この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、中国の上海へ。

昨今の中国のアンダーグラウンドカルチャーシーンにおいては、北京や成都に注目が集まっているが。さて、いつでもクールな大都市・上海はどうなのだろう?

10年以上にわたって中国のエレクトロニックやエクスペリメンタルシーンで活躍しその発展を目にしてきたのは、上海発のカルトレコードレーベル・SVBKVLTの中心人物、33EMYBW。昆虫類やクモ類、甲殻類などの節足動物や自然からインスピレーションを受ける自身の音楽スタイルを “limb dance(リンボーダンス)”と呼ぶ。現代アーティストとしても活動し、その作品もまた“節足動物的”だ。

まだまだお家時間も長い中、制作中の新作はこれまでとはまったく異なるアルバムになる、という。つねに実験的な音楽を追い求めるアーティストの、上海のリアルな歩き方を覗いてみよう。

33EMYBW
33EMYBW

インスタグラムの写真を見ると世界各国を飛びまわっているイメージがあるけど、生まれ育ちは上海?

そう。上海で生まれて、上海で育ったよ。

中国は、再びコロナの流行の波が押し寄せてるみたいだよね(取材は、2022年3月)。

パンデミック以前の、海外ツアーをやっていた頃が本当に恋しいよ。特に2019年は、ウガンダのパーティー、NyegeNyegeやポーランドのUnsound、他にもイギリスのWarehouseProjectやアメリカのRecombinant Festivalなど、様々なパーティーでプレイしたんだ。ナイルの果てから雪まみれの北海道まで行って、みんなで顔を合わせて話して、自分たちの足で踊り、喜びで抱き合っていたあの頃。

33EMYBWのウガンダでの写真
ウガンダにて

生活もかなり変わった?

パンデミック以降、楽しいことがだんだんと少なくなっている気がして、今は家にいる方が好きかも。

昨年には、上海のアングラナイトクラブ「Dada」が再開したり、エレクトロニック・ミュージックシーンのニュースポットとして話題の「HEIM」がオープンしたりと、上海のアングラ音楽シーンも活発ですね。

ここ数年、上海には新しくオープンしたクラブがたくさんあるよ。家にいて、ほとんど行ったことがないけど(笑)

意外とインドアなんだね。周りのアングラアーティストコミュニティがよく集まって遊ぶスポットがあったり?

上海の人は生活ペースが速い。その上、様々なコミュニティが特定のサブグループに分かれてるから、人々がコンスタントに通い続けるような「ここ!」みたいな場所が、あんまりないんだよね。

そうかー。そのなかでも、33EMYBWにとっての「ここだけは!」はあるかな?

それだったら「ALL」っていうクラブ! とても特別な場所。「ALL」は例えるなら、『The Fifth Element(フィフィス・エレメント、ブルース・ウィリス主演のSF・アクション映画)』に出てくるオペラハウスみたいな場所なの。クレイジーな冒険が次々と起こる幻想的なアニメーションのような、夢みたいなところなんだ。『The Fly(ザ・フライ、1958年に公開されたホラー映画『ハエ男の恐怖』のリメイク作品)』に出てくる物質転送装置「テレポッド」でもあるかも。今は(パンデミックで世の中が)澱んでいる感じがするけど、「ALL」ではリズムとグルーヴに集中して理想郷に到達することができるんだ。

上海的SFスポットだ。

「ALL」は、中国において珍しいサブカルのシンボル! ローカルのエレクトロニック・ミュージックの発展を促して、派生するカルチャーシーンを発展させてきた。そこから、特定のコミュニティが生まれていったんだ。

Club ALLでプレイする33EMYBW
Club ALLでプレイする33EMYBW
Club ALLにて
Club ALLにて

「ALL」は上海のアンダーグラウンドシーンを語る上で欠かせないスポットなんだね。遊んだりプレイした後は、何か美味しいものを食べに行ったりもする?

夜中の3時に開いているおいしいレストランがあるんだったら、逆に教えて欲しい(笑)。そんな店は上海にはないから、演奏が終わったらすぐに帰宅する。でもそんなに遅い時間じゃなかったら、美味しいものはあるよ。

上海のおすすめフード、是非教えてください。

ソウルフードは小龍包とワンタン!特に「屋有鲜」と「惠食佳」っていうチャイニーズレストランはおいしい。 イタリアンレストランの8 1/2 Otto e Mezzo Bombanaもお薦め。

屋有鲜の小籠包
屋有鲜の小籠包
屋有鲜のワンタン
屋有鲜のワンタン
屋有鲜の店構え

休みの日はどうしてる?

親友たちには、音楽やアート、ファッションの分野で活躍している人が多いから、時間があればお酒を飲んだり映画を観たり、バドミントンやアーチェリーをしたり、泳いだり。毎年クリスマスには、我が家で食事をするよ。

じゃあ、1人の休日。

以前はよく、上海文廟孔子廟*のフリーマーケットに行って古本とかを買ってたけど、今はもうなくなっちゃった、残念。あとは時々、上海虹橋花卉店**という花市場に行く。

*中国上海市黄浦区にある孔子を祀った廟。上海中心部で唯一の孔子廟で、創建は元代の1294年。

**上海動物園エリアにある大型の花市場。

上海文廟孔子廟の古本市
今はなき上海文廟孔子廟の古本市
上海虹橋花卉店の花
上海虹橋花卉店の植物
上海虹橋花卉店

インスタグラムにもよく植物を投稿しているよね。

パンデミックを機に、花の栽培や堆肥作り、農業の勉強を始めたんだ。花好きの人たちのコミュニティに参加して、ガーデニングのコツを教えてもらったり、種や苗をもらうこともあったり。

上海虹橋花卉店の植物
上海虹橋花卉店の植物

自然が好きなんだね。2019年にリリースしたアルバム『Arthropods(節足動物)』のタイトルや、ライブの衣装などから、33EMYBWの音楽は節足動物や自然の要素を取り入れていることがわかる。これらの生物を、どう音楽のインスピレーションにしているの?

節足動物は、私の創作の原点の一つ。節足動物はより多くの繋がりと感覚を探求するため、新しいものの考え方や人間ではない生き物の視点を教えてくれる存在だと思ってる。作品では、節足動物の身体とリズムがシンクロしているのを表現しているだけではなく、節足動物を自身を外面的に表現する手段の一つと捉えているんだ。

33EMYBW

制作の合間にふらっといく自然や植物に関する場所はある? 癒しスポットみたいな。

実は上海にはあまり自然がないんだけど、中国庭園がいくつかある。明朝様式の「秋霞圃」は上海で最も古い庭園の一つで、私のお気に入り。小ぢんまりとしてて、カジュアルでエレガント。建築と自然の景観が見事に融合してる。一番面白いのは、園内にある10平方メートルくらいの小さな扇形の建築物で、通路、窓、天井、机がすべて扇形で、時空が歪んでいるように感じられる。通路を出たり入ったりしながら小さな小屋を一周するの、かなりサイケデリックでしょ?

秋霞圃の小さな建築物
秋霞圃の小さな建築物
時空が歪みそうな造形
時空が歪みそうな造形

自然に囲まれた優美な庭園でオーガニックサイケな体験は、また違った上海での過ごし方ができそう。
33EMYBWはビジュアルアーティストとして展覧会をやったりと精力的に活動しているよね。センスが宇宙的に前衛な33EMYBWの「ここだけは行っておくべき」なギャラリーは?

上海には、グッドな美術館やギャラリーがたくさんあるよ。その中でもお薦めするのは「Chronus Art Center」と「天线空间」。

Chronus Art Centerでの展示『人工智能的兑现:解脱』
Chronus Art Centerでの展示『人工智能的兑现:解脱』

Chronus Art Centerは、過去にAI(人工知能)をテーマにしたシリーズ展示や、ブロックチェーン技術にまつわるアート展を企画していたりと、近未来なアート体験ができそうだね。
最後に上海っ子の33EMYBWが思う、上海とはどんな場所か教えてください。

上海はとても便利だし、文化も多様だから住むには良い場所だと思う。でも、急速な発展にもかかわらず、過度の商業化や同じようなものが生み出されることによって、自分にとっては退屈で疲れる場所でもある、かな。

生まれ育った場所だからこそ出る本音、かな。

幸いにも、緊張感のある忙しい毎日を送っていても、上海の人はみんなオープンさやポジティブさを捨てることはしないから、ビジネスも変容しているし、アート市場も盛り上がっているし、アンダーグラウンド・カルチャーのスペースが多少なりとも開けてきたと感じる。

上海のアーティストは、自分たちを“インディペンデント”や“パイオニア”と呼ぶことはあまりないんだ。都市や国籍なんて関係なく、常にみんなが“スピリチュアルな故郷”を持っているということから、創作意欲が湧いてくるんだ。

33EMYBW

上海で有名な実験的ロック・エレクトロニックバンド、Duck Fight Gooseの中心メンバー。2015年、初のソロシングル『EMSYGYDL』をリリースし、ソロ活動を開始。2018年のアルバム「Golem」は批評家から絶賛され、Bandcampによって2018年のベスト・エレクトロニック・アルバムの一つに選ばれた。現在は上海のカルトレーベル、SVBKVLTのプロデューサーとして、実験的なクラブミュージックを新しい方向へと導いている。

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All Images via 33EMYBW
Words: Ayumi Sugiura(HEAPS)