この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、イラクの都市キルクークへ。

「この間も、“アルカイダ”から脅迫がきて」。彼らがプレイする国イラクでは、メタル=悪魔の音楽とみなされている。殺害予告が来てもメタルを辞めないバンド、Dark Phantom。2009年の結成から10年以上にわたって、不安定な政治や社会情勢で制限の多い土地で、ダークでヘビーな正統派デスメタルを轟かせている。

イラクのバンドというだけでも特殊な香りがするが、Dark Phantomの地元はさらに複雑だ。イラクの首都バグダードの北方に位置する都市、キルクークは、クルド、アラブ、トルクメンなどの多民族が住む場所。幸か不幸か、豊富な油田があることからイラク国内の石油開発拠点であり、それゆえ不定が続く*。

*旧フセイン政権は、クルド人を追放しアラブ人を強制移住させる「アラブ化政策」を進めた。イラク戦争後は、クルド人が戻りはじめたが、いまだにイラク政府軍が侵略し、抑圧は続く。

その状況に、さらにコロナ禍が重なる現在も、新しい楽曲作りを続行中。バンド結成の中心人物でギタリストのMurad Khalidと通話アプリを繋ぐ。Metallicaの切り抜きや、Avenged Sevenfoldのステッカーが壁を飾る、アメリカのメタラーティーンエージャーのような部屋から語る、その地元キルクーク、バンドをやっている人が知っているリアルな歩き方。

Dark Phantom(ダーク・ファントム)。
Dark Phantom(ダーク・ファントム)。右から二番目が、今回取材に応じてくれたMurad Khalid(ムラド・カリード)。

イラクでは外出禁止令が出ていたそうですが、いまだに(取材時は2021年)キルクークの街は、ロックダウン中ですか。

いまはそう。でも来週から店の営業は再開するみたい。

じゃあ、定期的にバンドで集まって音楽制作、というわけにはあまりいかないですね。

いまは各々が作曲を進めていて、コロナの状況がよくなって一緒にレコーディングができるのを待っている。ボーカルだけ違う都市に住んでいるし。でも、時々会って作っている音楽について話しているよ。

そういう時に、決まって集まる場所というのはあるんですか?

ドラマーの家によく集まる。そこに彼のホームスタジオがあるんだ。あとは、その近くに楽器を直したりする作業場もある。

ギターのメンテナンス
ギターのメンテナンス

普段はどんな生活なんでしょう。音楽活動をするのはいつ?

普段は、電気技師として会社で働いている。仕事が終わったら友だちにちょっと会ったり、スーパーに行って母や家族から頼まれたお使いを済ませて、帰宅する。ちょっと休んで、夜の10時から夜中の2時までの4時間を音楽の作業に費やすんだ。4日間仕事に出ると4日間休みになるから、休みのあいだで曲を書くこともある。

創作活動は夜型、というか夜にしか時間がないんだ。

音楽一本で生活できないからね。家賃も払わなければいけないし、楽器も買わなければいけない。

よく行く楽器屋さんはありますか?

地元に楽器屋はあることにはあるんだけど、小さいし良いブランドを置いていないんだ。ギターのセレクションもよくないし。だからそこでは買わずに、だいたい、eBayやAmazon、Sweetwater(スウィートウォーター、楽器や音響機器のEコマースサイト)を使っている。

ギターコレクション、見せてほしいです。

ESP LTD、Ibanez…。

そこ(自室)でも練習を?

うん、自分の部屋はホームスタジオにしている。メンバーみんな、家の部屋をホームスタジオにしているよ。これはCDコレクション。
(画面越しに見せてくれる)

ホームスタジオの様子
ホームスタジオの様子
ホームスタジオの様子
ポスターだらけだったMuradの昔の部屋での、リハーサルやレコーディングの様子。
ポスターだらけだったMuradの昔の部屋での、リハーサルやレコーディングの様子。
「ポスターでいっぱいのあの部屋、懐かしい」と、取材中もこぼしていた。

街のレコードストアやCDショップで買ったんですか?

いや、街にレコードストアはないんだ。10年くらい前はあったけど、いまはもうみんなレコードやCDを買うことにそこまで執着していないよね。でも、僕はCDを買うのが好き。アートワークを見るとすごく嬉しくなるんだ。それに、僕自身ミュージシャンだからというのもあるんだけど、音楽はミュージシャンからきちんと買いたい。自分の音楽が盗まれる(勝手にタダでダウンロードされる)のは嫌だから。

CD、いいですよね。Muradの部屋を見ているとすごく懐かしくなります。バンドメンバーと音楽の作業をしたあとによく行く場所はありますか。

さっき話した楽器を修理する作業場の隣に、小さいコーヒーショップがある。名前? ないよ。イラクの伝統的なコーヒーが飲めるんだ。僕たちはコーヒーガイではないんだけどね。

楽器の修理場
名もなきカフェにて。
名もなきカフェにて。

じゃあ、お酒を飲みにバーへ?

街にバーはないよ。キルクークではみんな通りで飲んでいるか、家で飲んでいる。僕らのバンドは、月に1、2回、Erbil(アルビール、車で1時間のところにある隣街)のバーに行くよ。夜中12時には家に帰ってくる。

地元の隣街、アルビールで開催されたドリフトフェスに参加したときの一枚。
地元の隣街、アルビールで開催されたドリフトフェスに参加したときの一枚。

街にはバーがないのか。ふらっと集まれるお店はあるの?

家から10分くらいのところにあるLyaly-Kirkuk Caffe(ルヤリー・キルクーク・カフェ)というシーシャ(水タバコ)のお店にも、親友やバンドメンバーとよく行く。コーヒーを飲んだり、シーシャを吸ったり、ドミノで遊んだりするんだ。オーナーのSheraおじさんが面白い人で、いつも冗談や罵り言葉を連発(笑)。誰も僕たちのことを邪魔しないから、居心地がいい。

Lyaly-Kirkuk Caffeでは、いつものドミノタイム。
Lyaly-Kirkuk Caffeでは、いつものドミノタイム。

シーシャといったら、中東の嗜好品。

いまはシーシャは辞めて、葉巻にはまっている。

行きつけの葉巻屋があったり。

特に。市場ならどこでも。有名ブランドの葉巻は吸わない。地元産の安いのを買う。バンドのメンバーとよく買いに行くよ。足りなくなったらみんなで分け合うこともある。

葉巻を選ぶ様子

仲良いですね。他にバンドと作業終わりによく行く場所などはありますか。

ご飯を食べに行ったり、友だちに会いに行ったり、疲れてそのまま家に帰ったり。

よく行くご飯どころは?

家の近くにあるMardin(マーディン)というレストラン。伝統的なケバブがおいしいんだ。週に1、2回は行くし、バンドの取材をしに国外からジャーナリストが来たら必ず連れて行ってあげる。僕たちは常連だから、店の人とも顔見知りで、サービスもすごくよい。いつもタダでおかわりをくれるんだ。練習後に行くからギターを担いで店に持ち込むと、店員に「これはなに? 木? サズ(トルコの撥弦楽器)」って聞かれるんだ。

ギターのことを知らないんですね。じゃあ、メタルバンドだということも知らない?

僕たちがミュージシャンだということは知っているけど、それ以上は僕たちも特に話していない。ここの店長が愉快な人でね。

シーシャの店のおじさんに引き続き、おもしろい人。どんな人か気になります。

モハメッドといって、僕たちが店に行けばウェイターたちに「ほら、お得意さまが来たんだから、早くビール持って行け、早く注文聞いてこい」って、冗談まじりに急かすんだ。この写真は、ニュージーランドとスペインから来たジャーナリストを連れて行った時の。モハメッドに、彼女らが外国から来たことを言うとすごく喜んで、一緒に写真を撮ったりしていた。

レストランMardinでのメンバーたち
伝統的なケバブと名物店長モハメッドが出迎えてくれるレストランMardin。
伝統的なケバブと名物店長モハメッドが出迎えてくれるレストランMardin。

いい店長です(笑)。他に街の顔なじみは?

家の近くの食料品店の店主のおじさん。いつもいらっしゃいと迎えてくれる…それだけなんだけどね。あとは、家の隣に住んでいるご近所さん。タクシー運転手で、僕や家族がタクシーが必要な時に乗せてくれる。すごくいい人だよ。

Muradはキルクークで生まれ育ったんですよね。思い出スポットはありますか?

小さい頃に住んでいた家。その頃の近所の友だちとは週に1、2回は会っているよ。あとは祖父母の家も懐かしいな。祖父は鍛冶屋で、よく作業場に連れていってもらった。その作業場の隣が、さっき話したコーヒーショップでね。あのコーヒーショップに行くと、おじいちゃんやおじさんを思い出す。当時、そこでお茶を飲んだり朝ごはんを食べたりした。そこのお客さんは、早朝からケバブなどの肉料理を食べるんだよ。

名もなきカフェ
名もなきカフェにて。伝統的なシリアのコーヒーと、朝からケバブ。
名もなきカフェにて。伝統的なシリアのコーヒーと、朝からケバブ。

朝からこってり。キルクークの地元民はケバブ大好き。

いとこの家の近くにあるIskandar(イスカンダー)というレストランでもケバブをよく食べる。ここには、バンドのリードギタリストや僕の兄弟、友だちとよく行く。このレストランは地元でも古くからあるところで、僕はこの辺りで2歳まで生まれ育ったから、思い入れがあるんだ。小学校の校舎にも思い出が詰まっている。でも市民軍の施設に改築されてしまった。

Muradの生まれ育った地区にあるレストラン、Iskandar。またまたケバブ。
Muradの生まれ育った地区にあるレストラン、Iskandar。またまたケバブ。

街の風景も移り変わっている。

キルクークは大きな都市ではないし、大きなビルもない。小さなバザールや小さな市場。この街ではすべてのものが小さいんだ。道でさえも。

地元の好きなところは?

僕はここで生まれ育ったし、僕のおじいちゃんおばあちゃんもここで生まれた。通りはきれいではないし、バーや公園など遊ぶところもあまりないし、インフラも整備されていないこともあるし。他の都市や国に行っちゃおうかな、と思うことはあるけど、地元には親も友だちもいる。僕の街なんだ。

キルクークの公園で、バンドメンバーや友人らとピクニック。
キルクークの公園で、バンドメンバーや友人らとピクニック。

この街にしかないユニークな部分はどこでしょう。

複数の民族が入り混じっているところ。友だちと話していても、ちょくちょく言語を変えながら話しているよ。あと、よく遠方に見える燃え上がる油田の火も、キルクークの日常風景。

炎! バンドの代表曲『Nation of Dogs』のMVは、殺風景な建物のなかでバンドが演奏していますが、ここはどこで撮ったんですか?

近くのバザールの地下場所。廃墟っぽいのがいいなと思って、バザールのオーナーに頼んで使わせてもらったんだ。

街でいま気になる場所はありますか?

メンバーの一人が、廃墟と化した地元の葉巻工場を見つけて、ここで次のMVを撮りたいと言っているよ。ホラーみたいでいい雰囲気。

ステレオタイプな見方かもしれませんが、報道を見ていると、キルクークの街は危険がすぐそばにある感じがします。実際の様子はどうなのですか。

2014年はISISの攻撃があって危険だったけど、17年からは爆撃もほとんどなくなった。みんなストリートでサッカーをしていたり、自転車で遊んでいたりしている。

キルクークの街並み。
キルクークの街並み。
キルクークの街並み。
キルクークの街並み。

キルクークの若者のあいだで流行っているもの、たとえば娯楽とか、ファッションなどは?

僕は行っていないけど、バンドメンバーもジムに行っているよ。ファッションなら、Levi’sやD&Gが人気。みんなトルコで買ってくる。

服の買い物はトルコで。

僕はトルコでバンドTシャツをたくさん買ってきた。2014年に、トルコであったMetallicaのライブに行ったときに。

大好きなバンドじゃないですか!

彼らは2008年と10年にもトルコでライブをしていたんだけど、08年のときにはパスポートが、10年のときには旅費がなくて行かれなかった。でも、14年のときは、これはもう逃せない、行かなければ、と思って。

念願のライブはどうでしたか?

最前列で、James(Hetfield、Metallicaのボーカル)が目の前にいて…。彼らは僕たちと同じ人間なのかって、衝撃的だった。彼らのライブを観ることは、僕の夢の一つだったからね。

バンドは、MetallicaやSlayer、Iron Maiden、www.ment、Lamb of God(ラム・オブ・ゴッド)などの欧米のメタルバンドの影響を受けていますが、どのようにメタル道を切り拓いていったんですか。

2003年、僕が15、16歳のころ、キルクークにいた米軍(イラク戦争の際、米軍はイラク軍からクルド人を守るために駐留していた)の兵士が、CDをくれて。それがMetallicaのCDだったんだ。聴いたらすぐにハマった。最初、どんな見た目のバンドかわからないまま聴いていて、後になってMVを観たんだ。ギターの構え方からロングヘアまですべてが好きになったよ。それから、CDやネットで他のメタルも聴くようになったんだ。ちなみに、バンドのリードギタリストは僕のいとこでもあるんだけど、彼は、Megadethファンで、そのことでよく喧嘩する(笑)

Metallica派かMegadeth派、メタラーお決まりの派閥は世界共通なんですね(笑)

並べられたギター
Muradの大好きなバンドMetallicaの切り抜きがある部屋。
Muradの大好きなバンドMetallicaの切り抜きがある部屋。

Dark Phantom/ダーク・ファントム

2009年に、イラクのキルクークで結成されたデスメタルバンド。メンバーは、リードボーカルのMir Shamal(ミール・シャマル)、ギターのMurad Khalid(ムラド・カリード)、ギターのRebeen Hasem(レビーン・ハセム)、ベースのSarmad Jalal(サルマド・ジャラル)、ドラムのMahmoud Qasim(マムード・カシム)。2016年にファーストアルバム『Nation of Dogs』をリリース。イラク国内やシリアでライブのライブ活動や、地元キルクークでの音楽制作をおこなっている。

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All Images via Murad Khalid of Dark Phantom
Words: Risa Akita(HEAPS)