あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回は、墨田区にある観葉植物店「Green Thanks Supply」を舞台に、ミュージシャン兼モデルであり、エレクトロユニット「Black Boboi」のメンバーでもあるJulia Shortreed(ジュリア・ショートリード)さんをゲストにお迎えし、植物と音楽が空間を満たす店内で、持ち寄ったレコードに針を落としてもらった。 連載「Part.02」をお届け。

【Part.01はこちら】

自然空間に没入できる音楽体験。

Green Thanks Supplyでどうしてもかけてみたいレコードがあって、僭越ながらこちらもレコードを持参させて頂きました。 「Phantom Island」っていう幻の島で流れているサウンドスケープという設定の音楽。 ジャンル的にはアンビエントにカテゴライズされると思うんですが、非常に多様なミュージシャンですね。

〜「VM760SLC」で視聴 Andrew Pekler 『Sounds From Phantom Islands』 収録曲 「Approximate Bermeja」〜

「VM760SLC」で視聴 Andrew Pekler『Sounds From Phantom Islands』収録曲「Approximate Bermeja」

小川:さっきの粒子が粗めの針よりも会話しやすいですね。 ペクラーは僕も大好きなんですけど、このレコードは持ってなかったから、あれ、このレコード持ってたっけって、一瞬なっちゃいました(笑)。

小川武さん

Julia:私の家にも植物がたくさんあるんですけど、植物って難しいですよね。 以前頂いた植物が病気になっちゃって、葉っぱを切ったりしながら、ここ数年なんとか育ってくれているんですけど。

Julia Shortreedさんと小川武さん

小川:同じ品種でも枯れるやつと生きるやつがいるし、僕でも枯らしてしまうこともあります。 皆さん、葉っぱがかわいそうだからってなかなか切れないんですけど、本当は切った方が良くて。 人間も毛先が傷んでくるじゃないですか。 人間の髪の毛と一緒で、古いものは切って新しいのを生やしてあげないと。 だから特に春先はバツバツ切ってますよ。

Julia:あとは、風通しと水と光って言いますよね。

小川:そうなんです。 風通しも水と光くらい重要。 どんなに明るい場所で水をあげていても、こもっていると枯れるんです。

Julia:植物も聴いている音楽で元気になったりするのかな? 言葉が届くとか言うじゃないですか。

植物

ある研究では、外部からの刺激に対して植物が防御反応を示したシグナルを可視化することに成功したそうで、脳や神経のない植物の「知性」が徐々に解明されつつあることを、学術誌『Science』が発表していました。

Julia:でも、どちらかと言えば、私たちの方が受け取るものがある気がしますよね。

Julia Shortreedさん

小川:本当、そうなんですよ。 この植物たちには全部この場所でバーっと水をあげるんです。 植物に水滴が付いて光が入ってくるとキラキラして、僕がそれに合わせてアンビエントをかける。 すると、自分が気持ち良くなるんですよね。 対して、公園とかもそうですけど、夜はちょっと怖くて。 夜の植物って怖くないですか? おどろおどろしいというか。 この店でも蛍光灯の光が影を作って少し怖くなるから、ズーンっていうドローンをかけてみたりして。 それはそれで楽しい。

完全に寄せてるじゃないですか(笑)。

小川:夜はお店を開けていないので、ドローンは僕しか楽しめないんですけどね(笑)。

Julia:もう針のことをすっかり忘れて、音楽に浸ってしまっていました。 植物があって、それに合う音楽があって。 最高ですね。

植物と音楽の相性はありますよね。 そもそもの親和性があるし、先ほどの小川さんの話じゃないですけど、それぞれ高め合てくれる存在というか。

Julia:もっと自然な環境に近い音楽がここには合う気がします。 もしかしたら、さっきのSnail Mail (スネイル・メイル)とかは、あえてここで聴かなくても良いのかも。 頭の中で集中して神経を研ぎ澄ませるよりも、もっと箱で鳴らして体感したいというか。 植物に囲まれた自然に近い空間で音を愉しむ。 もっと言うと、人間の声すら要らないのかもしれなくて。

小川:このK-ARRAYのスピーカーシステムもアンビエントが合うように構造設計してもらっているんです。 より自然に近い環境にチューニングしていて。

Julia Shortreedさん

Julia:植物を見ながらこういう音楽を良音で聴くと、植物の成長も見れるような気がしてくるし、時間の経過自体が愉しいですよね。 レコードって時間の経過を愉しむものだから、ゆっくり丁寧に聴きたいじゃないですか。

小川:植物園の中でライブするみたいなことですよね。 このお店でも、アンビエントとかノイズの人でライブしてもらいたい人がいて、今度お願いしようと思っていて。

Julia:Black Boboiのステージ演出でも植物作家さんに植物を飾ってもらったことがあって、心地よい中で演奏できましたが、土から根を張って水が通っている状態での演奏もしてみたいと思ったりします。 ライブハウスのステージは、どうしても地面から切り離されてしまっているものだったりするので。

さっき、Juliaさんが “人間の声すら要らない” と仰っていましたけど、意味の分かってしまう言葉よりも、単純に音そのものの方が植物と相性が良い気がします。

Julia:言葉って、誰かから発されたすごくパワーのあるものだから、ボーカル有りの音楽、大好きですが、この空間で聴くならインストの方が馴染む気がします。ずっと聴いていられるというか。

小川:さっきの風通しが大事という話に少し戻るんですが、この植物の中には水が流れていて、風がないと中の水が滞って腐ってしまうんですよ。 振動が水を植物全体に行き届かせる手段になっているから、何かしらの振動は植物にとっても良いものだと思うんです。 音も空気の振動なわけですから。

植物の影

Julia:やっぱり音楽も風みたいなもので、植物にとって良いものなんですね。 あれ? この曲の後ろで虫の声が鳴っていますね。

小川:そういえば、虫の音だけをフィールドレコーディングしたレコードを持っていて。 夏にそれを聴くと、すごく気持ち良くなるんですよ。 で、お客さんが入ってきて、うわっ! ってびっくりされたりして(笑)。

〜「VM750SH」で視聴 ザ・ゲロゲリゲゲゲ(山ノ内純太郎) 『>(decrescendo)』 収録曲 「Untitled」〜

「VM750SH」で視聴 ザ・ゲロゲリゲゲゲ(山ノ内純太郎)『>(decrescendo)』収録曲「Untitled」
「VM750SH」で視聴 ザ・ゲロゲリゲゲゲ(山ノ内純太郎)『>(decrescendo)』収録曲「Untitled」

Julia:えー、かっこよ!

小川:他の曲は暴力的なノイズばかりだったりするんですけど、大切な友人がなくなってしまった日の朝の公園で演奏したものが収録されているみたいで。 そういうストーリーがスリーブ裏に書かれているんです。

Julia:良いな、これ。

小川:夕方とかにこれ聴く時があって。 誰も客来ねぇーって(笑)。

Julia Shortreedさんと小川武さん

Julia:(笑)。

次は、Juliaさんのレコードをかけていきましょうよ。 せっかくなので戻ってVM760SLCで。

Julia:じゃあ、Anne Müller(アンネ・ミュラー)にしようかな。

〜「VM760SLC」で視聴 Anne Müller 『Heliopause』 収録曲 「Solo? Repeat!」〜

「VM760SLC」で視聴 Anne Müller『Heliopause』収録曲「Solo? Repeat!」

Julia:ストリングスはどう聴こえるんだろうと思って。 ベルリンを拠点に活動しているドイツ人の大好きなチェリストです。

小川:うわぁ、これは感動しますね。

Julia:この音響で聴くとさらに良い!鳥肌が立ちました。さっき泣きそうでしたもん(笑)。

小川:曲だけでもはや短編映画(笑)。 このレコード欲しい。

Julia:私はこのサボテンみたいなのが欲しいなぁ。

Julia Shortreedさん

〜「VM530EN」で視聴 アンネ・ミュラー 『Heliopause』 収録曲 「Solo? Repeat!」〜

違いがある、というのを超えて、もはや別の曲に聴こえますね。

Julia:こんなに違うんだ。 こっちの方が張りがあって音が硬い印象ですね。 VM760SLCには、もっと色んな音のレイヤーがありました。

小川:高音が少し耳に当たる感じがします。 まだ少し粒子が粗いというか。 やっぱりVM760SLCってすごい針なんだ!

VM530EN

Julia:さっきは2回目に聴いたからすごいのかもって思ってたんですけど、やっぱりすごかったんだ(笑)。 クラシックとか弦楽器って結構聴き比べしやすいかもしれないです。 かなり説得力がありました。

そろそろ終わりの時間になるので、最後にJuliaさんご自身のレコードを聴きたいなと思うのですが。

Julia:良いんですか? そしたらどの曲にしようかな。

感情を乗せるカートリッジ。

〜「VM760SLC」&「VM530EN」で視聴 Julia Shortreed 『Violet Sun』 収録曲 「Wild Rose」〜

「VM760SLC」&「VM530EN」で視聴 Julia Shortreed『Violet Sun』収録曲「Wild Rose」
「VM760SLC」&「VM530EN」で視聴 Julia Shortreed『Violet Sun』収録曲「Wild Rose」

このレコードを作っていた時のお話を聞いても良いですか?

Julia:6、7年前の古い曲も入っているんですけど、レコードを作ったのはコロナ期間真っ只中でした。アイスランドに行ってレコーディングをしたりして、自分の7年間を詰め込んだんですが、気持ちは次に進みたい一心でした。 だから、納得する形にして、終止符を打つような気持ちで作ったレコードです。 マスタリングエンジニアの風間萌(かざま もえ)さんとレコードカッティングの現場に行って、どれくらいの低音が心地良いかとか、聴きながらリクエストしました。 すごく楽しかったな。

小川:このジャケットのノイズというか、模様はどうやって作ったんですか?

Julia:私の夫にデザインしてもらったのですが、家にあるもので工夫して撮影しました。 それをシルバー加工しているんです。 めちゃくちゃDIY。

小川:僕、実はシルクスクリーンで白黒の版画を刷っていて。 展示をしたことがあるんですけど、それですごく興味が湧いて聞いちゃいました。

ご自身の曲ですが、Juliaさんは、どちらの針が良かったですか?

Julia:レコーディング風景とかを思い出してウルっときたのは、VM530ENの針だったかもしれないです。

小川:息を吸う感じとか、声の伸びとかはVM760SLCの方が良かった気がします。 解像度が高かったというか。

Julia Shortreedさん

Julia:一番最初に聴いた針というのもあるかもしれませんが、感情がより乗っているように聴こえて印象が強かったのはVM530ENの針でした。 M760SLCは、自分の声ってこんなにきれいに聴こえるんだっていう驚きがありましたが、ボーカルの声、エモーショナルさに関して、その空気の中にある揺らぎみたいな粗さがあって、好みでした。

今回の針J企画、いかがでしたか?

Julia Shortreedさんと小川武さん

Julia:こんなにたくさんの針でレコードの聴き比べができて面白い体験だったし、最後は自分の曲まで聴けて、本当に楽しかったです。 針の重要性も分かったし、「音楽との巡り合わせ」を考えるきっかけにもなりました。 植物が生き生きとした空間で音楽を聴くことが、こんなに気持ちが良いなんて。 先ほども話しましたが、自然の中でライブをしてみたいなって改めて思いました。 あと、皆で持ち寄ったレコードが新しい音楽との出会いにも繋がるということも今回の収穫ですよね。 新しいサボテン? も我が家に仲間入りするし、今日は楽しい時間をありがとうございました。

小川:さっきのサボテンみたいな植物は、ユーフォルビア・マハラジャっていう多肉植物なんです。 ハマり出すと後戻りできなくなるので、Juliaさんも気をつけてください(笑)。 またいつでもフラッと遊びに来て頂ければ。 夜のドローン会でもお待ちしてます。

Profile

Julia Shortreedさん

Julia Shortreed|ジュリア・ショートリード

日本とカナダにルーツをもつミュージシャン、シンガーソングライター、モデル。 比叡山や琵琶湖といった自然の中で幼少期を過ごす。 17歳より作曲を始め、徐々に音楽の世界へ。 アンビエント、アシッドフォーク、エレクトロニックを融合し、自然の揺らぎを彷彿させる、ダークでありながらも美しい楽曲とその歌声は、アニメ『東京喰種』やTBS系ドラマ『わたしを離さないで』の挿入歌でも聴くことができる。 その一方で、モデルとしての顔も併せもつ彼女は、表現の幅を広げていきながら、2018年にバンド「Black Boboi」を結成、2019年にはFuji Rock Festival 2019に出演。 2021年にはソロ名義での出演も果たし、その端正なルックスとハートフルな魅力で、ジャンルに捉われない横断的な活躍を見せている。

HP

Green Thanks Supply

Green Thanks Supply

〒131-0046
東京都墨田区京島3-42-8
TEL:070-1391-3820
OPEN:13:00~19:00(土・日)

HP

今回持ち込んだカートリッジ

Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos:Hinano Kimoto