レコードがどのように生産されているかご存知ですか?CDをはじめとするデジタル音源は音がデータとして媒体に記録されますが、レコード盤には音を再生するための溝が直接刻み込まれます。 その溝はどこでどのように刻まれるのか、それらはどのように生産されるのか、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

「今から100年以上も前、エジソンの円筒レコードをベルリナーの円盤レコードが打ち負かしました。 これは、円筒よりも円盤の方が製作が簡単で大量生産に向いていた、という要素が大きいものと考えられます。

レコードの歴史 #1 〜円筒から円盤へ〜

そうはいっても、レコード作りには多くの工程とそれに伴う技術が込められています。 今回は、その工程を見ていくこととしましょう。 」

まず必要なのは、音源とラッカー盤

まずレコード作りに必要なのは、元となる「マスター音源」です。 大手のレコード会社から個人製作まで、いろいろな音源が製盤工場へ持ち込まれます。 そこで最もお手軽なのはCD-Rですが、凝った例ではわざわざ工場へアナログのマスターテープと業務用のテープレコーダーを持ち込む会社もあるとか。

持ち込まれたマスター音源を用いて製作されるのが、「ラッカー・マスター」です。 レコードを作る元となる〈ラッカー盤〉に音溝を刻むための機械、〈カッティング・マシン〉にラッカー盤*をセットし、33 1/3回転か45回転で回しながら、カッターヘッドと呼ばれるダイヤモンドの針先で音溝をつるつるのラッカー面へ刻んでいきます。

*ラッカー盤とは、レコードの型をつくるために円盤型に音を刻んで記録する盤のこと。 アルミ素材でできていて、音溝をより正確に刻むために、表面にはラッカーという樹脂の膜が薄く張られています。

なおこのラッカー盤、アルミの円盤へ完全な平面性と均一の厚みを持つラッカーを塗布しなければならず、世界で2社しか作る技術が継承されていなかったのですが、2020年に米国の大手メーカーが山火事により全焼してしまい、現在は日本の長野県にあるパブリック・レコードという社が一手に引き受けている状態です。

マスター盤ができるまで

音溝を切り終わったラッカー盤は、「マスター盤」を作るために可能な限り速やかに次の工程〈メッキ加工〉へ移らなければなりません。 音溝を刻んでから時間がたってしまうと、柔らかなラッカー素材が変形して音が鈍ったり、隣接するトラックの音が小さく聴こえてくるようになってしまったりすることがあるからです。 「昔はラッカー盤を切り終わったら、大急ぎでタクシーに乗って工場へ駆けつけたものだよ」と、アナログ全盛時を知るエンジニアさんに話を聞いたことがあります。

メッキ加工というのは、まずラッカー盤の表面に銀の微粒子をスプレーで噴霧して導電性を持たせ、その上へニッケルメッキが施されます。 次に電鋳*という技術を用いて銅の分厚い層がニッケルの表面に作成され、それを剥がすと音溝が凸側になったマスター盤の完成です。

*電鋳(電気鋳造):電解液へ銅の塊と型(メタルマスターやマザー)を入れ、銅に+、型に-の電極を接続して電気を流すと銅が型に析出して分厚い層となり、メタルマスターからマザー、マザーからスタンパーが製作される。

そして量産へ

ドラマーの石若駿との演奏

マスター盤へさらにニッケルかクロームのメッキを施し、電鋳を使って銅の円盤を作ると、ラッカー盤と同じ凹側の音溝を持つ「メタルマザー」が出来上がります。

そのマザーを使ってもう1回電鋳を行った凸側の音溝を持つ盤を「スタンパー」と呼び、これがレコードを作る原盤となります。 1枚のスタンパーで1,000〜2,000枚くらいのレコードが製作できるといい、全盛期には1枚のマザーからスタンパーが何枚も取られることが普通だったそうです。

スタンパーを両面製作したら、次は製盤(プレス)です。 約130~150℃に熱した塩化ビニールはとても柔らかいものですが、レコードのA面とB面のスタンパーを上下に装着したプレス機の上へその柔らかい塩化ビニールを適量乗せ、上下から力をかけてレコードを成型していきます。 何トンもの力でプレスし、ある程度塩化ビニールが冷えたらプレス機を開いて盤を取り出します。

プレスされた盤を抜き取り検査して音を確かめ、問題なければ縁のバリなどをきれいに取ったりして、商品としてのレコードが完成します。 実際は完成したレコード以前にもいくつかの工程で音質チェックは行われていますから、少なくとも国内盤で皆さんのお手元に問題のあるレコードが届くことは、ほぼないと考えていいでしょうね。

レコードはどこで生産されているの?

ところで、レコードはどこで生産されているのでしょうか。 1980年代くらいまでは、大手レコード会社は軒並み自社の工場を持っていましたし、生産委託を受ける専門の業者もいくつかありました。 しかし、CD全盛期の20年間にほとんどの会社が工場を畳んでしまい、唯一残ったのは横浜市鶴見区の工場地帯に巨大な工場を構える東洋化成です。

東洋化成は現在世界中から注文が引きも切らず、嬉しい悲鳴を上げているそうです。 レコード冬の時代を乗り切った先駆者の強みが、まさに表れているといっていいでしょうね。

ずいぶん長く国内では東洋化成1社だけがレコードを生産していたのですが、2018年というから今から5年前のこと、ソニーミュージックが何と自社工場の撤退から29年ぶりにレコードの一貫生産工場を立ち上げた、ということが大きな話題になりました。

静岡県焼津市にあるソニーミュージックのレコード工場は、20世紀には考えられなかったコンピュータによる工程や品質の管理が行われ、商品としてのレコードの均一性が高度に保たれているといいます。 全盛期よりもさらに高品質のレコードを製作すべく、現代の英知を結集した工場なんて、嬉しくなっちゃうじゃないですか。

私も今回いろいろ検索してみて分かりましたが、海外でも新たにレコード工場がいくつか稼働を開始しているとか。 新しい音楽がどんどんレコードという器に乗って発売される。 いい世の中になりましたね。

Words:Akira Sumiyama