あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回は、シティポップ好きの間で名店と言われる東京・恵比寿のミュージックバー「セイリンシューズ」が舞台。 ゲストは同店で山下達郎さん縛りのDJを務めたこともある、プロダクトデザイナーでありレコード収集家の角田陽太さん。 角田さんとセイリンシューズ店長のナガサワタケシさんの「達郎愛」の話を皮切りに、カートリッジ比較に真剣に向き合ってもらった。

音楽の知識を楽しみながら共有できる、レコードバーの魅力。

セイリンシューズでは、シティポップ以降の代表的なミュージシャンをフィーチャーしたDJイベントを積極的にやられていますよね。 特に取り上げられることが多い印象なのが、山下達郎さん。 昨年(2022年)の11月に開催された「山下達郎ナイト」で、角田さんはDJをやっていらっしゃいましたが、そのきっかけからまずお話をお聞きできればと思います。

代々木八幡にあるレストラン、NEWPORTで山下達郎ナイトをやっていた

角田:ADULT ORIENTED RECORDSの弓削匠さんとナガサワさんが以前から、代々木八幡にあるレストラン、NEWPORTで山下達郎ナイトをやっていたんですね。 そこに遊びに行かせて頂いて、知り合ったのがナガサワさんとの出会い。 でも当時、ナガサワさんはかつて三宿にあったWeb(2020年に閉店してしまったクラブ)の店長を務めていらっしゃったので、セイリンシューズは別口で知りました。 友人でシンガーのナツ・サマーが一時期ここで働いていたりしていて。 そういった経緯で存在を知ったわけなんですが、いつの間にか、ナガサワさんがここの店長になっていらっしゃって、それでまた知人ミュージシャンのクニモンド瀧口さん経由で僕が達郎さんのレコードを集めているという話を伝えてもらい、達郎ナイトに参加させて頂いたということがきっかけですね。

プロダクトデザイナーでクリエイティブディレクターの角田陽太
プロダクトデザイナーでクリエイティブディレクターの角田陽太。

以後、イベントは定期的に行っているんでしょうか?

ナガサワ:僕が入る前は不定期で、かつ頻度はあまり高くなかったようですが、現在は月曜と土曜にやっていますね。 去年始まった達郎ナイトで定期化がスタートし、そこから月曜は〇〇ナイトという形でアーティストやジャンル等を縛った形式で、土曜はお店の雰囲気に合いそうな方をゲストとしてお呼びして選曲をお任せするイベントをやっています。

セイリンシューズ店主のナガサワタケシ
セイリンシューズ店主のナガサワタケシ。

特集するアーティストのイベントを目がけて来るお客さんも多くなりましたか?

ナガサワ:そうですね。 かねてから知っている人ではありますが、ゲストDJも皆さん、ユニークですし。

ゆったりとお酒を飲みながら普段、あるいはダンス向けのクラブとは違う良い環境で好きな音楽を聴くという体験が求められているような気もしますよね。 コロナ禍も明けて。

ナガサワ:恵比寿は特にそういったお店が増えてきていて、賑わっているんですよ。 ミュージックバーが集合するコアエリアになりつつあります。

角田さんはセイリンシューズ以外だと、どのあたりのお店に行かれることが多いんでしょう?

角田:中目黒にオフィスがあるので、そこから比較的近くにある星港夜(シンガポールナイト)というバーにはよく行きますね。 店長さんの選曲が好みというか、「角田さん、こういうの好きでしょう?」って言いながら、ツボにハマるレコメンドをしてくれるんです。 行ったら少なくとも1、2曲は新しいものを持ち帰ることができる。 星港夜のように常駐されている方のセンスとの相性が良いっていうのはもちろん愉しいんですが、先ほどの僕のNEWPORTの話や、ナガサワさんが仰っていた音楽目当てでセイリンシューズに来る人のように、DJと出会えるのも近年のミュージックバーの良いところ。 ここ最近、ターンテーブルを置いて、外部DJを呼ぶっていうケースが増えてきたように思うんですよね。

角田さんとナガサワさん

クラブだと音楽は流れゆく一方だから、よっぽど意識が向いてないとなかなか記憶に定着しないけれども、バーの店長さんやDJの方に音楽の知識、手札を話しながら共有してもらえるっていうのも贅沢な体験だし、醍醐味ですよね。

角田:古くはジャズ喫茶から、そういった知識の共有はあったと思いますが、クラブとジャズ喫茶の合間のようなお店が増えてきている。 以前だと、そもそもDJミキサーがないというケースが多かったけど、設備面も変わっていってますよね。

角田さんがDJをやられた時はどんな雰囲気でした?

ナガサワ:かなり良い感じでしたね。

角田さんのDJの様子を語るナガサワさん

角田:終わる頃には満席になるくらいだったと思います。 僕は武蔵野美術大学で講師をしているんですが、その若い教え子が来てくれたり。 達郎さんのファン層がやはり幅広いというのを改めて実感させられた夜でした。

山下達郎“沼”への入口。

若い人たちにとって、達郎さんは新鮮な存在でもあるんでしょうね。 角田さんご自身はどういうきっかけで達郎さんのレコードを集めるようになったんですか?

角田:レコードを買い始めたのが18歳くらいだったんですが、その時からですね。 なので、近年の達郎さん、シティポップブーム、それによるレコードの高騰みたいなものには巻き込まれずに済んだんですけど(笑)。 当時はレコードを買う人の多くがクラブミュージックに傾倒していて、僕はそこではない、好きだったソウルやジャズのレコードを買っていて。 その流れで達郎さんが好きになったんです。 日本人だから好きになったというわけでもなかった。

山下達郎について語る角田さん

対して同じく達郎さんマニアで、未発表のライブ音源まで収集されているナガサワさんはどういう経緯だったんでしょう? 幼い頃から達郎さんの音楽を聴いていたんですか?

ナガサワ:幼い頃からではないですね。 学生の時とかは大人の音楽過ぎてむしろ全く聴いて無くて。 それが段々と、大人になってから良さが分かるようになってきました。
僕は20歳でクラブ業界に入ったんですが、当時は日本語の音楽がNGな時代。 とにかくダサい、みたいな。

角田:確かにあった!

ナガサワ:あったでしょ? そんな中でかかっていたのが達郎さんの「Windy Lady」でしたね。 たまに笠井紀美子さん(元ジャズ歌手)も流れていたと思いますけど、それも達郎さんが作曲したもので。

今や日本語とか洋楽とか問わず流れていますよね。 そのクロスオーバーの起点となったのが達郎さんなんですね。

セイリンシューズのレコード棚

ナガサワ:僕は元々、竹内まりやさんが好きで1984年にリリースされた『VARIETY』をずっと聴いていたんです。 今や世界的なジャパニーズシティポップの代表曲になっている「プラスティック・ラブ」が収録されているんですが、当時は一曲目の「もう一度」が好きで。 それがアルバムを何度も通しで聴いているうちに、クラブで働くようになった時期と重なっていたのもあって「プラスティック・ラブ」の方がめちゃくちゃ好きになって。 でも当時はシングルカットもされてなかったし(12インチにはなってましたが)、絶対アルバムの隠れ名曲だ、くらいに思ってたんですね。 その後に達郎さんにも少しずつ興味を持っていくわけですが、初級編として良いのないかなと思って探していた時に『JOY』(1989年リリースのライブアルバム)に出会ったんです。 曲名を見たら「プラスティック・ラブ」のカバーが入ってて、それが本当に衝撃で。 そこから徐々にですかね〜。 沼にハマっていったのは(笑)。

嗜好の変化とか境遇とかがすべて重なった出会いだったんですね。

角田:僕は逆に『JOY』を聴いて「プラスティック・ラブ」の存在を知って、すぐ12インチを買いましたね。

ナガサワ:僕もすぐに12インチを買いました。 当時DJもやっていたんですが、これもさっき言いましたけど、クラブでかけなきゃいけない曲は洋楽。 だけど、どうにかして「プラスティック・ラブ」をねじ込みたかったんですよね。 でもやっぱり、洋楽とは世界観が若干ズレていたからなかなかかけられなくて。 でも一応、お店のレコード棚にはずっと入れてました。

セイリンシューズのレコード棚

角田:さっきナガサワさんは歌詞の話をしていたけど、僕は歌詞が全く入ってこないタイプで。 昔からボーカルもあくまで楽器のひとつとして捉えているから、日本語で歌われていることが全く気にならなかったんですよ。 そんなことより、達郎さんの音楽はトータルでサウンドの造りが凝っているから好きなんですよね。
以前、僕はロンドンに住んでいたんですが、その頃、Nicole Wray(二コル・レイ)っていうR&Bシンガーの「Can’t Get Out The Game」がヒットしていて。 その曲は達郎さんの「DANCER」がサンプリングされたものだったんです。 日本語、英語とかわざわざ分けて捉えるんじゃなくて、サウンドと向き合えば言語を超えたカッコ良さがあることはすぐ分かるはずなんだけどな、と再ブーム到来前から結構思ってました。

アツい愛のお話、ありがとうございます。 では、話は一旦そんなところにして、音楽を聴きましょう。 今のおふたりの話の中で出てきたものから聴ければと思うんですが。

山下達郎の7インチレコード

角田:今日は7インチしか持ってこなかったんですが、70年代以降の時代分けで持ってきてみました。 最初は「Windy Lady」が良いかな。 今や結構高価になってしまったレコードですね。

ナガサワ:最近ミキサーを変えまして。 「ECLER」というメーカーの「WARM2」というミキサーなんですが、非常に中低域に丸みが出るアナログのミキサーです。 この前に自前のデジタルミキサーを入れていたのですが、これに変えたらガラッと音質が変わりました。

デザインもカッコ良いですね。 カートリッジ比較をするのが愉しみです。 では、いつもの流れではあるんですが、まずは「VM520EB」から。 ターンテーブル「AT-LP7」に付属しているエントリーモデルに近いものですが、音のハリを生んでくれると思います。

機器をセッティングするナガサワさん

〜「VM520EB」で視聴 山下達郎 「Windy Lady」〜

角田:ふむふむ。 この時点でかなり良いですけどね。 一旦、違うカートリッジに変えてみましょうよ。

これもいつもの流れなんですが、ここからグッとグレードアップさせてみると、違いが顕著なんです。 とにかく高精細と、誰もが必ず惚れ込んでしまうVMカートリッジシリーズのフラッグシップ「VM760SLC」。

「VM760SLC」で視聴 山下達郎「Windy Lady」

〜「VM760SLC」で視聴 山下達郎 「Windy Lady」〜

角田:あっ! 違う。 スネアがうるさくないですね、こっちの方が。

ナガサワ:ん? 音量こんなもんでした?

感覚的には先ほどの方がアタックが強かった印象がありますね。

角田:丸みを帯びているのにクリア。 そんな感覚。 確かに、これはかなり良いかもしれない。 シャカシャカもしていないし、とても上品。

毎回思うことなんですけど、VM760SLCってリバーブ、残響感が非常にクリアに出るんですね。 レコーディングしている空間を想像させるというか。 だから、角田さんが仰った「丸み」が生まれるのかな、と。 なので、生音との相性が抜群なんです。

角田:一個目の方が高音が鋭かったですよね。

ナガサワ:さらにVM520EBは圧がありましたね。

角田:なるほど。 楽しさが分かってきたかも。 色々試してみたいな。

どんどん試しましょう!

Part.02へ続く

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Part.01に登場したカートリッジ

Words & Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos:Shintaro Yoshimatsu