この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、ルクセンブルクへ。

掻き鳴らすギターの音と、脆くも力強い歌声が絶妙に気持ちいい。90年代グランジとDIYを掛け合わせたスタイルでシーンに飛び込んだのは、ルクセンブルク拠点のインディーロックデュオFrancis of Delirium。
これまでカナダ、ベルギー、スイスに住み、7年前にルクセンブルクに腰を据えたボーカル兼ギタリストのJana Bahrich(20)。「国面積同様、ルクセンブルクの音楽シーンは小さい。だけどまだまだ発展途上だからこそワクワクする」。地元の街と彼女の音楽生活から、ルクセンブルクのリアルな歩き方を覗こう。

ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich
ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich。
By David Tabary

こんにちは。あれ、そこに見えるのはAudio Technicaのマイクでは。

そうだよ。部屋でも楽曲制作ができるように、少しだけど機材を揃えてるんだ。このマイクは優秀で、もう6年くらい愛用中。

うれしいなぁ。今日はどんな日ですか。

こっちは珍しく晴天で、気分上々。

ルクセンブルクで晴れの日は珍しいんですか?

うん。昨年の夏なんか、晴れの日はほとんどなかったんだから。昔は雨の日に部屋に引きこもって曲を作るのが好きだったけど、いまは断然晴れの方が好き。

もともとJanaは、バンクーバー出身。いまの住処、ルクセンブルクにたどりつくまでにカナダ、ベルギー、スイスを転々としてきたそうで。

そう。両親が教師だから、転勤が多くって。いま住んでる首都のルクセンブルク市に越して来たのは7年前、私が13歳のとき。越して来る前は「ルクセンブルクのクリエイティブシーンってどんなだろ?」って気になってたのを覚えてる。たしか、両親にも同じ質問をしたっけ。

13歳で他国のクリエイティブシーンに関心があったと。その頃もうすでに音楽をやっていたんですか?

うん!叔父の影響でね。

ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich
By Pit Reding

日本だと、ルクセンブルクの認知度はそこまで高くないのが正直なところ。個人的には「世界遺産の旧市街があるヨーロッパの小国」というイメージです。

あ、そう言ってもらえるとうれしい。だって、一般的には「世界屈指の富裕国」「富豪が多い国」ってイメージだから。

うん、そう耳にすることも多いですね。Janaから見たルクセンブルクってどんな都市?

都心とは言い難いくらい、すっごく小さい街。1時間もあれば街全体を歩き回れちゃう。

ルクセンブルクはヨーロッパの中でも小国ですもんね(その大きさは神奈川県や佐賀県と同じくらいといわれる)。

小さいけど、目を疑うほどの絶景スポットがたくさんある。美しいところなんだ。私のお気に入りは「Grund地区」。渓谷を流れる川の様子が見えるんだけど、これが絵みたいに美しいの。旧市街にある地下要塞跡「Casemates du Bock(ボックの砲台)」もオススメだよ。

Grund地区
Grund地区でパチリ。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

その美しいルクセンブルクの街並みに、レコードをコラージュしてるJanaのユーモア、好きです。

レコードがコラージュされたルクセンブルクの街並み
じゃーん。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium
レコードがコラージュされたルクセンブルクの街並み
じゃじゃーん。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

へへへ。あとね、他のヨーロッパ諸国へのアクセスが超簡単でいいよ。フランスのパリまでは電車で2時間だし、ベルギーのブリュッセルまでは車で2時間。私、自転車に乗るのが好きなんだけど、うちから自転車で45分でベルギーに行けるんだよ。自転車をこいでいる最中の景色ものどかだから、制作中のリフレッシュにもいい。

自転車で隣国へ。日本ではできないことだなぁ。ルクセンブルクの住宅事情も気になります。

家賃が高騰している。これ、結構深刻で、みんな生活費を下げるのに必死な感じ。私は両親と一緒に住んでいるから、家賃はゼロ。

それはラッキーだ。若者カルチャーはどんな感じなんでしょう。

ルクセンブルク政府は、他のヨーロッパ諸国に比べて、若いアーティストの支援やアートへの財政的援助、イベント会場やベニューへの資金提供に積極的。ルクセンブルクの映画産業なんて、もう巨大。最近知ったんだけどこれもまた政府が援助してるみたいなんだ。あ、あとこの国では16歳からお酒が飲める。

わぁ。じゃあ高校時代、華金の放課後は同級生とバーに行ったり?

それはしたことないなぁ(笑)

はは、そうですか。音楽シーンについても知りたい。特に、インディーロックシーン。

国と同様まだまだとっても小さくって、自分たちのアイデンティティを模索中って感じ。ルクセンブルクにはオルタナティブロックバンドMutiny on the Bountyがいるんだけど、彼らがライブを始めた2000年代初頭、まだ駆け出しのバンドがライブするのに丁度いいサイズのベニューが皆無だったから、わざわざベルギーまで行ってパフォーマンスしてたらしいんだ。

ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

2000年代初めまでなかったとは。いまはどうです?

いまはだいぶ増えたよ。特にイケてるのが「Rotondes」。ルクセンブルクで活動するバンドにとっても協力的なんだ。

「Rotondes」とは、Francis Of Deliriumがオーケストラセットをやった場所ですね? パフォーマンス映像、見ました。普段のギターを掻き鳴らすグランジ調ではなく、オーケストラを引き連れてしっとり歌っているのが新鮮でした。

ありがとう。昔フレンチホルンやバイオリンを習っていたこともあって「いつかオーケストラセットをやってみたい」とは考えていたけど、こんなに早く実現するなんて思ってもみなかった。このセットの実現には資金調達や申請書提出などいろんな工程があったんだけど「Rotondes」が全面的にサポートしてくれたんだ。感謝してもしきれないよ。

ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich
Rotondesでのオーケストラセット。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

ベニューが増えたということは、バンドやアーティストの数も増えた?

ライブや音源リリースを定期的にやってるインディーバンドはほんの一握りだけど、リアルなコミュニティはしっかりできてきた! だから、いまのキッズたちがバンドを続けてくれたらいいなって思うよ。ルクセンブルクの音楽シーンはまだまだ発展途上だけど、だからこそワクワクする。

ルクセンブルクで初めてパフォーマンスしたときのこと、覚えてますか?

もちろん。他のアーティストと一緒にやった「Chapelle Saint-Sébastien」という教会でのライブだね。ライブ終盤は出演者みんなでDaniel Johnston(米シンガーソングライター)の曲をカバーしたんだ。地元アーティストたちがとても歓迎してくれて、家族みたいに温かいなって感じた。ちなみにルクセンブルクでライブに行きはじめると、同じ人と会うことが何度もあるよ。

Chapelle Saint-Sébastienでのギグの様子
Chapelle Saint-Sébastienでのギグにて。
By Benjamin Heindrich

「ルクセンブルクで3つのショーに行くと、そのショー全部が終わる頃にはルクセンブルク中のミュージシャンと繋がれる」って、ほんと?

これ、大袈裟ではなくマジだから。

それだけ音楽コミュニティが小さいということ。

うん。でもだからこそよくお互いの活動をサポートし合っているんだ。

普段はスタジオで練習してるんですか?

うん。私たちが使っているのは「Rockhal」という巨大施設内にあるリハーサルスペース。楽器屋や機材がすでにセットアップされてるから、プラグを挿せばすぐに練習できる。前はヘッドホンをしてホームスタジオで練習していたんだけど、ここだと思いっきり音が出せていい。

Rockhalにて。
Rockhalにて。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

ベニュー同様、リハーサルスペースもたくさんあるんでしょうか。

うん。政府の支援もあってたくさんある。そして安い! バンクーバーにいる叔父いわく、ルクセンブルクのリハーサルスペース1年分の値段が、バンクーバーのそれの1ヵ月分らしい。

破格!ミュージシャンにとってはありがたい。さて、Janaの私生活も聞いちゃおう。

いまは、週に1回ラジオ局で働いているよ。こう見えてなかなか良いディスクジョッキーなんだ。ちなみにさっき話した「Rotondes」はラジオ局のお隣。あとの時間は、バントの楽曲制作や他アーティストに曲を書いたりしてる。

ぶっちゃけ、Z世代ミュージシャンからみたルクセンブルクって、どう?

ポジティブとネガティブ、両方の側面を持っていると思う。ポジティブでいうと、コミュニティが小さいからこそ溶け込むのが簡単。それにベニューやブッカーともすぐに繋がれる。実際ルクセンブルクで知り合ったブッカーが、別のドイツのブッカーを紹介してくれてライブができた、なんてこともあったし。ネガティブでいうと、もっといろんなバンドやアーティストとコラボできたらなとは思う。あとはシーンが小さいから、スタジオやベニューの予約がすぐ埋まっちゃう。

バンドメンバーや音楽友達とは、どこで遊ぶんです?

コーヒーを飲むなら、お気に入りは「KAALE KAFFI」。家具やアートが溢れる雑然とした空間で、オーナーも店のエネルギーも良い感じなんだ。大きな窓があるから、コーヒーを飲みながら人間観察するのに丁度いい。

KAALE KAFFIにて。
KAALE KAFFIにて。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

コーヒー好きなんですか。

I love coffee. 牛乳を入れて飲むのが好き。

牛乳=牛。はっ、まさか牛乳が好きだから、バンドのイメージキャラが牛なんですか?

これはね、単に牛の顔が好き(笑)。シンプルでいいよね。

この牛との2ショット、いい感じです。

ここはルクセンブルクの田園地帯。私は市内中心部から10分のところに住んでいるんだけど、うちから10分歩くとここに着く。牛とルクセンブルクをレペゼンしているっていう意味も込めてのキャラだよ。

Jana Bahrichと牛
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium
Jana Bahrichと牛
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

ミューラルにもしていましたよね、牛。

ここは、Hollerich Skatepark。敷地内にはスケートパークもある。誰でもグラフィティが描けるんだよ! ルクセンブルクのアーティストのグラフィティがたくさん。

Jana Bahrichとグラフィティ
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

よく行くご飯処はありますか?

普段はあんまり外食しないんだよね。でも一つ選ぶとしたら、ヴィーガンのインド料理屋 「Nirvana Cafe」。

え! たしかJanaは幼少期、母親の影響でよくNirvanaを聴いていたと。

そうそう(笑)。でも名前が同じだから好きってわけじゃないよ。ここのラップ(ヒップホップのRapではなく、包むという意のWrapで、フラットブレッドなどで具を巻いた食べ物)が、す〜っごく美味しいんだ。ファラフェル(潰したひよこ豆やそら豆に香辛料を混ぜ、丸めて揚げた中東料理)ラップがおすすめ。ルクセンブルクにはまだベジタリアンやヴィーガンレストランが少ないから希少だよ。

肉料理屋は、多い?

ケバブ屋は多いかも。よく練習後やライブ後の打ち上げで行くのが、ケバブ屋「Snack Ankara」。私の大好物フライドポテトもある。

Snack Ankara
ここ。
Photo via Jana Bahrich / Francis Of Delirium

夜って、無性にフライドポテトが食べたくなることあるよね。ジャンクの対岸、ルクセンブルクの郷土料理ってどんな?

ニョッキみたいなクニーデレン(Kniddelen)や、すりおろしたジャガイモを揚げたグロンパーキシェシャー(Gromperekichelcher)があるよ。毎年クリスマスにはストリートにマーケットが並ぶんだけど、グロンパーキシェシャーの露店は必ず見かける。

郷土料理をストリートで気軽に食べられるっていいですね。最後に。Janaの気取らないカジュアルなファッションが好きです、やっぱり今日もいい感じ。古着屋に行くことが多い?

ルクセンブルクで服を買うことはね、ない(笑)! 小さな国だから、服屋も少ないんだ。だからいつも他国の服屋で買ってるよ。最近パリでライブしたんだけど、そこで1年分の服を買ってきた。

隣国が近いから、買い出しへ。ちなみに、レコ屋や機材屋もあんまりないのかな?

「CD BUTTEK」というレコ屋があるよ。レコード、CD、DVDが売ってる。店内はめっちゃ小さいんだけど、いつも外でセールをやってるんだ。余談なんだけど、ヨーロッパでレコ屋巡りすると、どの店にも必ず『Jesus Christ Superstar(イエス・キリストの最後の7日間を描いたロックミュージカル)』のサントラレコードがあるんだよね。なんでだろう。

Francis Of Delirium/フランシス・オブ・デリリウム

ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich

ルクセンブルク拠点のインディーロックデュオ。メンバーはバンクーバー出身ボーカル兼ギタリストのJana Bahrich(20)と、シアトル出身のドラマーChris Hewett(31)。2020年に初EP『All Change』と『Wading』をリリース。3月からは初のUSツアーが始まる。

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Eyecatch Photo by Pit Reding
Words: Yu Takamichi(HEAPS)