この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、ベトナムのホーチミンへ。

ベトナム南部最大の都市、ホーチミン市。空からは激しい陽射しが降り注ぎ、大量のバイクが道を行く。街の中心部は、フランス植民地時代から残るフレンチコロニアル調の建築物と、東南アジア然とした街並みが共存し、独特のコントラストとパワーを放つ。

ホーチミン市のストリートではいま、ハードコアバンドが中心となりミュージックシーンを形成し、多くのキッズを虜にしている。そのシーンの中心にいるのは、ビートダウンハードコア/メタルバンドDistrict 105だ。そのボーカリストHuỳnh Huyは、ホーチミン市を中心に音楽イベントをオーガナイズする団体「HARDCORE VIETNAM」の創設者としてもシーンを引っ張る。社会主義国ならではの規制や制限がありながらも、時には海外のハードコアバンドやメタルバンドをベトナムに招聘し、最大で700人以上の動員を記録するなど、パワフルにイベントを開催しライブを行っている。

ボーカルのHuỳnh(ヒュイン)。
ボーカルのHuỳnh(ヒュイン)。
Photo via District105
ギターのKhanh(カーン)。
ギターのKhanh(カーン)。
Photo via District105
ベースのRich(リッチ)。
ベースのRich(リッチ)。
Photo via District105
ドラマーのĐạt(ダット)。
ドラマーのĐạt(ダット)。
Photo via District105

キッズの頃からホーチミン市で青春を過ごし、着実に独自のカルチャーを築いてきた彼らは、ホーチミン市のことをいまでも「サイゴン」と呼ぶ。サイゴンとは南ベトナム時代(75年ベトナム戦争終結により陥落)のホーチミン市の名称。現在はホーチミン市が正式な地名だ。

Huỳnh Huyに教えてもらおう。若い世代がプライドとこだわりをもってそう呼ぶ、“サイゴン”のいまとそのリアルな歩き方。

サイゴン(ホーチミン)の街並み
Photo by Huỳnh Huy

ロンドン出身のベーシストRich(リッチ)以外のメンバーは、ホーチミンで育ったとのこと。バンドメンバーとはどこでよく過ごす?

メンバー全員でよく行くのはMidway Cafeかな。毎週金曜日がバンドのスタジオリハーサルの日なんだけど、その後に行ったり、もちろんライブの打ち上げでもよく使ったり。オーナーは僕らの長年の友だちで、ホーチミン市内のメタル・ハードコア好きの溜まり場なんだよ。

ホーチミン市ビンタン区にあるローカルロックバー。
ホーチミン市ビンタン区にあるローカルロックバー。ベトナムではお酒をメインに出すバーでも看板上は「カフェ」と名乗るお店が多い。
Photo by Huỳnh Huy

店内で流れる音楽もヘビーなものが多い?

もちろん。夜8時頃からハードコアやビートダウン、デスコアなんかが流れている。店内がすごく居心地がよくて、そんなところが好き。おいしいビールやフードはもちろん、店内のクールな装飾も最高。

ロックバーの店内
ロックバーの店内
ロックバーの店内
Photos by Huỳnh Huy

写真を見ると、店外の席には背の低い椅子が歩道いっぱいに広がっていてとてもベトナムらしい。金曜に必ず行くリハーサルスタジオはそこから近いのでしょうか。

リハーサルで使っているスタジオは、Midway Cafeから15分くらい離れたところにあるMUSICFRIENDというスタジオ。スタジオのオーナーがすごく親切にサポートしてくれて、本当にいつも感謝している。スタジオ料金は1時間5ドルくらいかな。もちろん終わった後はMidway Cafeに直行。

ロックバーの椅子
Photos by Huỳnh Huy
ロックバーの男性客
Photos by Huỳnh Huy

バンドメンバー、仲良いですね。ライブイベントでよく使うベニューは?

最近は、Sâm coffeeやTháp Đầu Gấu*で演ることが多いかな。市内にはもっとベニューがあったんだけど、コロナの影響で一時休業や閉店が多くて。

*ホーチミン市1区にある、カフェバー兼ライブベニュー。

それは悲しい。音楽イベントのない平日はどのように過ごしている?

平日の昼間はパーソナルトレーナーとして働いているよ。クライアントのモチベーションを管理したり、フォームをチェックしたり、フィットネス体験を向上することをいつも意識しながら仕事している。デスクワークのように一ヶ所にずっと座っているような仕事は苦手だから合ってるんだ。

じゃあ、平日仕事が終わった後に行く場所。

僕含め他のバンドメンバー全員そうなんだけど、仕事がある平日は特別な用事がない限り外に出たがらない。自宅でできるバンドの作業があれば、家に籠もってしまうし。

休みの日は?

リリックを書いたり曲を書いたり、あとはアニメを観たり漫画を読んだり、友だちに会ったり。そんな感じだね。友だちと会う時はもちろん外に行くけどね。

いまハマっているアニメや漫画が気になります。

『呪術廻戦』『僕のヒーローアカデミア』『PSYCHO-PASS サイコパス』『東京リベンジャーズ』。

詳しい。友だちとハングアウトする場所は?

オペラハウスかな。でも、なかに入ってクラシック音楽をたのしむと思ったら大間違い。もちろん中には入らない(笑)。オペラハウスの両脇は小さな庭園のようになっていて、夜になるとホーチミンのキッズでいっぱいになるんだよ。みんな思い思いにドレスアップしてね。そこではピーチティーを売る屋台が毎晩やってきて「オペラハウスピーチティー」ってみんなに呼ばれている。キッズが夜な夜なハングアウトしていて、なかなか不思議な光景だと思うよ。お洒落なサイゴンっ子のたまり場みたいになっている。

オペラハウス
1897年、フランス統治時代に建設されたフレンチコロニアルスタイルのオペラハウス。
1897年、フランス統治時代に建設されたフレンチコロニアルスタイルのオペラハウス。ホーチミン市1区の中心にあり、周りには世界的に有名なホテルやハイファッションブランドショップが立ち並ぶ、まさに観光の中心地。
オペラハウスの外で腰掛ける男性
Photos by Huỳnh Huy

さすが若い人が多いベトナムならではの風景だ。ティーンエイジャーのときもそこに溜まってた?

うん、オペラハウスももちろんだけど、僕らがティーンエイジャーだった10年くらい前はサイゴン中央郵便局*の前の広場によくたまっていたよ。乗り入れが禁止されているのに、みんな自転車に乗ったり、路上ギグなんかをして遊んでいたね。よく警察に追いかけられた。でも、メディアがその場所を若者のホットなスポットだってニュースで取り上げるようになって、それを見た他のキッズが集まりすぎちゃってさ。流行りのスポットみたいになって、すごく混雑するし、ゴミだらけになってしまった。まぁ、いまじゃ誰も行かなくなっちゃったけどね。

*1891年、フランス統治時代に建設された郵便局。現在では観光名所として有名だが、もちろん郵便局としても現役営業中。鉄骨設計者はエッフェル塔の設計を手掛けたギュスターヴ・エッフェル。

オペラハウスやサイゴン中央郵便局など有名な観光地は、地元のキッズにとって大切な場所だったんですね。さて、次はそろそろご飯の話。ホーチミン市で一番好きなご飯屋さんは?

最近は「SoGood SG」がお気に入りかな。最近もベーシストのRichと行ってきたばかりだよ。いつもオーダーするのはチキンとライスのセット。これはお店の人と仲の良い友人だけがオーダーすることのできる裏メニューなんだ。これまたメニュー上にはないんだけど、フライドチキンとライス、フライドポテトのコンボセットも頼むよ。

ホーチミン市のアメリカンダイナー風レストラン。
ホーチミン市のアメリカンダイナー風レストラン。
チキンとフライドポテトなどのセット
チキンとライスのセット(裏メニュー)。
チキンとライスのセット(裏メニュー)。
Photos by Huỳnh Huy

ベトナムのチキンライス、Cơm gà(コムガー、フライドチキンや蒸し鶏などの鶏肉とサフランライスのワンプレートご飯でお昼の定番)のようですが、ちょっとおしゃれな雰囲気。

そうだね、甘辛いスパイシーソースがかかっている。この店のコンセプトは“ダイナー”だから、より欧米料理寄りだね。

Huỳnh(左)、Rich(右)
Huỳnh(左)、Rich(右)
Photo by Huỳnh Huy

おいしそうです。じゃあ食欲の次にいきましょう。音楽的な欲求を満たすために行く場所は? レコードショップや楽器屋さん、音楽のインスピレーションを得るために行くところ。

うーん、キッズのころはベトナムにCDショップなんて存在しなかったし、手に入ったとしても海賊品やコピー製品しかなかったんだ。いまもほとんどないようなもんだけど。そういう意味では音楽的な欲求を満たすことができたのはインターネットになるかな。いまはサブスクの配信サービスがあるから、世界中のいろいろな音楽に触れて、オフィシャルのレコードやCD、バンドのマーチャンダイズも買い漁るようになった。あ、K13、Tùng、 Trúc Maiというメタルやロックがかかるコーヒーショップがあったから、よく音楽を聴きに行っていた。あとは、ホーチミン市内の7区*はコリアンタウンになっているんだけど、そこをヘッドフォンをつけながらあてもなくプラプラ歩くのが好きだよ。サイゴン川沿いの道が最高なんだ。

*韓国人や日本人、中国人が多く住むエリア。バイク優先の道が多いホーチミン中心街よりも歩道が広くて歩きやすく、コンドミニアムやショッピングモールが立ち並ぶ。

他のメンバーが出没する音楽スポットは?

バンドのギタリストのKhanhや、ドラマーのĐạtはDOREMI SHOPという楽器屋さんに行って機材を買っているよ。楽器のリペアはWhammy Barという工房でメンテナンスしている。
Đạtはガールフレンドと猫、そしてガンダムのフィギュアと過ごすのが好きで、Khanhも奥さんと子どもと一緒にいるのが好きみたいだよ。ベーシストのRichは、よく知らないけど…楽器があるならどこでもいいんじゃないかな(笑)

(笑)。さて、現在ホーチミン市のライブミュージックシーンでは、ハードコアやメタルシーンが活況。District105のライブも熱くて激しいですが、ローカルキッズのライブの楽しみ方も知りたいです。

ライブ中のたのしみ方やイベント中のルールは、日本やドイツ、ニューヨークなどより大きな都市のシーンでの過去のライブイベントの映像をインターネットを通じてキッズにシェアしたり、教えてあげた。でも結局のところ、「お互いを尊重し合うこと」「他の人の害になるような行動を取らないこと」が一番大切なルールになる。

ダイブやモッシュも節度をもって、ですね。ベトナムの他の都市と比較して、最近のホーチミン市特有の文化や日常生活でのユニークなシーンはどんなものでしょう。

うーん、やっぱりサイゴンのハードコア・メタルバンドを取り巻く音楽シーンは、いまベトナム国内で一番刺激的だと思う。ファンもキッズも協力的だし、バンドもどんどん増えてきて、クオリティも良くなってきているしね。将来どんなすばらしいシーンになっているのかが本当に楽しみ。シーンを維持するためには僕らが先頭に立って常に最善を尽くさないと、って感じるよ。

シングル「HOME SWEET HOME」ジャケット
Photo via District105

そんなホーチミンで、普段の生活で街中を歩いている時に一番目を奪われるもの。

食べることが好きだから、新しくオープンしたストリートフードの屋台とかレストランなんかはついつい注目しちゃう。

ホーチミン市内は店の移り変わりが早いですもんね。では、海外のイベントやツアーから帰国した時の「これぞホーチミン!」とは?

それも食べ物(笑)! Cơm Tấm*はサイゴンでしか食べることができない、特別なソウルフード。大好き。これを食べたら「帰ってきたな〜」って感じるよ。

*コムタム: ベトナム南部の国民食。お米を砕いたブロークンライスと、特製のタレに漬け込んだ炭火焼の豚肉、漬物のワンプレートご飯。ブロークンライスは炊くと独特の甘い匂いがしておいしい。

ホーチミン市は「東洋のパリ」と呼ばれているけど、実際のところはどう思う?

サイゴンは東西のカルチャーがミックスされた街だと思っている。そりゃあまだアメリカの大都市のように洗練されてはいないけど、悪くない街だよ。みんな親切だし、いまじゃ欲しいものはたいてい手に入れることができるしね。

どこらへんでよく買い物するんです?

ベトナムの伝統的な昔ながらの市場でもするし、母さんは最近イオンモールがお気に入りみたいで、よく一緒に買い物に行くよ(笑)

ベトナムにもイオンモールはいっぱいありますもんね(笑)。地元の人だけにわかるジョークとかジェスチャー、言葉などを教えてください。

サイゴン特有のスラングワードはいっぱいあるんだけど、説明するのが難しいな…。じゃあ、世界で一番有名なスラングの「F**K YOU」を例にとると、ハノイ(ベトナム北部の首都 / 北と南では言葉や発音が若干違ったりする)では「Địtmẹ(ディットゥメ)」と発音するんだけど、サイゴンでは「Đụmá(ドゥーマ)」と発音するんだ。

発音が難しいし、けっこう違う(笑)。 最後に、サイゴンを一言で表すと?

Awesome!最高。

District 105/ディストリクト105

2018年にベトナム・ホーチミン市で結成された、ビートダウンハードコア/メタルバンド。同年、ドイツのハードコアバンドShelldiverとのスプリットEPをリリース。19年にはミニアルバムやシングルをリリースし、タイ・台湾・シンガポールへのツアーを敢行。アジアを中心にベトナム国内外にてその実力を見せつけている。

Facebook

Instagram

Bandcamp

YouTube

Soundcloud

Eyecatch Photo by: Kỳ Nguyễn
Words: Kento Nakatoki