第1回:土岐彩香(レコーディングエンジニア)
「ATH-M50x」の魅力やポテンシャルを、第一線で活躍するプロフェッショナルの声を通し伝える連載企画。

その高解像度の音質により、世界中のスタジオエンジニアやトラックメイカー、DJから愛され続ける、オーディオテクニカのプロフェッショナルモニターヘッドホン「ATH-M50x」。 本連載では、日本の音楽シーンの第一線で活躍するプロフェッショナルの声を通して、その魅力やポテンシャルに迫っていく。

第1回に登場するのは、レコーディングエンジニアの土岐彩香さん。 青葉台スタジオでの勤務を経て、2018年に独立。それから現在に至るまで、米津玄師やサカナクション、Lucky Kilimanjaro、女王蜂ら、第一線で活躍するアーティスト達のレコーディング、ミックスを手掛けている。 約3年前から「ATH-M50x」のユーザーであるという土岐さんに、その出会いのきっかけや魅力を感じたところ、そしてエンジニアとしての原点や哲学などについて、話を聞いた。

Toki Mix Works

「ATH-M50x」との出会い、惹かれた理由

土岐さんはもともと「ATH-M50x」を使用されているそうですね。

はい、3年くらい前から使っています。 当時、DJ用に持ち運びしやすくラフに使えるモニターヘッドホンを探していて、お店で色々な機種を聴き比べた結果、一番いいなと思ったのが「ATH-M50x」だったんです。

どんなところが購入の決め手になったのでしょうか?

レンジが広く、奥行きのある音質に魅力を感じました。 あと、音量を上げた時の感触も良くて。 DJをやる時って、どうしても大きな音で聴くことが前提になるんですけど、ヘッドホンによっては音が割れてしまったり、高域の聴こえ方がきつくなったりしちゃうんです。 だけど、「ATH-M50x」にはそういうことが全然なくて、破綻せずにストレスなく聴けたんです。

「ATH-M50x」の遮音性や装着感についてはどのように感じましたか?

遮音性は全く問題ないですね。 DJの現場では外音がすごい音量で鳴っているんですけど、そこまでモニターの音量を上げなくても済んでいます。
装着感に関しては「少し硬いかな?」という印象もあったんですけど、「ATH-M50x」は、折りたたんで持ち運びができるようになっているじゃないですか。 そのために耐久性を高める必要があると思いますし、個人的には持ち運びやすさにメリットを感じているので、そこは全然OKというか。

ATH-M50x
「ATH-M50x」は、世界が認めた“M50”の次世代モデルとして2014年に発売。 現場のニーズに応える高解像度モニターヘッドホンとして、国境を越えた様々なシーンで愛され続けている。

その他、「ここはいいな」と思ったポイントはありますか?

ケーブルを簡単に交換できるようになっているのも、いいですよね。 DJやスタジオ仕事をやっていると、どうしてもケーブルって消耗品に近いところもあるので。 ケーブルだけ別売りで買い換えられるのは助かりますね。

「ATH-M50x」には1.2mカールコード、3.0mストレートコード、1.2mストレートコードの3種類の着脱式ケーブルが付属していますが、土岐さんはどれを使用されていますか?

DJの時はカールコードを使っています。 レコードを取りにいく時とか、卓と自分の間を人が横切ったりする時とかに、コードが伸びてくれると安心なので。 ただ、カールコードは便利なんですけど、ちょっと重たいじゃないですか。 スタジオで作業する時はそれが気になるので、長いほう(3.0m)のストレートコードを使っています。 複数のケーブルが最初から付いているのは、日本企業ならではの「おもてなし感」があって、ユーザーとしては嬉しいですよね。

ATH-M50x

スタジオにおけるモニターヘッドホンの役割とは

普段スタジオではモニタースピーカーとモニターヘッドホンをどのように使い分けていますか?

私の場合、モニターヘッドホンを使うタイミングは主に2つあって。 まず、ディテールを詰めたい時にヘッドホンを使います。 スピーカーから鳴る音は物理的な意味で“遠い”ので、俯瞰して音楽的な表現を判断するのには向いているんです。 だけど、例えばスネアの長さとキックの長さがきちんと噛み合っているかとか、ディテールに対する判断はヘッドホンの“近い音”でチェックするほうが向いていて。 そういったところをヘッドホンで聴きながら詰めていって、その後にスピーカーで聴いてOKと思えたら、先に進めていくんです。
もうひとつは、ミックスが一通り終わった後の、最終的なチェックのタイミングですね。 今、音楽をスピーカーではなくヘッドホンやイヤホンで聴く方のほうが多いので、「リスナーの耳で聴く」ために、必ずヘッドホンやイヤホンでもチェックします。 そうすると、例えば左右に振ったギターの分離感が強すぎてちょっと気持ち悪く感じられたりとか、スピーカーでは気にならなかったところが見つかるので、そういう時はミックスに戻って調整していきます。

スタジオでは歌録りの際にもモニターヘッドホンが使用されると思います。 ボーカリストにとって、モニター環境の違いはパフォーマンスに影響するものなのでしょうか?

私はボーカリストではないので、あくまでエンジニアとしての考えになりますが、ボーカルブースのモニター環境は、いい歌を録る上でとても大切な要素だと思います。 モニターから聴こえてくる音に立体感が無いと、歌う方は何を追いかけて歌えばいいかわからなくなってしまうじゃないですか。 「クリックしか頼りにならない」みたいな状態だったら、ベストな表現はできないですよね。

なるほど。 最初に「ATH-M50x」の出音について「レンジが広く、奥行きのある音質」とお話しされていましたが、歌録りのモニターヘッドホンにも向いていると思いますか?

向いていると思いますよ。 もし私がボーカリストだと仮定して考えたら、歌う時に鳴っていてほしい音が出ていると思います。

ATH-M50x

スタジオ用途に限らず、新しいモニターヘッドホンの購入を検討している方にアドバイスをお願いします。

制作やミックス、DJ、歌録りなど、何をやりたいかによっておすすめポイントは変わってくるんですけど、総じて言えるのは「必ず1回は実際に聴いてみること」ですね。 どの用途でも長い時間を共に過ごすことになると思うので、イメージした音と違ったり、嫌に感じる音だったりしたら、続かないと思います。 なので、自分のiPhoneなどにヘッドホンを挿して実際に聴けるお店に行って、好きな曲やいつも聴いている曲がどんな風に聴こえるか、試してみてほしいですね。 そうすると、ヘッドホンによって「この曲ってこんなにぼやけた音像だっけ?」とか「こんなに高域がシャキシャキしてたっけ?」みたいに感じることが絶対あるんですよ。 そういった特性をきちんと確認しないまま購入すると、「なんか思ってたのと違う……」なんてことになりかねないので。

確かにそうですね。 土岐さんは普段どんな曲でサウンドチェックをされていますか?

パッと思い浮かぶのは、The Roots(ザ・ルーツ)の「Push Up Ya Lighter」(1996年)。キックのリリースとかいくつかポイントがあって、「これがいい感じに聴けるんだったら大丈夫」みたいな曲ですね。 最近のサウンドでチェックしたい時は、Halsey(ホールジー)の『Manic』(2020年)とか、Serban Ghenea(サーバン・ゲニア )がミックスをやっている作品をかけます。

The Roots「Push Up Ya Lighter」

Halsey「Without Me」

スタジオワークにおける必需品やお気に入りの機材(ヘッドホン以外)を教えてください。

歌や楽器のレコーディングの際によく使うマイクプリアンプが2つあります。 1つはGML(George Massenburg Labs)という老舗メーカーの「8300」。 置いてあるスタジオもわりとあって、めちゃくちゃいいマイクプリアンプだと思うんですけど、案外、選ぶ人が少なくて。 アコースティック楽器や、女性ヴォーカルの時は、これを先に試すことが多いですね。
もう1つは、ドイツのadt-audioというメーカーの「V776」というマイクプリアンプです。 もともとドイツのエンジニアの方が1人でやっていたメーカーで、音はもちろん、ルックスもこだわり抜かれていて。 実は別の機材を注文していたんですけど、その制作中に残念ながらその方がコロナでお亡くなりになってしまって、制作がストップしてしまったんです。 それで、代理店の方とやりとりをしていたところ、日本のadt-audioの在庫はV776が1つだけだと聞いて、奮発して購入することにしたんです。 セッティングによってはクリーンで繊細な音も録れるんですけど、GMLよりもパワフルでざらついた感じで。 男性ボーカルの場合はこっちのほうから試すことが多いですね。

ATH-M50x

レコーディングエンジニアとしての原点と、音に対する想い

土岐さんの原点というか、レコーディングエンジニアを目指そうと思ったきっかけやエピソードを教えていただけますか?

小さい頃からずっと音楽は好きだったんです。 楽器もやっていて、3、4歳の頃から中学を卒業するまでピアノを習っていましたし、小学校の金管クラブでトロンボーンも吹いていました。 高校に入ってからはバンドでエレキギターも弾いていて。 でも、自分の資質は演奏家ではなかったというか、練習や演奏をするよりも、音楽をヘッドホンで没頭して聴いたり、スピーカーの前で大きい音で聴いたりする時間のほうが好きだったんです。

プレーヤー志向ではなく、リスナー志向だったと。

そうですね。 でも、ちょっと違ったのは、ただ聴くだけじゃなくて「自分の好きなように聴きたい」という気持ちが強かったんですよ。 父から譲ってもらったコンポに簡易的な6バンドのイコライザーがついていたんですけど、それを使い、曲によってドンシャリにしたり、極端にローを上げたりなんかして。 「この曲はこのセッティングが気持ちいい」とか「自分ならこうするのに」とか思いながら音楽を聴いていました。 それで、「エンジニアという職業につけば、好きな音楽を好きなように聴ける!」とか思って、高校1年生の冬には「専門学校に行きたい!」と親に話していました。

そこが原点だったのですね。 今、土岐さんは様々なジャンル・スタイルの作品に携わっていますが、レコーディングエンジニアとして大切にされていることを教えてください。

学生の頃からジャンルに縛られず色々な音楽を聴いてきたので、それはエンジニアとしての礎になっていると思います。 あと、常に楽しむようには心がけていますね。 ミックスするにあたって、「こうするほうがかっこいいんじゃないか?」とか「こういう感じが聴きたい!」っていう感覚を楽しみながら作業しています。

土岐さんが考える「いい音」とはどのようなものでしょうか? 

ちょっと抽象的になってしまうんですけど、「浸透圧の高い音」ですね。 自分の中に染み込んできて、ずっと追っていたくなるような音というか。 和音やメロディーがなくても、キックやハイハット1発の音だけでもそう感じる時もあります。 逆のベクトルで、自分が音楽のほうに染み込んでいくような気持ちよさもあって。 ミニマルテクノのDJをやっている時は、どっちかといえばそっちの感覚ですね。 自分の存在を感じなくなるくらい、音と一体化していくというか。

そういった感覚はレコーディングエンジニアとして仕事をされる時に常に念頭に置かれているものなのでしょうか。

そうですね。 やっぱり「気持ちいいかどうか」っていう判断でしか、仕事できないんで。 その場に座って自分が音楽を調整していく上で、「ここにずっといたい」「気持ちいいな」って思えるポイントをずっと探ってるっていう感じなんですよね。

いち音楽リスナーとして、土岐さんはどんなシチュエーションで音楽を楽しまれていますか?

ここ(スタジオ)を除くと、最近は車で聴く時間が多いですね。 去年免許を取って、マニュアル車の運転にハマっているんです。 小石を1個踏んだだけでも、ハンドルやアクセルから感覚が伝わってきたりと情報量が多くて、運転してる時間はすごく楽しいですね。 最初のうちは音楽を聴いてる余裕がなかったんですけど、今は運転中にめちゃくちゃ聴いてます。

土岐さんが最近気になっている音楽的トレンドやアーティストについて教えてください。

インディーシーンのバンドサウンドで、生音なのか打ち込みなのかわからないビート感とか、チープなようでリッチにも感じられる音の歪ませ方とか、ちょっと普通と違うことをやってる人たちが気になっています。 アーティストでいうと、Wet Leg(ウェット・レッグ)の『Wet Leg』(2022年)は、古いようで新しい複合的なサウンドがおもしろかったですね。

今後、レコーディングエンジニアとしてどういう風にお仕事をされていきたいと考えていますか?

最近、「土岐さんが手掛けてきた作品が好きなので、好きなようにやってください!」みたいな感じで、明確なリファレンスがない状態でオファーをいただくことが、たまにあるんです。 そういう時に、自分がかっこいいと思えるミックスを提案して、「かっこいいですね!」って言ってもらえると、やっぱり嬉しくて。 アーティストとエンジニアが、お互いに「かっこいい!」と感じあえる関係値で作品を仕上げていくことを、今後も続けていけたらいいですね。

ATH-M50x

プロフェッショナルモニターヘッドホン

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Words: Takahiro Fujikawa
Photos: Aya Tarumi