あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回の舞台は、中目黒のコワーキングスペース「MIDORI.so」。 蔦に覆われた空間に集う国内外のクリエイターたちの中から今回は、元MIDORI.soメンバーでプロデューサー/DJのAdam Oko(アダム・オコ)さんをお招きし、彼がこの企画のためにセレクトしてくれたレコードをじっくり聴いていくことにする。

ダイレクトに音が届くエントリーカートリッジ。

Adamさんはグローバルな音楽プラットフォームであり、インターネットラジオのNTSで、立ち上げ時からレジデントDJを務めていましたよね。 アーカイブされているミックスを振り返ると面白い、というか他と比べても特に独特だなと感じていました。 電子音楽からフォーク、ポストパンクにJポップなどなど……ジャンルも国もバラバラなものが渾然一体になってるのに、スムーズに混ぜ合わせられている。 ルーツからちょっと話を聞きたいんですが、はじめてレコードに触れたのはいつ頃なんでしょう?

Adam:9歳くらいだったと思います。 近所にロック好きのお兄さんがいたのですが、彼がレイブミュージックにハマってからあまりロックを聴かなくなったみたいで。 それで、ロックが好きだった僕にレコードを全部くれたんです。 僕の家には両親が持っていたレコードプレーヤーがあったので、そのもらったレコードをとにかく聴き漁っていたのが原体験。

なるほど。 最初はロックだったんですね。 あとで触れますが、今回のラインナップは電子音楽もあるけど、プログレッシブロックも入っています。 今日はどんな基準でレコードをセレクトしたんですか?

Adam Oko(アダム・オコ)さんに、ジャズ喫茶やバーでは流れてこないレコードをランダムに持ってきてもらった

Adam:良い音が流れているジャズ喫茶やバーが好きでよく行くんですよ。 日本でとても好きな場所。 そこではいつもジャズやソウルばかり聴いているので、せっかく良い音響環境でカートリッジの音質比較ができるなら、とそういう場所では流れてこないレコードをランダムに持ってきてみました。

今回の場所は以前Adamさんも席を借りていた、東京・中目黒にあるみどり荘というシェアオフィスのギャラリースペース。 普段は音響などはないのですが、今回のためにドイツ・ライプツィヒにある小さな村で誕生した「ムジークエレクトロニク ガイザイン」のコンパクトスピーカー「RL906」を用意させてもらいました。 “究極のスタジオモニター” なんて言う触れ込みがあったりする通り、解像度の高さ、情報量の豊富さが特徴になっています。

「ムジークエレクトロニク ガイザイン」のコンパクトスピーカー「RL906」

Adam:良いですね。 デザインもカッコ良いし楽しみ。 では早速、聴いてみましょう。 まずはゆったりと。 最初はBill Nelson(ビル・ネルソン)というサイケデリックロックバンドのBe-Bop Deluxe(ビー・バップ・デラックス)でキャリアをスタートさせた人なんですけど、解散してからテクノポップ~エクスペリメンタル~アンビエントと、どんどん実験的な方向に向かっていったミュージシャンの作品。 彼のスタジオは「Echo Observatory(反響の天文台)」と呼ばれていて、そこで1981、82年に録られたのがこの『Sounding The Ritual Echo(Atmospheres For Dreaming)』。 その名前の通り、エコーが夢の世界に連れていってくれるような感覚を覚えるね。

〜「VM520EB」 で視聴 Bill Nelson 『Sounding The Ritual Echo(Atmospheres For Dreaming)』 収録曲 「My Intricate Image」 〜

「VM520EB」 で視聴 Bill Nelson 『Sounding The Ritual Echo(Atmospheres For Dreaming)』 収録曲 「My Intricate Image」

今ターンテーブルに付けているのはVM520EBという、ターンテーブル「AT-LP7」に付属しているエントリーモデルなんですけど、率直にどうですか?

Adam:ベースの低域が強くて音がパワフル。 臨場感はちょっともの足りない気がするけど、ダイレクトに音が届く気がする。 Bill Nelsonは本当に多作で、Be-Bop Deluxeだけじゃなくて他のバンドにもたくさん参加していた。 でもあまりに多過ぎて覚えきれない(笑)。 最初の影響はグラムロックだったらしいんだけど、作風がどんどん変わっていく面白いミュージシャン。 良かったら調べてみてね(ちなみに近年はフュージョンに傾倒している)。

レコードの詳細(Discogs)

〜「VM760SLC」 で視聴 Kinothek Percussion Ensemble 『Adventure』 収録曲 「In Search Of」〜

Adamさんの嗜好にも重なる部分がありますね。

Adam:ちょっとミュージシャンとしての方向性が近い高橋鮎生さんの曲をこのまま聴いてみても良いですか。

〜「VM520EB」 で視聴 高橋鮎生 『CARMINA』〜

〜「VM520EB」 で視聴 高橋鮎生 『CARMINA』〜

Adam:この人は高橋悠治っていう現代音楽家/ピアニストの息子さん。 でも彼もサイケデリックロックとかにルーツがあった。

The Smiths(ザ・スミス)みたいな歌物もやってたよね? でも気付いたら日本でもカルト的な人気があったフリージャズサックス奏者のJohn Zorn(ジョン・ゾーン)の実験音楽レーベル「TZADIK(ツァディク)」からリリースしたり、当時めちゃくちゃ意外だったのが「木綿のハンカチーフ」でよく知られてる歌手の太田裕美さんとコラボレーションしてたこと。

Adam:高橋鮎生さんも年代とかによって作風がかなり変わりますよね。 『CARMINA』は彼のファーストアルバムで音数は少ないんだけど、サイケデリックロックのルーツ、日本人としてのアイデンティティとかが一番ピュアに伝わってくる印象がありますね。 レーベルはなんとエピック(ソニー・ミュージックレーベルズ傘下のレーベル)。

参考音源(Galapagos Records) – アルバム概要下部より

高橋鮎生について語るアダム・オコ

メジャーレーベルなんだ……。 時代を感じますね。 「ピュア」っていうのはまさに。 日本人というか鮎生さんにしか出せない実験的なエキゾチックサウンドっていう感じ。

こういう音数の少ないものは、余韻や録音された空間性まで再現してしまう「VM760SLC」が合うかもしれません。

Adam:OK! ちょっと変えてみましょう。

聴こえていなかった音を抽出する、ハイエンドカートリッジ。

〜「VM760SLC」 で視聴 高橋鮎生 『CARMINA』〜

〜「VM760SLC」 で視聴 高橋鮎生 『CARMINA』〜

Adam:全然違いますね。 より一層クリアに聴こえてきます。 人の声もより精細に出ているし、とにかく音の分離が良い。 これまでは平面的だったのが、色々なところで音が鳴っている感覚。 これまで何度も聴いてきた曲なのに初めて聴こえる音があります。
このカートリッジで他の曲も聴いてみたいですね。

〜「VM760SLC」 で視聴 Kinothek Percussion Ensemble 『Adventure』 収録曲 「In Search Of」〜

〜「VM760SLC」 で視聴 Kinothek Percussion Ensemble 『Adventure』 収録曲 「In Search Of」〜

Adam:これはね、「Dna Hoover」っていう謎の人が作った誰も知らないやつ(笑)。 マリンバ、タブラとかの民俗楽器、電子音、何だかよく分からない音が混ざってて、めちゃくちゃ楽しい音楽。 ”アンサンブル” とかついてるけど、演奏者はひとりなんだよね。 80年代にアメリカのベイエリアを拠点にしていたっていう噂(笑)。 このカートリッジで改めて聴いてみると、パーカッションサウンドが脳みそを良い感じに刺激してくれるね。 良い環境だからこそ味わえる感覚な気がします。

そんな誰も知らないようなレコード、どうやって手に入れたんですか?

誰も知らないようなレコードの入手について語るアダム・オコ

Adam:とあるポートランドのレコード屋さんのオーナーがKinothek Percussion Ensemble(キノセック・パーカッション・アンサンブル)の存在を何かで見つけて、アーティストに直接連絡してデッドストックを買わせてもらったんだって。 それを買いましたね。

何そのストーリー(笑)。 すごいですね、というか不可解な人なのによくコンタクトできたな……。 でも、希少なレコードだからこそのエピソードですよね。 検索してみると配信音源もないようだし、存在を知る→検索して聴けるだと、わざわざアーティストに連絡したりしないですよね。 レコード愛溢れる話だ。

Adam:本当にそうだよね。
次は雰囲気を少し変えてみようかな。 Hatfield and the North(ハットフィールド・アンド・ザ・ノース)が1973年にリリースしたセルフタイトルアルバム。

〜「VM760SLC」 で視聴 Hatfield and the North 『Hatfield and the North』 収録曲 「Son Of ‘There’s No Place Like Homerton’」〜

〜「VM760SLC」 で視聴 Hatfield and the North 『Hatfield and the North』 収録曲 「Son Of ‘There’s No Place Like Homerton’」〜

Adam:これは、僕の地元イギリスのカンタベリー出身のバンド。 プログレッシブロックの中ではカンタベリー系*と言われていて、メンバー交代が激しいバンドだったんだ。 Caravan、Matching Mole(マッチング・モウル)などで活動していたPhil Miller(フィル・ミラー)、同じくCaravanメンバーのRichard Sinclair(リチャード・シンクレア)なんかが創始者で、その後は他のバンドからも人の出入りが激しい、紆余曲折があったバンドだった。 でも、それがむしろこのバンドをスーパーバンドにしたんですけどね。 Soft Machine、Matching MoleなどのドラマーのRobert Wyatt(ロバート・ワイアット)は加入することはなかったけど、このアルバムで素晴らしいフィーチャリングをした。集合離散を繰り返したカンタベリーミュージックの名盤なんだ。

*カンタベリー系:Soft Machine(ソフト・マシーン)やCaravan(キャラヴァン)といったバンドを代表格とする系統

カンタベリー系レコードのジャケット

まさにカンタベリー系って感じのギターとエレクトリックピアノの掛け合いが最高ですね。

Adam:そうだね。 Soft Machineとかは特にそうだけど、音数が多くて激しい曲もあるじゃない? 情報がとにかく多い。 だけど、今の環境で聴いてみると、散らばりつつも全体がまとまっているよね。

情報量の多さがすんなり受け止められる感じがしますね。

Adam:じゃあ、次は王道、King Crimson(キング・クリムゾン)にしようかな。

〜「VM760SLC」 で視聴 King Crimson 『In The Wake Of Poseidon』 収録曲 「Cat Food」〜

〜「VM760SLC」 で視聴 King Crimson 『In The Wake Of Poseidon』 収録曲 「Cat Food」〜

Adam:おぉ、すごい。 ドラムは特に細かい音の違いが分かって驚きました。 スタジオの空気も空間が蘇ったように伝わってくるし、こうやって聴ける機会はそんなにないですよ。

たまたま居合わせた編集スタッフの友人:この曲、高校生の時にコピーしたことあって、何度聴いたか分からないくらいに耳に馴染んでるんだよね。 でも全然違う曲に聴こえる……。

全員:(笑)。

Adam:楽しいね、この会。 一旦ブレイクしようかな。

では、その隙にこちらで持ってきたレコードを流しておこうかな(笑)。 坂本龍一さんとのコラボレーターとしても知られるオーストリアのギタリスト/実験音楽家のChristian Fennesz(クリスチャン・フェネス)の名盤『Endless Summer』。 モダンエレクトロニカだから脈絡ないけど……。

〜「VM760SLC」 で視聴 Christian Fennesz 『Endless Summer』 収録曲 「Endless Summer」〜

〜「VM760SLC」 で視聴 Christian Fennesz 『Endless Summer』 収録曲 「Endless Summer」〜

Adam:おっ! Fennesz! 大好きですよ。 せっかくの良い環境で音楽が楽しめるわけだし、くつろげるソファが欲しくなりますね。

今度からソファ用意しますね(笑)。

Part.02へ続く

MIDORI.so NAKAMEGURO

MIDORI.so NAKAMEGURO

〒153-0041
東京都目黒区青葉台3-3-11 2F/3F

MIDORI.soは、これからの働き方の可能性を追求すると共に、個が尊重される社会においても、大切な拠り所となるであろう仲間とともに働くスペース。 さまざまな仕事/国籍/趣味/考えを持つメンバーが集まり、その混沌を通して生まれる「何か」をみんなで楽しめる場を目指している。 今回の舞台である中目黒には、MIDORI.so GALLERYというオルタナティブなギャラリーも併設されている。

Part.01に登場したカートリッジ

Words:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos:Shintaro Yoshimatsu