「どんなカベルネ・ソーヴィニヨンでも美味しくする音楽」は文字通り、ワインに捧げられた音楽だ。 ワイン、といっても数多ある全てのための音楽ではなく、カベルネ・ソーヴィニヨン*のための音楽。

チーズや肉をスライスして添えていくように、音楽を添える。 試行錯誤を重ね、ワインに添える音楽をつくり上げた南アフリカのチームに、その科学的な音楽制作を聞く。

*カベルネ・ソーヴィニヨン 代表的な赤ワイン用のブドウ品種で、世界で最も広く栽培されているひとつ。

味がかわる? 音と味覚の関係

ワインと音楽の関係を局所的に、かつ本格的に探るこの楽曲制作を実施したのは、南アフリカのワインメーカーであるCape Winemakers Guild(ケープ・ワインメーカーズ・ギルド、以下CWG)と、同じく南アフリカ拠点の金融会社、NedBank(ネドバンク)だ。 完成した楽曲名は「Tasting Notes(テイスティング・ノーツ)」。

味がかわる? 音と味覚の関係

食事やお酒に音楽をあわせること自体は珍しくないが、彼らのペアリングは食事の雰囲気に合わせていくものではない。 神経科学者と作曲家がタッグを組み研究を重ねた科学の楽曲で、味覚にダイレクトに関与していくものだ。

この実験的な音楽とのペアリングに使用された品種カベルネ・ソーヴィニヨンは、世界中で最も入手しやすく、認知度の高いもの。 多くの人が試すチャンスがある。 それでも「どんなカベルネ・ソーヴィニヨンでも美味しくする」という強気な姿勢。 彼らの音楽をあわせると、カヴェルネ・ソーヴィニヨンは一体どのような味わいになるのだろうか。

Tasting Notesのワイン

ワインと音楽のペアリングとは珍しいですね。 チーズやナッツとペアリングしたことならあるのですが…

ワインがもたらす味覚と同時に音楽を感じることによって、テイスティング体験の質を高めるようにしたんです。

というと?

簡単にいうと、ワインの甘みやコクのような味覚を音楽によって引き立てる、ということです。

ふむ。 神経科学者も楽曲制作に携わったということですが、科学的な根拠を元にワインに合う音楽を制作した、ということですね。

科学的なプロセスとしては、はじめにカベルネ・ソーヴィニヨンの「テイスティング・マップ」を作成します。 それを「インストルメンテーション・マップ」に変換し、最終的に音楽にプロットしていったのです。

ひとつずつ聞いてもいいですか。 まず、テイスティング・マップとは?

カベルネ・ソーヴィニヨンのグラスを飲みながら、最初の一口から最後の一口まで、フレーバーがどのように変化していくかを言語化し記録していきます。 そうしてできあがるのが、テイスティング・マップです。

味覚という感覚的なものを、きちんと言語化していくプロセスをまず行う。

そうです。 これが、音とワインのストーリーのガイドとなります。 次に「ワインを楽しんでいるときの神経活動」を脳波として測定し、テイスティング・マップをインストルメンテーション・マップに変換していきます。

ここで科学の力が登場。

ウェアラブル脳波計の技術を使用しています。 スタッフにヘッドセットを装着し、ある味わいを感じているときに脳波がどのようになるかのデータを収集します。 感覚的に捉えたワインの味に対する感情的な反応を、脳波で表すのです。

そのデータを使用して、最終的に「音を味覚のマッピングと組み合わせて、テイスティング体験を音楽の一部にプロットしていく」。 このようなプロセスでつくっていったのです。

それで、それぞれの味覚に合うのは、どんな音だとわかったのでしょう? たとえば、甘み=高い音が合う、みたいな例はありますか。

実験結果から、ワインの主要な味わいの特性であるフルーティーさ、コク、酸味、渋みの脳波を抽出しました。 フルーティーな味わいは広いフレーバー用語では「甘み」に分類されるのですが、これは波長の長い高音になります。 コクは、高音から中音、酸味は中音から低音、渋みは苦味に分類され、低音を増強します。

ペアリング

テイスティング・マップに記された味わいに、それぞれ合う音、つまり引き立てていく音を当てはめて曲を作っていくのですね。

それから、今回は楽曲にブドウ畑でワインを作る過程で得られた自然の音も使ってみました。

実際の楽曲

クラシックやオルタナティブミュージックに近い音楽のような気がします。 この楽曲でなくても、ゆったりとしたジャンルの音楽を聴きながらワインを飲めば、ある程度ワインは美味しくなるといえるのでしょうか。

この楽曲は完全に科学的な研究に基づいているので、テイスティングの経験を一般化することはできません。 テイスティング・ノーツを音楽のジャンルに分類したとして、そのジャンルがカベルネのテイスティング体験を高める、とは限りません。

実際にこの楽曲テイスティング・ノーツを聴きながらカベルネを飲んだときと、そうでないときでは、脳波の反応の仕方は変わるのでしょうか。

はい。 楽曲を聴きながらテイスティングすると、よりポジティブで好ましい体験を示すαスコアの値が高くなりました。 音楽を聴かずにテイスティングした場合、最初から最後まで際立った反応が確認できなかったのに対し、『テイスティング・ノーツ』をペアリングした場合、初めはαスコアの高い反応があり、後に被験者がリラックスして穏やかな気分になるため、反応が低下していったのが確認できました。

実際の体験者の反応はどうでしたか?

『テイスティング・ノーツ』を体験した消費者にアンケートを実施した結果ですが、70パーセントがこの体験によってワインの味わいが増したと回答しました。 また60パーセントがこの体験によって、今後より頻繁にワインを消費する可能性が高まったと回答しているんです。

ペアリング

高い評価を得られたのですね。

この楽曲とペアリングすれば、カベルネ・ソーヴィニヨンを飲んだときのテイスティング・マップを向上させることができる、といってよいのではないでしょうか。

今回制作された楽曲「Tasting Notes」は現在、YoutubeとSpotify、Apple Musicにて配信中。

Words:Ayumi Sugiura & HEAPS