「アナログレコードは豊かな音楽体験を提供する」なんて耳にしますが、それは何故でしょうか?今回はレコードの音の良さの理由について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

アナログレコードは再生できる音の範囲が広い

レコードはCDよりも音楽をより快く耳へ届けてくれる。 漠然とそんな風に感じていらっしゃる人は多いのではないですか。 現にもう世界の多くの国で、レコードはCDよりもたくさんの数が売れるようになっています。 この現象を理論づける項目の一つに、レコードの「再生周波数帯域の広さ」があります。

例えばCDや一般的な配信音源などは、デジタルで音楽を収める都合により、20kHzより高い音を収めることはできません。 しかしレコードはアナログ、つまり1本の音溝に連続して音楽信号が刻まれています。 (実際は音楽を収録するマイクや録音機、音溝をマスター盤へ刻むカッターレース、またレコードプレーヤーをはじめとする再生装置の限界で、ある程度の枠がはめられてしまいますが)理論的には高音も低音も耳に聴こえる範囲を遥かに超えて広がっていておかしくないものです。

人間の耳は低音は20Hz、高音は20kHzまで聴こえるとされています。 しかしこれは個人差が大きく、古い蛍光灯の発する20kHzより少し高い周波数のノイズが聴こえる人もいますし、昔のブラウン管テレビが出していた15.75kHzの発振音は、私は40歳を過ぎた頃に聴こえなくなりました。

だったらCDくらい高音が伸びていれば十分じゃないか。 そう思われるかもしれませんが、音楽の聴こえ方は面白いもので、もう還暦が近くなり測定しても12kHzくらいまでしか聴こえていない私にして、20kHzまでのCDと40kHz以上まで伸びたハイレゾ音源の差ははっきりと分かりますし、20kHzより高い音しか出ない「スーパートゥイーター」という高音専用スピーカーを愛用のスピーカーにつないだら、明らかに音が変わって聴こえます。

NHKの時報や音叉の音は、倍音を含まずその周波数の音のみで構成される「ピュアトーン」と呼ばれるものです。 一方、いろいろな楽器が同じ音程でも全然音色が違うのは、さまざまな倍音を含むからです。 倍音というのは音を鳴らしたときに自然に発生する複数の整数倍の音のことで、つまり基音の1オクターブ上の同じ音を第2次、2オクターブ上の同じ音を第3次、基音をドとして第3次の上のソの音を第4次、といった具合に遥か上の周波数まで展開しています。 その各次倍音の配分の違いが音色となって聴こえる、ということですね。

CDやハイレゾでない配信音源では、楽器の音色はどうしても何だかガサつきが目立ち、やや粗い感じに聴こえるのに対して、レコードやハイレゾの音源ではきめ細やかで伸びやかに聴こえる傾向があります。 もちろん、高音があまり聴こえなくなった私の耳でも、それは同じです。 人間の耳は20kHz以上の高音を、ひとつには音色の違いとしてとらえているのですね。

私のような俗に「オーディオマニア」と呼ばれる種族は、CDからハイレゾへデジタルが進歩した時、「あぁ、アナログに音が近くなったね」と歓迎しました。 もちろん、それが周波数特性だけの問題とは考えていませんが、少なくともデジタルは長い年月をかけて「アナログへ近づこう」と努力してきたのです。

一方、レコードはアナログ技術の粋といえるものです。 何と私たちレコード・ファンは、最新のハイレゾ・デジタルと同じような音楽を半世紀以上も前から楽しんできた、ということになりますね。

昔、亡くなったロック・ギタリストの寺内タケシさんが「音は耳ばっかりで聴いているんじゃない。 胸板だって、尻の穴からだって聴いているんだよ」というようなことをおっしゃっていました。 でも、耳を完全に塞いでしまえば音は全く聴こえないようになります。

しかし、人間は本当に耳以外からも音を捉えているということを、実験で示した科学者がいます。 千葉工業大学の元教授・大橋力(おおはし・つとむ)さんです。 大橋教授は「芸能山城組」という音楽団体の責任者・山城祥二としても活動されています。

大橋教授は、いわゆる可聴帯域の音を耳へ取り付けたイヤホンから流し、耳では聴こえない20kHz以上の音を外からスピーカーで流した結果、音楽の聴こえ方が明らかに変わり、脳波がリラックスした波形になることを突き止めました。 さらに実験を進めた結果、耳で聴こえない高周波は体の表面で受容していることが分かったのだそうです。 寺内タケシさんも、それが直感的に分かっていたのでしょうね。

Words:Akira Sumiyama