「お酒とレコード」……このテーマを考えていたら、ふと子どもの頃に観たテレビのCMが頭をよぎった。今よりも限られたメディアしか存在しなかった80年代、世の中の流れを知る大きな手段がテレビだったと思うけれど、まだ当時は子どもだった自分は、番組の間に流れていたCMに心を動かされたことが何度もある。中でも、大人な世界を感じさせてくれたお酒のCMは、今でもその映像と、そこに流れていた音楽が頭に媚びりついてしまっているらしい。
高度成長期の流れが終わり、バブル時代に突入した、日本の80年代。時代はテレビ黄金期。放送に関する規制も比較的ゆるかったからか、この時代のCMは、なんだかとても自由で、夢とセンスに溢れていた感じがする。CMで流れていた曲を気に入って、レコードで買ってしまったという人たちも多かったのではないだろうか。そこで、今も色褪せることない当時のお酒のCMと、そこに流れていたその時代を象徴するいい音楽を紹介してみたいと思います。

1.サントリー「サントリーCANビール」(1983年)

バーでお酒を飲むペンギンがポロッと涙する光景に思わず釘付け、そこに流れてくる唄声にキュンとしてしまう「サントリーCANビール」のCM。80年代に人気を呼んだキャラクター、パピプペンギンズが登場するこの作品は、放映されるや否や大人だけでなく子どもたちの心まで鷲掴みにした。流れていたCMソングは、デビュー3年目を迎え、当時トップアイドルの道を歩み始めていた松田聖子が歌う“スウィート・メモリーズ”。シングル『ガラスの林檎』のB面に収録されていたことから、当初は誰の曲だかわからない人たちも多かったが、すぐにブレイク。A面同様のヒット作品となった。
大人だけでなく、子どもたちからも人気を呼んだパピプペンギンズが登場したこのお酒のCM。シリーズ化され大人気だったのだが、未成年がお酒に興味を持つことを防止するために、翌年にはキャラクターが登場する製品の販売を停止。CMもそれと同時に打ち切りになってしまったのだが、伝説的な曲となった“スウィート・メモリーズ”は、2010年2020年に、再びCMソングに起用されるなど、今も尚普遍的な人気を誇る。またCMで人気が出たパピプペンギンズだが、人気が高じて1985年には『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』として映画化。戦争帰還兵を題材にした物語りで、その可愛らしいキャラクターを通じて社会へメッセージを残した。

INFORMATION

サントリー「サントリーCANビール」(1983年)

出演:パピプペンギンズ
曲:松田聖子“スウィート・メモリーズ”(『ガラスの林檎』のB面)

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

2. サントリーウィスキー「角瓶」(1979年)

近年はハイボールで人気の「角瓶」。亀甲模様のボトルで1937年に登場して以来、日本で“売り上げNo.1 ジャパニーズウィスキー”の座を保ち続けているロングセラーのお酒でもある。その「角瓶」を、不動の人気へ導くことになったのが、70年代より世界的に活躍していたファッションデザイナーの三宅一生を起用したCM。あるときはボートを漕ぐ姿であり、あるときはヘリコプターから身を乗り出している姿であったり、そして口髭を生やした三宅一生がロックでウィスキーを飲む姿は、昭和の働きざかりのスーツ姿の男たちの心をぐっと掴んだ。
そしてこのCMで流れていた曲も刺激的なものばかり。元カンのホルガー・シューカイ“ペルシアン・ラブ”(ボート編)、ザ・アラン・パーソンズ・プロジェクト“In The Lap Of The Gods”(ファッション編)ウルトラボックス“ニュー・ヨーロピアンズ”(ヘリコプター編)と、プログレッシブロック、ニューウェイブ、ポストパンクなど、当時、革新的なアプローチをしていたヨーロッパの音楽アーティストたちの曲を起用。その選曲の方向から、サントリーが一般家庭に流れる「角瓶」のCMを通じて、一辺倒でない新しい価値観を日本の人々へ投げかけていたような気がしてやまない。ちなみに80年代半ばの「角瓶」のCMでは、シンガーソングライターの井上陽水が登場。“新しいラプソディー”や“いっそ、セレナーデ”といった名曲がCMで起用されている。

INFORMATION

サントリーウィスキー「角瓶」(1979年)

出演:三宅一生
曲:ホルガー・シューカイ“ペルシアン・ラブ”

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

3.サントリーウィスキー「WHITE」(1986年)

アメリカ本場のミュージシャンを多く起用した、80年代のサントリーウィスキー「WHITE」のCM。80年代半ばのCMには、ニューヨーク・ジャズシーンのミスター・ベースマンことロン・カーターが登場。映像の中で流れているのは、ロン・カーターのアルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ベース』の中に収録されている“36414”。ロン・カーター自らが登場し、冬空のニューヨークの街をウッドベースを抱え歩く姿が、やけにベース音とマッチして、放送30数秒間の中で思わずニューヨークへトリップした気分に陥ってしまう。さらにそこに登場するホットウィスキーの存在。寒い冬に間違いない、と思わせてくれるのである。
ロン・カーターが出演する「WHITE」のCMはもうひとバージョンあり、そちらでは名曲「ダブル・ベース」をウッドベースで演奏している姿で披露。これ以外にも、70年代はサミー・デイビス・ジュニア、80年代はハービー・ハンコックレイ・チャールズと、エンターテイナー史上に名前を刻むミュージシャンやパフォーマーがCMに登場。お酒だけでなく、CMを通じて世界の素晴らしいアーティストたちを紹介していることも魅力だ。

INFORMATION

サントリーウィスキー「WHITE」(1986年)

出演:ロン・カーター
曲:ロン・カーター“36414”(アルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ベース』より)

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

4.キリンシーグラム「NEWS」(1983年)

「スモーキーなんかじゃなくて、華やかでフローラルな香りのウィスキー」というキャッチフレーズで、1989年にリリースされた、キリンシーグラム「NEWS」。昼の陽射しが似合うこのCMに登場したのは、サーフィン青春映画『ビッグ・ウェンズデー』(日本では1979年公開)の主役を演じ世界的にブレイクし始めていた俳優のジャン・マイケル・ヴィンセント。日本も当時はサーフィンブーム真っ只中であったことから、ジャン・マイケル・ヴィンセントが登場したこのCMには多くの若者が釘付けになった。
いくつかのバージョンがある「NEWS」のCMで、全編を通じて流れていた曲が、優しいハスキーボイスが魅力の、オーストラリア出身のシンガーソングライター、ビリー・フィールドの“ユール・コール・イット・ラヴ”。ビリー・フィールドは、1981年にリリースされたシングル『恋とタバコとスウィングと』(現代「BAD HABITS」)でゴールドディスクを獲得したこともあるシンガーで、近年の日本では、DJのクボタタケシがクラブでヘビープレイをしていたことがきっかけで、2004年に日本で1stアルバム『恋とタバコとスウィングと』と、2ndアルバム『トライ・バイオロジー』が収録された作品がCD化されたことで、音楽好きの間で話題となった。

INFORMATION

キリンシーグラム「NEWS」(1983年)

出演:ジャン・マイケル・ビンセント
曲:ビリー・フィールド“ユール・コール・イット・ラヴ”(『恋とタバコとスウィングと』のB面)

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

5.サントリーウィスキー「OLD」(1984年)

ブラウンのオーバーオールにニットキャップ。やけに洒落たワークスタイルをした顎髭の男性が、ピアノの音色とともにじっと佇んでいる。ここ最近のCMの感じとは真逆をいく、ゆっくり見せて、しっかり聴かせると贅沢な時間の使い方をしているサントリー「OLD」のCM。日本の働くお父さんたちがハッとした、「働いているお父さんより、遊んでいるお父さんの方が好きですか?」というキャッチフレーズが、記憶に残っている年配の方々も多いのではないだろうか。
このCMで流れていた曲は、坂本龍一の“DEAR LIZ”。当時、ギタリストの渡辺香津美とのセッションで坂本龍一好きの間では話題になった曲でもあるが、CMで多くの人々が耳にしていたにも関わらず、シングルでレコード化はされなかった。なのだが80年代当時に唯一この曲を聴くことができたのが、坂本龍一のソロ・コンサートツアーの模様を収録したライブアルバム『メディア・バーン・ライブ』だった。YMO解散から3年後の1986年に開催されたソロツアーで、坂本龍一は電子音を排除し生バンド引き連れライブを構成。そのライブの中盤にて、ピアノソロで演奏される“DEAR LIZ”は、実にエモーショナルで良い。ちなみに1984年に放映されたサントリー「OLD」の、働くお兄さん編と働くお母さん編のCMでは、坂本龍一の“Mizu No Naka No Bagatelle”が起用されている。

INFORMATION

サントリーウィスキー「OLD」(1984年)

曲:坂本龍一“DEAR LIZ-Strings Version”(坂本龍一ライブ・アルバム『メディア・バーン・ライブ』に収録)

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

6.キリンビール「キリンびん生」(1986年)

「ストップ・ザ・シーズン・イン・ザ・サン~♩」のサビでお馴染み、チューブの曲の中でも1~2位を争うほど人気の“シーズン・イン・ザ・サン”がバックに流れるキリンビール「キリンびん生」のCM。サンサンと照る夏の日差しの中、まるで健康雑誌『ターザン』に出てくるようなナイスボディな男性がプールへ飛び込み、プール側ではビキニ姿の女性がビールの入ったジョッキを両手に持って踊り出す……バブル期絶頂を迎え、お酒を飲む人口が上昇中だった80年代後半の日本で、このCMが夏のビールの売り上げに貢献したことはまず間違いないのだが、ここで流れているチューブの曲も同時に売れに売れたシングルとなった。
80年代の「キリンびん生」のCMはチューブの他に、当時、映画『フット・ルース』でヒットを飛ばしていたケニー・ロギンスや、日本のロックバンドで人気を呼んでいた、アジャリの曲を起用。歌い上げ系のロックと、ビールを運ぶ美女が出てくるセットで、びん生のイメージをつけた。

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キリンビール「キリンびん生」(1986年)

曲:チューブ“シーズン・イン・ザ・サン”

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

7.ニッカウィスキー「MILD」(1983年)

月面に佇む2体のロボット。空から落ちてくる謎の物体(ウィスキー)に興味を示す2人(体)が「ピピピ」と目を合わせる瞬間に思わずほっこりしてしまう、ニッカウィスキー「MILD」のCM。1983年から4年間に渡り販売されていたほんのり酸味と甘みのあるこのウィスキーは、一度ブレンドを行った後に、再度樽に貯蔵し後熟(マリッジ)を行うことから、「マリッジ・ウィスキー」というキャッチフレーズがついた。 
可愛らしい映像の背後で流れているのは、松任谷由美の“不思議な体験”。“時をかける少女”“ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ”など、ユーミンの名曲が収録されていたアルバム『VOYGER』に収録されていた曲であり、アルバムタイトル「ボイジャー(太陽惑星の未知なものを発見する無人の探査機)」に一番近いコズミックワールドを感じさせる曲でもある。アルバムジャケットのデザインは、ピンク・フロイドや、ブラック・サバスなどの作品を手掛けた、ヒプノシスのストーム・トーガソンが担当。これもアート好きの間で話題を呼んだ。ちなみにCMに登場していた人気ロボットキャラクター、アポジー&ペリジーが登場する別バージョンのCMでは、戸川純と三宅裕司による覆面ユニットの曲、アポジー&ペリジー“月面世界旅行”が起用されており、1984年には、細野晴臣がプロデュースをしたロボットをテーマにしたコンセプトアルバム、アポジー&ペリジー『超時空コロダスタン旅行記』がリリースされ、現在は80年代のテクノポップが詰まった重要アルバムとしても知られている。

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ニッカウィスキー「MILD」(1983年)

出演:アポジー&ペリジー
曲:松任谷由実“不思議な体験”(アルバム『VOYGER』に収録)

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

8.サントリーウィスキー「Q」(1983年)

80年代ニューロマンティック代表。当時、世界的にもカルト的な人気を誇っていた、イギリス・バーミンガム出身のUKポップバンド、デュラン・デュランを起用した、サントリー・ウィスキー「Q」のCM。コラージュされたバンドメンバーと、不思議な存在感を放つフランス人形の動きで、まるでシュールなミュージック・ビデオのように仕上げてしまったサントリーのCMには、海を超えて海外でもファンの間で話題となった。
このCMで起用された曲は、サイモン・ルボン、ジョン・テイラーを筆頭に5人のメンバーが揃った、バンド黄金期時代に世界的な大ヒットを放った“ザ・リフレックス”(1984年)と、“プリーズ・プリーズ・テル・ミー・ナウ”(1983年)。日本では、洋楽を紹介する深夜番組「ベストヒットUSA」が始まり、番組内でミュージック・ビデオが紹介されたことや、1982年に来日コンサートを行ったことから、デュラン・デュランの人気は急上昇。CMが放映された1983年は人気絶世の時期でもあり、サントリーのCMを通じて、洋楽に興味がなかった人たちも、バンドの存在を知ることとなった。ちなみにグリーンのボトルに、「Q」の文字が大きくプリントされたデザインのこのウィスキーは、当時はカティ・サークに対抗して作られたもので、1983年に発売されてから数年で終売。まさにバンドとともに知られていったお酒でもあった。

INFORMATION

サントリーウィスキー「Q」(1983年)

出演:デュラン・デュラン
曲:デュラン・デュラン“ザ・リフレックス”

お酒のCMと、いい音楽。80年代から知る、創造豊かなクリエイティブの世界。

Words:吉岡加奈