「岩の音」があるという。米国の広大な赤土の大地にたたずむのは、さまざまな形をした巨大な無数の岩たち。それらはつねに互いに共鳴しあって、メロディーを奏でていると聞いて。

いったい、岩の音は、どんな音?

聴こえない音に耳を傾けて。ユタにそびえる岩の“声”

アメリカ・ユタ州の自然風景にきまって映りこむのが「岩」だ。地殻変動により隆起し、岩石が堆積し、侵食されてできた赤い砂岩の壁や塔がそびえ立つ地形で知られている。その雄大な自然を一目見ようと、世界中から観光客が集まってくる。

なかでも特に人々の目を引くのは、降水量が多く寒暖差が激しいユタの地で風化と侵食を繰り返し形成された、岩のアーチや「フードゥー」と呼ばれる岩の尖塔。大小さまざまな岩には、その個性豊かな外観から、TurretArch(タレット〔小塔〕アーチ)やRainbow Bridge(レインボー・ブリッジ)、Tower of Babel(タワー・オブ・バベル)などの愛称がついていたりする。またこの地域に古くから住む先住民らは岩たちを神聖なものとして捉えているそうで、土着の文化との結びつきも強い。

荘厳に悠々とかまえるこれらの岩たち、実は音を発しているという。

ユタ大学の地質学者であるJeffrey Moore博士の研究チームは、「岩」が発する音を人間が聴こえる音として“録音”することに成功。録音といっても、正確には「人間の可聴域外の周波数を発する岩の振動を、人間に聴こえる音に変換した」*というのが正しい。

*地震の計測に使われる「地震計」を用いた。観測した振動データは文化・自然遺産でもあるユタの岩の状態をモニタリングすることに役立つという。

前代未“聴”の岩の音は、実にさまざまな音に喩えられる。ハミング、啜り泣く声、ガラスジャグで奏でられるベースライン、クジラたちのコミュニケーション…。その日の天候によっても変わるそうで、まるで人間の気分のよう。体験したことのない“ロック・ソング”を聴いてみよう。

ペタードタワーと呼ばれる岩の塔

岩自体が音を鳴らしているとは、はじめて知りました。

人間の可聴域ではないので、残念ながら普通に聴くことはできませんが、つねに岩から音は発されていますよ。
まずは、聴いてみましょう。

Castleton Tower(100X)

低音のゴロゴロ音、どこか水のなかにいるかのような圧も感じます。いったい岩たちは、どうやってこんな音を発しているのですか?

建物などの人工の建造物がつねに振動しているということは、いまや多くの人が知っていると思いますが、実は自然界のものも同じように振動をしているんです。

たとえば自然界では、どういったものが振動しているのでしょう。

高い山から堆積盆地まで振動するものはいろいろありますよ。私たち研究チームは、そのなかでも特に岩のアーチやフードゥーの振動を研究しています。
岩はまるで、共鳴器のよう。 建物や橋、あるいはギターやバイオリンの弦のようでもある。音叉みたいなある一定のモードで振動するんです。

そもそもの質問ですが、それらはなぜ揺れているんでしょうか。

地球の振動エネルギーによって刺激されて起こります。地球の振動エネルギーは、風や世界各地で発生した地震など、様々なところからやってきます。
そうだ、あと、海から発生する地震エネルギーもです。それに人間の活動も岩に振動エネルギーを伝えているんですよ。自動車は特に。空を飛びまわるヘリコプターなんかもそうです。

人間の生活も、岩の音に大きく影響しているのか。

岩は弦楽器と同じで上下に振動しますが、その振動は、1ヘルツ、2ヘルツ、5ヘルツといった、人間の可聴域をはるかに下回る周波数で起こります。なので、たとえ音になったとしても、私たち人間には残念ながら聴こえないのです。

特殊なマイクかなにかで音を録音しているのでしょうか?

地震計を使って岩の振動を記録しているんです。地震計を岩の上にセットして、1時間、時には24時間ほど放置して周囲の振動を記録しています。

一日がかり。

車で4、5時間かけて目的地まで到達し、2、3時間かけてハイキングして地震計をセットして、帰ってくるというルーティンですね。夜の時間にするのが好きです。

岩に設置された地震計

地震計に記録された振動を、どのように人間の耳に聴こえる音に変換するのでしょうか?

振動データをスピードアップさせるだけ。それでおしまいです。たとえば、3ヘルツ、5ヘルツ、6ヘルツの共振を測定しているとして、それを10倍にスピードアップすると、30ヘルツ、50、60ヘルツになる。1時間のデータを取っても、100倍にスピードアップして36秒の音になることもあります。

たった36秒に。地道な作業なんですね。

面白いのは、振動を音に変換するまでどんな音なのか想像もつかないということ。最近、信じられないほど綺麗なスポットで美しいアーチの振動を記録したんです。でも、音にすると残念で期待したようなものではなかった。逆もあります。現像するまで何が写っているかはわからない、古いフィルムカメラの写真を現像する瞬間に似ています。

博士がいままで聴いた岩の音で一番のお気に入りは?

ユタのレインボーブリッジ国定公園にある「レインボーブリッジ」は格別だと思います。オクターブの倍音と間隔が組み合わさってハーモニックなサウンドを生み出し、とてもドラマチック!
それから、この音がこの地域のすべての部族にとって深い文化的な意味をもっているということも、好きな理由。

シークレットスパイアと呼ばれる岩の塔

文化的な意味とは?

ユタに広がる地形は、ネイティブアメリカンたちにとって文化的な価値があります。彼らの信仰は、岩石を生きているものとし、コミュニケーションを取れる存在だと考えているのです。

そんなふうに捉える彼らがいると、私たちにとってもただの“岩の音”じゃなくなる。彼らが信じ反応することで、岩の音は“鼻歌”となっているといえましょう。鼻歌を聴いたとき、私たちは“神聖な場所を共有している”と感じることもできるのです。

(ちなみにレインボーブリッジの音は、これを“神聖な音”と捉え、悪用されることを恐れるネイティブアメリカンの部族から、公で共有しないように頼まれているとのことで、残念ながら非公開)

ほかにも好きな岩の音はありますか?

聴く体験として面白いのは「バレットアーチ」の音。とても特別な響きがします。100倍速にすると、中音のラと高音のドの音になる。

モアブ地域に位置する全長32メートルにもなる長いアーチの音ですね。神聖なサウンド。

Barrette Arch

岩の塔は不思議なもので、前後に揺れたりねじれたりすることがあって、なんというか、地球に結びついているんです。岩の塔が地球と繋がっているんだな、と感じられるから好き。これらの音は非常に低いので、スピードアップして聴くのが好きです。20、30ヘルツくらい。そうすると、耳と体のなかで、ゴロゴロと音がする。

あと、ユタ州のモアブの砂漠に立つ「キャッスルタワー」も、特別に良い音です。

Castleton Tower(50X)
バレッタアーチと呼ばれる岩の橋
バレッタアーチと呼ばれる岩の橋

岩の音って、一つひとつ違うんですね。なにによって個性が生じるのでしょうか?

アーチや尖塔の形状が音色をコントロールするので、一つひとつ音が違います。地質も重要。最近、ヨセミテ(世界自然遺産にも登録されているカリフォルニアの国立公園)の花崗岩のアーチを測定しましたが、岩石がより強固であれば、同じ形でも共振周波数が高くなり、聞こえる音も高い音になります。

天候によっても変化しますよ。共振周波数と音色は毎日変わるんです。これは私たちチームにも予想外でした。気温が高くなると、岩は少し硬くなり、周波数や音色も少し高くなる。その逆も然り。

毎日変わっているなんて、なんだか人間の気分のよう。例えばEagle Plume Tower(イーグルプルームタワー)の音は、まるでホラー映画のサウンドトラックのようで、怒ったり悲しんだりしているようにも聴こえる。それは、博士が岩の「音」を「声」とも呼んでいる理由にも通ずるのでしょうか。

Eagle Plume Tower

すべての岩には固有の音色や音型があります。それらの特徴に独自の「声」があるように感じるのかもしれません。岩って、不動で、強くて、感覚が通っていないようなイメージがありますよね。でも、(これらの声を聴くことで)岩はダイナミックで繊細な存在のように感じる。そうしたら、岩をもっと大切にしよう尊重しようという気持ちが生まれるのではないでしょうか。

イーグルプルームタワーと呼ばれる岩の塔

岩の声、ロマンがありますね。

岩の声に耳を傾けて、聴こえてきたものに想いを馳せる時間が大切だと思います。これらの岩は、いつも負けてきたんです。

負けてきた?

岩のアーチや塔は、侵食されてできた地形です。ゆっくり悲劇的に(自然の力に)負けてきた。それでも、いつでも力強く力が漲っている。そんな彼らの声を聴くことには意味があります。

そう思うと、あらためて生命力を感じます。

ユタの地には深い歴史があり、それを語るのに必要不可欠な「土地」について考えるために、岩から音を聴く。人の影響を受けていない、その土地にある“生の声”を聴きたいんです。

Jeffrey R. Moore/ジェフリー・ R・ムーア

アメリカ・ユタ州にあるユタ大学の助教授で、地質学者/地球物理学。研究のテーマは、岩盤斜面崩壊の制御や、現場および遠隔監視技術、および大規模な地滑りの危険性と影響に関する調査など。

経歴

ユタ大学教員紹介ページ

研究チームHP

Photos: Geohazards Research Group, University of Utah
Words: Ayumi Sugiura (HEAPS)