リズムマシンの歴史を更新してきたローランドが、新たなフラッグシップとして送り出した「TR-1000」。その開発は、単なる後継機ではなく、「TR-808」や「TR-909」といった名機が築いてきた “アナログの音” を、およそ40年の時を経て現代にどう引き継ぐかという問いから始まっている。なぜ同じ回路では同じ音にならないのか。なぜ人は、わずかに揺らぐ音に魅力を感じるのか。そして、効率化が進む時代において「音を作る過程の楽しさ」はどのような意味を持つのか。

TR-1000の開発リーダー、田原大地氏へのインタビューから、楽器と音楽の関係、その本質に迫る。

約40年ぶりの新章、TR-1000開発の出発点とは

TR-1000のそもそもの開発のいきさつから教えていただけますか。

2018年に当社が発売したTR-8Sというリズムマシンがあるのですが、そちらは価格帯的にもミドルレンジの製品だったので、それ以上のもの、フラッグシップとなる製品が市場から求められていました。アメリカの企画担当者が立案し、それを日本で開発する形で、2022年ごろから計画はスタートしました。

TR-8Sも含むAIRAシリーズは「Create TODAY Play TONIGHT」というキャッチコピーがありましたが、演奏が手軽にできることが強みでした。それに対してTR-1000は「音を作り込む」ことに重点を置いています。もちろんクラブなどに持ち込んでプレイすることもできますが、どっしりと腰を据えて、一から音を作り込んでいく、というのがコンセプトですね。

オリジナルのTR-808もTR-909も、オークションなどで、すごい値段で取引されていますよね。それはメーカーとしてはちょっと心が痛い部分もあったので、それよりも入手しやすい価格帯で、アナログの音をお届けする……というのが、TR-1000に課されたミッションでした。

TR-808やTR-909といった、今でも人気のある名機を引き継ぐような新たなマシンの開発は、プレッシャーではありませんでしたか?

そうですね、やはり「オリジナルの音と違う」と言われるのは一番の懸念でした。過去のマシンの回路はネットに出回ってますが、あれをそのまま再現しても、TR-808本来の音にはならないんですね。

開発する過程のアーティストからのフィードバックには「分離感が違う」「風邪をひいた鼻声のようなシンバルの音だ」というような厳しい反応もありました。それを一個一個、修正していった感じです。

回路図を再現しても、なぜオリジナルの音にならないのでしょうか?

今の世の中に現存するTR-808もTR-909も、経年でパーツが劣化しているんです。なので新しいパーツで組み立てると、当然、音が違ってしまうんです。あと、出回っている回路図には間違いもありますね。

アナログの電子楽器には、経年による「ヴィンテージ性」がある訳ですね。ローランドとしては「アナログの音」というものを、どのように捉えているのでしょうか?

やはりアナログ特有の存在感ですね。よく「アナログは低音が強い」という評価がありますが、高域にもアナログの特徴はあると思います。サンプリングされた音、つまり96kHzで波形を分割していくと、どうしても48kHz以上のところでノイズが入ってくる訳ですけど、アナログだと入ってこない。なので、特にハイハットのような金物系の音で、アナログかそうでないかの差は出てくると思います。

そもそも「良い音」というものは、どのように定義されると思われますか?アーティストが気持ちよく演奏できる音なのか、数値的な理想に近い音なのか、考え方はいろいろありそうですが。

「埋もれない音」というのは、良い音の一つかと思います。他のトラックと混ぜた時に、ちゃんと存在感が残せるような音ですね。

それと自分の体験として、TR-1000が発表されて、YouTubeでその音を聴いた時も「良い音だな」と感じたんですよ。聴く環境で音の良さが左右されない、というのもあるかもしれません。

それと、アナログ特有の、いい意味での「不安定さ」も良さかもしれません。録音して波形を見るとわかりますが、同じドラムの音でも、毎回少しずつ違う。ノイズのソースもアナログなので、スネアのスナッピー(裏側のスナッピー線による反応音)なんかも打つたびに周波数がわずかに変わります。

正確で規則正しい音ではなく、よく見ると微妙に違う音が鳴っている状態が「良い」とされるのは、不思議ですね。

やっぱり、ずっと同じものが鳴っているのは、飽きてくるのかもしれません。音が違うことに「生」の良さがあるのではないかと。テクノやハウスのような、ミニマル(繰り返し)な音楽だと特にそうで、音に「揺れ」があることが一つのポテンシャルになるのかなと思います。

そういったアナログの音の良さが、広く認められ始めたのはいつ頃だと思われますか?

90年代後半〜2000年代前半にかけては、デジタルの制御も簡単になって、電子楽器もPCM音源が中心になっていったと思います。さらに制作環境はPC/DAWが主流となり、ソフトウェアの音源を誰もが使うようになってきた。その結果、逆に「質感」や「手触り」を求めて、アナログの良さっていうのが認められるようになってきたのではないでしょうか。2010年代には既に、そういったアナログを良しとする空気があったと思います。

デジタルが普及し切った結果、揺り戻しのようにアナログの再評価があったと。

具体的に、何かきっかけとなる大きな出来事があった訳ではないと思いますが。ただ、EDMの人気で、ダンスミュージックがより一般化したことで「このキックのズンズンという音は、TR-909というもので作られてるらしい」という認識も、広がったと思うんです。それでミュージシャンは皆、サンプリングされた909のキックなどを使い始めるけど、どうもしっくり来ない。

そこでスタジオであったり、古参のミュージシャンのもとであったり、オリジナルのTR-909に触れることで、音の違いに気づいて「やっぱりアナログはいい!」という考えに至った……というようなストーリーかな、と思いますね。

先程の回路図の話ではないですが、TR-808・TR-909はクローンやコピー製品も出回っていますよね。それはオリジナルであるローランドとしてはどういう風に見ていましたか?

「やってるな」というか、社内でも、人によっては面白くないと感じているかもしれません(笑)。私個人としては、それだけTR-808やTR-909が評価されている証拠のようにも感じますね。当社が保有している権利を侵害されることはNGですが、クローンやコピーによって、ますますオリジナルが注目されていくのは、悪い流れではないと思います。

オリジナルにはない機能が搭載されたクローンも「わかってるなぁ」と思うことがありますね。オリジナルに足りない部分を見抜いているというか。そもそも、現存するTR-808もTR-909も、改造して使うのが当たり前になっていますよね。なのでTR-1000には、オリジナルの再現はもちろんですし、改造機やクローンでは実現し得ない新たな機能を盛り込んでいます。

オリジナルには無く、TR-1000に盛り込まれた機能には、どういうものがありますか?

例えば、TR-808のバスドラムのチューニングが変えられるようになってますね。現代のヒップホップのベースラインならお馴染みの音ですが、サンプリングしてではなく、アナログのまま音程を変えて鳴らせるようになっています。ディケイ(音の伸び)も発振するまで伸ばすことができます。

面白いのは、カウベルですね。ピコ太郎さんの『PPAP』のような、キレイな音にもできるんですけど、ちょっと音痴なような、マイナー風の悲しい音にもできます。これも、オリジナルのTR-808だと、個体によって微妙に音程が違うんです。そういう個体差も、TR-1000なら再現できますね。

こうした機能の背景には、実際の制作現場やミュージシャンの声も大きく関わっていると思いますが、開発時にはどのようなフィードバックが寄せられていたのでしょうか?

印象的だったのは、デトロイトのアーティストですね。レコードで曲を出すことが前提なので、周波数が高すぎる音は針飛びや歪みの原因になり得るということで、ハイハットのピッチを下げるようなパラメーターのリクエストがありました。ヨーロッパのアーティストだと、TR-909系の硬い音を求められる場面が多かったように思います。

フローティング・ポインツ(Floating Points)は、機材そのものの見た目について言及していました。アーティスト視点では、このくらいの見た目がいいと。

ボタンがギラギラ光る機材ではなく、こういう無骨なデザインが良いということですか。

TR-1000は「質実剛健」というのが一つのテーマだったので、このデザインに落ち着きました。皆さん、購入後に自分でマスキングテープを貼って、トラックやノブの詳細を書いたりしますからね。

エジプシャン・ラヴァー(Egyptian Lover)は、「この筐体に全部入っているのがいい」という風に言ってましたね。他に繋がなくても、エフェクトも既にこの中に入ってるし、一台で完結するのが良いと。

手を動かすことの意味は、これからも残り続ける

発売後もアップデートをリリースしていくとのことですが、どのように「進化」していくのでしょうか?

単純なバグ修正ももちろんありますが、エフェクトの追加などもありますね。ローファイ・ヒップホップ向きなノイズ、汚し系のエフェクトも追加していく予定です。

現在は手軽な作曲ソフトもあるし情報も手に入りやすい時代ですが、それ故に、何から始めて、どういう音を選べばいいのかで悩むミュージシャンも多いのではないかと思います。それが、ことドラムに関しては、TR-1000があれば、どう作り込んでも間違いはないように感じました。

そうですね、リズムを作る上で、まず最初にTR-1000を入手する、というのはひとつの正しい選択なんじゃないかと思います。必ず抜ける良い音ができると思いますし、ハウスやテクノを作るために買った人が、あとあと違うジャンルに興味を持っても、対応できると思います。

効率の面で言えば、パソコンで音楽を作った方が「早い」とは思います。出先でも、曲が作れますしね。ただ、それと「楽しさ」はまた別だと思います。AIの話でもよく言われますが、創作する過程、作品を作っていくことそのものの「楽しさ」は、体験として面白いですよね。

そういう、音を作ること自体を楽しむマシンとして、TR-1000は良いんじゃないかと思います。

人が実際に感じる楽しみ、という点は、AIでは補えない部分ではありますね。

例えば、料理もAIが作ってくれるようになったとしたら、人によってはかなり残念なんじゃないかと思います。作る途中の、ちょっとした分量で味が変わっていくのが面白いのに、その機会を奪われるというか。

音楽もそういう風に「今日はちょっといつもと違う作り方をしてみよう」「テクノやハウスではなく、ダブステップをやってみよう」という風に過程を楽しむのが、醍醐味じゃないかと。TR-1000のようなアナログのハードウェアが、そのきっかけになるんじゃないかと思います。

ベースシンセサイザーのTB-303によるアシッドハウスだったり、ダンスミュージックでは偶然というか、思いがけないかたちで新しいジャンルが生まれますよね。そういう面白いアクシデントは、実際に手を動かしている最中にこそ生まれる気がします。

楽器を作るのはあくまでも手段であって、ローランドの目標は「新しい音楽文化を作っていくこと」です。楽器は、あくまでリードでしかない。新しい音楽を生むのは、アーティストとメーカーのキャッチボールだ、というようなことも、社内でもよく言われています。

TR-808を開発した菊本忠男さんも、TR-808の低音のポテンシャルを後から知ったそうですね。

開発時に使っていたスピーカーは低音が出ないものだったので、市場に出てからその事を知ったそうです。もし開発時に良いスピーカーを使っていたら、TR-808キックの低音は危険という理由で削られていたかもしれませんね。

ローランド株式会社

デジタルピアノ、シンセサイザー、電子ドラム、ギター関連製品、アンプ、DJ 機器、映像・音響機器などを開発・製造している電子楽器メーカー。1972年の設立以来、最先端の技術で新しい「音」を常に追求しながら、世界初、国産初の製品を数多く創出。プロ・ミュージシャンからアマチュア・ユーザーまで、世界中のクリエイティブな人々とともに未来を創る「WE DESIGN THE FUTURE」をブランド・メッセージとして掲げ、音楽や映像の新たな可能性を切り拓いている。

HP

Words:Shoichiro Kotetsu
Photos:Yusuke Sato
Interview:Shoichi Yamamoto
Edit:May Mochizuki

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