昭和時代、日本独自のポピュラーミュージックとして数多くの名曲を生んだ「歌謡曲」。その魅力をひも解く本企画では、アーカイヴァーの鈴木啓之さんにご案内いただき、世代を超えて愛され続ける名曲をその背景とともに紹介していきます。
今回とり上げるのは、岩崎宏美の「シンデレラ・ハネムーン」。圧倒的な歌唱力と存在感で70年代後半の歌謡界を彩った彼女の代表曲とともに、その魅力と輝きをたどります。
50周年、37年ぶりに紅白の舞台へ
年の瀬が近づき、今年も『NHK紅白歌合戦』の出場歌手が発表された。最近ではアーティストという呼ばれかたが一般的となったが、この番組に関してはやはり歌手という表現の方が似合う気がする。なんといっても “歌合戦” なのだから。
昭和~平成の頃に比べると顔ぶれもずいぶん変容したが、それでも昭和の時代から活躍してきた歌手の名前もいくつか見受けられる。白組だと、通算38回目の出場となる郷ひろみ、今回が26回目の布施明はデビュー60周年に因んでの久々の出場。紅組では、実に48回目となる石川さゆりを筆頭に、37回目の坂本冬美、30回目の天童よしみらの演歌勢が健闘している。そして15回目の出場となる岩崎宏美は、デビュー50周年を迎えた “周年組” のひとりとして、37年ぶりに紅白のステージを踏むことになる。
デビューした年はトップバッターで紅白初出場
ヒロリンの愛称でお馴染みの岩崎宏美は東京・江東区深川出身の下町っ子で、三姉妹の次女にあたる(三女はやはり歌手の岩崎良美)。オーディション番組『スター誕生!』の決戦大会で8社からスカウトされて、芸映に所属し、ビクターレコードから1975年4月25日に「二重唱(デュエット)」でデビュー。キャッチフレーズは「天まで響け岩崎宏美」だった。
アイドルでありながら歌唱力も秀でており、7月発売のセカンドシングルの「ロマンス」が大ヒットして、『第17回日本レコード大賞』をはじめ数々の新人賞を受賞する。『第26回NHK紅白歌合戦』にも紅組のトップバッターとして初出場して「ロマンス」を歌った。
同年10月に出された3枚目のシングル「センチメンタル」が翌1976年の第48回選抜高校野球大会の入場行進曲に選ばれるなど話題も豊富で、その後の「ファンタジー」「未来」と安定してヒットを連ねた。
1976年は続いて「霧のめぐり逢い」「ドリーム」、そして翌1977年初頭に出された8枚目のシングル「想い出の樹の下で」までは一貫して作詞:阿久悠、作曲・編曲:筒美京平(デビュー曲のみ編曲は萩田光雄)のコンビが手がけている。
曲毎に岩崎の歌唱にもさらに磨きがかかり、作家と歌手の信頼性が高まってゆく様子が窺える。以降は作詞の阿久悠を軸に、大野克夫、穂口雄右ら1作毎に作曲家が入れ替わる体制となり、1977年9月の通算11枚目のシングル「思秋期」では『第19回日本レコード大賞』の歌唱賞を受賞している。三木たかしが初めて岩崎に曲提供した本格的なバラードナンバーをしっとりと歌い上げて新境地を拓いた。
あの名曲、実はテンポは速くない?
やがて1980年代になるとアイドルから脱却して大人のシンガーへ。「聖母(マドンナ)たちのララバイ」をはじめとするヒットで活躍を続けるわけだが、アイドルのカテゴリーにあった1970年代の岩崎宏美のベストヒットを選ぶとすればどの曲になるだろうか。
優れた曲ばかりなので極めて難しいところだが、あくまでも好みの問題で割り切ると、個人的には川口真が作曲した1977年の「熱帯魚」をまず挙げたい。恋愛に奥手な女性の心理描写が妙にリアルな阿久悠の詞と、躍動的な川口の曲が絶妙に絡み合う傑作。しかしそれ以上にベストソングに推したいのが、1978年の「シンデレラ・ハネムーン」である。
近年では、日本のダンスチーム、アバンギャルディがアメリカの人気オーディション番組『America’s Got Talent(AGT)』出演の際に使用して以来、YouTubeやTikTokなどのSNSを通じて世界的に話題になったことも記憶に新しい。
「想い出の樹の下で」から僅か1年半ぶりの筒美京平作品ながら、他作家の作品を間に5作挟んでいるのでかなり久々な感じがする。次作からはデビュー以来携わってきた作詞の阿久悠も一旦離れるので、ある意味節目の作品といっていいだろう。チャートのトップ10入りこそ果たせなかったものの、岩崎にはやはり筒美の曲が合うことを実感させられた。「センチメンタル」「ファンタジー」などで確立されたディスコ歌謡路線の完成型ともいうべき曲はイントロからグッと惹き込まれ、猛スピードで最後まで突っ走る。
実は改めてレコードを聴くとそこまでテンポは速くない曲なのだが、先述のアバンギャルディの影響によってスピードアップバージョンの公式配信を望む声が相次ぎ、その要望に応えたビクターエンタテインメントから2023年に「シンデレラ・ハネムーン(スピードアップバージョン)」が配信されている。
リアルタイムで視聴してきた世代にとっては、生放送が多かったテレビの歌番組でテンポアップされて歌われていた印象が強いのかもしれない。あるいはコロッケのものまねの影響かも(苦笑)。
改めて詞を読むとどうやら不倫の歌であるらしいのだが、そんなことはつい忘れてしまうほど曲の威力と魅力が炸裂した大傑作である。昭和の歌謡曲を代表する作詞家の阿久悠と、作曲家の筒美京平、ゴールデンコンビによる渾身の作は『第20回日本レコード大賞』金賞受賞。4回目の出場となった『第29回NHK紅白歌合戦』のステージでも披露された。久々となる今年の紅白歌合戦ではどんな選曲とパフォーマンスが見られるであろうか。
鈴木啓之
アーカイヴァー。テレビ番組制作会社勤務、中古レコード店経営を経て、ライター及びプロデュース業。昭和の音楽、テレビ、映画を主に、雑誌への寄稿、CDやDVDの企画・監修を手がける。著書に『東京レコード散歩』『昭和歌謡レコード大全』『王様のレコード』ほか共著多数。FMおだわら『ラジオ歌謡選抜』、MUSIC BIRD『ゴールデン歌謡アーカイヴ』、YouTube『ミュージックガーデンチャンネル』に出演中。
Words:Hiroyuki Suzuki