「このジャケット、なんだか気になる」──音楽に詳しくなくても、レコードには私たちの感性をくすぐる力があります。色や構図、紙の質感など、レコードのジャケットから伝わってくる何かに心を惹かれる、そんな体験をしたことはないでしょうか。音楽を聴く前に、まず “見る” 。その視覚的な第一印象が、音と出会う前のワクワク感を高めてくれます。
ジャケットのデザインに惹かれて手に取る瞬間は、まるでアート作品との偶然の出会いのよう。「ジャケ買いのススメ」は、そんな感覚的な選び方で、レコードとの偶然の出会いを楽しむ企画です。音楽を本業としないアーティストの皆さまに、レコードショップに無数に並ぶレコードの中から直感で気になったものをピックアップしてもらい、その中から特に心を惹かれた3枚を選んでいただきました。
今回のゲストにお迎えしたのは、アーティスト/イラストレーターとして活動する大河紀さん。浮世絵から着想を得た享楽的なエッセンス、シンプルな輪郭、そして細やかなディテールが織りなす彼女の作品は、ポップでありながらもどこか禍々しさを感じさせます。2025年10月25日からは東京・青山のYUGEN Galleryにて個展を開催。その唯一無二の世界観は国内のみならず海外からも注目を集めています。
大河さんは、どんなジャケットに惹かれるのでしょうか。そして、そのレコードにはどんな音楽が詰まっているのでしょうか?
レコードを探しに訪れたのは、東京都葛飾区・青戸にある〈awesome today〉。主に週末のみ営業しており、レコードを中心に本や植物、雑貨なども取り扱っています。中川沿いの穏やかなロケーションでやわらかな陽射しが差し込む店内では、ジャンルを超えた “掘る楽しさ” を味わうことができるはず。レコードについてのお話は、店長の木村公一さんに伺いました。
さっそく、レコードを見ていきましょう。
レコードプレーヤーは持っていないけど、レコードは2枚だけ持っているという大河さん。一体どんなジャケットを手に取るのでしょうか?
全部選びたくなっちゃう。
大河:初っ端の、一枚目から気になっちゃいました。これにはどういう系の音楽が入っているのか、中身が気になりすぎて。
木村:これは、ビートルズ(The Beatles)ですね。
大河:えっ、ビートルズなんだ?!…あ、本当だ!BEATLESって書いてありますね!絵ばっか見てたら全然気づきませんでした。
木村:『Magical Mystery Tour』はビートルズの中でも歴史的アルバムと呼ばれている作品のひとつで、ちょうど中期から後期に入るくらいにリリースされたものです。
大河:こんなポップなデザインもあるんですね。面白いなぁ。
内容的には、どんな作品ですか?
木村:ロック史上初のコンセプトアルバムでした。商業的には賛否両論あったみたいだけど、「Strawberry Fields Forever」や「I Am The Walrus」、「All You Need Is Love」などの名曲揃いで、ビートルズの最高傑作と言われている作品のひとつです。
大河:なるほど。こっちはどんなレコードですか?リアルめなコアラのイラストが気になりました。
木村:若くして亡くなってるんですけど、アメリカ人チェリストの奇才アーサー・ラッセル(Arthur Russell)と、DJでありThe Loftのファミリーでもあったスティーブ・ダキスト(Steve D’Aquisto)が結成したユニット、ルーズ・ジョインツ(Loose Joints) がリリースしたレコードです。
ラッセルはジャズやクラシックを根底に現代音楽を渡り歩いた人で、ニューヨークのアンダーグラウンドクラブシーンの最重要人物のひとりとも言われていました。Sleeping Bag Recordsっていうレーベルを立ち上げていて、彼のレコードには必ずコアラがプリントされているんですよ。
木村:オリジナルは80年代に4th Broadwayからリリースされていて、このレコードはDJのディミトリ・フロム・パリ(Dimitri from Paris)が立ち上げたレーベル DFP Vaultsがリリースしたリエディット盤。ジャケットはそのデザインをオマージュしたカンパニースリーブ仕様になっています。
大河:気になるのがいっぱいあるなぁ。全部選びたくなっちゃう。店内にあるレコードの年代は、色々なものが混ざっているんですか?
木村:そうですね。60〜80年代から近年のものまで。あとは、ジャンルから入っちゃうと壁を作ってしまうのかなと思っていて、それが嫌なのであえて混ぜてるんです。中古も新譜も分けずに全部一緒に入れて、隅々まで見ていただいて選べるようにしています。
ジャケ買いしがいがありますね。
大河:そうやって選んでいいんだ!っていうか。選びがいがあります。
大河:ちっちゃいレコードもあるんですね。
木村:それはシングル盤やEPといって、大きいレコードよりも曲数が少ない7インチのレコードです。
大河:なるほど。中身の音楽が短いと物理的にちっちゃくなるんですね。……あ、サザンの「いとしのエリー」だ。桑田佳祐が若い!大学生みたいな顔してますね。私よりも若そう(笑)。
木村:たしかにそうですね。デビューしたときは大学生で、20代前半でしたね。
大河:渋くてかっこいいなぁ。
awesome todayでは、レコードの買取りはされているんですか?
木村:はい、依頼が来ればやってます。近所のおじいちゃんやおばあちゃんが、昔の歌謡曲の帯付きレコードなんかを持ってきてくれたりとか。
けっこう良いものが意外とあったり?
木村:ほとんどないです(笑)。
大河:ないんだ(笑)。良いものというのは、レアとかレアじゃないとかそういう話ですか?
木村:そうですね、希少価値だったり、欲しがる人がいるかどうかというところで。シティポップが今流行ってるんで、そういうのが何枚かあったりすることはあるんですけどね。
大河紀が直感で選ぶ、3枚のレコード
店内を見終わって、直感でピックアップされたのは16枚でした。ではここから、特に心が惹かれた3枚のレコードを選んでいただけますか?
大河:どうしようどうしよう……!とりあえず、気になるチームとそうじゃないチームに分けてみます。激戦になりそうだな。
今回目に留まったレコードのジャケットと、ご自身の作品の作風で類似点はありますか?
大河:意外と近いかもしれないですね。構図が好きだとか、自分が気持ちいいと思うものだったり。全く同じとは言いませんけど、美学というか、それが近いものを選んでるかもしれません。
木村:僕からすると、やはり作品を描いているアーティストさんだからというか、やっぱり目のつけどころがとても変わってますね。「これ多分ピックアップするかな」って思っていたものと全く違うものが選ばれてます。
大河:えー!そうなんだ!
木村:僕は視覚から入るジャケ買いってすごく大切だと思ってます。そこからどういう音楽が入っているか連想するのも楽しみ方のひとつだし、もちろん中身もジャケも気に入ってくれるのが一番だけど、ジャケだけでも視覚で気に入ってくれるなら良いなって思います。
大河:悩むけど……3枚、決めました!
では、試聴していきましょう。
なんというか、未知のジャンル『こけざる組曲』
大河:これ、めっちゃ気になりました。
木村:『こけざる組曲』は、ジャズと日本古来の音楽を基盤にして、そこにロックやサイケデリックの要素も取り入れた作品です。オリジナルは1971年にリリースされていて、これは2023年の再発盤ですね。尺八とか和楽器の音だったり、和のテイストが入った音楽はいま海外からも注目を浴びています。
試聴してみて、いかがでしたか?
大河:いかついですね(笑)。かっこいい!
大河さんが普段聴くような音楽とは近いですか?
大河:こういう和っぽいテイストが入りつつ、ちょっと不思議な曲は展示や個展で音楽を流すことがあるので、見つけたらストックしてます。
これはジャズも混ざってて、なんというか未知のジャンルです(笑)。でも、能面のジャケットから想像してたよりも、スタイリッシュで爽やかでした。
ちなみに大河さんは2枚レコードを持っているとのことでしたが、どんなレコードなんですか?
大河:1枚は友達が出したレコードです。母親文化村っていう三軒茶屋を拠点に活動しているヒップホップユニットなんですけど、大学から仲良くしてもらってる先輩で。「プレーヤーは無いけど、買います!」って、そのファーストレコードを持っています。
レコードとして形に残すって、素敵ですよね。
大河:やっぱり美大出身ということもあってモノづくりは得意なので、レコードもそうですけど、イベントのフライヤーも毎回素敵な仕上がりになってて、いつもかっこよくアートと音楽の組み合わせが表現されてるなって。生き様にずっと憧れてます。
もう1枚は、彼らと一緒にレコードショップに行く機会があって、そこの店長さんがおすすめしてくれた芸能山城組のレコードを買いました。「クセが強くて怖い音楽が好き」って伝えたんです(笑)。それで聴かせていただいたらめちゃめちゃかっこよくて、そのまま購入したという経緯があります。
木村:渋いですね(笑)。
圧力と、洗練された感じ『Our Kind Of Sabi』
続いて選ばれたのは、真っ白いフルーツのジャケットですね。
大河:潔さと機微の感じが好きです。でもどんな曲が入っているのか、想像がつかない。これはどういうレコードですか?
木村:これは、オルガン奏者のエディ・ルイス(Eddie Louiss )と、ダニエル・ユメール(Daniel Humair)、ジョン・サーマン(John Surman)のトリオアルバム。サイケデリックなフリージャズのレコードです。
ジャケットは裏面と表面とで雰囲気が全然違うんですね。
大河:本当だ!気づかなかった。白と黒でかっこいいですね。違うけどちょっと親和性があるというか、緊張感がありつつ共鳴してるみたい。
ジャケットと中身で印象の違いはありましたか?
大河:聴いてみたら意外と納得感がありましたね。どことなく圧力みたいなものをジャケットからは感じていたんですけど、その圧力のまま、洗練された感じが音楽から伝わってきました。
大河さんは作品を見るときは、どのようなところに注目して見ているんですか?
大河:機微があると嬉しいですね。「こんなところに、こんなちっちゃい色や影がある」とか「ここはちょっとキャンバスからはみ出てるんだ」とか。作品をじっくり見てそういうちっちゃいポイントが発見できると、「あら!」って感じで嬉しくなっちゃいます。
それが偶然なのか狙いなのかを考えながら見るのも楽しそうですね。
大河:そうですね。でもやっぱり、それを残したことは絶対に意図的だと思うので、それに気づいたときは感動します。
ご自身が制作されるときでも、そういうところは意識されているんですか?
大河:自分的に枠を壊すというか、バランスを “ちょっとしたこと” であえて少しだけ崩すことが好きなので、自分の絵の中でも行われていると思います。気持ち良すぎない絵作りにしたいって思いながら、作っています。
ラテンの嬉しい裏切り『Macondo』
木村:最後はこのレコードですね。
大河:これはどんなレコードですか?
木村:ロサンゼルスを拠点に活動していたラテンロックバンド、マコンド(Macondo)が1972年にリリースしたアルバムです。ラテンのリズムにロックやファンク、サイケの要素を融合した音楽が特徴ですね。
大河:思ったよりラテンで、ハッピーな感じですね。ジャケットと実際の中身の印象で一番差があったかもしれないです。
聴く前はどのような音楽をイメージしていましたか?
大河:ジャケットの構図的に私はなんとなく宗教みを感じていたというか、神聖な雰囲気のイメージでした。でも中身は思いっきりラテンで、嬉しい裏切りです。
レコードのジャケ買い体験、いかがでしたか?
大河:面白かったです!ジャケットのビジュアルが好きで選んで、中身も好きな音楽だと、より嬉しいというか愛着が湧きます。良いものに出会えちゃったなぁ〜っていうときめきが得られて良いですね。詳しい説明まで聞かせていただけて贅沢体験でした。
大河紀
2014年多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業。肉親の死を契機に、生と死の境界を探究するようになり、有機的・無機的モチーフを組み合わせてその表裏一体性を表現してきた。無常と享楽を併せ持つ、浮世絵の快楽主義的精神に影響を受け、日本美術の余白や構成を現代絵画へと応用し、目に見えない存在や感情を可視化することを試みる。その歴史的参照は単なる様式模倣ではなく、美術史的思考に基づく実践である。国内外で精力的に作品を発表する一方で、miumiuや大阪万博など多分野とのコラボレーションでアートワークを手がけ、作品の根底にある問いを領域を越えて可視化している。
HP Instagram大河紀 個展「食卓」【東京】
会場:YUGEN Gallery
住所:〒107-0062 東京都港区南青山3-1-31 KD南青山ビル4F
会期:2025年10月25日(土)〜11月16日(日)
時間:13:00〜19:00(平日)、13:00〜20:00(土日祝)
※最終日のみ17:00終了
awesome today
住所:〒125-0062 東京都葛飾区青戸7-37−5 亀有リバーダイヤモンドパレス 1F
OPEN:営業日はインスタグラムの投稿をご確認ください
Photos:Soichi Ishida
Words & Edit:May Mochizuki