皆さんがお使いになっているワイヤレスヘッドホン/イヤホンは、その大半が「Bluetooth」という技術で音楽が伝送されている、ということをご存じの人は多いでしょう。2.4GHz帯の電波を使い、ごく微弱な出力で短距離の信号を伝送するために開発された技術です。
では、「コーデック」についてはご存じでしょうか? コーデックとは、音声データを変換する規則のこと。変換するやり方はさまざまな種類があり、特長も異なります。その種類と違いを、オーディオライターの炭山アキラさんが詳しく解説します。
最もベーシックな「SBC」
Bluetoothが実用化されたのは21世紀へ差しかかる直前の頃で、ちょうど21世紀に入ってからの四半世紀にわたり、世界的に普及していきました。今はもうワイヤレスイヤホンなしで生活は成り立たない、という人も多いことでしょう。
ひとくくりにBluetoothと呼んでいますが、実はその中にもいろいろな「コーデック」と呼ばれる伝送規格があり、それぞれに特徴があります。最もベーシックなコーデックは「SBC(Sub Band Codec)」と呼ばれるもので、これはBluetooth対応機器は必ず対応していなければいけないことになっています。つまり、圧倒的なデファクトスタンダードということです。
具体的には、CDとほぼ同じ48kHz/16ビット品位のデジタル信号を、比較的高度な圧縮技術で伝送する方式で、ビットレート(1秒間に転送または処理できるデータ量)は328kbpsとなっています。圧縮方式が違いますから、同列に並べるのが適切ともいい切れないのですが、一応の目安として並べておくと、一昔前まで普通に使われていたMP3音源はその多くが128kbpsでしたから、それに比べると遥かに豊かな情報量で伝送されている、という風に見ることもできますね。
参考までに、以前同じCDからいろいろなビットレートでMP3音源を作ったことがありますが、128kbpsは明らかに音がザラザラで詰まった感じとなり、320kbpsではCDとそれほど大きな差が聴き取れなかったものです。
主にApple製品に搭載「AAC」
よくiPhoneやAirPodsなどのApple製機器に搭載されているコーデックに「AAC(Advanced Audio Coding)」があります。こちらも48kHz/16ビットで、128〜256kbpsの可変ビットレートとなっています。最大値でもSBCコーデックより低ビットレートですが、音声圧縮技術の高度化により、より高音質を見込むことができる方式だそうです。AACとそれをベースにした諸技術は、Bluetooth以外にも放送や音楽配信などで、幅広く用いられています。
1980年代に開発された「aptX」
現在Bluetoothにおける高音質伝送の主流となっているものの一つに、米Qualcomm社の「aptX」コーデックがあります。意外と伝統のある技術で、元は英国の北アイルランドにあるクイーンズ大学ベルファストのスティーヴン・スミス博士によって1980年代に開発され、放送や映画をはじめとするプロ音響の世界で、低ビットレートながら高音質の伝送方式として用いられてきた方式だそうです。CDの登場が1982年ですから、デジタルオーディオのごく初期から存在していた、ということになりますね。
aptXにはいくつかのコーデックが包含されていますが、その最もベーシックなものは48kHz/16ビットで384kbpsと、SBCよりも少しビットレートが高いだけという状況ながら、CDとほぼ遜色ない音楽再現が可能になっています。音楽CDのビットレートは1411.2 kbpsですから、約4分の1という圧縮率でそれを達成していることになります。
もっとも、1992年に登場したMD(ミニディスク)のATRAC圧縮方式は、約5分の1の高度圧縮でしたが、十分に熟成された後はCDと全く聴き分けができませんでした。このことから、aptXにしてもそう難しくはなかったろうな、とも考えられます。
ハイレゾや低遅延を実現した「aptX HD/LL/Adaptive」
「aptX HD」は、遂にハイレゾ音声の伝送に成功します。48kHz/24ビットの音楽信号を、576kbpsのビットレートで送り出すものです。これがどれくらいすごいことかというと、デジタル音声は1ビット増えるごとに情報量が2倍となりますから、48kHz/16ビットと同24ビットでは、何と256倍もの情報量の差があるということになるのです。それをSBCの2倍に満たないビットレートで伝送するのですから、極めて高度な圧縮/伝送技術というべきでしょうね。
一方、「aptX LL(Low Latency)」はより遅延を短くするために考案されたコーデックで、48kHz/16ビットの352kbpsですからSBCとほとんど変わりませんが、動画を楽しむ際などに重宝されるコーデックです。
「aptX Adaptive」は、aptX HDと同じ48kHz/24ビットを280~420kbps可変の低ビットレートで伝送可能にしたもので、しかも低遅延と音の途切れ防止にも手厚く対策されています。現在のところ、aptX中で最強のコーデックということができるでしょう。
最大990kbps伝送を実現した「LDAC」
そして、とうとう96kHz/24ビットの高度ハイレゾ音楽信号の伝送に成功したのが、日本のSONYが開発した「LDAC(エルダック)」コーデックです。ビットレートは最大990kbpsですが、Bluetoothでここまで大きなデータが伝送できることに驚く一方、96kHz/24ビット本来のビットレートは4,608kbpsですし、せっかく伝送しても元の音楽が劣化してしまっていたらハイレゾ伝送の意味がなくなってしまいますから、極めて高度な圧縮技術が開発・採用されていることが分かります。
Bluetoothのコーデックは、他にもまだいろいろあるのですが、代表的なものはこんなところでしょう。本当に世界の先端技術を有する社が力を入れて、より高度な音楽を伝送するために奮闘していることがお分かりいただけたかと思います。
SBCは低音質なのか?
しかしそれでは、最もベーシックなSBCはもう歴史の遺物で、音質的にも顧みられることのないコーデックなのでしょうか。いえいえ、決してそんなことはありません。
デファクトスタンダードというものは、極めて多くの人が使うことになりますから、フォーマットの中で可能な限りの改善が図られて安定性が高まったり、そのコーデックへより上手く対応するための製品作りが盛んになったりして、結果として伝送音質は見かけのレートよりもずっと好ましい、ということになることが珍しくないのです。”枯れた技術” というものは、決して侮ることができないのですね。
さらに特段の高音質を求めて高品位コーデック対応の機器を視野に入れるもよし、SBCの範囲内でしっかり作られた製品を選ぶもよし。皆さんの一人ひとりにとって、最善のワイヤレス機器がお手元に届いていることを願っています。
Words:Akira Sumiyama
