『ジャーマン+雨』や『ウルトラミラクルラブストーリー』、『俳優 亀岡拓次』で知られる横浜聡子監督の最新作は、三好銀の漫画を映像化した映画『海辺へ行く道』。ものづくりに熱中する少年たちの青春を爽やかに描きながら、クセの強い怪しすぎる大人たちが彼らの日常にじわりと絡んでいく、ちょっと不思議な手触りの物語だ。

本作で初めて映画音楽を担当したのは、ヒップホップトリオDos Monosのフロントマンである荘子it(ソウシット)。Dos Monosのファンだという横浜監督と、映画に造詣が深い荘子itとのコラボレーションの裏側に迫った。

“推し”に音楽を依頼した横浜聡子監督

そもそものおふたりの出会いから教えてください。

横浜:2019年に『ひとりキャンプで食って寝る』というテレビ東京のドラマを監督したことがありまして。共同監督を務めた冨永昌敬監督を通じて知り合いました。そういえば、荘子itさんと冨永さんの出会いって?

荘子it:僕は音楽家になる前に大学の映画学科に通っていて、冨永さんはその大学のOBなんです。個人的に特に好きな映画監督のひとりでした。

大学を中退して音楽家になったときに、自分のビデオを撮ってもらう企画でお声掛けしたことが交流の始まりです。『ひとりキャンプで食って寝る』では冨永さんから誘っていただき音楽を担当しました。

横浜:私はドラマでお仕事をご一緒して以降、Dos Monosのファンになりまして。ライブを見に行ったときに「この人たち、どこから声を出しているんだろう」と驚いたんです。すごくエネルギーを感じたし、音と映像を組み合わせた演出もすごく刺激的で。

荘子it:横浜さんからしたら、たまたま冨永さんが連れてきた変な若者だったと思うのに、ライブにまで来てくれてすごくありがたかったです。

では、監督は “推し” に音楽を依頼したということですね?

横浜:そうなんです(笑)。

荘子it:いやあ、うれしかったです。横浜さんに新たな道を開いてもらっている感じがしますね。

映画音楽は、どのように作っていくものなのでしょう?

横浜:何かしらイメージを伝えなきゃいけないので、荘子itさんには編集前の素材の段階の映像を見てもらいました。

荘子it:CMなど映像に音楽を当てる仕事はこれまでにも経験がありましたが、まだ完成していない映像の断片から作るのは初めてのこと。

とはいえ、ビビッドなフィルムっぽい感じとか、夏の雰囲気とか、海の感じとか、映像の質感はなんとなく伝わったし、横浜さんが聞かせてくれた参考の音楽からイメージを膨らませて作りました。

映画『海辺へ行く道』 ©️2025映画「海辺へ行く道」製作委員会

監督が伝えた参考の音楽とは?

横浜:主人公の奏介(原田琥之佑)の佇まいから、「クラリネットのイメージです」ということを最初にお伝えしました。クラリネット奏者の村井祐児さんや、他にも近藤嬢さん、バルトーク・ベーラ(Bartók Béla)など、現代音楽家の曲ばかり参考にお渡ししました。

荘子it:叙情的な音楽よりも、ちょっと抽象的な音楽がお好きみたいで。どこに当てるか考えずに、最初に3曲だけ作ったんです。その後、編集で映像を繋いでから「このシーンにこういう音がほしい」と依頼を受け、さらに曲を増やしていった感じですね。

横浜:音楽づくりの最初のとっかかりって、とりあえず音を出してみるところから始まるんですか?

荘子it:メロディを書くよりも先に、シンセサイザーなどで音色(おんしょく)を作ることが多いです。フレーズは音色を決めた後におのずと出てくる感じです。

横浜:最初に出来上がった3曲を聞いたときは、「荘子itさんの中にこんな世界観が繰り広げられていたんだ」と驚きました。自分のイメージにはない音楽だったのですごく刺激的でしたね。

「Sosuke」も、 “奏介=クラリネット” という私がイメージしたもの以上の、少年の伸びやかさが際立つ音楽を作ってくれました。メロディが優しいんです。

荘子it:奏介が走り出す映像を見たときに、ボリーンと弾けるような、音符がぴょんっと跳ねるイメージが浮かんだんです。

クラリネットの朗らかさや伸びやかさみたいなイメージは大切にしつつ、軽快に弾けるような感じの音にしました。

横浜:あれはなんの音色ですか?

荘子it:カリンバという、アフリカの指ピアノをサンプリングして作っています。

原作の“変さ”を担った荘子itの音楽

音が優しく転がっていくような明るいメロディが印象的でした。一方で、どこか不穏な音階が映画の不思議さを表現してもいて。

横浜:ちょっと不気味さがありますよね。

荘子it:原作漫画は、その “変さ” がすごく際立っていて。横浜さんの脚本や演出にも、ちょっと毒っけが表現されているんです。

映画の印象が夏の子どもたちの朗らかでニュートラルな雰囲気だけになってしまわないように、原作の変な感じを音楽でも担おうと意識しました。

映画のオープニングで使われている「Ouverture」が、車のシーンに移行する過程でカーステレオから聞こえてくる演出も印象的でした。

横浜:ケリー・ライカート(Kelly Reichardt)監督の『リバー・オブ・グラス』という映画のオープニングでオールドジャズが流れるんです。そのイメージをお伝えして、昔のジャズっぽい音楽をお願いしました。

荘子it:自分がオールドジャズを作るのは、嘘のレトロ感を出す感じがしてあまりしっくりこなかったんです。ただ、あたかもヒップホップビートを使ってサンプリングしたような音楽に車のシーンでシームレス繋がっていく展開にしたことで、自分の中でオチがついたというか。納得感が生まれました。

完成した作品をご覧になって、荘子itさんが新たに発見したことは?

荘子it:映画音楽を作るのは初めての経験だったので、作業中は基本的に音を当てるシーンに集中してしまったんです。ただ、当たり前ですけど、映画を通して見ると音楽が鳴っていない時間もあるわけです。

横浜さんは2時間以上の尺の中で、音楽が鳴らない部分もコントロールしながら表現しているし、それによってちゃんと映画になっている。

提出したけど使われなかった音も含めて、いろんな差配がうまくいっているなと感じました。

劇中で使われなかった音楽とは?

荘子it:奏介の美術部の後輩の立花(中須翔真)が、唐田えりかさん演じるヨーコに恋をする瞬間の音楽を2種類作ったんです。サントラには「Tachibana and Yoko」として収録されていますが、本編では使われませんでした。

横浜:本編ではかわいらしいイメージの「Yoko and Tachibana 」を使っていますが、「Tachibana and Yoko」はもっとガツンとした、立花の男の部分みたいなものを表現した音楽になっていて。どっちに振るかすごく悩みました。

荘子it:ちょっとやりすぎでしたよね(笑)。監督の選択が正しかったと思います。

キャラクターの個性を雄弁に語るDos Monosの音楽

奏介が慕う先輩のテルオ(蒼井旬)のアトリエでは、Dos Monosの楽曲が流れています。キャラクターの個性が音楽からも伝わってきました。

横浜:現場では無音の状態でお芝居をしてもらったのですが、テルオには尖った音楽を聴いていてほしいと思って。Dos Monosの音楽を流したいとお願いしたところ、承諾をいただきました。

荘子it:実はプライベートで映画館に行ったときに、18歳のファンの子から声をかけられたことがあったんです。彼は中学時代からDos Monosのことが好きで聴いてくれていたらしくて。

直近にそういう経験をしていたので、高校を中退した劇中のテルオが、自分の音楽を聴いてくれているのもひとつのリアルなのかなと思ったんです。

そうじゃなかったら、「映画の世界観を壊しちゃうんじゃないか」とか、「そんな子いないだろ」って気持ちになっちゃったかもしれません(笑)。

エンドソング「La chanson de Yoko」はおふたりが共作したとか。

荘子it:映画の世界観を一番分かっている監督に歌詞を書いてほしいと思って。先に仮歌とメロディだけ入れて、横浜さんに歌詞を当ててもらいました。

歌っているのは、劇中でヨーコを演じた唐田えりかさんです。

横浜:初めて聞きました。唐田さんの歌声。

荘子it:映画は3話構成になっていますが、それぞれの話で目立つキャラクターを挙げると、唐田さんが演じたヨーコと、剛力彩芽さんが演じた理沙子、そして菅原小春さんが演じたメグだと思ったんです。

剛力さんと菅原さんは歌の経験があるので、歌のイメージがない人のほうがおもしろいなと思って。それにヨーコが登場するのは1話なので、エンディングには「ヨーコって誰だ?」って感じになるかなと思って。

あの歌は、彼氏の高岡(高良健吾)と憧れのフランスに渡ったけど、そろそろフランスにも飽きてきた2年後くらいのイメージで作りました。

観る人を選ぶ、論争的な過激さを持った映画

ちなみに荘子itさんは、この映画に関して「世間からは全く評価されないか絶賛されるかのどちらかだろうな」とコメントされていましたね。

荘子it:基本的に登場する大人のキャラクターの個性が強いけど、観終わった後に大人の汚さが残るわけではない。そしてアートが素晴らしいみたいな話にもすんなり行かないという、宙ぶらりんな感じがこの映画のよさだと思うんです。

横浜:何か大きな出来事や目的がある映画ではないので、観る人を選ぶかもしれません。いい意味で裏切られると思うので、余白みたいなものを楽しんでほしいですよね。

荘子it:きっとどう捉えていいかわからない人もいるだろうし、怒る人がいてもおもしろいかなって。

横浜:確かに(笑)。

荘子it:「こんなんじゃダメだ!」みたいな意見が出てきてもいい。それくらい論争的な過激さを持った映画だと思います。

改めて、音楽は映画にとってどんな役割を果たすものだと思いますか?

横浜:映画で流れている時間や感情とはまた別の空気を持ち込んでくれるものだと思います。映像と音楽が出会ってどんな化学反応が生まれるか、映画を作りながらいつも実験をしている感じです。

私は音楽を作ることができないので、音楽家の力を借りながら、自分の想像とは別のところに行かせてもらっている感覚。今回は荘子itさんにお願いしてよかったです、とても。

荘子it:うれしいですね。自分的にも映画音楽という形での関わり方はやりがいがありました。音楽家ではありますが、やっぱり自分は映画が好きだし、文章を書いたりしゃべったりすることで映画の外側に関わってきました。

今回は内側に携わりましたが、映画音楽は単純に映画に奉仕するだけではなく、出来上がった映像におもしろい茶々入れをすることでもあるのかなと思って。

そもそも無声映画時代は、活動弁士が映画を実況し、新たな魅力を生み出してきたと思うんです。そういう意味では、音楽もちょっと斜めから映画に関わることができるおもしろさを感じました。

すごいとしか言いようのない、衝撃を受けた映画音楽

おふたりが忘れられない、音楽が印象的な映画を挙げていただくとすると?

横浜:私はサミュエル・フラー(Samuel Fuller)監督の『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』に使われている、カン(CAN)の「VitaminC」です。その映画を観るまでカンのことを知らなくて。

はちゃめちゃな映画なんですけど、音楽がちゃんと存在していて、これ以上のものがないってくらいとにかくかっこいい。映画のために作られた劇伴ではないのですが、あれは忘れられないですね。今ではなかなか観られる機会がないのですが。

荘子it:リニューアル前の渋谷のTSUTAYAにサミュエル・フラーのコーナーがあった頃、僕もVHSで観ました。

荘子it:カンの「VitaminC」は、ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)監督の『インヒアレント・ヴァイス』にも使われていますよね。僕が音楽に衝撃を受けた映画は、同じくポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』です。

レディオヘッド(Radiohead)のジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)が劇伴を担当しているのですが、中学のときに衝撃を受けた映画音楽の原体験みたいな作品。本当にすごいとしか言いようがなかったです。

単純に音と画が合っているとかではなく、映像の力と音楽の力が常に拮抗していて。それぞれの効果が最大化されて強度がマックスになっている感じがしました。

ジョニー・グリーンウッドが手掛ける映画音楽は、単純にライブで聴いて楽しむのとは違う、映像と拮抗している音楽のあり方がすごい。機会があれば、自分もそういう音楽を作りたいと思います。

横浜:自分で映画を監督したいとは思いませんか?

荘子it:作ってみたいとは思いますね。

横浜:荘子itさんはイメージが明確なんですよ。私はやりたいことはあってもぼやっとしていて、どう具現化するかの方法がわからず探り探りで。製作する流れの中でなんとなくわかっていく感じなんです。でも荘子itさんは音楽作りにおいても最初からビジョンがクリアですよね。

荘子it:確かにビジョンは最初に出てきちゃいますね。学生の頃に映画を撮ろうとしたときも、撮りたい画が強すぎて具現化できずにヤキモキしてしまって。結局作れなかった過去があります。

そういう意味では、ぼやっとしたまま粘り強くやっていくのは、映画監督の重要な資質なのかもしれません。もしも自分が本当に映画を撮るチャンスがあったら、すべてのシーンのコンテを書いた状態で臨むと思いますけど。

横浜:ガチガチですね。おもしろい(笑)。

おふたりがまたコラボする可能性は?

横浜:はい、あります。いや、具体的には何もないですけど、やりたいです!

横浜聡子

1978年、青森県生まれ。横浜の大学を卒業後、東京で1年ほど会社員をし、2002年に第6期映画美学校フィクションコース初等科に入学。卒業制作の短編『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』が2006年第2回CO2オープンコンペ部門最優秀賞受賞。CO2からの助成金を元に長編1作目となる『ジャーマン+雨』を自主製作。商業映画デビュー作『ウルトラミラクルラブストーリー』は2009年のトロント国際映画祭、バンクーバー国際映画祭他、多くの海外映画祭にて上映された。2016年『俳優 亀岡拓次』が公開。2021年に全編青森にて製作した『いとみち』では第16回大阪アジアン映画祭にて観客賞とグランプリをダブル受賞。第13回TAMA映画賞特別賞、第36回山路ふみ子文化賞を受賞するなど、多数の賞を受賞した。最新作『海辺へ行く道』は、2025年開催の第75回ベルリン映画祭に正式出品されジェネレーションKplus部門にてスペシャルメンション(特別表彰)を獲得した。

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荘子it

1993年8月24日生まれ、東京都出身。2015年に中学生時代の友人であるTaiTan(タイタン)と没 aka NGS(ボツ・エーケーエー・エヌジーエス)と共にDos Monos(ドスモノス)を結成、全曲のトラックとラップを担当する。2018年にアメリカのレーベル・Deathbomb Arcと契約を結び、2019年3月に1stアルバム『Dos City』でデビュー。2020年に『Dos Siki』、2021年に『Dos Siki 2nd season』『Larderello』などの作品をリリース。英ロンドンのバンドblack midi、米アリゾナのInjury Reserveや、台湾のIT大臣オードリー・タン、小説家の筒井康隆らとの越境的な共作曲も多数。2024年3月に吉田雅史との共著書「最後の音楽:|| ヒップホップ対話篇」を上梓。5月末にアルバム『Dos Atomos』、2025年5月7日に最新作『Dos Moons』をリリース。映画『海辺へ行く道』で自身初の映画音楽を手掛けた。

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映画『海辺へ行く道』

アーティスト移住支援をうたう、とある海辺の街。のんきに暮らす 14 歳の美術部員・奏介(原田琥之佑)とその仲間たちは、夏休みにもかかわらず、演劇部に依頼された絵を描いたり、新聞部の取材を手伝ったりと毎日忙しい。街には何やらあやしげな“アーティスト”たちがウロウロ。そんな中、奏介たちにちょっと不思議な依頼が次々に飛び込んでくる。ものづくりに夢中で自由奔放な子供たちと、秘密と嘘ばかりの大人たち。果てなき想像力が乱反射する海辺で、すべての登場人物が愛おしく、優しさとユーモアに満ちた、ちょっとおかしな人生讃歌。

2025年8月29日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
©️2025映画「海辺へ行く道」製作委員会

公式サイト X

Words & Edit:Kozue Matsuyama
Photo: Soichi Ishida

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