「レコードは音質がいい」「レコードの音には温かみがある」とはよく耳にしますが、いまの令和の時代において発売されたレコード、その音質はいかに?ここではクラシックからジャズ、フュージョン、ロックやJ-POPなど、ジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんが最近手に入れたレコードの中から特に<音がいいにもほどがある!>と感じた一枚をご紹介いただきます。

4年ぶり、2度目の再発は180g重量盤で

タイトルのアルチザン=職人である。山下達郎は、アーティストと呼ばれることにもの凄く抵抗があるという。むしろ「嫌だ」と、自身がパーソナリティを務めるFMのラジオ番組『山下達郎のサンデー・ソングブック』でも明確に語っていた(LP封入のライナーノートにも同様の記載あり)。つまり「自分はアーティストではなく、アルチザンを目指す」という高らかな宣言である。権威主義や流れに迎合しない、山下らしいアルバムタイトルだ。

そんな背景もある『ARTISAN』は1991年、通算10枚目のオリジナル・リーダーアルバムとして発売された。一部のピアノやリズムセクション、ブラスアンサンブルやコーラス(細君の竹内まりやも参加!)を除いて、インストゥルメンタルの演奏、プログラミングや打ち込みまで、ほとんどの楽曲は山下自身が当時台頭してきたパソコンを使い、スタジオに篭もって一人でコツコツと作ったという。また、その時点では山下にとって初めてLP化されなかった(CDのみ発売)の作品だった。

2021年に音質重視の2枚組の体裁にて一度アナログ化されているが、収録時間が1枚でもギリギリ収まるという判断から、今回改めて180g重量盤にて再LP化されたものである。オリジナル音源からのリマスタリングを担当したのは菊地功、カッティングは加藤拓也で、いずれもワーナーミュージック・マスタリング/ミキサーズラボ所属のこれまたアルチザンたちである。

改めて180g重量盤にて再LP化されたもの

A-1「アトムの子」は、手塚治虫へのオマージュ曲。手塚の死をきっかけに漫画「鉄腕アトム」を読み返して制作を決め、リズムパターンと歌詞を際立たせたいという山下のアレンジが実にかっこよく、タイトなリズムに乗ってセンターに定位する明確な声の音像と、強力かつ重厚なリズムがズシリと響き、台地に太く根を張ったよう。賑やかで楽しく、ワクワクするような演奏だ。

B-1「Splender」は本作中で唯一の生リズム隊による演奏で、ほぼ一発録りとのこと。どおりで勢いと疾走感のある演奏だ。最外周のトラックということもあり、他の曲よりもワイドレンジでダイナミックな力強い演奏に感じる。やはり生ドラム、生ベースはいい。山下のギターソロも切れ味鋭い。

TVドラマの主題歌として書かれたB-4「Endless Game」は、当時先行シングル曲として リリースされたナンバー。シンセベースのリズムがヘヴィで、楽曲全体はダークな雰囲気が支配している。山下にしては珍しくマイナー(短調)メロディーの楽曲だ。

なお、現時点で山下達郎は一部の楽曲を除いてサブスクを行っていない。したがって、ここで紹介した音を聴きたければ、アナログ盤を買うしか手段はない。

Words:Yoshio Obara

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