幽玄な雰囲気の自然に囲まれた長野県・野辺山高原を舞台に、今年5周年を迎える野外音楽フェス「EACH STORY」。2025年10月4日、5日の二日間にわたって、室内楽やアンビエント、ポストクラシカルなど、ほかの野外フェスではなかなか出会えないアーティストを自然の中で、ハイクオリティなサウンドシステムを通して味わえる稀有なイベントだ。

ステージと対峙するのではなく、散歩をしながら、芝生に座って本を読みながら、美しい演奏に包まれる体験。自然と音楽の調和が生む “物語” が、今年もまた広がる。主催の大形純平さん、イチコさん、Shhhhhさんに、5年間の歩みと今年の見どころについて話を聞いた。

自然を活かしきった音楽フェスを

「EACH STORY」の構想はいつから始まったのでしょうか?

大形:コロナ禍以前からありました。元々、室内楽的な音楽を好む層に、野外の自然環境で音楽を聴く体験を届けたいという気持ちがあったんです。コロナ禍でアンビエントミュージックやポストクラシカルへの注目が高まったこともあり、タイミング的に今なら受け入れられるかもしれないと思って、思い切って始めました。

Shhhhh:自分はいわゆるワールドミュージックやオーガニックなグルーヴの音楽など、既存の枠に収まりにくい音楽を紹介してきたので、自然の中でアンビエントや生音のサウンドを楽しめる場を増やしたいと思っていました。大形さんとは、「NU VILLAGE」という山梨県白州でやっている野外イベントで共演して、すごく近いビジョンを持っていると思っていたんです。だから、「こういうイベントをやりたい」と声をかけてもらったときは「これはやるしかない」と思いましたね。

私は昨年初めて「EACH STORY」に参加させていただいたのですが、五光牧場の美しい風景と穏やかな音楽が一体となっていて、想像以上の没入感を味わいました。

大形:既存の野外フェスは、ジャンルや演出が固定化されている部分があると感じることが多く、かつ自然のなかで開催しているのに自然を活かしきれていないな、とも思っていたんです。私のなかでは「野外でやるなら、野外だからこそできることを」という気持ちが強くあったのと、フェス文化が巨大ビジネスになってしまったことへの反発心もありました。雰囲気はオーガニックだけれど実態はコマーシャルなもの、というフェスではなく、自由で尖った方向性を持ちつつも、自然の中でしか味わえない体験を提供したいと思っています。

Shhhhh:アンビエントやジャズ、ポストクラシカルのような「じっくり聴かせる」音楽こそ、自然の中で映えるのに、野外フェスではそういった音楽を紹介できる枠組みが案外無いんですよ。

確かに、通常の野外フェスではまずラインナップされないような出演者が毎年出演していますね。ブッキングはどうやって進めているんですか?

大形: まずは金子さん(Shhhhh)と気になる音源を送り合い、直感的に「これだ」と思うアーティストを選んでいます。感覚だけだと偏りすぎるので、最終的にはジャズやワールド、ポストクラシカル、アンビエントといった各ジャンルがバランスよく配置されるように調整します。タイムテーブルの流れを先に組んで、各時間帯の景色に合うアーティストをブッキングするという考え方をすることも多いですね。

2022年には阿部海太郎、今年は江崎文武など、野外フェスとは無縁なイメージの、劇伴や映画音楽などの仕事で名前を目にするアーティストが出演していることも「EACH STORY」ならではのカラーです。

Shhhhh:阿部海太郎さんのライブは本当に素晴らしくて。クラブ系のお客さんにもとても刺さっていたのが印象的でした。そういう発見や驚きがあるのが面白いです。2024年の初日のトリで素晴らしい演奏をしてくれたヘニング・シュミート(Henning Schmiedt)は、野外ライブに出演すること自体が初めてだったそうです。

大形:ヨーロッパのクラシックのフェスティバルとかで経験してそうだけど、意外だったね。

Shhhhh:自然のなかでこそ聴くべき音楽ですよね。

「完璧な流れ」を想定して組まれたラインナップ

夜のレイクステージの雰囲気のなかで観たヘニング・シュミートの演奏は、ちょっとした衝撃体験と言えるくらい素晴らしかったです。

Shhhhh:去年は初日のスーソ・サイズ(Suso Saiz)からシュミットへの流れが完璧でしたね。

大形:今年もその経験を踏まえてタイムテーブルを意識しました。山場になるあの時間帯に何をもってくるか、というなかで、今年はヤコブ・ブロ(Jakob Bro)と高田みどりさんのデュオが決まった。

高田さんは、以前から出演していただきたかったのですが、基本的には日本のイベントにはとても消極的、野外イベントもNGという条件があるとのことで、難しかった。しかし、ヤコブと高田さんの共演作が原雅明さんのレーベル(Rings)からリリースされることになり、ヤコブ本人が「EACH STORY」に出たいと言って高田さんを説得してくれて、出演が実現しました。今年は、初日にヤコブ・ブロ×高田みどりからのヴァーノン・スプリング(The Vernon Spring)という最高の流れが組めました。

二日目も、尾島由郎さんや岡田拓郎さんが続いた後に金子さんのDJで少し空気を暖めて、最後はジア・マーガレット(Gia Margaret)の静謐な音楽で締めるという流れが非常に楽しみです。

夜のレイクステージの様子
夜のレイクステージの様子

今年は、ヴァーノン・スプリングやデヴェンドラ・バンハート(Devendra Banhart)、ギャン・ライリー(Gyan Riley)、ノア・ジョージソン(Noah Georgeson)のように、2度目の「EACH STORY」出演となるアーティストもいます。

今年は5周年ということもあって、過去に出演してくれたアーティストにも再登場してもらいます。デヴェンドラは、2022年に出演してくれた時に「世界で一番美しいフェスティバルだ」とSNSで絶賛してくれて。あれは僕らにとっても大きな励みになりましたね。

ヴァーノン・スプリングは今年新作をリリースして、タイミングよく日本滞在することになっていたので声をかけました。

Shhhhh:デヴェンドラは草原でくつろいだり、DJで踊ったり、すごく楽しんでいたよね。

ヒルステージ
ヒルステージ
リバーステージ
リバーステージ

EACH STORYでしか実現できない光景

昨年の初日のラストは、奥地のリバーステージでASA TONEがダンサブルなライブセットで締めていました。

Shhhhh:やっぱり踊りたくなるお客さんもいると思うから、今年は同じ時間帯にKuniyuki Takahashiさんに出てもらいます。Kuniyukiさんにはかねてから「EACH STORY」に出ていただきたいと思っていたので、満を辞してというかんじです。

去年はASA TONEの後に、僕がアンビエントセットをやったんですよ。事前のタイムテーブルには載せていなかったんですが、ビートの無いものであればアリだろうと判断して。それも手応えがあったので、その枠も今年のタイムテーブルに組み込んでいます。「Midnight Obscure DJ」と銘打ったChee Shimizuさんによる特別セットがそれです。

「EACH STORY」ならではのプログラムですね。

Shhhhh:「EACH STORY」ならではのスペシャルセットということでは、バリオ・リンド(Barrio Lindo)の「Special Folklore Ambient Set」があります。彼がたまにプレイするフォークロアが本当に素晴らしくて、それにフォーカスしたセットをオファーしました。

大形:また、今年は本ステージにも出演していただく尾島由郎さんには、場外の特別エリアでサウンドインスタレーション「KANKYO DOT」もやっていただきます。dublab.jpとの共同開発によるこのインスタレーションは、昨年もやっていただいたのですが、今年はさらに規模を広げて展開してもらいます。サラウンドな音響と自然音がミックスされた音場に身を置く面白い体験になると思います。

今年の「KANKYO DOT」は、アンビソニックマイクによるバイノーラル配信も行い、自宅にいながらにして自然音がミックスされたリアルタイムのサウンドが体験できるという
今年の「KANKYO DOT」は、アンビソニックマイクによるバイノーラル配信も行い、自宅にいながらにして自然音がミックスされたリアルタイムのサウンドが体験できるという

今年、2日目に出るフェルブム(Felbm)は、アーティスト側から「EACH STORY」への逆オファーがあったそうですね。

大形:そうなんです。そういう話(逆オファー)は実はかなりあって、ほとんどが海外のアーティストからのラブコールですね。フェルブムは「どんな条件でも良いからどうしても出たい」ということで。素晴らしいアーティストですし、「EACH STORY」のテイストにも合うので、今年出演してもらうことになりました。

昨年は雨が降って、ぬかるんでしまうエリアもありました。ただ、ムードとしては雨の感じも良かったですね。

イチコ:フェスでは雨が降るとお客さんがテントに帰ってしまうことも多いと思うんですが、「EACH STORY」では雨の中、お客さんたちが雨具を着たり傘をさしたりして、音楽を集中して聴いていた光景が印象的でしたね。雨ならではのムードがすごくあったと思います。

大形:去年は「EACH STORY」史上もっとも雨が多かった年で、仕込みの金曜日から土砂降りでした。想像以上にぬかるみができてしまって、ステージ裏の搬入口もぐちゃぐちゃになってしまいました。アーティストの車がスタックするトラブルが続出して、楽器の搬入や車の乗り換えの計画はその都度アドリブで対応する必要がありました。幸い、そういったゴタゴタはお客さんには感じさせないかたちで対処できましたが、そのあたりの反省は今年の運営面で活かしていきたいですね。

「EACH STORY」は客層のバランスも他にはないものになっていて、音楽通の方だけでなく、ヨガやメディテーション界隈の方も集まっている印象でした。

Shhhhh:すごく良いバランスだと思います。レイヴ好きの人もいれば、ジャズやアンビエントのファンの人もいたり。

大形:「EACH STORY」で初めてキャンプをする、という人もいましたね。

イチコ:去年、会場を見渡していて印象的だったのが、芝生に座って本を読みながら時間を過ごして、演奏が始まると本を閉じて集中して聴く、というお客さんが結構いたんですね。そういう光景が当たり前にあって、「EACH STORY」ならではの楽しみ方をされているなと。

まさに、穏やかな音楽に対してとても自然なかたちで集中できる環境が作られていると思いました。

大形:すごく日本的なイベントと言えるかもしれませんね。

Shhhhh:こういう内容と雰囲気の野外フェスは世界を見渡しても無いんじゃないかと思います。

楽しみです。今年は晴れると良いですね。

イチコ:雨が降っても、それはそれで良いんだけど……(笑)

大形:そうだね、降っても良いけど、やっぱり晴れてくれると嬉しいですね(笑)。

EACH STORY

〜THE CAMP〜 2025

開催日時:2025年10月4日(土)〜5日(日)
場所:五光牧場オートキャンプ場(長野県南佐久郡川上村樋沢1417)

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EACH STORY presents Urban Echoes

DAY1
出演:ヤコブ・ブロ×高田みどり
開催日時:2025年10月6日(月)18時00分〜
場所:銕仙会能楽堂(表参道)

DAY2
出演:ジア・マーガレット
開催日時:2025年10月8日(水)18時00分〜
場所:自由学園明日館 講堂(池袋)

DAY3
出演:フェルブム
開催日時:2025年10月9日(木)18時00分〜
場所:小原記念チャペル(大久保)

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Words & Edit:Kunhiro Miki

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