オーディオの世界では、「音の立ち上がりが速い」「反応が鋭い」といった言葉が、音質を語るうえでたびたび使われます。それは具体的にどんな現象を指しているのでしょうか。今回は、長年にわたり音の現場と向き合ってきたオーディオライター・炭山アキラさんが、スピーカーの構造や再生原理を紐解きながら、「音の立ち上がり」というオーディオ特有の “評価言語” について解説します。

音の立ち上がりが良いとは、どんな状態?

クラシックのコンサートや、ジャズやポップスでもPAの増幅装置に頼らない純粋なアンプラグドのライブなどでは、パーカッションや弦のピチカート、管楽器のタンギングの瞬間などがスパン、ターンッと軽やかに聴こえることと思います。ところが、オーディオで再生した音楽では多かれ少なかれ、生で聴くほど軽やかに音が発されず、ほんの僅かに動き出しが鈍くなってしまうのですね。その度合いが少なく、比較的ナマに近い発音ができる再現を「立ち上がりが良い」、あるいは「立ち上がりが速い」と表現します。

どうしてナマよりも再生音楽の方が、立ち上がりが遅くなってしまうのか。いろいろな要素がありますが、一番大きく影響するのはスピーカーではないか。私はそう推測しています。

エレキギターや電子キーボードなど、電気的に増幅することが前提になっているものを除いて、楽器というものは物理的な共振・共鳴現象を利用して音を出しています。共振・共鳴というのはとても効率良く音を出す手段ですから、例えばピッコロのようなちっぽけな楽器(全長約34cm)でも、1,000人以上を収容したコンサートホールに響き渡る音を出すことができるのです。

音の立ち上がりが良いとは、どんな状態?

一方スピーカーは、最低域などごく限られた部分を除いて、基本的に共鳴現象へ頼らず音を出しています。楽器に比べて効率の悪い発音体なのです。現代では高能率な方に挙げられる、出力音圧レベル90dB/W/mのスピーカーでも、アンプから入ってきた電気信号の1%しか変換できていないものですからね。

また、スピーカーには宿命的に振動板の重さというものがあります。質量のあるものを動かそうとすると、どれほど上手くやろうとしても、僅かに時間的な遅れが生じるのは避けられません。

それに、オーディオ用スピーカーの大半は2ウェイ以上のマルチウェイ方式ですが、これらのスピーカーには各ユニットに音を配分するクロスオーバー・ネットワークというものが不可避的に仕込まれており、特に素子の中で高域方向を減衰させるコイルが音を鈍らせてしまうことが知られています。

そういうような次第で、スピーカーから流れる音楽の立ち上がりは幾分なりとも生演奏よりも遅くなってしまっています。それを少しでも避けるため、高級スピーカーはゲンコツよりも大きなコイルを使ったりしている製品が多いものですが、単体で買っても数万円は下らないそういう高価な素子を使っても、悪影響を完全に排除することは難しいのです。

音の立ち上がりが速いスピーカーの条件

皆さんの中で、例えばメインのオーディオ装置の他に、パソコンの両脇へ小型スピーカーを据えていらっしゃる人がおられませんか。それらの大半は、スピーカーユニットは1個しか取り付けられていない、いわゆるフルレンジ・スピーカーであろうと推測しますが、いかがでしょうか。

フルレンジには、少数の例外を除いてネットワーク素子が入っていません。そりゃそうですよね。1発で全域を再生しているのですから。つまり、コイルによって音が抑えつけられるようなことがない、ということになります。

またフルレンジは、1本で高域まで再生するために、あまり振動板を重くできません。それで、低音再生用のウーファーよりも高い周波数までしか低音が再生できないのは仕方ありませんが、その分だけ音の立ち上がりが速くなる傾向があります。

私は立ち上がりの速い音を求めて、自分の装置を育ててきました。それで、振動板が軽く、極端にマグネットが大きく駆動力が強いフルレンジ・スピーカーユニットを愛用しています。ところが、こういうユニットは中域から上の立ち上がりが極めて鋭いものの、普通の箱に入れたらウーファーの壊れた3ウェイ・スピーカーのような、即ち低音が全然出ない帯域バランスになってしまうのです。

わが家のメインリファレンスには、横幅542mm、奥行き563mm、高さ1,200mmという、ちょっとした冷蔵庫のように巨大なスピーカーシステムが2本置かれていますが、それはたった20cm口径のフルレンジを駆動するための、バックロードホーン(スピーカー背面から出る音を、内部のホーンで導き低音を増強する構造)という方式のキャビネットです。これでもギリギリまで小さくした結果の形なのですが、おかげで極めつけの強力型フルレンジから、30Hz近辺までの低域再生を可能とし、全域で非常に立ち上がりの鋭い再生音を得ています。

それでは、私のスピーカーが世界一なのかというと、残念ながらそう簡単に物事ははかどりません。フルレンジは中域から上を分割振動(振動板の一部だけが細かく震える状態)と呼ばれる動作で再生していますが、それで音が粗野だと指摘する人がいます。また、バックロードホーンの低域再生に独特の「ホーン鳴き」と呼ばれる余分な音がついている、と嫌う人もおいでです。

私もその両項目は認知していますし、それらに加えてクロスオーバー・ネットワークの害も避けるために、4ウェイ・マルチアンプ・システムという複雑極まるスピーカーも、リファレンスの一角へ入れています。どちらにも美点があって捨て難いシステムなのですが、今のところまだ4ウェイがフルレンジを押しのけてメインへ座るということはなさそうです。やはり私は立ち上がりの良い音が好きなんだな、と痛感するところです。

その一方で、わが家へ遊びにきて「音が鋭すぎて聴き疲れする」と評した友人もいました。彼の家へ行ったことはまだありませんが、多分わが家より穏やかな、ゆったりした音の装置で音楽を楽しんでいるのでしょう。その友人と私の、どちらが “正しい” 音を聴いているか、というものではありません。音楽ファンやオーディオマニアの一人ひとりが、ご自分の好きな音質の音楽再生を目指されるのが正解だ。私はそう考えています。

音の立ち上がりが速いスピーカーの条件

もうひとつの評価軸、“立ち下がり”とは?

立ち上がりの関連項目に、「立ち下がり」という言葉もあります。評価言語としてはグッとマイナーですが、私はよく用います。例えば、ポップス系のセットドラムでバスドラムは、胴の中に詰め物をしたりしてまで響きが後へ残るのを嫌い、生で聴くと「ドッ」と鋭く歯切れの良い音がします。それをオーディオ装置で再現した時に、「ドン」とか「ドーン」と低音のパルスが後を引いてしまったら、それは「立ち下がりの悪い音」ということになります。

これにはいろいろな原因が考えられますが、一番大きいのは以前解説した「逆起電力」が悪さをしていることではないか、と推測しています。ウーファーの重い振動板が揺り動かされ、元へ戻るときに発電機の役割をして余分な信号を作ってしまう現象です。その電力をアンプが速やかに吸収できなければ、ウーファーは自ら起こした電力で揺れ続け、結果として立ち下がりが悪くなるのです。

この現象を抑えるには、できるだけ速やかに逆起電力をアンプが吸収してやらなければいけません。それで、アンプの出力抵抗が低い=ダンピングファクターが大きいアンプが求められるのですし、ダンピングファクターをあまり欲張れない真空管アンプでは、スピーカーの方でキャビネットの内容積を大きくして、逆起電力の悪影響を吸収してやる必要があるのです。

たまたま今回は、解説する私自身がとても重視している項目へ当たってしまいましたが、だからといって皆さんも全員が立ち上がり/立ち下がりを研ぎ澄まさなければならない、ということではありません。これからおいおい解説していきますが、いろいろな要素を上手く塩梅して自分にとって最も好ましい再生音の世界を作り上げていく、それもオーディオの楽しみだと私は感じています。

Words:Akira Sumiyama

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