あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回は、シティポップ好きの間で名店と言われる東京・恵比寿のミュージックバー「セイリンシューズ」が舞台。 ゲストは同店で山下達郎さん縛りのDJを務めたこともある、プロダクトデザイナーでありレコード収集家の角田陽太さん。 角田さんとセイリンシューズ店長のナガサワタケシさんの「達郎愛」の話を皮切りに、カートリッジ比較に真剣に向き合ってもらった。 Part.02の後編をお届け。

【Part.01はこちら】

音圧の強さか、上品さか。 好みがカートリッジだけで大きく分かれる。

角田:(前回からの続き)このセットアップで最新の音を聴いてみても良いですか? レコードのセレクトも一気に時代を超えて、2022年11月にリリースされたばかりのもの。 次にかけたいのは、80~90年代の楽曲をカバーするプロジェクト「Tokimeki Records」の盤で(同プロジェクトは2019年に「プラスティック・ラブ」のカバーからスタートしている)、オリジナル・ラブの「接吻」のカバーです。

オリジナル・ラブの「接吻」のカバー
「VM760SLC」で視聴 Tokimeki Records feat ひかり& MELRAW「接吻」

~「VM760SLC」で視聴 Tokimeki Records feat ひかり & MELRAW 「接吻」~

角田:いやぁ、音良いですね、とにかく。 ミキサー、アンプも相まってるんだろうな。 けど、カートリッジ、針のポテンシャルもきっと関係しているはず。 ポンポン変えちゃいますが、また違う針にしてみても良いですか?

そうしたら、ここ最近、この針J企画の参加者の中で評価が高い「VM530EN」にしてみましょう。 ただ結構、重めの電子音楽やダンスミュージック、あるいはダークなものとの相性が良いというコメントが多いので、角田さんセレクトの軽やかな音楽だとどうか。 予想だと音が太くなりそうな……。

~「VM530EN」で視聴 Tokimeki Records feat ひかり & MELRAW 「接吻」~

「VM530EN」で視聴 Tokimeki Records feat ひかり& MELRAW「接吻」

角田:おぉ、確かに。 先ほど、「Windy Lady」にも「接吻」にも感じられた「丸くクリア」なイメージから一気にダンスミュージック的になった。

キックがかなり際立ってますね。

角田:そうですね。 ローとハイのメリハリが急激に強くなった感じ。 これはほぼ違う曲と言ってしまっても良いくらい。 VM760SLCは「ファッファッ」って鳴り続けているバッキングのシンセサイザーの音が目立っていたんだけれども、VM530ENは特にバスドラムとベースが効いている。

ナガサワ:そうですね。 ブンブンと強く鳴っている。

カートリッジを聴き比べる角田さん

角田:どっちが良いとか悪いとかっていう評価はできないけど、好み的にはVM760SLCかなぁ、僕は。

ナガサワ:グレードによってこんなにも違いが出てくるんですね。 驚きました。

角田:45回転に向いているもの、33回転に向いているものとかもありそうですもんね。

※文字通り45回転は速く、33回転は遅い。 例えば、同じ音を各回転数で録るとすると、前者の方がレコード溝が長くなり、たくさんの情報を入れられるため音質が良くなる。 一方の後者は長時間収録が可能だが、音質は劣ると一般的には言われている。

そうですよね。 言わずもがなですが、リマスター盤、あるいは重量盤でも違いは出てくるとも思いますし。

角田:うんうん。 そうしたら次は是非、ナガサワさんのセレクトをお願いします。

レコードを選ぶナガサワさん

ナガサワ:前にいた三宿のWebでたびたびミキサーのイコライジングを調整していた際に必ずテストとしてかけていた一枚が、1982年にリリースされたDonald Fagen(ドナルド・フェイゲン)のファーストソロアルバム『The Nightfly』。 それをある時、SNSにアップしたら、渋谷にあるOrgan Barの当時の店長から後日「うちもそれです!」って言われて(笑)。 達郎さんの『FOR YOU』も非常に鳴りがいい盤なんですけど、この『The Nightfly』の一曲目「I.G.Y. (International Geophysical Year) 」はほんとに音圧も音質もバランスも非常に良いですね。

ミキサーのイコライジングを調整するナガサワさん

(笑)。 そうやって繋がるんですね。 レコードならではの良いお話。 せっかくなので、ここでまたカートリッジを変えてみたいと思います。 今回持ってきたものの中で最も下位グレードにはなるんですが、ボーカルの再現性が高く、演奏をパワフルに彩ってくれる「VM510CB」です。 「I.G.Y.」にもしかしたら合うんじゃないかな、と。

「VM510CB」で視聴 Donald Fagen「I.G.Y.」

~「VM510CB」で視聴 Donald Fagen 「I.G.Y.」~

耳馴染みのある有名曲ですが、この時点ですごくダイナミックというか……。

ナガサワ:これめちゃくちゃ音圧高いでしょう? アルバムなのに。

※レコードの溝を大きくすると、大きな音で録音できる。 ただ、そのためには溝幅を広く取らなければならないため、長い時間の収録が難しい。 つまり、「アルバム」のように収録曲が多いと必然的に溝が浅くなってしまう(音圧が下がる)のが一般的。 セイリンシューズで視聴させて頂いた『The Nightfly』は、音が前に強く出てくる感覚を覚えた。 最初は……。

角田:例えば、US盤が良いとかあるんですか?

ナガサワ:人によってはあるとかないとか色々諸説あって、厳密にはちょっと分からないんですけど。

では、その音圧をより強くしてくれるであろう「VM750SH」で聴き比べてみましょう。 「豊かな中低域再生を実現する」ことが特徴と言われてはいるんですが、何度か試している中で、特にロックのライブ盤などと相性が良かった印象のカートリッジです。 ダイナミズムを上げてくれる、勝手に「ドンシャリ系(ローとハイが強い)」と言わせて頂いているものになりますね。 はたしてどうか。

~「VM750SH」で視聴 Donald Fagen「I.G.Y.」

~「VM750SH」で視聴 Donald Fagen 「I.G.Y.」~

ナガサワ:あれ!? 音圧が下がった!

予想に反して……。 想像と全然違う、かなりマイルドなサウンドです。 最初、VM510CBだったから音圧が高く感じたんですかね。

角田:700シリーズ共通の特徴なのかな? やっぱり高音がうるさくなく聴こえますね。 トゲトゲしていない。

カートリッジを聴き比べるナガサワさん

ナガサワ:ちょっと音量上げますね。

角田:その方が良さそうです。

ナガサワ:目盛りを1.5くらい上げてみましたが、さっきの針の方が大きいというかパンチ力がありました。 僕はさっきの方が好きだなぁ、この盤に関しては。 何だかこの『The Nightfly』だと欲してしまう音圧を、VM750SHではあまり感じなかったですね。

角田:おぉ~! 感想に差が。

ナガサワ:ちょっとさっきのカートリッジに戻してみて良いですか?

カートリッジ交換が行き来したくなるところが、針J企画の醍醐味です(笑)。

~「VM510CB」で視聴 Donald Fagen 「I.G.Y.」~

「VM510CB」で視聴 Donald Fagen「I.G.Y.」

ナガサワ:どちらかと言うとこっちの方がドンシャリ感ありますね。 圧も含め。

角田:僕はやっぱりVM750SHの方が好きだなぁ。 品と高級感があって。

角田さんとナガサワさんは共通言語、趣味として山下達郎さんがあったり、お話を聞くと近い部分があるとは思うんですが、求めている音質は違うんですね。 そういった好みの分かれ目がこの企画の面白さだったりします。 ハイエンドだから絶対に良いというわけでもないし、手に取りやすいエントリーモデルだから相性が悪いというわけでもない。

角田:なるほどね。

ナガサワ:VM760SLCがVMカートリッジの中での最高峰ですか?

そうですね。

ナガサワ:もう一度、それに戻してみても良いですか?

もちろんです。

「VM760SLC」で視聴 Donald Fagen「I.G.Y.」

~「VM760SLC」で視聴 Donald Fagen 「I.G.Y.」~

ナガサワ:やっぱりVM510CBが好きだなぁ。 VM760SLCは楽器とヴォーカルが遠い感覚を覚えるんですよね。 これもボリュームの目盛りを1.5上げたんですが。

角田さんはいかがですか?

角田:僕はやっぱりVM760SLC(笑)。 僕はトゲトゲしくない感じが好きです。 あと、低域がクリアに鳴っている感覚もあったんですよね。 音像がしっかりと見えた。

ナガサワ:たぶん、かける盤によっても違ってくるんでしょうね。 ちなみに特徴は?

「広帯域再生・低歪率を実現」というのが端的な特徴ですね。

角田さんとナガサワさん

ナガサワ:んじゃあ、次はTokimeki Recordsの時に使ったVM530EN良いですか?

1枚のレコードに対して、こんなにカートリッジを交換し続けたの、針J企画では初めてかもしれないです(笑)。

VM530ENに交換

~「VM530EN」で視聴 Donald Fagen 「I.G.Y.」~

ナガサワ:う~ん、やっぱりVM510CBですね、僕は。 しかも、今度はあまりベースがブンブンという感覚もあまりなかったな。

これは想像でしかないんですけど、VM530ENは電子音をキャッチするのが上手いのかもしれないです。

角田:あー、そうなのかも! でも、VM530ENはちょっと苦手かなぁ。 激しい。 ただ、おそらくこの比較ってかなりの微差なはずなのに、その小さな違いをはっきりと出してくれるセイリンシューズの音響設備はやっぱり素晴らしい。 それは改めて強く思いました。

仰る通りで、この針J企画は結構ラグジュアリーな遊びだと思うんですね。 出音、つまりはアンプ、スピーカーとかの兼ね合いも当然重要で、それらが良くないと違いが分からないし、ポテンシャルも発揮できない。

カートリッジを見る角田さん

角田:ひょっとすると、録音環境とかも関係しているかもしれないですよね。 すべてアナログで録っている時代のものと、デジタルを絶対に一度は挟む現代の音楽とで。 そのどちらに向いているのかっていう……。

ナガサワ:実際に対峙、比較してみないと真価が分からない特別さもありますよね。 さらには自分が聴きたい音楽で聴いてみないと、相性が良いものも分からない。 とにかく、音圧がこんなに変わるんだっていうところには驚きましたし、とても面白かった。 音色のバランスとか良し悪しは絶対に変わるだろうと事前に思っていたんですが。
イベントの時、針は消耗品なので、カートリッジはDJの方に都度、持参して頂いてるんですね。 でも大抵は音が悪くなるんです、DJ用のものは。 でも今回はそんなことは一切なく、基本的には総じて綺麗な音を楽しめました。 VMカートリッジシリーズ全体のクオリティが高いんでしょうね。

角田:僕にとってカートリッジは毎日触れるし、毎日見るものだからデザイン重視で選択する傾向にあるんですが、今回針J企画を体験させて頂いて、音の好みでもカートリッジ、針を選べる環境があるとさらに良いんだろうなとも思いましたね。

確かに。 また新しい可能性も見えてきましたね。 今回はありがとうございました!

角田陽太(右) ナガサワタケシ(左)

角田陽太(右)

仙台生まれ。 2003年、渡英し安積伸&朋子やロス・ラブグローブの事務所で経験を積む。 2007年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)デザインプロダクツ学科を文化庁・新進芸術家海外留学制度の奨学生として修了。 2008年の帰国後、無印良品のプロダクトデザイナーに就き、2011年角田陽太デザイン事務所を設立。 受賞歴にELLE DECORヤングジャパニーズデザインタレント、グッドデザイン賞、ドイツ・iFデザインアワードなど。 武蔵野美術大学非常勤講師。

HP

ナガサワタケシ(左)

渋谷のクラブ「THE CAVE」「THE ROOM」のバーチーフを経て、三宿Webにオープニングからバーチーフとして関わり、一年後から同店の店長に。 三宿Webの閉店後、2022年8月からセイリンシューズの店長に就任。

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Part.02に登場したカートリッジ

Words & Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos:Shintaro Yoshimatsu