スピーカーのスペックでよく見る「バスレフ型」や「密閉型」といった名称は、音の出る「スピーカーユニット」と組み合わせるキャビネット(エンクロージャー)の種類を指しています。 一見同じ形状と大きさでも、種類が違えば音の特徴も変わります。 前編の今回は、このエンクロージャーのうち「平面バッフル」「後面開放型」「密閉型」の成り立ちや音の違いなどについて、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。 ぜひ、製品選びや音作りの参考にしてみてください。

キャビネットの試行錯誤は「スピーカーユニットの低音を効率よく再生する」ことが原点にある

キャビネットの試行錯誤は「スピーカーユニットの低音を効率よく再生する」ことが原点にある

世の中で一般的にいう「スピーカーシステム」とは、音の出る部分「スピーカーユニット」と、多くは箱型の「キャビネット」から成り立っています。 スピーカーユニットは、それ単体で音を鳴らすと低音がほとんど出ません。 さらにいえば、人間の声や弦楽器でいえばチェロ、ヴィオラくらいまでが何だか不自然というか、実物以上に明るく、そしてどことなく耳障りな音に聴こえてしまうことが多いものです。 一方、木管楽器のピッコロや打楽器シンバルの音なんかは、キャビネットへ収めた時とさほど変わりがありません。

これは一体なぜかというと、音波の物理的な現象が関わっています。 音は周波数が低いほど、前へ飛びにくいという性質を持っています。 キャビネットへ収めていないスピーカーユニットの低音は、ユニットが動いて前へ押し出そうとしても、すぐ後ろへ回り込んでしまい、音がこちらへ飛んでこないのです。

「スピーカーシステム」とは、音の出る部分「スピーカーユニット」と、多くは箱型の「キャビネット」から成り立っています

ユニットの前と後ろの音は、基本的にプラスとマイナスが違うだけの同じものですから、前後へ回り込まれてしまうと、キャンセルされてゼロになってしまいます。 低音が出ないのはそういうわけですね。

一方、完全にゼロとはならないけれど、ある程度回り込んで、前後の音が干渉しながらこちらへ飛んでくる周波数帯域もあります。 それで主に声くらいの帯域が、おかしな音になってしまったりするのです。

フレミングの左手の法則で、スピーカーユニットというものが誕生して以来、スピーカー開発エンジニアは、「いかにして低音を効率良く再生させるか」に心血を注いできた、といっても過言ではありません。 そのために、いろいろなスピーカーの方式が発明されてきました。

シンプルな「平面バッフル」が進化して「後面開放型」や「密閉型」が生まれた

最も簡単にユニットから低音を発揮させる方法は、「平面バッフル」です。 1枚の大きな板にユニットを取り付けるだけ、というもので、板の大きさによって再生できる低音の限界周波数が決まります。

シンプルな「平面バッフル」が進化して「後面開放型」や「密閉型」が生まれた

平面バッフルは、クラシックのシンフォニーや、ポップスでもバスドラムくらいまで十分に再生しようとすると、とても巨大な板になってしまいます。 そうなると、お部屋に設置するのも大変ですし、バッフルそのものもユニットの振動で共振し、音を濁しやすくなってしまいます。

ある種の理想的な平面バッフルとして、お部屋の壁に穴をあけてユニットを取り付ける方法があります。 ユニットから見れば前後を完全に遮蔽できているので、ある種の「無限大バッフル」といってよい方式です。

屏風型のスピーカー(制作 SAMPO Inc. 撮影 mymo)平面バッフルの一例。
屏風型のスピーカー(制作 SAMPO Inc. 撮影 mymo)平面バッフルの一例。

ただし、これをやると取り付けた壁はもちろんのこと、床から天井から家全体が、スピーカーの振動で共振してひどいことになりかねないから、注意が必要です。

2015年に亡くなられたオーディオ評論家の江川三郎さんは、ご自宅の壁をしっかりと補強され、スピーカーユニットは壁に取り付けず、後ろの部屋の柱へ太いアングルを取り付け、それでユニットを支持しておられました。 お部屋で実現する無限大バッフルは、ここまでやらないと理想的には動作しないのか、と仰天したものです。

平面バッフルは、何といってもユニットを取り付けるのが”箱”ではなく”板”ですから、私も何度か実験したことがありますが、とても素直な音が出ることが多いものです。 しかし、やはり大きくかさばるバッフルは、皆さんのお部屋へ迎え入れるのが難しいですよね。

そんな時は、バッフルの端を後ろへ折り畳んでも、ユニットの中心からバッフル外縁までの長さが等しければ、同じ周波数の低音まで再生することが可能になります。

この方式を「後面開放型」といいます。 平面バッフルに比べて、劇的にバッフルが小さくできる半面、単純な板1枚に比べて箱に近づくことから、若干のキャラクターも乗るとされます。

後面開放型

しかし、私が実験した限りでは、板1枚の平面バッフルよりも5面を箱型に組むことで劇的に強度が向上し、むしろ素直な音になることもありました。

後面開放型のスピーカーは、オーディオ用スピーカーとしてはあまりたくさんの商品がありませんが、エレキギターなどの音をライブで鳴らすためのギターアンプは、その多くが採用している方式です。 皆さんも、後ろからスピーカーユニットのマグネットが見えているギターアンプを、お見かけになったことはありませんか?それがまさに後面開放型です。

後面開放型は、平面バッフルの四縁を折り畳み、裏の抜けた箱型にするものでした。 それをさらに折り畳み、後ろの面で閉じてしまうと、ユニット前後の音は完全に遮蔽されることとなります。 これを文字通り、「密閉型」キャビネットと呼びます。

後面開放型は、平面バッフルの四縁を折り畳み、裏の抜けた箱型にするもの

スピーカーのキャビネットは「エンクロージャー」(エンクロージュアとも)と呼ばれますが、enclosure = 遮蔽するものという意味ですから、厳密にいえば、密閉型になって初めてエンクロージャーと呼べるようになるのですね。

密閉型は、発明された最初の頃は、それこそユニット前後の音を遮蔽することに主眼が置かれ、できるだけユニット背面へ、自身が動くことによるキャビネット内の気圧(内圧と呼びます)変化を起こさないよう、巨大な製品が多かったものです。

今から70年近く前の1956年、密閉型はある技術によって、まさに革命といってよい激変を遂げるのですが、その進化のほどは後編で紹介します。

キャビネット形式について【後編】

Words:Akira Sumiyama
Edit: Kosuke Kusano