近年散見される「家時間」という言葉が象徴するように、自宅は寝食以上に大きな役目をもっている。 現れている欲求は、映画や音楽視聴といったエンタテインメントを快適な空間で楽しむこと。 家庭用プロジェクター、デザインコンシャスなインテリアのここ最近の人気ぶりが顕著だが、アナログレコードの注目度の高さも、それらと対等の位置にいると考えられる。 レコードを鳴らすための「オーディオ」と言うと、かつてのそれは男性向けのプロダクトだった。 しかし男女問わず、気軽に音楽を楽しめて、レコードを買い求める女性が増えたいまとなっては、「男性向け」というのは昔話になっているかもしれない。 今回話を聞いたのはアナログ・オーディオに関する専門雑誌「analog」で編集長を務める野間美紀子さんと、野間さんがオーディオとのタッチポイントとして推薦してくれた銀座のオーディオショップ「SOUNDCREATE(サウンドクリエイト)」の店長、竹田響子さん。 自他共に認めるふたりの「オーディオ女子」が、近年の嗜好やアナログ・オーディオの魅力を語ってくれた。

家に音楽が戻ってきた。

多くの人がライフスタイルを見直したきっかけとして、まずどうしても触れざるを得ないのがコロナ禍だと思うんですね。 SNSなどで見渡すと、以前にはいなかったレコードをレコメンドする女性、それを良い雰囲気の自宅で聴く光景が増えていたり、音楽に対する嗜好がより一層、ジェンダーレスなもの、かつ生活の彩になっているように感じます。 そこでお聞きしたいのが、「以前」「以後」で価値観や嗜好は実際に変わってきているのか。 それについて、オーディオ並びにインテリアを販売・展開されている竹田さん、それらにまつわる情報を発信している野間さん、それぞれの視点でお聞きできたらと思います。

銀座に位置する海外オーディオと家具のセレクトショップ、SOUNDCREATEの店長 竹田響子
竹田響子
銀座に位置する海外オーディオと家具のセレクトショップ、SOUNDCREATEの店長。 同店が秋葉原にあった時代にアルバイトとして入店し、オーディオの虜に。
雑誌「analog」の編集長 野間美紀子
野間美紀子
雑誌「analog」の編集長。 「オーディオに関する知識がない人に対しても優しいお店を」と尋ねたところ、豊富な知見の中から今回、SOUNDCREATEを推薦してくれた。

竹田:コロナ禍中、その以後で急激に新規のお客様が増えたかと言うと、実際はそうでもないと思うのですが、ただ、それまでしばらく休んでらした方が再開するといったことは非常に多かった印象があります。 最初の頃は修理で、所有されていた物がうまく作動しないという問い合わせが多くあったように思えますね。

オーディオって興味が出たタイミングで買うものなので、その興味が薄れてしまうとほったらかしになってしまう。 そういう意味では、「家に音楽が戻ってきた」と言えるのかもしれません。

SOUNDCREATEでは家具も展開をしているので、「修理」と同時に家具を見直したいとおっしゃるお客様もいました。 ひとつのクオリティが上がると、他のもののクオリティも上げたくなるというか。 忙しなさで見逃しがちだった家で得られる五感、細やかな気づきを大切にしようというコロナ禍で変わったニーズを掴むことはできたように思います。

写真右のチェアは建築家、Pierre Jeanneret(ピエール・ジャンヌレ)がデザインしたもの。 SOUNDCREATEでは家具と共に、空間としてオーディオを体験できる
写真右のチェアは建築家、Pierre Jeanneret(ピエール・ジャンヌレ)がデザインしたもの。 SOUNDCREATEでは家具と共に、空間としてオーディオを体験できる。 また、北欧家具の取り扱いもあり、オーディオと合わせて提案してもらうことも可能。

レコードのニーズの高まりも、いまおっしゃられた「五感」「細やかな気づき」に通じると言えそうですよね。

竹田:レコードでの音楽の聴き方って、ストリーミング音源をザッピングして聴く体験と全く違うと思うんです。 時間の流れ、感じ方が明らかに異なると言いますか。 1枚のアルバムを聴くという行為も、ストリーミングではつい忘れがちです。

野間:コロナの時期に人に会わなくなり孤独を味わった人が多かったんじゃないかと思います。 レコードで聴く音楽って、そういう時に自分の話相手になるんだなと改めて感じました。

いま、竹田さんが「ザッピング」とおっしゃっていましたけど、辞書を引くようにどんな音楽でもストリーミングで聴けてしまういま、自分が好んで購入した音楽のレコードをお気に入りの環境で「さあ聴こう」って対峙する体験は、自分と向き合うことだとも思うんです。 それは性別関係なく、多くの人に必要な行為だったのかなって。

色んなことに流されてしまいそうになっていたところで、改めて拠り所を再認識するような感覚があったということですよね。
「analog」誌は以前からそういったレコードの楽しみ方を広めるべく作られていると思うんですが、それこそ近年の傾向に合わせたり、編集方針の変化はあったりするんでしょうか?

野間:創刊当初から「アナログってやっぱりいいよね」という想い、考えは変わっていませんね。 おっしゃったように、生活の中にデジタルが浸透し満たされてしまうと、常に情報に対して受け身な状態になってしまい疲れてしまうじゃないですか。 レコードって30分程度で片面が終わるので、その都度、盤面を変えたりしなきゃいけないわけです。 それにアナログって機器を繋げれば完成ではなくて、水平をとったり、針を変えたりすると音が変わって面白い。 自分で手を動かす必要があるものの大切さを提案したいと思いながら作り続けています。

analogの読者さん、誌面でフォーカスする人は、オーディオやレコードに対してあまり目が向けられていなかった90〜00年代でもアナログにこだわっていた方たち。 なので、昨今のレコード/アナログブームって、ちょっと誇らしい気持ちかも(笑)。 と同時にこのブームがファッションに終始しないで、ぜひオーディオを持ってくれるといいな、と思っているんです。

ただ、オーディオを持つと言っても、いまはメディアの形が多様です。 オーディオを趣味とする人たちは、アナログからデジタルまでどれにも対応できるようプレーヤーを揃えて、聴きたい音楽の聴き方に合わせるスタイルになってきているように思います。 データはデータで面白いですからね。 デジタルにも圧縮音源のストリーミングからハイレゾまでありますし。 デジタルもアナログもクオリティを極めれば、バーチャルリアリティのような感覚で音楽を楽しめる次元にまで来ているんですよ。 アナログの身体感覚は大事にしながら、新しいものもしっかりとおさえ、リスペクトするようにしています。

何かに固執するのではなく、アナログのよさを追い求めつつ最新を取り込んでいく。 アナログとデジタルの無理のないハイブリッド、いいところ取りはライフスタイル全般にも言えそうですよね。

新旧、現行とヴィンテージのハイブリッド。

新旧、現行とヴィンテージのハイブリッド。

竹田:「ハイブリッド」という観点だと、SOUNDCREATEで主に注力している「LINN(リン)」が面白いですよ。 1972年にスコットランドのグラスゴーで創業され、ターンテーブルからスタートしたメーカーなのですが、2007年にCDプレーヤーに代わりネットワーク・オーディオ・プレーヤー(家庭内のネットワークを使用して音楽ファイルを再生する機器)をいち早くリリースしたりと、チャレンジを積極的にしています。

LINNにとってアナログのサウンドが指標にはなっていて、デジタルはこの約15年間、アナログに追いつけ追い越せの進化を続け、かなり近づいています。 なので、まず取っ掛かりとして高品質な音を気軽に楽しめるデジタルを選び、後にアナログも導入されるというお客様が増えてきています。

アナログといっても原点回帰や懐古主義的に昔のこと、ものだけをいいと定めるのではなく、LINNを手にするお客様は自分なりの楽しみ方をされる方が多くいらっしゃいますね。

なるほど。 では、その流れでSOUNDCREATEさんお勧めのオーディオ、スピーカーをいくつかご紹介頂けますでしょうか。

SOUNDCREATEさんお勧めのオーディオ、スピーカー
LINNのネットワーク・オーディオ・プレーヤー「SELEKT DSM(¥990,000~)

竹田:この棚に収まっているのがいまお話したLINNのネットワーク・オーディオ・プレーヤー「SELEKT DSM(¥990,000~)」。 モジュール式で搭載するDACの種類や出力を選択できます。 アンプ内蔵モデルだと1台でシンプルに鳴らすことができます。 MM、MCのフォノ入力、HDMIを標準搭載し、Bluetooth、AirPlay2なども可能で自在に切り替えられます。 スタジオマスターデータを始めとするハイレゾ音源はもちろん、従来の CDデータでさえCDプレーヤーをはるかに勝るクオリティで、LINNのスタンダードとなっているモデルです。

棚の上がLINNが50年以上製造しているターンテーブル「LP12」(¥726,000~)

竹田:棚の上がLINNが50年以上製造しているターンテーブル「LP12」(¥726,000~)。 世界一静かに回るターンテーブルです。 音楽の再生力、安定性だけでなく、木枠とステンレスが一体化したボディデザインも魅力です。 アナログもデジタルも自由に行き来し、空間と共に体験して頂くのが、SOUNDCREATEのスタイルになっています。

加えて弊店のもうひとつのスタイルは、現代のアンプでヴィンテージのスピーカーを鳴らすこと。 ヴィンテージスピーカーはその年代のアンプで、と考えがちなのですが、優れたプレーヤーやアンプであれば、とても斬新な音の世界が繰り広げられます。

年代も問わずハイブリッドというか自在に跨いでいるわけですね。

トーンアームのウエイト
このスピーカーのキャビネットは、「JBL」の「The Hartsfield(ザ・ハーツフィールド)」という “究極の夢のスピーカー” とも評されている巨大なスピーカーをミニサイズにして作ってしまいました(¥385,000 ※ペア価格)

竹田:そうですね。 このスピーカーはSOUNDCREATEのオリジナルなんですけど。

一同:可愛い!!

竹田:このスピーカーのキャビネットは、「JBL」の「The Hartsfield(ザ・ハーツフィールド)」という “究極の夢のスピーカー” とも評されている巨大なスピーカーをミニサイズにして作ってしまいました(¥385,000 ※ペア価格)。 それと、ユニットには60〜80年代に東ドイツで作られた「RFT L6506」が搭載されています。 かなり小型なのでThe Hartsfieldの低域の量感というわけにはいきませんが抜けがよく、中高域が艶やかです。

まさに新旧が混ざり合った超モダンなスピーカー。 インテリアとして映えそうです。

「Wharfedale(ワーフェデール)」というイギリスのメーカーがかつて出した「SFB/3」(¥1,320,000 ※ペア価格)

竹田:対して、こちらはヴィンテージです。 「Wharfedale(ワーフェデール)」というイギリスのメーカーがかつて出した「SFB/3」(¥1,320,000 ※ペア価格)。 60年代初頭のもので家具調のデザイン。 後面開放型で濁りなく、伸び伸びとした開放的な鳴りが楽しめます。 ここまでの美品はかなり珍しいかもしれません。

これもSOUNDCREATEオリジナル

竹田:そしてこれもSOUNDCREATEオリジナル。

野間:こっちも可愛い……。 欲しくなっちゃいますね。

竹田:アメリカの「UTAH(ユタ)」製の「Celesta(セレスタ)」というユニットを搭載していて、キャビネットは響きのいいフィンランドバーチ材、突板はウォルナットやチークをご選択いただけます。 (¥396,000 ※ペア価格)。 縦置き、横置きいずれも可能。 先ほどのオリジナルよりもさらに小型なので、手に取りやすいと思いますよ。 口径も小さいですが、芯のある力強い中域を出してくれます。

SOUNDCREATEには独自の文化がある。

ところで今回、野間さんがSOUNDCREATEさんをご紹介頂いたポイント、つまりは他のお店との違いをお聞きしたいです。 新旧が混在していたり、可愛らしいオーディオも展開されていて、そして竹田さんという女性の店長がいらっしゃる。 なかなか入りづらかったりする他とはそもそも空気が違うな、という印象はあるのですが。

やっぱり綺麗だからいいなっていうのは大きなポイント。 私はオーディオをインテリアのように捉えたい

野間:やっぱり綺麗だからいいなっていうのは大きなポイント。 私はオーディオをインテリアのように捉えたいんですよね。 SOUNDCREATEさんはセレクトショップなので、すべてが揃っているわけではないけれども、本当に選りすぐられたものがあって、それらがインテリアと共に展開されている。 音楽やオーディオの話から広がるお店の人との会話も楽しいし、オーディオが文化なんだな、って感じられる場所なんです。 あとは竹田さんがいらっしゃるから。 女性はオーディオ業界にとても少ないんですが、竹田さんはその中でも本物のオーディオ女子ですし(笑)。

店内の様子

ガチ勢同士だったわけですね(笑)。 オーディオショップって入り口が狭くて暗い印象がどうしてもあって、オーディオに関して右も左も分からない状態だと入りづらい。 そういう印象はSOUNDCREATEさんにはないですよね。 緑も飾られていたりして。
竹田さんがオーディオ女子になった原体験ってどんなものだったのでしょう?

竹田:SOUNDCREATEは元々、秋葉原にあって、その時にたまたま人の紹介でアルバイトで入ったんですね。 でも、高額なスピーカーで音楽を初めて聴いたからと言って、急に心は動かないというか、こういう世界もあるんだな、という感じでした。 物自体大きいですから、自宅に置くイメージも湧かなかったですし。

でもある時、聞こえてきた音楽に驚いたことがあったんです。 JBLのスピーカー「Harkness(ハークネス)」で鳴ったEdith Piaf(エディット・ピアフ)、それからLINNのターンテーブルLP12で聴いたBill Evans(ビル・エヴァンス)だったのですが、音楽とオーディオ、互いの繋がり、オーディオの必要性が分かったと言いますか。 それからですね。

物としても体験としても素敵なことなのに、なかなかオーディオ人口が増えてこないのも残念なのですが。

対談する二人

とお聞きすると、野間さんであればオーディオ専門誌の編集長として取材を何度も重ねたり、竹田さんであればお店に従事したり、一度、身を投じないと本当の魅力が分かってこないというか、手に取ってみるところまで至らないのかなと思ってしまいます。 Bluetoothスピーカーという便利で品質もそれなりにいいものが存在する現代では。

野間:良い音のインパクトは必要ですよね。

竹田:その「インパクト」はシステムの大小には比例していないと思うんです。 「小さいのにこんな鳴り方するんだ!」とか「50年も経っているのにこんなに新鮮な音!」 という嬉しい喜びがあります。

野間:感動の瞬間って、いつ、どんな時にもち帰ってもらえるか分からないし、もち帰ってもらえたら大きなきっかけになりそう。

竹田:まずはできるだけ多くの方にご来店して頂き、体感してもらえたら嬉しいですね。 初めての方、オーディオについて明るくない方も大歓迎です!

SOUNDCREATE

SOUNDCREATE

〒104-0061 東京都中央区銀座2-3-5 三木ビル本館2F 5F
0120-62-8166
info@soundcreate.co.jp
OPEN:13:00~18:00(定休日:月・火)

HP

季刊・アナログ

オーディオ関連の老舗出版社である音元出版が2000年にリリースした「アナログレコード再生の本」が前身。 2004年にタイトルが「analog」となり定期刊行化された

オーディオ関連の老舗出版社である音元出版が2000年にリリースした「アナログレコード再生の本」が前身。 2004年にタイトルが「analog」となり定期刊行化された。

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Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)