この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、インドのチェンナイへ。

ポップで甘ったるいメロディーに重ねた浮遊感あるサウンドで、心地良くドリーミーな世界観。そこに交わるきれいで儚い歌声。この楽曲が生まれているのは、インドはチェンナイ拠点から。ソロプロジェクトSunflower Tape Machine、昨年始動したばかり、若干20歳の新進気鋭ミュージシャンは言い切る。「音楽をやるなら他の大都市の方がいいかもしれない。でも僕はここで音楽をやりたい。地元が大好きなんだよね」。地元の街と彼の音楽生活から、チェンナイのリアルな歩き方を覗いてみる。

Sunflower Tape Machine

Sunflower Tape Machineって、キャッチーで覚えやすいです。アー写やMVにはよくひまわりが出てきますね、プロジェクト名の由来は?

ソロプロジェクトに本腰を入れようと写真撮影していたある日、テーブルの上にたまたま置いてあったのがひまわりとカセットテープだったんだ。でも「サンフラワー・カセットテープ」だと響きがイマイチだったから、カセットテープをテープ・マシンに。僕、ひまわりとカセットテープが大好きなんだ。

いま、20歳でしたよね。リアルタイムでカセットテープを使っていた世代ではないけれど。

使ってないし、そもそもカセットプレーヤーが手に入らなかった世代だよ。好きなアーティストのカセットテープはいくつか持ってるんだけど、カセットプレーヤーがなくて聴けてないという。前にレコーディングで行ったムンバイのスタジオにあったんだ。

筆者はSUTAYAでCDを借りて、カセットテープに録音して、カセットプレーヤー片手に音楽を嗜んでいた世代です。さて、地元チェンナイのこと、色々教えてもらいましょう。

僕は生まれも育ちもチェンナイ。小さな都市だし、音楽をやるなら他の大都市の方がいいかもしれない。でも周りのみんながサポートしてくれるから、ここで音楽をやりたい。

Sunflower Tape Machine

小さな都市といえど、チェンナイはインド四大都市のひとつ。南インドの政治・経済・文化の中心都市です。他の大都市とはどう違うと感じる?

デリーやムンバイ、バンガロールが商業的な大都市なのに対して、チェンナイは「ホーム」って感じなんだ。他の都市に遊びにいくのは好きだけど、ホームシックになっちゃうんだよね。音楽のキャリアを考えたら、理想的な場所はムンバイかもしれない。影響力を持つアーティストが多くて、Spotifyのオフィスもあるし。ちなみにデリーがあるインド北部は、治安の良くない地域が多いよ。特に女性にとって。対してチェンナイは、はるかに安全なところでもある。

インドは多言語国家で、主要言語は15ほど。歌詞やSNS発信は全部英語でしていますが、地元では何語をみんな使ってる?

チェンナイで最も話されているのはタミル語かな。あとはインドの公用語とされるヒンディー語も使われている。実は僕、タミル語を学び始めたの最近なんだ。地元に住む多くの人は、英語を話すんだよ。家族との会話も英語だし。昔は学校で勉強もしていたから、ビルマ語もそこそこ話してたんだけど、卒業してからはめっきり。

Sunflower Tape Machine

インドは人口の約8割がヒンドゥー教徒。よければ宗教についても聞いていい? 信仰は自由だから、戒律を遵守している人もいればオープンマインドな人も多いと思います。

僕は、母がヒンドゥー教徒だから、僕もそれにならってる。でも、僕は戒律を遵守するタイプではないんだ。

宗教観って、クリエイティブに反映されるもの?

僕は宗教観をクリエイティビティに落とし込むことはしない。楽曲制作に関していえば、僕の場合は最初に楽器部分を仕上げて、次にメロディーを聞きまくって、最後に歌詞をのせていく。ポップミュージックでは、歌詞よりメロディーを重視する人が多い気がするから、キャッチーなメロディ作りを心掛けてるよ。

昨年リリースした『Sophomore Sweetheart』は、グルーヴィーなベースラインがキャッチーで、ヘビロテしてます。アップテンポなんだけどノスタルジックさもあって、まさに夏にぴったりの一曲。

『Sophomore Sweetheart』をSpotifyにアップロードした日のことはいまでも鮮明に覚えてる。この曲の前にリリースした楽曲の再生回数は1,000回程度だった。でもこの曲には自信があったから、友人に「再生回数1,000回超えなかったら凹む」なんて言ってたんだよね。ところが1週間後には5万回再生達成! 最初はSpotifyがバグってるのかと思って、アーティストの友人に確認したもん(笑)。数日後、Spotifyの担当者から「おめでとう。君の曲はインド人アーティストとして初めてGlobal Fresh Finds playlistに選出されたよ」って。

曲もしかり、MVもイケてます。DIY具合がいまっぽさ全開。このMV、リスナーから募ったいくつもの「幸せな時間」が映るクリップを自分でまとめたと聞きました。

そうそう。「曲を聴いて共感できたら、君らの楽しい思い出動画を送って」ってお願いしたんだ。動画編集中は僕自身も楽しませてもらったよ。

チェンナイのいまのミュージックシーンも聞きたいな。

一般的にはタミル語のポップミュージックが多く聴かれているんじゃないかな。でも僕みたいにインディー音楽を聴くニッチなリスナーもいるよ。

周りの同年代はどんな音楽を聞いている?

同年代は、TikTokで流行ってるポップミュージックを聴く子が多いかな。世界のどこかでトレンドになっている曲は、ここチェンナイでも同じくトレンドになるからね。ここではタミル語が第一言語でタミル語の音楽を聞く人が多いけど、海外で人気の音楽を聞く人もたくさんいるんだ。

インディーシーンは、どんな感じなんだろう。

チェンナイのインディーシーンは間違いなく前進していると思う。まだまだ足りていない部分もあるけど、レーベルの数は着実に増えているし。僕が所属するレーベルには情熱を持って取り組む素晴らしい人たちがいるんだ。
ちなみにチェンナイ出身のイケてるミュージシャンといえば、オルタナバンドのThe F16s。彼らは東南アジアで知名度を高めている、いま勢いのあるバンドだよ。

君のようにメロウサイケデリックロック、ドリームポップをやる子は他にもいる?

うーん。大多数はシンガーソングライターが占めている気がする。あとはクラシック・ロックやフォーク・ロックをするバンドだったり。

Sunflower Tape Machine

Sunflower Tape Machineの楽曲は、オーストラリアのサイケデリック・ロックバンドTame Impalaや、カナダのインディーポップバンドMen I Trustに影響を受けていると聞きました。

その通り! 見て、腕に彼らのバンドロゴのタトゥーを入れてるんだ(チラッ)。

好きが伝わってきます。昔っから彼らの音楽を聞きまくってた?

実はね、昔はゴリゴリのハード・ロックを聞いてたんだ。最初に聴いたのは、イングランド出身のハードロック・バンドDeep Purpleの『Smoke on the Water』。両親の影響でね。

へぇ。ご両親、海外のロックを聞いてたんだ。

少なくとも、彼らがいまの僕の年齢のときはそうだったみたい。

今年リリースした『internet friends』は、その名の通りオンライン上の友情を祝福する曲。チェンナイに住む同世代って、ネット上で友達を作るってよくある?

もちろん! 僕自身、オンラインでたくさんの友達ができたし。それにいま付き合ってる彼女ともInstagramで出会ったんだ。この曲も彼女について歌ったもの。

素敵。彼女や友達とはいつも何して遊んでる?

友達とチルしたいときに向かうのが、チェンナイで有名なビーチ「Thiruvalluvar Nagar Beach」。環状道路をドライブしながら運転するのも気持ちいいんだ。他にも「Besant Nagar Beach」や「Marina Beach」がある。Marina Beachは観光名所って感じで人が多いから、僕はあんまり行かないかな。あとはね、最近ゲーセンにハマってる。

ゲームセンター!気になる!

ゲーム、めっちゃ好きなんだ。何でもやる。昔は超が付くほどのゲーマーだったんだけど、最近ずっとやってなくて。

なんで?

とんでもない時間を費やしてまって、音楽活動に支障が出ちゃうから(笑)。だからこうしてたま~に行くゲーセンが楽しくてたまんない。よく行くのは「Timezone」や「Amoeba」。ここではお酒が飲めるから楽しさ倍増!

Sunflower Tape Machine

ゲームとお酒。大人になったからこそのコンボ。そういえば、チェンナイではとあるコーヒーが市民権を得ていると聞きました。

南インド名物のフィルターコーヒーだね!甘くてミルクたっぷりのコーヒー。前はあんまり好きじゃなかったけど、最近僕もよく飲んでるんだ。気をつけてほしいことがひとつ。フィルターコーヒーは、ファンシーな店に行くほど味がお粗末になる傾向がある。だからローカルの小さな店に行くのが最善策。僕はまだ行ったことないけど「Kumbakonam Degree Coffee」は評判がいいから気になってる。

地元スポット、もっと掘っていきたい。よく行く音楽機材屋ってある?

たくさんあるよ! チェンナイで最も信頼されているといっても過言ではない機材屋のひとつが「ProMusicals」。オーディオ機器を購入するなら間違いなくここだね。僕がギターの売買や、弦交換といったメンテナンスをお願いするのがShruthi Musicals。楽器の品揃えが豊富で有名なのは「Musée Musical」。ここではレッスンやワークショップも開催してる。

ライブするのに好きなベニューも知りたいな。

僕はまだライブしたことないけど「Sir Mutha Venkatasubba Rao Concert Hall」はチェンナイでも人気のベニューだと思う。学校の講堂みたいなステージなんだけど、音響もライティングも抜群で設備も充実してるって聞く。席に座るタイプのベニューだから、僕には向いてないかなあと。チェンナイでは、ベニューよりクラブが多いよ。

ライブを見にベニューに行く人より、クラブに踊りに行く人の方が多い?

うん。“音楽そのもの”より、“パーティーで楽しく遊ぶ”を重要視する人が多数派だと思う。それにチェンナイには、バンドが演奏するのに十分なスペースを持つベニューが少ない。これは僕がソロプロジェクトを始めた理由のひとつでもあるんだ。

Sunflower Tape Machine

ちょっとクリーシェなんだけどさ、カレーのこと、聞いていい? 南インドといえば大きな皿に数種類のカレーとごはんが盛られたミールスが名物だよね。

ちょうどさっきランチで食べたところ(笑)

右手で食べるのが通例?

そうそう。右手が「聖なる手」、左手が「不浄の手」とされているからね。 コツは、右手で掴み親指で食べ物を押してそのまま口に運ぶこと。スプーンやフォークは使わないよ。ちなみにレストランでミールスを注文すると、大抵どこもライスのおかわりが無料なんだ。

ライスおかわり無料っ!

満腹になるまで食べられるから最高。僕のお気に入りの南インド料理屋は「Sangeetha」。実は昨夜も行ったんだ。深夜3時にお腹が空いちゃって。通常は午後10時半に閉店するんだけど、空港に入ってる店舗は24時間営業だから、わざわざ40分運転して行ってきたよ(笑)

そこまでして食べたいほどの美味しさ…お腹が空いてきました。

他にも南インドの郷土料理といえば、やっぱりドーサかな。豆と米を発酵させて作った生地をクレープ状に焼いたものなんだけど、甘いというより塩味のきいた味。「Ghee Roast」のドーサは美味しいからおすすめだよ。

チェンナイはタミル語映画製作の中心地。『ムトゥ 踊るマハラジャ』は日本でも大ヒットしました。最後に、オススメの映画館を教えて。

「Rohini SilverScreens」。ここではタミル語映画やボリウッド映画(ムンバイで製作される映画)が見られるんだ。場内の壁や天井には紫のライトがぎっしり敷き詰められているド派手な映画館。人気俳優が出演する映画の公開日には、ファンは叫んだりポップコーンを投げたりする盛り上がりっぷり(笑)

Sunflower Tape Machine/サンフラワー・テープ・マシーン

2021年に始動した、Aryaman Singh(20)によるサイケデリック・ロック・ソロプロジェクト。インド・チェンナイが拠点。昨年リリースした、グルーヴィーなベースラインと浮遊感を感じさせる歌声が心地良い『Sophomore Sweetheart』は、インド人アーティストとして初めてSpotifyのGlobal Fresh Finds playlistに登場。以来じわじわと知名度を上げる、注目の新進気鋭アーティスト。

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All Image via Sunflower Tape Machine
Words: Yu Takamichi(HEAPS)