カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

ポール・マッカートニー&ウイングスの「My Love」

1973年にポール・マッカートニー&ウイングス(Paul McCartney & Wings)がシングルリリースした「My Love」は、ポールが当時の妻リンダへの深い愛情を綴った希代のバラードだ。セールス面では、全米ビルボードチャートで1位、全英でも最高9位を獲得している。 

ビートルズ(The Beatles)の解散後、2つのソロ作やウイングスのファーストアルバム『Wild Life』のチャート成績が想定をやや下回っていたポールにとって、「My Love」を収録したセカンドアルバム『Red Rose Speedway』は復調のきっかけとなった記念すべき作品といえる。

ポール・マッカートニー&ウイングスの「My Love」

EMI、Apple Recordsからリリースされた『Red Rose Speedway』の英オリジナル盤は、10頁ブックレット付きのゲートフォールド仕様(見開きジャケット)。そのバックカバーには、点字にて「We Love You」と刻印されているのが特徴で、これはポールが当時敬愛していたスティービー・ワンダー(Stevie Wonder)への敬意を表したものといわれている。

「My Love」は、ウイングスのギタリスト、ヘンリー・マッカロー(Henry McCullough)による印象的なギターソロが間奏部に挿入されている。短いフレーズだが、溢れ出る愛情を綴った歌詞と、スローなテンポの曲調にぴったりマッチした、真に素晴らしいソロ演奏といえよう。また、Abbey Road Studiosで録られたストリングス・オーケストラも、この曲のムードを実に優しい雰囲気にたらしめている。

サリナ・ジョーンズの「My Love」

サリナ・ジョーンズの「My Love」

ブレンダ・リー(Brenda Lee)やキャス・エリオット(Cass Elliot)、シェール(Cher)、さらには日本の五輪真弓などもカバーしている「My Love」だが、今回はジャズシンガー、サリナ・ジョーンズ(Salena Jones)のカバー演奏を紹介しよう。アルバムタイトルもズバリ、『My Love』だ。

録音は1981年4月、ビクター青山スタジオにて、折しも同じ時期に来日公演中であった米フュージョン・グループ、スタッフ(Stuff)の5人を迎えて製作された。アルバム全編の編曲は、キーボードのRichard Tee(リチャード・ティー)。これが実に濃密でインティメイトな演奏となっている。リチャード・ティーが弾くフェンダーローズのスウィートな響きといい、コーネル・デュプリー(Cornell Dupree)のギターソロの渋いフレージングといい、私も大好きなカバーである。スタッフが伴奏を務めたヴォーカルアルバムという点からしても、たいへん貴重な演奏といえるのではないだろうか。

Words:Yoshio Obara

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