最近、オーディオルームと化したトレーラー「Mobile SS」と、荷台からお酒を提供するクラシックなミニ「Minibar MIDORI」のコンビが東京都内各所で突如現れるようになり、話題と人を集めている。
その前者、「Mobile SS Listening Bar」をプロデュースしているのは、インディペンデントなオンラインカーマガジンである「DRIVETHRU」を運営している神保匠吾さん。「“私的”に至極なオーディオルーム」の番外編である今回は、その神保さんに異様、前代未聞とも言える車と音楽に対する愛が詰まったオーディオルームについて話を聞いた。
神出鬼没の移動式リスニングバー
都会のオアシス。ビル群に囲まれた公園はそう例えられたりする。特に休日となると、多くの人が集まってはお互いに干渉することなく、各々が好きなように平日とは異なるゆったりとした時間を過ごすわけだが、比較的最近、もうひとつの新たなオアシスが誕生したことをご存知だろうか。しかも、音楽とお酒つきの。
「もうひとつの新たなオアシス」の場所は(予告はあるものの)蜃気楼のように神出鬼没で、これまで恵比寿、桜新町、神保町、高円寺、三軒茶屋、清澄白河、代官山、吉祥寺、渋谷、銀座、浅草、目黒といった東京の主要な街にある駅前や空きスペースに夜だけ出没してきた。名前は「Minibar MIDORI」という鮮やかな緑色のボディをもつ1977年式のクラシックミニと、2023年に生まれた「Mobile SS」という名のこちらは装甲車両のようなくすんだ緑色のトレーラーのコンビ。
前者ではお酒を提供し、そのお酒を片手にレコードプレーヤーを軸とするサウンドシステムを完備したオーディオルームである後者のなかで音楽を楽しめる。つまり、「もうひとつの新たなオアシス」は移動式のリスニングバーなのだ。
場の共有と音への共感
移動式のリスニングバー、なんていう楽しげなパワーワードなのだろう。過去にはトレーラーを改造して作ったモバイルレコーディングスタジオが海外で存在していたし、個人の趣味部屋としてトレーラーをオーディオルームや楽器演奏の場所にする事例は日本でもあるにはある。珍しいのは確かだが。
しかし、それを誰しもが音楽とお酒を楽しめる、喧騒のなかの解放区にしてしまったことは、おそらく時間を巻き戻して世界を見渡したとしても前例がないと思われる。この点がMobile SS Listening Barが “オアシス” である理由のひとつ目。出現頻度が増すごとに常連客が増えている動向について、神保さんはこう話してくれた。
「Mobile SS Listening Barはアナログレコードの持ち込みをOKにしていて、持参する常連さんが結構いるんですよ。そのなかに若い学生さんがいるんですが、そういう子はレコードプレーヤーを持っていなかったりする。それなのに、1万円くらいするビル・エヴァンス(Bill Evans)のアナログレコードを持っていたりするんですね。よく買ったね! って言ったりしていたんですが、そういうケースが少なからずあるのを考えると、若い人たちには家でひとりでレコードを聴くっていう習慣がもしかしたらないのかもな、と」
格式が高そうなレコードバーだとリクエストすらはばかられるし、なんなら私語NGの店もある。マスターの言うことが絶対。そんなイメージがどうしてもある。対して、普段から「寄っといでぇ〜」という感じのスタンス、スタイルの神保さんからは全く圧力を感じないし、Mobile SS Listening Barには都会のオアシスとしての場の共有と音への共感が前提にあるように思う。取材時も「また来ました!」と若い男性が神保さんに挨拶をするやいなや、トレーラー/オーディオルームに吸い込まれていった。
「通りすがりの人にとっては何でもない、いつも通っている駅前に普段とは違う人だかりができていて、これは何なんだと覗いて寄ってみる。そしてお酒を飲みつつ音楽を聴き、みんなが同じように感動して帰っていく。翌日には跡形もなくなっているんだけど、そういう流れを当初からイメージしていました」
「以前、清澄白河の東京都現代美術館で坂本龍一さんの回顧展が行われていた際に、その駅前でバーを開いたことがあったんですが、1986年にリリースされた坂本さんのライブ音源アルバム『Media Bahn Live』のアナログレコードをちょうど持っていたので流したんです。そしたら「戦場のメリークリスマス」が終わった後、来ていたお客さん全員が拍手し出して。涙出たって言ってた人もいたくらい。展示観覧後やお酒も相まっているかと思いますが、やっぱり音楽ってその場の一体感をもたらしてくれる。国籍とか世代とか関係なく。あと、交通量が激しい路上でクラフトワーク(Kraftwerk)の『Autobahn』のレコードをかけると、みんながアウトバーンにいる感覚になったりしますよね(笑)。特にそういうのは、路上ならではだと思っています」
“電気のオアシス”が音を良くする
先の「感動」に必須なのが、「やっぱり音響」だと神保さんは言う。そもそもトレーラーをオーディオルーム化させた経緯は何だったのだろうか。
「もともとこのトレーラーは神奈川県の相模原市で作られているキャンピングトレーラー「Roomette」がベースで、そのなかをキャンパー仕様に改造をして「CARAVAN TOKYO」という名前でAirbnbとして貸し出すようになったのが最初。10年以上前の話ですね。その後、モバイルサウナなど、いろんな仕様のルーメットを手がけましたが、東京・檜原村でモバイルオフィスとして使っていた車両にソーラーパネルとEVのバッテリーと充電器を搭載して、移動式EV充電スタンド「Mobile SS」と名づけたんです。
そこで私がやっているオンラインメディア、DRIVETHRUのPodcastをよく収録していたんですが、躯体が丸いからか音がしっかりまわるし、音楽とか別の使い道がないかなと考えていたんですよ。よく考えるとだいぶ昔に、オーディオブランド「taguchi」の代表だった田口和典さんがご存命だった頃にオファーをしてみたんです。でも、車はデッドスペースにスピーカーを配置するのが普通で、それだと適した場所に置けないということで「さすがに無理」と断られてしまって。走行性や居住性が大切なキャビンの邪魔になってしまってはしょうがないですし、そりゃあそうだな、と。そこで一旦頓挫してしまったんですが、しばらく経ったあとに、檜原村のワーケーション施設「Village」の音響も手掛けている小松音響さんとの出会いから、一気にことが進み出しました」
小松さんはふたつ返事で引き受けてくれたそうだが、課題は重量だった。言うまでもないかもしれないが、サウンドシステムの要素それぞれのサイズ、容量などの制限なく、自由に組めればよりいい音が出せるかもしれない(とも限らないのが音響の面白さでもあるが)。ただし今回は車とあって、車づくりの基本は軽量。たとえ牽引するトレーラーといってもそれは同じで、それと空間性の確保のために備えつけの棚に収めなければならないというのが絶対条件。そのため、とにかく軽量なシステムでかつ十二分に楽しめる音響を目指す必要があった。
「Villageの方でもたぶんポイントだったと思うんですけど、真空管を使った小松音響オリジナルの小型なラインアンプがこのトレーラーでも重要になっていて、あとはこの棚に収めるのを前提に手頃でオーソドックスなものを選んでもらいました。このラインアンプはミキサーから送られてくる音を力強く、豊かにしてくれる。お客さんの反応を見ていると、明らかに目の色が変わっているのがわかるんですね。それはやっぱり音響のおかげかなと思っています」
続けて神保さんが説明してくれたのは、この音響の一助となっているというMobile SSのソーラーパネルについて。
「ごくごく稀に、音響マニアの方で自ら電柱を立てたりする人がいますよね? あれは限りなくノイズを減らしたり、安定的に電力を確保するためと言われていますが、Mobile SSの電気系統はソーラーパネルで作った電力でほとんどをまかなっているので、「電柱」と同じようにバイアスが全くないんですよ。しかも日中に貯めておいて夜、音楽をみんなで楽しむのに使うくらいだったら、正直電力は全然減らない。要は完全に自立したオーディオルームなわけです」
Mobile SSは電力インフラに頼らない、オフグリッドな “電気のオアシス” として作られた。先の通りオフィスなどとして使う想定だけでなく、他に電力を供給できる仕組みにもなっている。開発の背景には、EV普及のためのものだが、日本が災害大国であることや環境負荷など、現代の社会的要因が垣間見えるが、それが結果的に、みんなにとっての新たな「都会のオアシス」になっているのだ。
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)