大学生の時に友達を通して初めて聴いたニューヨーク・ハードコアに衝撃を受け、その衝動のままに大学を休学してニューヨーク(以下、NY)へ渡ったクリス-ウェブ佳子さん。留学生活を送る間、リアルなNYハードコア・シーンに触れ、現地の音楽を肌で感じ、そこで出会ったすべての体験が人生観を変えた。

今回、モデル、コラムニスト、ラジオパーソナリティと幅広く活躍を続けるクリス-ウェブ佳子さんに、プレイリストを作っていただきました。音楽通の佳子さんらしいクールなセレクトに注目!また、NYで見て聴いて感じた音楽体験のエピソード、ご自身と音楽との結びつきや佳子さんのライフスタイルに欠かせないモノ・コトについてもたっぷりと語っていただきました。

クリス-ウェブ佳子の官能的なプレイリストを公開!音楽と共に歩んできた半生

クリス-ウェブ佳子がセレクト「官能的」な音楽

プレイリストのコンセプトや選曲の理由は?

15曲すべて男性アーティストの曲で組んでみました。全体的に、ひとりで聴くことをイメージして、心が休まる曲をセレクトしています。このプレイリストのコンセプトは「官能的」です。

「Music is the only sensual pleasure without vice – 音楽は背徳を伴わない唯一の官能的喜びである」

これは18世紀のイギリスで“文壇の大御所”と称されたSamuel Johnsonの格言です。踊りたくなる音楽、歌いたくなる音楽、そこにいる誰もが心を通わせる音楽、場の雰囲気を創る音楽等、みんなで聴く音楽への接し方は千差万別ですよね。ただし、今回はひとりで音楽を聴く、その醍醐味を十二分に体感してもらえるような、感性や感覚に響くメロディーやファルセット、身体に刻まれるようなシンコペーション等を得意とするアーティストの「官能的」な曲をリストアップしました。

イヤホンやヘッドホンを用いて音楽を聴くことで、時も場所も問わず誰もがひとりになれます。音楽に守られる、もしくは音楽にとらわれることで現実逃避できる。そんなことをイメージして選曲したプレイリストになります。

特に想い入れのある曲は?

Joe Abioの“Baby”!彼はまだ数曲しか発表してないアーティストで、Spotifyで偶然見つけました。私、ひとつのアーティストにハマると年間を通して何度も聴くんですが、自分のSpotify上の鑑賞時間を確認すると、過去3年連続でHONNEというアーティストが1位だったのが、今はJoe Abioがそれを超える勢い。それくらい好きなんです(笑)。

佳子さんオススメの1曲を選ぶなら?

PINK SWEAT$の“Honesty”ですね。声がすごく繊細でスイートで印象的な歌声で、「この声をこの人が?」という……本人のビジュアルと声のギャップにやられました。PINK SWEAT$という名前の通り、彼のキーカラーもピンクなんです。発表している曲はまだ少ないけれど、とてもコンセプチュアルなアーティストで、注目しています。

クリス-ウェブ佳子の官能的なプレイリストを公開!音楽と共に歩んできた半生

音楽で開いた新しいドア。“自分の好き”を見つけ続ける大切さ

NYハードコアとの出会い。幼い頃から音楽を聴く環境があった?

もともと父が音楽好きで、でも自分自身は自発的に音楽を聴いていたわけではなく、受動的に聴いていたぐらいでした。それが大学生の時にIRATEというNYハードコア・バンドの音楽に突然出会い、ひとつのことに没頭している人たちの音、その魅力に初めて気付かされました。当時は今のようにネットのない時代で、もっと知りたいという気持ちのままに「NYに行こう!」と決めたんです。

日本を飛びだして通った、NYのライブハウス。

パンクやロック、ハードコアにとってメッカとも言われていたライブハウスのCBGBへ初めて行ったとき、想像していたNYハードコア・シーンの暴力的なイメージがかなり覆されました。激しいモッシュ・ピットの中で、まわりの人たちが手を差し伸べてくれたり、守ってくれたりと、暖かい人ばかりでした。音楽そのものに刺激もありましたが、そこで出会った人たちも最高で。英語を教えてもらったり、家に泊めてもらったり……18歳だった私をとてもウェルカムな姿勢で迎え入れてくれたんです。

NYで過ごした思い出から、タイムレスな1曲を選ぶなら?

IRATEの“Bronx Unity”は自分のNY時代を思い出させてくれる曲です。でも1曲に絞るなら、hatebreedというバンドの“I Will Be Heard”です!

遊学時代、ハードコアのライブには数え切れないくらい行きましたが、その中でもhatebreedのライブはツアーに同行したこともあったり、私のカメラでライブ撮影を頼まれたりもして。彼らの“I Will Be Heard”という曲がライブの時に一番盛り上がるんですが、ある日のライブで、その曲がプレイされた時に一度だけ、普段は距離をとっている危険なモッシュ・ピットにギリギリまで近づいてみたんです。すると、物の見事に膝に回し蹴りを受けてしまい……。曲が終わるまで痛みを我慢したのですが、終了後に気を失い、病院に担架で運ばれてしまいました。そんな思い出から、私にとってのhatebreed “I Will Be Heard”という曲は、NYハードコアに没頭していた自分を最も思い出させてくれる曲なんです。

Hatebreed “I Will Be Heard”

海外での経験が、自身のアイデンティティの一部を形成

NYにいる間、本当に様々な人たちとの出会いがありました。音楽もNYハードコア以外にもミニマルテクノやハウス、ヒップホップも好きになり、クラブにも通いました。当時の経験を経て、帰国後は色々と考えた結果、ファッション業界での仕事を選ぶことにしました。それでも「音楽が好き」という情熱の火は消えることはなくて、最近はラジオ番組のDJや雑誌の中で音楽の選曲をさせていただく機会に恵まれています。

NYに行く前と行った後の自分自身の一番の違いは、「やったことがない。だったら、やってやろう!」と、常に前向きな気持ちでいられるようになったことですね。全ての事は「未熟者」から始まる。その経験を経て「今の自分に至る」と思っています。誰もが最初は未経験者だけれど、「好き」を大切に育てれば、その「好き」が高じて仕事に転じるチャンスがあると信じています。だから、私自身も色々な仕事をするなかで、情熱のある未経験者は大歓迎ですし、自分の子ども達にも「自分の好き」を見つけて、それを大切にしてもらいたいと思っています。

クリス-ウェブ佳子の官能的なプレイリストを公開!音楽と共に歩んできた半生

佳子さんとお子さんの間ではどんな話をする?

子どもとも音楽の話ばっかりです。家の中にスピーカーが6台あって、基本的にずっと音楽を流しているんですけど、娘たちとそれぞれ自分のプレイリストを聴かせあったり、娘が生まれた2004年のベスト30と私が生まれた1979年のベスト30をぶつけあったり(笑)。今の時代だからこそ、私たち親子の世代間でも音楽を共有して楽しめるなって思います。Billie EilishやTones And I、BTSも娘と情報交換しあっている中で知りました。娘ともそうですし、それぞれ好きなジャンルがある音楽好きな人同士と話をすることで、どんどん聴く音楽の幅も広がりますし、自分がまだ知らない音楽を聴くのってワクワクしますよね。

子育ての中で記憶に深い1曲は?

NYでヒップホップもよく聴いていたとお話しましたが、50 Centはその当時から好きで。実は私、娘を出産するとき帝王切開だったんですが、手術中は部分麻酔で意識があったので、先生がリラックスさせる為に「何か音楽をかけていいよ」と言ってくれて、「ヒップホップかなぁ」って伝えたんです。すると先生が迷うことなく50 Centの“In Da Club”をかけてくれました。その曲のMVも手術室のシーンから始まるんです!しかも歌詞が「It’s your birthday!」で、私的には「先生わかってるっ!」って思いました(笑)。帝王切開って部分麻酔で意識があるので、ずっと首を揺らしていました。この前、その話を娘にしたら、「え、私この曲で生まれたの!? やばいね!」と感動していました。

50 Cent“In Da Club”

旅と音楽――旅先を思い浮かべる音楽は?

映画『トゥルー・ロマンス』の挿入歌で、Hans Zimmerの“You’re So Cool!”です。劇中、カンクンへ行こうと約束するシーンで流れるんですけど、この曲を聴くとリゾートに来た!という感じがして、日本から遠く離れたってことを再確認できるんです。

“You’re So Cool” Hans Zimmer(True Romance,1993)

海外に旅行へ行くと、それぞれの国で聴こえてくる音楽が違うので、気になった曲はすぐに検索アプリで調べています。旅先でアーティスト探しをすることが好きなんです。今回のプレイリストにも入れているアイスランドの歌手Ásgeir(アウスゲイル)はまさにそう。他にもデンマークの歌手MØ(ムー)も現地で知りました。

コペンハーゲンのホテルからタクシーで空港へ向かう時に車内で流れていたIggy Popの“The Passenger”は、旅の思い出の曲でもお気に入りです。午前3時半くらいで、とても眠たかったんですけど、この曲を聴いて目が覚めました。「まさに私は“The Passenger”!」と、その時のシチュエーションも相待って鮮明に覚えています。

自身の気分を演出するーー音楽と香りとは

旅先の記憶や日常でみている景色が音楽と紐づいてくるように、香りも記憶と紐づくものだと思っています。例えば、Richard Wagner(リヒャルト・ワーグナー)の楽劇“Tristan and Isolde(トリスタンとイゾルテ)”のような荘厳な音楽を聴きながら道玄坂を歩くのが好きです。視覚的に景色がざわついていても、音楽を聴いていると見る景色も変わってきますし、脳内が守られている気がします。香りも同様、自分を演出してくれたり、守ってくれるものだなと思います。いつも香水は首の後ろにつけるんです。風が吹いた時にフワッと自分だけが香ることができるので、気分があがります。

クリス-ウェブ佳子の官能的なプレイリストを公開!音楽と共に歩んできた半生

FUEGUIA 1833「Amalia Gourmand」
佳子さんが特にお気に入りのフレグランスは、アルゼンチン発のフレグランスブランドFUEGUIA 1833の「Amalia Gourmand」。自社のボタニカルガーデンで育てた植物から抽出したオイルのみを使っているので、優しく香り立つのだそう。「このブランドのフレグランスのひとつひとつの香りに付けられた名前には、文学的なストーリーがあるんです。音楽にもそれぞれストーリーがあるように、香りの背景にもストーリーがあるって素敵。香りはとても大切にしています」

クリス-ウェブ佳子の官能的なプレイリストを公開!音楽と共に歩んできた半生

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クリス-ウェブ佳子

翻訳、音楽ライター業をこなす傍ら、雑誌VERYに読者モデルとして登場。バイヤー、プレスなど幅広い職業経験で培われた独自のセンスが話題となり、2011年同誌専属モデルに。イベントプロデュースの分野でも才覚を発揮する。二女の母。現在、ラジオパーソナリティとしても活躍している。
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Photos:Nozomu Toyoshima
Words:野中ミサキ(NaNo.works)
Styling by 朝倉豊
Hair&Make-up by 福川雅顕
撮影協力:CONNEL COFFEE