レコードで音楽再生を楽しんでいる理由のひとつに、「CDやデジタルよりも ”いい音” で音楽を楽しめるから」という方は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。 では、具体的に ”いい音” とはどんな音のことをいうのでしょうか?今回は音質を表す言葉と音の追求について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

スピーカーといい音の関係についての記事はこちら:レコードの音質を上げるために知りたい、スピーカーと「いい音」の関係

同じ言葉でも実は違う?

オーディオ雑誌や関連ウェブ・メディアなどでは、いろいろな言葉で機材の音質を表現しています。 私自身もそういう文章を書いていますが、音質を表現する用語には、実はいろいろな側面を持つものがあります。

一例として、「ソフトな音」と表現されたプレーヤーがあるとします。 一口にソフトといっても、そこには無限のグラデーションがあるもので、極端なことをいえばレコードが本来持っている音の輪郭や立体感を表現し切れないプレーヤーも「ソフトな音」といえますし、きめ細かな音を存分に再現した結果、音の輪郭線がどこまでも細くなり、人肌の温かみまで表現できるような器の大きなプレーヤーも「ソフトな音」と表現できてしまいます。

実際はこれほど極端な例が隣接することはないでしょうけれど、他にもいろいろと表現されている音質評価の言葉から、ことの本質を類推することが必要でしょうね。 もちろん「ソフト」だけではなく、「ハード」「クール」「ウォーム」「シャープ」「穏やか」など、どんな用語にもこういった側面があります。

ソフトの対照として、「ハードな音」についても例を挙げましょうか。 例えば<音に余分な輪郭線や歪みを付け加え、細かな情報が消え去ってしまった状態>もそう表現することができますし、<ティンパニやマリンバなどで、マレットが当たった瞬間のピーク成分を、皮の張りや鍵盤の堅さまで含めて鮮明に伝える音>も、そう表現できます。 いうまでもなく前者は否定的、後者は肯定的な評価となるものです。

幾つかの例外を認めなければならないでしょうけれど、大ざっぱな傾向としては、先ほど挙げた前者のプレーヤーは概して廉価な製品で、プライスタグが上がるほど後者に近づいていく傾向があります。 実もフタもない話ですが、それはそうですよね。 本質的なクオリティを高めるために、高級機器は開発費も資材費も製作コストもかかっているのですから。

安価な機器でも伸びしろはある

ならば、やっぱりお金をかけなければいい音でレコードは楽しめないのかと、ガッカリされた人がおいでかもしれませんが、世の中そんなに捨てたものではありません。 特にレコードプレーヤーは、使いこなし次第で数万円の製品でも、びっくりするような “いい音” をレコードから奏でさせることが可能です。

プレーヤーの水平、カートリッジの針圧とインサイドフォース・キャンセラーの値、調整可能ならアームの高さ、MMやVMのカートリッジなら負荷容量、MCカートリッジなら負荷インピーダンスなどなど、調整できる項目を可能な限り最適へ追い込むこと。 これがまず大切です。

カートリッジの針圧やインサイドフォース・キャンセラーの数値、そしてアームの高さは、中央値が絶対ではありません。 それらを少しずつ変えていくと、音やレコードのトレース能力もそれに応じて変わっていきます。 ですから、ご自分にとってベストといえるセッティングを探っていくのも、レコード再生の面白さといってよいのではないでしょうか。

レコードプレーヤーの調整についてはコチラの記事にて解説しています:レコードの音を自分の好みに近づけるには?

「作業を楽しむ」というと、トム・ソーヤーのペンキ塗りみたいな話になりかねませんが、少なくとも私は楽しみながらやっています。 というか、そうやって音が変わっていくことが楽しくて仕方ないから、この業界へ迷い込んでしまった、といった方が正解でしょうね。

それに、長い時間、あるいは月日をかけて追い込んでいった結果、自分にとってこれがベストだと確信できる状態を見つけた時は、本当にうれしいものですよ。 亡くなられたオーディオ評論家の長岡鉄男さんは「手段が目的と化すことを “趣味” という」という言葉を遺されています。 さしずめ、プレーヤーのセッティングを微調整すること自体も “趣味” として楽しむことができる、ということでしょうか。

そして、廉価なプレーヤーで磨いた腕前は、高級プレーヤーへ買い替えてもほぼそのまま役立てられます。 特にこれからレコードで音楽を楽しみたいと考えておられる若い人は、まずはオーディオテクニカならAT-LPW30BKかAT-LP120XBT-USBくらいのグレードの製品を買って、腕前を磨きましょう。 この両製品なら買ってきたままでも結構いい音が楽しめるけれど、工夫を凝らせばどんどん音質は向上していきますし、自分好みの “いい音” にも近づけていくことが可能です。

ただし、レコード店のレジ横などで販売されている、よく分からないブランドのプレーヤーは、あまりお薦めできません。 私自身、そういう製品をじっくり試してみたことがあるのですが、モーターの音がゴロゴロと再生音へ混じり、プラッターの軸が摩擦でギーギー鳴っているような代物でした。 もちろん例外も多々あろうとは思いますが、やはりある程度名の通ったメーカー・ブランドの製品を導入された方が安心でしょうね。

Words:Akira Sumiyama