東京・錦糸町にある黄金湯は、創業93年の老舗銭湯。2020年にリニューアルし、深さ90cmの水風呂を備える麦飯石サウナ、『きょうの猫村さん』で人気を博す漫画家のほしよりこ氏が手がけた銭湯絵、ビアバーを併設した番台など、新しい銭湯のあり方を打ち出してきた。

フロントにはDJブースを備え、レコードの音が浴室やサウナに心地よく響いている。なんとレコードは持ち込みOK。月数回行われているイベントには、DJに立候補することも可能だという。

洗練された都会的な佇まいと、下町ならではの自由で寛容な雰囲気に誘われ、今日も多くの人が暖簾をくぐる。人懐こい笑顔で迎えてくれた店主の新保朋子さんに、銭湯とレコードとの運命的な出会いについて聞いた。

黄金湯とレコードを繋いだ、スタッフのひとこと

フロントの番台の一角にあるDJブース
フロントの番台の一角にあるDJブース

黄金湯にDJブースを置こうと思われたきっかけから教えてください。

うちは元々、ここから5分くらいの場所にある大黒湯という銭湯を経営していて、夫が3代目です。この黄金湯は別の方が経営していたのですが、ご高齢のために閉店すると聞き、私たちが引き継がせていただくことになりました。

とはいえ、老朽化が進んでいたこともあり、なかなかお客さんの数が増えなくて。何か黄金湯独自の個性を出したいと思っていたところ、当時働いていた女性スタッフの山田さんから「番台でレコードを流してもいいですか」と聞かれました。

私は1978年生まれなので、高校生だった1990年代はすごくダンスが流行っていた時代。私もヒップホップやジャズダンスに夢中で、週4〜5日は渋谷のダンススタジオや路上で踊っていたことがあります。

店主の新保朋子さん。夫の卓也さんとともに大黒湯、黄金湯をはじめ4つの銭湯を経営している
店主の新保朋子さん。夫の卓也さんとともに大黒湯、黄金湯をはじめ4つの銭湯を経営している

え、すごい!

「Shibuya Sakura Stage」ができた桜ヶ丘のあたりでよく踊っていました。こう見えてクラシックダンスも習っていたくらい、踊りはなんでも好き。ダンスは20代でやめちゃいましたけどね。

特別レコードに詳しかった訳ではないけれど、音楽が大好きでしたし、当時はガラガラとレコードを引いているDJを見かけることも多くて。

レコードの再ブームが来ているらしいことは聞いていたけれど、個人的には私の時代で終わったものだと思っていました。ところが実際に番台でレコードを流してみたら、ご高齢の常連さんたちが「懐かしいねー!」と言って喜んでくれたんです。

そのうち、お客さまが自宅に眠っているレコードを持ってきてくれるようになって。石原裕次郎の曲などを流していると、ふんふん〜♪と脱衣所で歌いながら、気持ちよさそうにお風呂に入っていくんです。その姿を見て「すごくいいな」と思いました。

昭和の歌謡曲がお客さんの心を掴んだと。

はい。番台に1台だけターンテーブルを置いていましたが、たまに来る若いお客さまは、レコード自体を珍しがってくれて。常連さんが牛乳を飲みながら、「これ、俺のレコードなんだよ」と話しかけて、そこから昔話が始まって会話が盛り上がったりもしていました。

スタッフの山田さんは、どんなジャンルを?

レコードを愛してやまないコレクターなので、歌謡曲から電気グルーヴ、電撃ネットワークなど、邦楽を中心にいろいろなジャンルを流してくれました。今も週一でお店に入ってくれていますが、黄金湯にレコードを導入するきっかけをくれた彼女には感謝です。

そうして番台でレコードをかけ始めたのが2018年のこと。2020年に改装する際には、「どうせならDJの方も呼べるようにしよう」と、ブースを作ることにしたんです。改装費用がかなりかかったので、機材は全部中古で揃えましたけど。

お風呂は日替わりの薬湯(40℃)、炭酸泉(36℃)、水風呂(18〜20℃)の3種類
お風呂は日替わりの薬湯(40℃)、炭酸泉(36℃)、水風呂(18〜20℃)の3種類

音楽好きのスタッフがセレクトする個性豊かな音楽

現在はフロントの番台バーにあるDJブースで流した音楽が、浴室やサウナにも聞こえるようになっていますね。

Taguchiのスピーカーを入れていて、フロントと浴室、サウナ室と2階のラウンジに流れるように作ってもらっています。レコードを流していると「この曲なんですか?」と聞いてくれるお客さまも。

DJイベントをしているときに、「今のつなぎ、めっちゃよかったです!」とサウナからわざわざ上がってくるお客さまもいました。2階に宿泊施設を作ったので、最近では海外のお客さまも多くて。みなさんに楽しんでいただいています。

フロントの他、浴室、サウナにもTaguchiのスピーカーが
フロントの他、浴室、サウナにもTaguchiのスピーカーが

石原裕次郎を流していた頃とは、またガラリと雰囲気が変わったと思いますが、常連さんたちの反応は?

最初は驚いていましたけど、喜んでくれていると信じています(笑)。おかげさまで横浜や世田谷など遠方からいらしてくださるお客さまと、地元のお客さまがちょうど半々くらいです。引き継いだ頃と比べると、多い日で8倍のお客さまが来てくださるようになりました。

20〜30代のスタッフの中には、黄金湯で初めてレコードに触れる人も
20〜30代のスタッフの中には、黄金湯で初めてレコードに触れる人も

スタッフの方も音楽好きが多いんですか?

20〜30代のスタッフが働いていますが、なかにはバンド活動をしている人もいます。ここで初めてレコードに触れる若いスタッフも多くて、最初は慣れるまで緊張気味に触っていますね。出勤時に自分のレコードを持ってきてかける子が多く、BLACKPINKなど好きな音楽を流す子もいますし、黄金湯に合うような昭和世代のレコードをわざわざ中古で見つけて持ってきてくれる子も。

黄金湯スタッフのお気に入りレコード。左から『NIAGARA  SONG BOOK』(大瀧詠一)、『DREAM WALK』(パソコン音楽クラブ)、『ハイスクール!奇面組 音楽組』、『TOKYO UNDERGROUND AIRPORT/What’s Underground Airport!?』(砂原良徳)、『ハウルの動く城 サウンドトラック』(久石譲)
黄金湯スタッフのお気に入りレコード。左から『NIAGARA  SONG BOOK』(大瀧詠一)、『DREAM WALK』(パソコン音楽クラブ)、『ハイスクール!奇面組 音楽組』、『TOKYO UNDERGROUND AIRPORT/What’s Underground Airport!?』(砂原良徳)、『ハウルの動く城 サウンドトラック』(久石譲)

みなさん、黄金湯愛がありますね。

5,000円くらいするレコードを持ってくる子がいて、「1日分のバイト代と変わらないじゃん!」とびっくりしたことも(笑)。家にターンテーブルがないのに、黄金湯でかけるためにレコードを集めているスタッフも多いんです。

スタッフのお気に入りのアイドルソングをかけていたら、口コミで「なんかこの音楽は嫌だ」と投稿されていたこともありました。どうやら再生回数が多かったみたい。そこは共有して気をつけるようにしていますが、基本的にはスタッフのセレクトに任せています。

黄金湯スタッフのお気に入りレコード。左から『ないあがらせっと』(ないあがらせっと)、『ねえみんな大好きだよ』(銀杏BOYZ)、『暑中見舞い/残暑見舞い』(工藤祐次郎)、『サルゲッチュ』(寺田創一)、『祝祭』(カネコアヤノ)
黄金湯スタッフのお気に入りレコード。左から『ないあがらせっと』(ないあがらせっと)、『ねえみんな大好きだよ』(銀杏BOYZ)、『暑中見舞い/残暑見舞い』(工藤祐次郎)、『サルゲッチュ』(寺田創一)、『祝祭』(カネコアヤノ)

スタッフの方たちおすすめのレコードを見ると、アニメの主題歌からシティポップまで、本当に幅広いですね。

番台スペースだけでなく、倉庫には店のレコードとスタッフの私物がいっぱいあります。この夏は工藤祐次郎の『暑中見舞い/残暑見舞い』が人気で、ジャケットを写真に撮って帰られる方もいました。私のレコードもあるんですけど、もうスタッフのレコードに埋もれちゃっています(笑)。

黄金湯からすぐの場所にある倉庫には、店のレコードだけでなく、スタッフの私物レコードもずらり
黄金湯からすぐの場所にある倉庫には、店のレコードだけでなく、スタッフの私物レコードもずらり

朋子さんのお気に入りの一枚は?

テクノが好きなので、プロティジー(The Prodigy)の『THE FAT OF THE LAND』です。CDは昔から持っていてよく聴いていたのですが、レコードを見つけて新しく買いました。店は中古のターンテーブルなのに、最近、自宅用に新品のターンテーブルも購入しちゃいました(笑)。

黄金湯では、みなさんが自宅から持ち寄ったレコードを販売する「レコード市」を開催することもあって、そのときに色々と買い足しています。

店主・新保朋子さんお気に入りのレコード。『THE FAT OF THE LAND』(The Prodigy)
店主・新保朋子さんお気に入りのレコード。『THE FAT OF THE LAND』(The Prodigy)

リニューアル前と同じく、お客さんの持ち込みもOKだとか。とはいえ、さすがになんでも流してくれるわけではないですよね?

全然大丈夫ですよ! メタルとか、すごく叫んでいるような怖い感じの音楽だったらちょっと音量を小さくしちゃうかもしれないけれど(笑)。錦糸町にタワーレコードがあるので、買ったばかりのレコードを持ってくる方も。基本的にはみなさん、お風呂で聴いて心地いいと思うような曲を持ってきてくださいますね。

音楽好きの著名人も集う人気イベント

音楽イベントも多く開催されていますね。

8月にリニューアル5周年記念イベントを開催しましたし、普段は月に2〜3回DJに来ていただいてレコードを流しています。

近所に住んでいる方が「DJやりたいです」と手を挙げて来てくださることが多いです。定期的にいらしている方もいますし、「明日行っていいですか?」みたいにおっしゃる方も。

男湯にあるサウナ室の前の洞窟のような大水風呂(13℃)。毎週水曜日は入れ替えのため女性も利用できる
男湯にあるサウナ室の前の洞窟のような大水風呂(13℃)。毎週水曜日は入れ替えのため女性も利用できる

自由な雰囲気がいいですね(笑)。

自社のインベント以外にも、やついいちろうさんが定期的に開催してくださる「温×音」など、定休日に店を貸し出すことも。

8月のイベントにはやついさん、庄司信也さん、古舘佑太郎さん、清水みさとさんたちがDJをしてくれました。水着を着て男女一緒にお風呂やサウナに入れるイベントで、サバンナの高橋茂雄さんが清水さんと夫婦DJをしてくれたりも。フロントで踊りながら、みなさん盛り上がっていました。

もはやクラブですね(笑)。

やついさんが元々サウナ好きで、たまたまお話しする機会があってご縁が繋がりました。彼の周りにはいろんな方がいらっしゃるので、夏のイベントには銀杏BOYZの峯田さんもいらしていましたね。

銭湯絵を手がけたのは漫画家のほしよりこ氏。男湯と女湯をまたいで人の一生が描かれている
銭湯絵を手がけたのは漫画家のほしよりこ氏。男湯と女湯をまたいで人の一生が描かれている

五感を刺激するレコードと銭湯は相性がいい

フロントの番台バーでは、黄金湯発のクラフトビール醸造所「 BATHE YOTSUME BREWERY」の生ビールが楽しめる
フロントの番台バーでは、黄金湯発のクラフトビール醸造所「 BATHE YOTSUME BREWERY」の生ビールが楽しめる

黄金湯はお風呂やサウナだけでなく建築、アパレル、自社醸造のビールなど、さまざまな取り組みが話題を集めています。DJブースに関しても、独自性を打ち出す単なるツールとしてではなく、音楽への愛ゆえに導入したことが伝わりました。

レコードと銭湯は相性が本当にいいんです。レコードを流していると、スタッフとお客さまはもちろん、番台を通さずにお客さま同士で会話が生まれて接点が増えていく。ジャケットがあって、針を落とすライブ感があるレコードは、スマホから音楽を流すのとはやっぱり違いますね。

銭湯は他人同士が裸で空間を共有し、お風呂でお湯を体感する場所。五感も刺激されますし、音楽も共有しやすいのだと思います。

私たち夫婦が黄金湯を引き継いだのは、やっぱり銭湯が好きだから。お風呂に浸かれば「明日もがんばろう」と思えますし、町の人々の心が少しだけ豊かになれる場所だと信じています。

ただし銭湯は家族経営が多く、疲弊している方も多くいます。約100坪ある浴場を家族2〜3人で清掃し、週6日間営業するのは本当に大変なんです。東京でも銭湯が少なくなっていますが、少しでも多くのお客さまに銭湯のよさを知っていただき、足を運んでいただきたい。

黄金湯にとって音楽は、お風呂やサウナだけでなく、お客さまとの接点をつなぐ大切な要素だと思っています。

Tシャツや手ぬぐいなど、オリジナルグッズも販売
Tシャツや手ぬぐいなど、オリジナルグッズも販売

素敵ですね。ちなみに、今後予定されていることは?

新宿にある姉妹店の金沢浴場を、現在リニューアル工事中です。2026年3月下旬頃の営業再開を予定していますが、こちらも音楽に力を入れていくつもりです。ぜひ楽しみにしていてください。

黄金湯

〒130-0012 東京都墨田区太平4丁目14−6
JR錦糸町駅(北口)より徒歩6分

平日・日曜・祝日    6:00-9:00 / 11:00-24:30
土曜日   6:00-9:00 / 15:00-24:30
定休日   第二・第四月曜日

※水曜のみ男女入れ替え日
※タトゥーのある方もご入浴いただけます

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Words&Edit:Kozue Matsuyama
Photos:Soichi Ishida

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