニカ。

エレクトロニカというなかなか定義がしづらいジャンルがダンスミュージックと接続し、小箱、アンダーグラウンドを熱源に盛り上がりを見せ、フェスティバル、レイヴに食い込み始めた2000年代の初頭。代表的な日本人を例に挙げると、今やDJとしても大活躍しているAOKI takamasaらが電子音楽に緻密なファンクグルーヴ、つまり機械的な一定のリズムではない特異なものを創り、とりわけ海外でカルト的なスターとなっていったことがあった。

「緻密なファンクグルーヴ」がどう誕生したのかは本人のみぞ知るだろうが、過去のインタビューを見聞きする限り、「より楽しんでもらうため」でしかなかったように考えられる。しかし、時はまだ音楽制作テクノロジーの黎明期とも言える時代で、テクノやハウスなどの既存ジャンルに収斂されない複雑なリズムは、ほぼ定型の音楽からの逸脱、または実験的といった見立てがあったように思う。フォーカスされるのは音楽そのものではなく、ソフトウェアのプログラミングスキルや技術的背景。故に、音楽に身を委ね、踊るべき場所であるダンスフロアでは、分析をするかのように、腕を組みながらラップトップを操るパフォーマーを見つめ続けるといった人が当時は少なくなかった。要するにおそらく、アーティストの意図、態度に反し、小難しい音楽になってしまった。

『Workaround』

およそ20年の時を経た今。テクノロジーの成熟も手伝っただろう。不可解な電子(的に処理された)音は多ジャンルに侵食・中和し、生音、あるいはソングライティングとのマーブリングが当たり前となり、エレクトロニカ的要素は年を追うごとに伝播し、多様になっているように思う。そんな状況下で各音楽メディアで絶賛され、新しい金字塔となったのが2020年、ドイツ・ベルリンの音楽レーベルでありマルチメディアプラットフォームでもあるPANからリリースされた、ベアトリス・ディロンのデビューアルバム『Workaround』だった。

生き物が呼吸するかのようなリズム。

ベアトリス・ディロンはイギリス・ロンドンを拠点に活動する女性アーティストでDJでもある。アートスクール出身で、希少なレコードを豊富に扱うロンドンのレコード店、サウンズ・オブ・ザ・ユニヴァースのスタッフやBBC Radio 3でジャズやワールドミュージックリサーチャーのインターンとして働き、2014年あたりから断続的にシングル盤をリリースしてきた。こういったバイオグラフィを一見すると、素養や教養といった下地があると思われるだろうが、ガーディアン紙等々の取材で「専門的なナレッジやスキルはなく、コンピュータや音楽ハードウェアを自分で模索していった。ただ、その詳しい仕組みは知らない」と話している。さらには「目新しいサウンドを作りたいという衝動はない」とも。

彼女はしばしばキング・オブ・ダブであるリー・スクラッチ・ペリーについて言及し、ボーカル、ドラム・マシン、それとスプリング・リバーブといった簡易的なツールによって編み出されるリー・ペリーの音楽の豊かさに敬意を表する。彼女が志向するのは、エレクトロニカにあった複雑さや不可解な音を奏でることではなく、いかにシンプルさを追い求めるかだったのだろう。

『Workaround』

制作に約7年の歳月がかけられた『Workaround』は、ベアトリス・ディロンがシンプルな仕組みのモジュラーシンセサイザー、ステップシーケンサー、ドラムマシンなどで作ったBPM150で統一されたデモトラックをベースとしている。そこにタブラ奏者のクルジット・バムラ、エレクトロニック・ミュージシャンのローレル・ヘイロー、アントールド、ボーカリスト/キーボーディストのヴェリティ・サスマン、ジャズ・ベーシストのペッター・エルド、チェリストのルーシー・レイルトンらが参加し、華を添えつつ、ベアトリス・ディロンが不必要なバックトラックを削除、引き算することで構築されていったようだ。トラックによってはダブ・ステップ、ジャングル、ミニマル・テクノ、フリー・ジャズに映る時があるが、ひとつのジャンルに特定することは難しい(それを片付けてくれるのが、エレクトロニカという便利なマジックワードなのかもしれないが)。

と記すとまさに複雑に映る可能性が高い。しかし、実際はカオティックに渾然一体となっているわけでも、「冷たく、硬質」な音楽でもなく、「不可解な音」は限りなく少ない。オーセンティックな生楽器や歌が異分子として入り込み、電子音の間合いを繋ぎ、交差するようにシンコペーション( ≒ズレ)を作り、心地のいい歪んだノリを生み出している。Pitchforkは『Workaround』を「パラドックスが混在しているのにも関わらず、まるで生き物が呼吸するかのように音楽が進んでいく」と評した。プログラミング/テックファーストではない、その有機性こそ、かつてのエレクトロファンクにはなかったことなのかもしれない。

不思議な交差。ベアトリス・ディロンとトーマス・ルフの共通点。

『Workaround』

そんな『Workaround』のジャケット前面にあしらわれているのは、タイポロジー(=類似物から相違点を探すこと)を追及した写真家夫婦、ベルント・ベッヒャーとヒラ・ベッヒャーの教育を受けた、いわゆるベッヒャー派の巨匠、トーマス・ルフの作品である。トーマス・ルフは写真家に該当する(はずだ)が、自らカメラを持つことにはこだらず、例えばNASAのデータや報道写真といった第三者が撮影したものをデジタル処理し、別の作品として出力(額装される場合もあるし、jpegの場合もある)することで知られている。

『Workaround』

『Workaround』に採用されているものは、トーマス・ルフが2010年代半ば前後に取り組んでいた「phg.s.〇〇(「〇〇」は数字で作品番号)」シリーズのひとつ。何かが何層にも折り重なっているようにも見えるし、鮮やかな葉や羽が交差しているようにも見えるが、オブジェクトが何かは不明瞭である。また、「シリーズ」と記した通り連作で、ジャケットのようなグリーンとホワイトのイメージではないものも多く存在する。

このイメージがどう作られたのかと言うと、実は使用されているのは棒や紙、はさみ、ワイヤーといったごくありふれたもの。それらを星座のごとく印画紙上に配置し光を当てる。すると、その物体の輪郭だけが残る。というところまでは19世紀後半頃からあったフォトグラムと呼ばれる元々あった手法。トーマス・ルフの場合は3Dのバーチャル空間の中でフォトグラム的なシステムを仮想し、イメージを作っていたと言われている(もちろん詳細は不明……)。ちなみに、レンダリングにかかる時間は1枚につき2000時間という説もある……。

『Workaround』

『Workaround』の音楽とアートワークに共通点を見出すとすれば、回顧し、既存の技術、あるいは簡易的なツールをどう捉え、どう創意工夫をするかというところにあると考えられる。裏で支えているのは最新のテクノロジーだが、それに頼り、おもねるだけでは新しいものは生まれないという同じ態度を、当然キャリアと表現手法は違えども、ベアトリス・ディロンとトーマス・ルフには感じる。そして一方は音、一方はイメージだが、不可思議に様々な要素が交差する点も相似だろう。アートワークは盤を彩るものではあるが、『Workaround』に関して言えば、それ以上の必然性、強い採用の根拠があるのでは、とも思うのである。

誰がアートワークを手掛け、どの曲に誰が参加し、音を仕上げたエンジニアは誰なのかといった盤を作る上で欠かせない要素は配信では抜け落ちてしまう。そういった情報を知れる、そこを起点に裏側を探りたくなる欲に加え、今回についてはトーマス・ルフのアートワークをフィジカルで所有できるということだけでも価値があるのではないだろうか。

『Workaround』

Words: Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos: Shintaro Yoshimatsu