群馬県高崎市にひっそりと佇む元ジャズ喫茶『蔵人(クラート)』。
2005年にオープンして以来、数々のオーディオ雑誌に取り上げられ、ジャズファンや音響マニア達が日本各地から訪れていた。しかし2019年に惜しまれつつもその歴史に幕を閉じることに。現在営業はしていないが、閉店の翌年に高崎市の歴史的景観建造物に指定されている。

マスターの根岸蔵人さん

マスターの根岸蔵人さんは1945年生まれの御年77歳。高校生の頃から上京し、芸術やジャズの洗礼を受けてきた。東京で美容師として活躍した後、自身の出身地である群馬県高崎市に戻ってヘアサロンを開業。インターネットやSNSのない当時に東京で修行した美容師は評判を呼び、たちまち人気美容師に。そんな根岸さんが150年以上前に建てられた蔵と運命的な出会いを果たしたのは三十代の頃だった。

美容師としての多忙な日々の傍らで自分の大好きなジャズを大音量で聴く、いわゆる趣味部屋としてこの蔵を購入した。以来、日中はサロンワークに勤しみつつ、仕事後の余暇活動にも睡眠時間を削って情熱を注ぎ続けた。しかしその結果、51歳で身体を壊してしまう。そして60歳を迎えた年、趣味部屋をジャズ喫茶として開店し、思春期から今も変わらずに大好きな音楽で生きていくことを決意した。この大人のおもちゃ箱のような空間の歴史がはじまる。店名は、倉賀野の”くら”と”アート”を掛けて造りだした言葉だ。

店内のスピーカーとオブジェ

店内では主に2種類のセットアップで違う音の楽しみ方ができる仕組みで、Aletc LansingにはMclntosh MC 2600、JBL Project K2 S9500にはMark Levinson ML3などを通してレコードの音を味わえる。特にECMレーベルが好きだそうで、取材中にキースジャレットの名盤「ケルンコンサート」を大音量でかけてくれた。ぶ厚い蔵の壁が無駄な反響を抑え、身体が音の波長に溶け込むかのような感覚を味わえた。

店内のスピーカーとオブジェ
アンプのコントローラー

音楽以外にもアート作品や民芸品、家具など、根岸さんの趣味は多岐に渡る。北大路魯山人の器や皿、イサムノグチのソファー、棟方志功の巨大なテーブルや版画、ヴィクトリア朝の彫刻、そして膨大な量の書籍が三千枚ほどのレコードと共に収集されている。閉店した後も、趣味部屋に戻ったこの蔵でコーヒーを飲みながらジャズを聴く日々を過ごしている。レコードのライナーノーツを愛おしそうに眺めている姿からは、ジャズに対する純粋な愛を感じられた。

今でも伝説になった場所を一目見ようと、県外からもオーディオファンが訪れている。

マスターの根岸蔵人さん

ジャズ喫茶蔵人(クラート)

〒370-1201
群馬県高崎市倉賀野町1602-1
TEL:027-346-2363

Photos & Words by Masahiro Takai