現代の耳で聴くと、演歌には驚くほどユニークで実験的なサウンドが潜んでいる。歌とメッセージの陰に隠れがちなアレンジャー(編曲家)の仕事に光を当てれば、演歌は途端にクールな音楽に変貌する。
明治期に演説歌として生まれ、1960年代に流行歌として定着した演歌は、七五調やヨナ抜き音階、「コブシ」「唸り」といった歌唱法で特徴づけられ、「日本的」なイメージが強い。しかし現代のリスナーには日常的なポップスとして認識されず、海外でシティポップや歌謡曲が再評価される中、演歌だけが取り残されている。
歌唱や歌詞が重視される一方で、アレンジや演奏は顧みられにくい。過剰なエコーやむせび泣くサックス、ラウンジ感漂うエレクトーンなど、レコード盤でこそ際立つ音像がそこにある。型を守りつつ大胆な工夫を許す自由度もあり、無数の「ご当地ブルース」にも編曲家のひねりが潜む。
演歌の再発掘を志すミュージシャン入岡佑樹による、究極にニッチな演歌ディスクガイド。アレンジャー(編曲家)にスポットを当てて、その技の魅力と共に楽曲を紹介していこう。
山倉たかし〜夜霧の中のウォール・オブ・ムード演歌〜
石原裕次郎の作品を数多く手掛けていることで知られる山倉たかし。歌謡曲・演歌のアレンジャーとして活躍した山倉だが、1967年には国産ジャズボッサの名盤『The Modern Playing Mate / ザ・モダン・プレイング・メイト』(世良譲トリオ・イントロデューシング・笠井紀美子)に編曲家として参加しているほか、『ヒット歌謡を “ボサノバ” で』『ヒット歌謡リズム・アレンジ 北国の町』のような、流行歌をインスト化したムード音楽作品や、海外の映画音楽を国内で再録したいわゆる「スクリーン・テーマ」も手掛けていたりする。
裕次郎の代表曲「夜霧よ今夜もありがとう」などは、山倉のジャジーで洒脱なセンスが惜しみなく発揮されており、ホーン、ストリングス、ピアノが深いエコーにより音の壁となって押し寄せてくる湿度100%のアレンジは、さしずめ「ウォール・オブ・ムード演歌・サウンド」だ。
実際のところ山倉が手掛けた歌ものの作品は、エレキギターを強調したオールディーズのサーフロック的アプローチから、ムーディーなオーケストラアレンジまで多彩だが、一貫して存在するオルタナティブな質感は、エコーを効果的に使ったサウンドメイクにあると踏んでいる。企画モノもそつなくこなす仕事人の、湿度高めのクセ強アレンジワークを紹介したい。
ヘッドフォン推奨、エコー職人の技有りアレンジ
ジョー・ミーク的アバン艶歌/路和夫「白浜ブルース」 (1968〜69年)
ショートディレイを効かせたトリッキーな音色のギターや、通信音のような不気味なピアノ、リバーブでグニョグニョのオーケストラ、それら全ての楽器を薙ぎ倒す強烈な存在感のボーカル。湿度メーターが振り切れる深いエコーの渦の中に見え隠れするアバンギャルドなユーモアはジョー・ミーク(Joe Meek)*を彷彿とさせる。
*ジョー・ミーク:1929年4月5日生まれ、イギリスのプロデューサー/レコーディングエンジニア/ソングライター。オーバーダビングやサンプリング、リバーブなどのレコーディング技術の開発にも貢献し、ポップスの実験的な手法を持ち込んだ先駆者として知られる。
ベースにもスプリングリバーブ/天ヶ瀬美和「みれんの駅」(1968)
ポップス寄りのスローでアトモスフェリックなバレアリック蜃気楼演歌。ブレイク多めの緩急のついたアレンジで、感情豊かに歌い上げる天ヶ瀬の存在感が際立つ。どのパートも味わい深い音色を奏でているが、よく耳を凝らして聴くとベースの残響音に、ピチャピチャとしたスプリングリバーブらしきエコー効果が。これも山倉のこだわりだと信じている。
空関係エフェクトの遊びが山倉的/ 愛まち子「沖縄ブルース」(1967)
沖縄モノと思いきや、歌う愛まち子は東京生まれ東京育ち、沖縄音階やエイサー、三線などの登場もナシ。だが、そんなことはお構い無しで聴かせる名曲。コントラバスをピックで弾いているかのようなズクズクとした独特なベース音が強烈で、残響音が溢れかえっているピアノや、霧雨の中にいるようなおぼろげな音像によって輪郭が崩壊したパーカッションなど、山倉らしい空関係エフェクトの遊びが満載。
【入岡佑樹ミニコラム】レコードブーム、でも演歌は取り扱いナシ……?
ご存知の通り、演歌のレコードはマニア受けする一部のカルト盤やDJユースな「使える盤」以外は中古市場では不人気である。先日大手レコードショップに演歌のレコードを100枚ほど売りに行ったが、「取り扱っていないから値段がつかない」と言われてしまい驚いた。値段がつかなかったことではなく、取り扱っていないという事実に愕然としたのだ。結構珍しいタイトルも入っていたのだが、どうやらそういう問題ではなさそうだ。当記事が、演歌のレコードを手にとるきっかけになったら幸いだ。
入岡佑樹
1987年生。軽音楽グループ・Super VHS主宰。『レコード・コレクターズ』などで執筆するかたわら、近年は「SWEET ENKA」という演歌 / ムード歌謡の新しいリスニングスタイル提唱し、DJやMIX制作などの活動を行なっている。
Photos & Words:Yuki Irioka
Edit:Kunihiro Miki