「アナログレコードは豊かな音楽体験を提供する」なんて耳にしますが、それは何故でしょうか?引き続きレコードの音の良さの理由について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

前編はこちらから: レコードの音の”良さ”とは?【前編】〜オーディオライターのレコード講座〜

アナログ再生の幅広さと奥深さ

どんなジャンルも楽しむ「音楽の雑食派」という人はおられませんか。 私はまさにそうで、クラシックからジャズ、ポップス、歌謡・演歌に20~21世紀の現代音楽、世界の民族音楽まで好んで聴きます。 そういう人は、時にクラシックとポップスでアンプのボリューム位置が全然違うことに気付かされたことがあると思います。

これは、主に録音方法の違いによるものです。 ポップスの録音は、概していろいろな伴奏楽器のトラックを別々に収録し、それを仮でまとめた伴奏トラックに合わせて歌手が歌い、すべてのマスター・トラックがそろったらそこから改めて各トラックの音量と音質を整え、2チャンネル・ステレオのマスター音源へ作り直していきます。

ポップスの伴奏楽器は特にドラムスが猛烈に大きな音で、アコースティック・ギターなどは、マイクを使わずに演奏される純粋のアンプラグド・ライブでドラムと共演したとすると、かき消されてほとんど聴こえなくなってしまいます。 一方、エレキギターやベース、シンセサイザーなどは電気楽器ですから、そもそも電気で増幅してやらないとほとんど、あるいは全く音を発しません。
それでマスター・トラックを作る際には音量調整とともにある程度のリミッターをかけ、音圧を整えるという作業が行われます。

一方、クラシックも昨今の録音は、特にオーケストラなどは膨大な数のマイクを立てて各楽器の音を鮮明に捉え、それを素材に2チャンネル・マスターを作っていきます。 ただし、ほとんどの場合クラシックは一発録りで、各楽器ごとに別々の演奏を収めるということは少ないようです。

クラシックの場合はほとんどの楽器がアコースティックで、ティンパニやグランカッサ(大太鼓)も数十人のオーケストラに1セットずつですから、もともと音のバランスが取れています。 それで、各トラックの音量や音質、音圧といった調整は最小限に行われるのが普通です。

それゆえクラシックの録音は平均すると音圧が低く、ボリュームを大きく回してやらないと大半の箇所で蚊の鳴くような音になってしまう一方、リミッターのかかっているポップス系は、そうボリュームを回さなくてもある程度大きな音で音楽が楽しめる、というわけです。

昨今はクラシックでもしっかりリミッターをかけ、平均音圧を上げてある録音が増えてきています。 あまり大きな音量を出すのが難しい環境の音楽ファンには、むしろこういう録音の方が好ましく聴こえるのではないでしょうか。

ただし、私のように巨大なスピーカーを部屋へ据え、二重窓にして一応近所迷惑を考えずに大きな音量が出せる境遇だと、リミッターの軽いクラシックの方がより強弱と遠近感に富んだ、ダイナミックな演奏を味わえる傾向にあります。

そんな私も、まだオーディオマニアとしては孵ったばかりのヒヨコの頃に初めて買ったMaurice Ravel(モーリス・ラヴェル)の「ボレロ」のレコードは、最初の音が聴こえるようにボリュームを合わせたら、途中で何度もボリュームを下げにアンプへ飛んでいく、という羽目になりました。 今は最初の音がしっかり聴こえながら、最後までボリューム位置を変えることなく楽しむことができています。

若者の頃にしっかりリミッターのかかった、つまり小規模な装置でも上手く鳴らすことのできる「ボレロ」を買っていたら、今ほどオーディオに情熱を燃やしていたかな、とも考えることがあります。 もちろん私の通った道筋が正しかったということではなく、人の数だけ道筋はあるのですが、何だか不思議な巡り合わせというか、”縁” のようなものを感じざるを得ません。

また、1950~60年代の古いレコードの中には、マイク2本でオーケストラを収録しているものも少なくなく、そういうレコードを上手く再生してやると、お部屋の中にコンサート・ホールが再現されるような錯覚に陥ることがあります。 半世紀以上前の名演が、生さながらの迫力と臨場感で甦る。 レコードって、本当にいいものですね。

レコードならではの魅力といわれるものの中に、音楽の温かみやふくよかさといった項目を挙げる人は多いですね。 これは周波数特性やS/N比といったオーディオ的な数値には表れないものです。

温かみやふくよかさという要素は、特に人の声にはあると好ましいもの、というよりもともと生の肉声が持ち合わせているもの、といってよいのではないでしょうか。 それをレコードは生さながらに再現することが得意なんだろう、と私は考えています。

もっとも、亡くなられたオーディオ評論家の大御所・長岡鉄男さんは、「アナログはCDなど及びもつかないほどハードでシャープでダイナミックな音を再生することができる」とも書かれていますし、私も長岡さんのそういう音を何度も聴かせてもらったことがあります。

テクニック次第で温かくふくよかな音も強烈パワフル&ダイナミックな音も再生することができる。 レコード再生の愉しみって本当に幅が広く、奥が深いですね。

Words:Akira Sumiyama