ニューヨークのブルックリン、グリーンポイント地区。 歴史的にポーランドからの移民が多く住むこのエリアでは、ポーランド系の精肉店やカフェ、レストランが多く見受けられる。 近年は新しいバーや若者向けのブティック、レコード店などの洒落た店舗も増えたが、街全体には商店街のような、どことなく懐かしい空気感が残る。 そんなエリアを南北に走るマンハッタンアヴェニュー沿いに今年3月にオープンした『Eavesdrop(イーブスドロップ)』はニューヨークでは珍しい、音楽を「聴く」事にフォーカスしたリスニングバーだ。

Eavesdrop

Dan Wissinger(ダン・ウィッシンジャー)はニューヨークのバーやクラブで活躍するDJ。 2020年に新型コロナウイルスが猛威を震いはじめたことで活動が制限されていた最中、何か新しい事を始めたいと考えていた。 DJのレコードコレクションには、クラブで流すには雰囲気が合わないために普段のプレイでは登場しないような盤が存在する。 そこで、もともと日本のリスニングバーやジャズ喫茶に興味があったこともあり、そんな眠れるレコードを最高の音で流せるようなニューヨークスタイルのリスニングバーを作りたいと決心。 友人達に声をかけ、Eavesdropを立ち上げた。

当初、日本ではよく見受けられるような ”大声で話してはいけない” “踊ってはいけない” などの決まりを作ろうと思っていた。 しかし、喋ることも踊ることも大好きなニューヨーカー達だ。 そんなルールを守れる筈はない。 そこでルールを設ける事はせず、あえて踊れるようなスペースのない店舗設計にした。

エントランスを入ると、まずはバーエリアがある。 そしてメインのサウンドシステムが鎮座するのが奥のダイニングエリアだ。 暖色系のライトで統一された店内のウッドをふんだんに使った壁や天井、碁盤目状の木枠は日本のデザインから影響を受けている。 全体的に温かみのある空間だが、よく見ると天井や壁は全てカスタムメイドの吸音材だ。 材質と色のトーンが統一されているので、ミッドセンチュリー調の洒落た雰囲気に馴染んでいる。

Eavesdrop
Eavesdrop

店の核となるサウンドシステムとインテリアデザインは、オーディオコンサルタントでオーナーの一人でもある Danny Taylor(ダニー・テイラー)が担当した。 Eavesdropのキーカラーであるイエローに塗られたスピーカーは、Danley Sound LabsのSH60。 音を科学的に追求して作られており、主にスタジオや大規模なコンサートを行うようなスタジアムに設置されるような代物だ。 12インチのLowが二個、4インチのMidが六個、1インチのHigh一個が中に入っており、中心に位置するホーンで音を拡散する “シナジーホーンシステム” になっている。 Lowを補うためにスピーカーの下には15インチのサブウーファーが二個設置されている。 ミキサーにはイギリスのコーンウォールで作られているMaster Soundsのロータリー式ミキサーRadius Four Valveを採用。 Allen & Heath社で長年ミキサーをデザインしてきたレジェンドエンジニア、Andrew Rigby-Jones(アンドリュー・リグビー・ジョーンズ)氏が自身の手で制作したオリジナルのものだ。 フィルターとアイソレーターも備えおり、音の加工も可能。 暖かみのある音質がレコードの音にマッチしている。 アンプはカナダのBryston社のものを使っており、こちらもハンドメイド。 ハードな使用への耐久性と自然な音の再現に一役買っている。

Eavesdrop

Dannyは自身が作り出すシステムが「道」、レコードが「車」、DJを「ドライバー」と考え、自身が作るシステムには全てレーシングコースの名前を拝借して付けている。 ダイニングエリアにあるメインのサウンドシステムは日本の鈴鹿サーキットからインスパイアされ、「SUZUKA SOUNDSYSTEM」と名付けられた。 そしてバーエリアに位置するスピーカーも彼の手作りで、こちらは 「TWIN RING」。 ツインリンクもてぎから命名した。

フードとドリンクのメニューを担当するのは、Danの友人でオーナーの一人でもある Max Dowaliby(マックス・ダウリビー)。 梅干や梅酒が使用されたカクテル、大根や味噌、豆腐を使ったおつまみや柚子を使ったケーキなど、日本人とのハーフである彼が考案したメニューには日本の食材が多く使われている。

Eavesdrop
Eavesdrop

ダイニングエリアのソファー席やカウンターのスイートスポットで、実際に音を聞かせてもらった。 透き通った暖かみある音の中にサブからの絶妙なバランスのベースが心地良い。 「堅苦しい雰囲気ではなく、音響システムにこだわった友達のリビングに来た感覚で楽しんでもらいたい」というのがEavesdropのテーマだ。

地元のレコードショプ「Brooklyn Record Exchange(ブルックリン・レコード・エクスチェンジ)」、「The Mixtape Club(ザ・ミックステープ・クラブ)」と提携し、月曜から水曜日はそこから定期的に届く新譜や旧譜を織り混ぜたセレクションを流している。 そして木曜日から日曜日の夜は、Danが声をかけたゲストDJ達が日替わりでプレイする。
ターンテーブルとミキサーは敢えて壁に向けて設置しているので、DJは客席側に背を向けることになる。 その場の雰囲気に合わせるのではなく、自分が好きな曲をみんなにも楽しんでもらうようなスタイルだ。 オーナー達が想い描いた通り、音響にこだわる洒落た友達宅で音を楽しんでいるような、そんな感覚を体験できる。

取材の後日、営業中の金曜日20時頃に再訪したところ、店内は満席でウェイティングリストも一杯だった。 感度の高いニューヨーカー達が、お酒とつまみを楽しみながらDJが選曲する音に各々聴き入っている。 まだ珍しいリスニングバー。 事前の予約が必須なほど繁盛している。

Eavesdrop

Dan達はコロナ禍の影響で来日することができず、本場のリスニングバーの視察ができないまま独自で構想を練り上げたそうだ。 それが逆に功を奏し、日本とはまた違う傾向の名店がニューヨークに産まれたのではないだろうか。 店名のEavesdropは英語で「聞き耳を立てる」という意味。 この店の囲まれた空間内での音体験をうまく表している。
近所にはクラブや踊れるバーもあるグリーンポイント。 ニューヨークに来た際は、Eavesdropで乾杯してからブルックリンの夜を満喫するのがおすすめだ。

Eavesdrop

674 Manhattan Ave, Brooklyn, NY 11222
営業時間
日曜-木曜 5pm-1am
金曜-土曜 5pm-2am
resy.comでeavesdropを検索して予約可能

Photos & Words by Masahiro Takai