音楽の専門教育を受けたミュージシャンがアカデミックの領域にとらわれず、ポップミュージックの世界に身を投じる例は、国内外問わず数多く見られるようになった。ロンドンの芸術大学、ギルドホール音楽演劇学校出身のメンバーを擁するブラック・カントリー・ニュー・ロード(Black Country, New Road)も、その一例と見なせるかもしれない。

管弦楽器の生演奏などを含む有機的なアンサンブルで構築されるバンドサウンド、特に2025年にリリースされたアルバム『Forever Howlong』は、チェンバーポップのような色彩を帯びてはいるものの、画一的なジャンルに着地することない。またメンバーの半数が音楽の専門教育を受けている一方で、アカデミックな音楽的要素が表立って主張をすることは少ない。

アカデミックな学びは、どのようにして現在の表現へと接続されているのか。ジョージア・エラリー(Georgia Ellery)とメイ・カーショウ(May Kershaw)への取材を通して、彼女たちの背景と現在のバンド表現との関係を探る。

ブラック・カントリー・ニュー・ロード『Forever Howlong』収録曲

バンド結成以前、ふたりが芸術大学に進んだ理由

ボーカル/ヴァイオリンのジョージア・エラリーは、ギルドホールでジャズの学位を取得している。4年間にわたりジャズを中心に、ヴァイオリンで学んできた。

彼女はもともと子どもの頃からクラシック音楽に触れていたが、クラシックのコースに進むほど自分の演奏が優れているとは思っていなかったと振り返る。当時は具体的に何を目指すのかはっきりしていたわけではないが、ジャズそのものを体系的に学びたいという思いがあった。

同校を選んだ理由のひとつは、ジャズだけでなくエレクトロニックミュージックや演劇など、多様なコースが存在していたこと。どのような人々と出会えるのかという点に強い魅力を感じたのだという。

ジョージア・エラリー(Vn,Vo)

一方、ボーカル/キーボードのメイ・カーショウも幼い頃からピアノを弾いてきた。音楽と並行して数学や物理も学んでいたため、複数の学校に出願していたという。最終的にギルドホールを選んだ理由は、そこが「ワクワクする選択」に感じられたから。ただし本人は、合格できるとは正直思っていなかったと話す。

実際に入学してみると、そこには信じられないほど優れたピアニストたちが集まっていた。競争は非常に激しく、周囲の演奏レベルの高さに圧倒されることも多かった。ときには落ち込むこともあり、その環境を恐ろしく感じることすらあったという。

彼女にとってギルドホールでの最初の2年間は、「溺れているような感覚」だったと振り返る。そのなかで次第に、ピアニストとしてキャリアを築くことは自分の道ではないのではないか、という感覚も芽生えていった。

メイ・カーショウ(Key,Vo)

そんな二人は、大学で何を学習したのか。

メイは主にスズキ・メソードを学んでいた。これは「音楽を含めたすべての能力は環境によって育つ」という理念に基づき、音楽教育を通して感性と人間性を育てることを目的とした教育方法である。そして最終学年の試験では、リストの作品を演奏した。非常に難度の高い作品だが、それが当時の彼女にとっての目標だった。

ピアノを専攻していたものの、メイが特に惹かれていたのは室内楽だった。アンサンブルで演奏することが何より好きだったという。

演奏していてしっくりくるのは、ストラヴィンスキーやバルトークといった作曲家の音楽だった。リズムが前面に出た比較的後期の作品群であり、そこにはフォーク的な要素も感じられる。そうした音楽を演奏することが、彼女にとって大きな喜びだったと語った。

ジョージアの学びもまた、クラシックの枠に収まるものではなかった。

彼女はジャズピアニストのキース・ジャレット(Keith Jarrett)を研究し、特にゲイリー・ピーコック(Gary Peacock)らとのトリオ演奏を繰り返し聴いていたという。また、ブラジル音楽にも取り組んでいた。

もともと彼女はオーケストラに入りたいと思っていたわけではなかった。かといって、単純に「ジャズミュージシャンになりたい」というわけでもない。より創造的な方法で音楽を作りたいという思いが強かったのだという。

とりわけ興味を持っていたのが即興演奏だった。クラシックの演奏家にとって、即興は通常それほど重視される領域ではない。だからこそ、自分の楽器を深く理解する必要があると感じたと語る。

楽器上で音がどのように配置され、互いにどのような関係を持っているのかを把握すること。ソロ演奏を研究し、分析し、その要素を自分の演奏へ応用していくこと。大学ではそうした訓練を積み重ねていた。その経験は、現在のソングライティングにも大きく役立っていると彼女は感じているという。

では、彼女たちの学びと経験は、どのように現在のバンド表現へとつながっているのか。ブラック・カントリー・ニュー・ロードとも共演歴のある音楽家の千葉広樹が、2人に取材をした。

ジャズやクラシックの感覚は、その音にどう息づいているか

千葉:ジョージアさんが一番好きな、あるいは影響を受けたジャズミュージシャンは誰ですか?

ジョージア:アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、ニーナ・シモン(Nina Simone)のようなシンガーを聴いていました。音楽性に影響を与えるような存在としては、キース・ジャレット、ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)、あとは……マイルス・デイヴィス(Miles Davis)、ですかね。

千葉:メイさんはどうでしょう?

メイ:好きな作曲家って結構変わるんですけれども、最近は教会のパイプオルガンを使った音楽が大好きで、す。オリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen)はすごく素敵だと思います。あと、フランスのルイ・ヴィエルヌ(Louis Vierne)もハーモニーとか好きです。

ルイ・ヴィエルヌ作曲によるパイプオルガン曲

編集:パイプオルガンは、響きが好きなんですか?

メイ:大好きです。2025年の初めからパイプオルガンのレッスンも始めたので、家でも弾いています。特に教会で聴いたり、弾いたりするのは素晴らしいです。

パイプオルガンって管楽器を鍵盤で演奏するようなものなんですけど、ピアノとは音の出方というか伸び方が違うんですよ。空気が入るので、弾いた後に音の消えていく感じが違う。その音の出方が弾いていて楽しいんです。

千葉:アカデミックな音楽教育を学ばれたおふたりが、クラシックやジャズをどのような音楽として認識しているのかが知りたいです。

メイ:たぶん、私にとってのクラシック音楽というのは、「今」書かれている音楽ともかなり強く結びついていると思います。

楽譜があり、書いた人の意図があり、そしてその意図をどう実現するかを考える。別の存在としての演奏者がいる、という構造ですね。状況全体についてあれこれ考えすぎるプレッシャーを抜きにして、ただ、私たちの生活を少し良くしてくれるもののように感じています。

ジョージア:そういうクラシック音楽に対して、ジャズはもっと口承の伝統に近いものですよね。学び方も、レコードを「聴くこと」が中心。偉大な演奏家たちの演奏を聴いて、そこで何が行われているのかを学び、自分自身の中から自然に出てくるようにする、という感じ。

クラシック音楽ではオリジナルから変えるってことは実際ほとんどできませんけど、ジャズはもっと自由で、いろいろな旋律の断片をジグソーパズルのように組み合わせていけるところもあるなと思っています。

UKジャズの盛り上がりを横目に、ソングライティングは直感的

千葉:戦後日本のジャズシーンはビバップやモダンジャズ寄りのオーソドクスなスタイルが主流な傾向がありますが、近年では、音楽大学で教育を受けたミュージシャンたちが、ロバート・グラスパー(Robert Glasper)以降の感性でジャズにアプローチし、ロックやポップのシーンへと進出する例も増えています。UKジャズの盛り上がるロンドンでは、状況はどのような感じでしょうか?

ジョージア:似ていると思います。私もロバート・グラスパーのライブを観たときのことをよく覚えていますが、もう「わあ……!」という感じで、「ジャズってこんな音だったっけ?」という印象でした。

UKのジャズシーンではトリニティ・ラバンという音楽学校から出てきている人たちが多くて、エズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)が有名ですよね。

エズラ・コレクティヴのパフォーマンス映像

メイ:私の学校の友人の多くはジャズミュージシャンや、エレクトロニックミュージックのコースにいた人たちでした。すごくいい状況だと思います。本当に幅広い音楽が生まれていくのを見るのは楽しいです。

ジョージア:私のいたコースの人たちは、最初からジャズミュージシャンになりたいと思っていた人もいたと思いますし、半分くらいは「別のことをやろうかな」と考えていたと思います。

ザ・ラスト・ディナー・パーティー(The Last Dinner Party)やファット・ドッグ(Fat Dog)のメンバーもそうですし、サンファ(Sampha)やジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)のバンドに参加している友人もいます。

千葉:ブラック・カントリー・ニュー・ロードもこうした近年の流れの中に位置付けることもできそうですが、楽曲を書くときに、意図的にクラシックの和声やジャズの技法を作曲の中に取り入れることはありますか?

メイ:私たちは二人とも、直感的に曲を書いていると思います。これまでにたくさん聴いてきたから、ジャズやクラシックは他の音楽より重みを持って私たちの中にある、という感じかも。

ただ書いていて少し厄介な部分にぶつかったときには、理論を使って、別のところへ抜け出す糸口になることはあります。学びを通じて自分の中に取り込んだものが、楽曲の中にも自然と表れているんだと思います。

ジョージア:ほとんど同感ですね。

ジャズやクラシックよりも、バンドにとって大切なこと

千葉:おっしゃるように、あなたたちの音楽を聴いている限り、アカデミックな音楽の要素があまり表に出ていないのが不思議でした。どういうふうにブラック・カントリー・ニュー・ロードの音楽は形作られているんでしょうか?

メイ:そんなに「能動的」に聞こえるものではないですよね。バンドの半分は音楽を専門的に学んでいませんし、それは作曲プロセスにも影響しています。「これが気持ちいい」と感じたらそれをやるというように、とにかく感覚が優先されることが多いんです。

左上から時計回りに:ルーク・マーク(Gt)、ルイス・エヴァンス(Sax,Vo)、メイ・カーショウ(Key,Vo)、ジョージア・エラリー(Vn,Vo)、タイラー・ハイド(Ba,Vo)、チャーリー・ウェイン(Dr) / Photo by Eddie Whelan

千葉:直感を大事にしているんですね。ブラック・カントリー・ニュー・ロードの音楽において、最も大切な感覚はどこにあるのでしょうか?

メイ:そうですね……それはメンバーだと思います。それぞれの音楽的な嗜好、その集まりこそが、私たちがやりたいことなんだと思います。私たち含め、6人で嗜好は一緒に変化してきていると思うし。

ジョージア:私もそう思います。楽器の数も私たちの音楽を特徴づけている点だと思いますし、それは作曲のプロセスや、レコーディングの進め方そのものにも関わっているんじゃないかな。

メイ:そう思う。ブラック・カントリー・ニュー・ロードというのは、6人それぞれがいて、その嗜好が重なり合う場所、みたいなものなんです。

2023年に公開されたブラック・カントリー・ニュー・ロードのライブ映像作品

編集:何かサウンドを形成する固有のバンドのセオリーがあるというよりも、この6人の集合体であることが大切だと。音楽産業や社会も激しく移ろっている時代ですが、そういうふうに思い合える人たちで音楽をやれていることはきっと、心の支えになりますよね。

メイ:そういうふうに音楽に向き合うと、いつもハッピーで、いつも素晴らしいものになるけど、同時にとても繊細な瞬間がたくさんあるんです。

もちろん、妥協もよくありますし、常に全員の好みが完全に一致しているわけではありません。それでも、できるだけそうした「中間地点」を見つけることでやってきた、という感じですね。

編集:そうやって折り合いをつけながら、自分たちの居場所を作ってきた、と。

メイ:その中間地点も、少しずつ常に変わってはいくんですけどね。でも、それが私たちにとってすごく重要な部分だと思います。

Black Country, New Road

2018年、英・ケンブリッジシャーで結成されたロックバンド。バンド名はWikipediaの「おまかせ表示」で見つけた、英・ミッドランドに実在の道路の名前に由来。2025年4月、3rdアルバム『Forever Howlong』を発表、12月には東名阪来日ツアーを実施した。

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千葉広樹

ベーシスト/作曲家。岩手県盛岡市出身。コントラバスと電子音によるサウンドスケープを奏でる音楽家。これまでに『Hiroki Chiba + Saidrum』(2008年)、Kinetic『db』(2016年)、『Eine Phantasie im Morgen』(2017年)、『Nokto』(2018年)、『Asleep』(2019年)を発表した。最新作は2025年1月に公開された吉田大八監督の映画『敵』のサウンドトラック。

Interview:Hiroki Chiba & Shoichi Yamamoto
Photos: Tatsuya Hirota
Edit:Shoichi Yamamoto, May Mochizuki
Translate: Emi Aoki

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