The Trilogy Tapesや12k、直近ではロンドンのエクスペリメンタルレーベルとして注目を集める33-33からもリリースを重ねてきたAkhira Sano。 画家でもある彼の作風は音楽においてもドローイングにおいても一貫していて、極めて繊細で綿密なデザインが強烈な引力を放つ。 これまでライブパフォーマンスを行うことは稀だった彼だが、2023年はforestlimitやSPREADといったヴェニューで頻繁にライブセットを披露している。

キャリア初のインタビューで、まだ謎の多い彼のバイオグラフィーを探った。

ヒップホップからアンビエントへ

今年はIIKKIからリリースした『Shadow’s Praise』を皮切りに、12kからリリースした『Phase Contrast From Recollection』や33-33からの『Far More Decentralized』など、多くの作品を発表されました。 いずれも実験音楽やアンビエントの優れた作品を扱ってきたレーベルですね。

ありがたいです。 12kのレーベル・オーナーであるTaylor Deupree(テイラー・デュプリー)さんは、彼自身の作品に出会って以来憧れの存在でした。 12kのサブ・レーベルでRichard Chartier(リチャード・シャルティエ)さんがやっているLINEという電子音楽系のレーベルがあって、以前そこにリリースの相談を持ちかけたことがあったんです。 そのときに「ちょっとウチはダメだけど、Taylorに聞いてみるよ」と取り合ってくれたおかげで、12kからのリリースが決まりました。

Sanoさんの音楽遍歴を近くで見てきた身としては、学生時代はRoland SP-404などを使ってヒップホップトラックを作っていて、その後ハウスミュージックやIDM的な音楽にも傾倒した時期を経てビートレスな音楽に突き進み始めたことに、当時少し驚きも感じました。 Taylor Deupreeの作品を聴き始めたのはいつごろ、どんなきっかけだったんですか。

Apple Musicのおすすめにたまたま出てきたんですね。 その頃はちょうど、アンビエントの音楽を作り始めた時期で、東京に戻ってきた時期です。 僕は大学を卒業してから地元の新潟に帰って仕事をしていたんですが、25歳くらいになってもう一度東京に戻ってきたんです。

それまではずっとヒップホップのトラックを作っていたのですが、本当に作りたいものはこれなのか?ということを、すごく考えていた。 自分のバックグラウンドを色々と振り返ってみて気づいたのは、基本的に僕にはバックグラウンドが無いということでした。 幼少期や学生時代に音楽や芸術をやってきた人間でもありませんし。

ヒップホップ時代の作品も非常に完成度の高いものだったように思いますが、ルーツに根ざしたものではなかったと。

そうなんです。 だけど、何かをつくりたいという欲望だけは強くあるんです。 何をつくりたいかは分からないけれど、欲求だけはただただある。 この暗中模索な状態のままで作れるものはないのか、という気持ちで可能性をずっと探していました。 その時期に色々なジャンルの音楽を聴き漁ったなかで、アンビエントが自分にとってすごく自由に思えたんです。 拍がなくても良いし、メロディーやハーモニーも自由度が高い。

また、ヒップホップはライフスタイルやファッション、態度や思想的なものを含めて体現するものだと解釈していたので、どうしても自分のパーソナリティと紐づかないという感覚が拭えなくて。 自分から自然に生まれてくるのがヒップホップだと言えないことに不自然さみたいなものを感じていたんだと思います。 そうできればよかったんですが。

作品の構造、インスピレーション

作品の構造、インスピレーション

確かに、ビートには文化的な文脈が紐づいているものだと思います。 実際にビートがないものを作ってみた時、しっくりくるものがあったわけですか。

はい。 ドラムやリズムにパターンを作る上では「こうじゃなければいけない」という意識がどうしてもついて回っていたので、(アンビエントは)起承転結すらなくて良いということに面白さを感じました。 もちろん、自由度が高いゆえの難しさもありますが。

アンビエントと一口に言ってもその作り方や構造は千差万別なわけですが、Sanoさんの音楽はあらかじめ頭のなかに完成された絵があって、それを具体化していくような構造なのかなと思っていたのですが、いかがですか。

結構それに近いかもしれないです。 ある程度フレームみたいなものが自分の中にあって、それをかたちにするための方法を考える、みたいなつくり方をしています。 それはヒップホップのトラックメイクを始めたときから変わっていないです。

画家でもあるAkhira Sanoのドローイング作品

アンビエント作家の人はそうやって着地地点をあらかじめ見据えてから作り始める人も多い気がしますが、一方で敬愛するChihei Hatakeyamaさんは、とりあえずギターを鳴らしてみて制作に入ることも多いとインタビューで話されていましたね。 個人的な推測ですが、Taylor Deupreeさんは音の素材や質感に関して、あらかじめ明確なイメージがあって、それを起点に作っているのではないかと思っています。

Sanoさんのインスピレーションの源はどんなものですか。

曲のアイデアになるものは普段聴いている音楽にあると思います。 常に他人の音楽からインスピレーションをもらっていますね。 本を読んだり、映画を観たり、自然を見たりしてインスピレーションが湧く人もいると思うんですが、自分はできないんです。 羨ましくてそうなりたいと思うんですが、できないんです(笑)。

他人の音楽を聴いて、構造や音作りを真似てみよう、という作業をするわけですか?

曲全体を参考にするわけではなく、例えばJ Dilla(J・ディラ)だったらスネアのサウンドだけに注目して、すごく時間をかけて真似してみたり。 ヒップホップのトラックメイクを始めた当時は、MyspaceやSoundCloudが出てきた頃で、ネット上で作品を発表する人が爆発的に増えんですね。 そういうプラットフォームで生まれた音楽のなかで、自分が好んで聴いていた音楽が、例えばドラムの音はJ Dillaで上物はAphex Twin(エイフェックス・ツイン)で、みたいなアプローチを楽しんでやっているものだったから、影響されたのかもしれないです。 さっきのバックグラウンドの話とリンクするんですが、自分のルーツと言える特定のジャンルがなかったから、こういう制作方法になったのかもしれません。

音楽を作る上で楽器の技術や楽理といったものの必要性を感じることはありますか。

あります。 音楽もそうなんですけど、絵に関しても知識や技術を持っておくことはすごく大切だと思っています。 それが直接的に制作に活かせているかは分からないんですけど、対比として参考になったり、部分的に取り入れられる可能性がある限り、勉強は続けていこうと思っています。

音楽を作り始めたころのことを教えてもらえますか。

音楽を作り始めたころのことを教えてもらえますか。

大学時代に90年代の日本のヒップホップを聴くようになって、Nujabesに出会うんですね。 Nujabesの音楽にハマって、「Nujabes 音楽 つくり方」って調べたら、どうやらサンプラーという機械を使っているらしいと。 しかも音楽家じゃない人でも扱えるということを知って、興味を持ちました。 思い立ったらすぐにやりたいタイプなので、とりあえずAKAI MPC1000を買ったんですよね。 同時期くらいにBrainfeederとかLow End Theory周りのビートミュージックが流行って、その周辺のアーティストの多くがRoland SP-404でライブをしていたので、すぐにSP-404も買いました。

新潟にいた時期は会社の寮に住んでいたので、物理的にハード機材を部屋に置くことができず、徐々にAbletonを使ったPC環境で制作するようになりました。 その一環でマスタリングもネットで調べながらやるようになって。 ただ、マスタリングの作業は全然好きじゃないんです。

例えば、The Trilogy Tapes(トリロジー・テープス)からリリースした『Particle Dialogue – Observation And Recording』(2022)なんかはマスタリングを他人に任せていたりするのかなと思っていたんですが、基本はすべてご自身でやっているんですか?

そうですね。 The Trilogy TapesのオーナーのWill Bankhead(ウィル・バンクヘッド)も、『KALO 』(2019)をリリースしてくれたSun ArkのオーナーのSun Araw(サン・アロウ)も結構ラフな人で、特にレーベル側でマスタリングするって話もなく、そのままリリースされたんじゃないかなと思います。

Will Bankheadなんかはめちゃくちゃラフで、リリースまでたぶん10通もメールしてないですね。 僕の方からメールでデモを送って、リリースできたらリリースしようと言われて、ぜひ!みたいな返事をして。 そこから半年くらい連絡がなく、ある時に急に「もう作れるよ」と連絡が来て、その一週間後にはジャケットが出来上がって、カセットを刷るみたいな流れでした。

なるほど。 90年代や80年代の日本のアンビエント作品やオブスキュアな音楽が、今すごく欧米の音楽ファンやDJの間で人気じゃないですか。 彼らにとって日本人の作家が一種のブランドになってる気がするんですが、そういう視線は感じますか。

感じなくはないですね。 IIKKIから出した『Shadow’s Praise』とか、12kから出した『Phase Contrast From Recollection』のときは、海外の方から「あなたのその謙虚な音作りは、グッドです」みたいなメッセージが来たりして。 全然そういうことを意図してなかったし、「謙虚な音作り」って自分ではどんなものなのか分からないんですが(笑)。 禅のような世界観を見出して楽しんで貰えているのかなと感じることはあります。

極小の世界に惹きつけられている

極小の世界に惹きつけられている

自分がどんな音楽を求めていて、それがどこから来ているのか。 言葉をつけてもらうことってできますか。

振り返ってみて気がついたんですけど、小学生くらいの頃から人だったり周りにあるものを一度受け取って、自分の中に保留しておく力が自分にはなんとなくあると思っていて。 音楽でも芸術でも、自分にこれは合わないとすぐに否定するスタイルじゃなくて、触れたものは一旦自分のなかに留めておく。 アンビエントも20歳くらいのときに知識として一回受け取って、フラットな状態で自分の中に置いといて、それが今になって出てきているというか。

極端に言うと、表現したいものがいまだに自分でも分かっていないんです。 その疑問を解決するために昔にインデックスした中から表現することで、この疑問を解決するために良い効果があるんじゃないか。 その疑問を解決するために制作しているような感じです。 もちろん何を表現したいのかはその都度考えるので、個展やアルバム毎にコンセプトを持たせたりはします。 ただ、それが疑問を直接的に解決するためのテーマになるわけではなく、常に何かしらの疑問が新しく生まれます。
死ぬまでにそれらの疑問が解決するか分かりませんが、とにかく作り続けることが現時点での疑問に対するアプローチです。

あまりルーツらしいルーツがないというお話でしたが、それでもこれまでに強烈だった音楽体験といえば何になりますか。

2022年にTaylor Deupreeさんが来日して、初めてライブを観ました。 音数も少なくて音量も小さくて、丁寧に小さいものをぎゅっと扱うような表現をしているという印象があって。 アンビエントはニューエイジからドローンみたいなものまで色々ありますけど、Taylorさんは、Brian Eno(ブライアン・イーノ)の音楽を正当な道筋で受け継いで描いているような気がしました。

Sanoさんは、Brian Enoの音楽をどう解釈しているんでしょうか。

Enoの作品はコンセプチュアルで機能的につくられていて、かつ音の扱いの丁寧さが群を抜いていると思うんです。 ピアノのタッチにひとつにしてもものすごくデザインされているというか、小さい音1つ1つに彼の考えが込められているのが好きです。

それはSanoさん自身が実践したいことでもあるわけですよね。

そうですね。 これも自分のなかにくすぶっている疑問の一環ではあるんですけど、小さいものに対してすごく興味があって。 小さいものを「見る」ことと「丁寧に扱う」ことが、僕の中では近いような気がしています。 絵の創作において、とても影響を受けた画家の鈴木ヒラクさんというアーティストがいるんですが、彼は書くという行為をすごくミクロに捉えていて、追求している感じがするんです。 そういう、細胞や粒子のような単位で音やマテリアルを見ることが、音楽にしても絵にしても今の時点で僕がやりたいことなんだと思います。

Akhira Sano

アーティスト。 形や音の持つ不完全性、不規則性などに焦点を当てた生成・観察・記録、それらの二次的拡張を、ドローイング、グラフィック、インスタレーション、ビデオグラフィ、楽曲制作などを主に用いて表現・制作している。 主な作品に『Particle Dialogue – Observation and Recording』(The Trilogy Tapes、2022)、『Shadow’s Praise -』(IIKKI、2023)、『Phase Contrast From Recollection』(12K、2023)、主な個展に『mē on -非在を見る-』(TOH、2022)などがある。

HP

Photos:Cosmo Yamaguchi
Words & Edit:Kunihiro Miki
Transcription:Koki Kato