レコードの原点、SP盤。太い音溝や78回転といった独自の構造、そこから生まれる骨太な音など、“古いだけじゃない”魅力がそこにはあります。オーディオライター・炭山アキラさんが、その再生方法や、時代を超えて今も支持される理由を解説します。
SP盤ってどんなレコード?
多くの皆さんが楽しんでいるレコードは、LPとシングル盤でしょうね。その仲間にはEP盤やコンパクト盤などがあり、以前にまとめた記事があるのでよかったらそちらも参照してください。
それら、俗にいうヴァイナルたちのご先祖様、というべきレコードがあります。SP盤です。ヴァイナルはその名の通り塩化ビニールが主素材ですが、SP盤はシェラックと呼ばれる天然樹脂が主成分で、それに酸化金属や鉱物系の微粒子が練り込まれています。
塩化ビニールは少しくらい力をかけてもしなやかに曲がりますが、シェラックは固くて脆く、すぐに割れてしまうから細心の注意が必要です。また、塩化ビニールはカビが生えてもよほど長く放置しない限り冒されることはありませんが、天然樹脂のシェラックはカビが生えやすく、容易に冒されてしまいます。音溝の奥までダメージが及ぶことは少ないものですが、保管には細心の注意が必要です。
ところで、なぜ両者はこの材質になったのでしょうか。それは、第二次世界大戦中に軍事技術が爆発的な進歩を遂げ、それでやっと開発されたのが塩化ビニールで、それまではシェラックをはじめとする天然樹脂しかなかったのです。

それも、エミール・ベルリナー(Emil Berliner)が発明した最初の円盤レコードは、エボナイトと呼ばれるゴムと硫黄の化合物でした。しかし、ジリジリジャージャーと猛烈なスクラッチノイズを立てるエボナイトから、よりノイズが少なく好ましい素材として変更されたのがシェラックだったのです。つまり、SPもヴァイナルもその折々で最善の素材を使ったディスクだった、というわけですね。ちなみにシェラックは、主に熱帯地方で樹木に寄生するラックカイガラムシという虫の分泌物を精製したもので、高分子化学が劇的に発展した現代においても、なお相当の量が生産・利用されています。
LPやシングル盤の音溝の幅は、約0.05mmといわれます。一方、SP盤は0.1mmと音溝が太く、さらに78回転という猛スピードで回ります。LPは33 1/3回転、シングル盤が45回転ですから、LPの2.3倍、シングル盤とでも1.73倍ということになります。実際に回転するSP盤を目にすると、「こんなに速いのか!」と驚かれることと思います。
ですから、当然のことながらSP盤は収録時間が短く、主流の25cm盤で約3分、30cm盤でも5~6分が限界でした。LPはギリギリ詰めれば30分、シングル盤でも8分くらい収録できますから、大変な違いです。SPの時代からクラシックのシンフォニーなども商品化はされていましたが、1曲を聴き終えるのに30cmの盤を何枚もかけ替えなければならず、また収録の際にも指揮者とプロデューサーが「何小節目でいったん区切り、次の面で再開するか」を、事前にしっかり打ち合わせておかなければならなかったそうです。
一方、25cm盤は当時の歌謡曲などにちょうど良いサイズと重宝され、よく売れたようです。だからでしょうね、戦前の日本で大ブームとなっていた浪花節や、邦楽の長唄などのレコードは、25cm盤の組み物となっている作品をよく見かけます。
SP盤はその太い音溝と速い回転スピードのため、今から見れば収録時間が短くて商品性に欠けるように感じられます。しかしそれは逆で、実際はそういったSP盤の欠点を改善するために開発されたのが、LPとシングル盤なのです。LPは長尺の楽曲を収めやすいように、シングルはポップスや歌謡曲などをよりコンパクトかつ高音質に収めるため、それぞれ産み出されたといってよいでしょう。

録音も演奏も一発勝負。SP盤の音の魅力
ならば、SP盤は過去の遺物として忘れ去られるべき存在なのでしょうか。いえ、決してそんなことはありません。1887年にエミール・ベルリナーが発明した円盤レコード以来、1960年代の初頭にヴァイナルへ取って代わられるまでに収録された音楽は膨大なものがありますし、その時々にしか遺せない貴重な文化遺産といえます。例えば、歌手の霧島昇はステレオ時代になってから、自分の持ち歌を再収録したレコードを残しましたが、SP盤で聴かれる全盛期の歌声の方に惹かれるという人は、決して少なくないと思います。
また、意外に思われるかもしれませんが、音質的にもSP盤は大いなる魅力があるのです。ほかならぬ太い音溝と速い回転速度が、その大きな要素となります。確かにジリジリいうスクラッチノイズは多いのですが、そんなノイズなどものともしない骨太の音楽が耳を直撃する醍醐味は、一度味わったらクセになること請け合いです。
特に戦前のSP盤は、当時まだ高品位のレコーダーが世に存在していなかったものですから、スタジオの演奏を直接ワックス盤と呼ばれる原盤へ刻みつけていました。つまり、今でいう「一発録り」だったのですね。テープレコーダーを介さない分だけ音の鮮度が高く、また後から編集して失敗した部分を差し替えることができませんから、録音スタジオ内には緊張の糸が張り詰め、そのせいでピシリと締まった演奏が多くなったともいいます。つまり演奏・録音とも、私たち後世の人間が抱く先入観よりずっと優れているのですね。
SP盤を聴くために必要なもの
そんな魅力的なSP盤を楽しむには、何を用意すればよいでしょうか。お手元にSPレコードがあるようでしたら、78回転に対応するプレーヤーとSPの太い音溝に対応したカートリッジがあれば、とりあえず再生することはできるようになります。
オーディオテクニカでいえば、AT-LP120XBT-USBとAT-LP8Xが78回転で回すことができます。しかも、この両モデルは付属カートリッジのAT-VM95Eの交換針にSP用のAT-VMN95SPが設定されていますから、針先を替えるだけでSP対応へ生まれ変わることになります。
先に「とりあえず再生することができる」と書いたのは、残念ながら現在のヴァイナルとSP盤はイコライズ特性というものが違い、例えばAT-LP120XBT-USBの内蔵フォノイコライザーで再生すると、盤によって高域が曇って鼻が詰まったような音になったり、そうかと思えばガシャガシャと聴きづらい音になったりしてしまいがちです。ちなみに、これはモノラル時代のヴァイナルでも多く起こる現象です。
それを避けるには、イコライズ・カーブを調整できる高級フォノイコライザーを導入するのが最も”正しい”やり方ですが、そこまでしなくても例えばお使いのアンプにトーンコントロールが装備されていたら、それを使ってあなたの耳に自然な音となるよう調整すればいいでしょう。私もSPは愛好していますが、イコライズ・カーブ調整式のフォノイコを持っておらず、トーンコントロールで自分流に整えて楽しんでいます。
今も聴き継がれる理由とは
かつてのSP盤の再生機器には、電気を使わずに音楽が再生できる「アコースティック型」の蓄音機があります。堅いシェラック材に太く深く刻みつけられた音溝へ鉄製の針を落とし、その振動を大きなホーン(ラッパや朝顔のような、先が大きく広がる筒)で拡大して音楽を奏でる、という方式です。ごく簡易なポータブル型からちょっとした食器戸棚くらいある大型機まで、特に電気による音楽信号の増幅ができなかった1910年代くらいまでは、膨大な数の蓄音機が世を賑わせていたといいます。
私もいくつかの蓄音機で音楽を聴いた経験がありますが、それらの多くはいささか信じられないほど大きな音量を聴かせ、周波数レンジこそ狭いものの、音楽が骨太で力強く吹っ飛んでくるという印象だったものです。そういう音に魅せられ、往年の名器と呼ばれるプレーヤーを慈しみながら使い続けている人は、決して少なくはありません。
電気がいらない省エネの再生装置ですし、それならもっと蓄音機趣味を奨励すればいいのに、と思われた方がおいでかもしれません。しかし、そこにはいくつかのジレンマがあるのです。まず、あれだけの音質で再生するには、盤面に鋼鉄製の針を100gを超える重さで押し付けなければなりません。いくら硬くて丈夫なシェラック盤でも、その重みにはとても耐えられず、音溝がどんどん劣化してしまうのですね。SP盤が現役で生産されていた頃なら買い替えもできましたが、もちろん今となっては絶望的です。
また、鉄針の方もあっけなく摩耗して、かつては片面再生ごとに交換しなければならないとされていました。現在売られている鉄針の一部には、レコード数枚分かけても大丈夫というものもありますが、電気再生のダイヤモンド針とは比べ物になりません。
鉄針の代わりに竹製の針を使うと、音がマイルドになって盤面にも優しいということで、愛好なさっている蓄音機マニアもおいでですし、商品としてもまだ販売されています。しかし、竹針は音量が小さくなり、また1面かけるごとに自分で先端を切り直して使わなければならないなど、扱いが難しいものでもあります。それに、鉄針より盤面を荒らしにくいとはいっても、電気再生とは比べ物になりません。
それではなぜ、電気再生の方が盤面を傷めにくいのか。いうまでもありませんが、針圧が軽いからです。前述の通り100gを超えるアコースティック再生に対して、電気再生のカートリッジは2~10g程度しか針圧がかかりません。これくらいだと、盤面と針先をしっかりクリーニングしていれば、音溝はほとんど傷むことがありません。
SPレコードは貴重な文化遺産ですから、保全のために電気再生を奨励したいものです。しかしその一方で、アコースティック蓄音機の大いなる音楽再生の世界だって紛れもない文化遺産ですから、軽々に喪ってよいものではありません。私自身は少しずつ手持ちSP盤を増やしつつ、それらを万全にクリーニングして電気再生で楽しみ、後世へその盤を残していくことを優先したいと考えています。
Words:Akira Sumiyama