クラブやライブハウスという場所で、音楽と共に立ち現れる映像。その担い手である「VJ(ビデオ・ジョッキー)」は、今どのような役割を果たしているのか。

2017年、FUJI ROCK FESTIVAL(以下、フジロック)での衝撃的な体験を機に、バンドマンからデジタル表現の世界へ身を投じたJACKSON kaki。ゲームエンジン「Unity」やAIを駆使した最新の技術を操りながらも、彼が最も重要視するのは、意外にも「物語」や「文学性」だという。

「音を数学的に解析するだけでは辿り着けない場所がある」。そう語る彼の視点の先にある、VJの本質的な魅力と表現の真価について話を聞いた。

VJは音楽の「拡張」であり、人々の「想像力の装置」である

VJを一言で表すなら、どのような職業だと考えていますか?

僕の視点でお話しするなら、音楽が奏でられる場所を拡張し、人々の想像力を豊かにする「装置」のような役割だと思っています。DJがディスクをジョッキーして選曲するように、VJは映像を選定し、ジョッキーする。ただ、最近はその定義も進化していて、クラブで即興的に映像を出すスタイルもあれば、ライブ演出としてアーティストとタッグを組み、セットリストに沿ったビジュアルを構築していくケースも増えています。手法は違えど、「映像の力でその空間の可能性を広げる」という点では共通している。

こうした「空間の拡張」を突き詰めていくと、VJはもはや単なる添え物ではなく、音楽そのものの一部だと思っています。 大きく言えば、舞台芸術という枠組みの中に音楽もあり、空間演出もあり、VJもある。それらを切り離して考えるのではなく、ステージを作る一人のアーティストでありたい。そう考えています。

kakiさんご自身は、その場で映像を即興で出していくプレイスタイルなのでしょうか。

そうですね。現場では「この曲ならあの素材があったな」と、その場のノリでパッと出していく。でも、それが毎回完璧に合うわけではないんです。最初から百発百中を狙うというよりは、どこかで「一発」がカチッとハマる瞬間がある。そこから一気に調子を上げて、空間全体をドライブさせていく感覚です。

MUTEK.JP 2025 Martyn BootySpoon × VJ JACKSON kaki

バンドマンからVJへ。フジロックで出会った「リアルハードコア」の衝撃

kakiさんがVJに興味を持ったきっかけや、ご自身のバックグラウンドについて教えてください。

もともとは早稲田大学の文化構想学部で、社会学やメディア論を専攻していました。当時は映像制作とは無縁で、バンドをやっているインディーキッズでした。自分のライブをやったり、クラブに遊びに行ったりはしていましたが、むしろその頃は「クラブのVJなんて要らないんじゃないか」とすら思っていたんです(笑)。当時は、かっこいい映像を流すVJに出会ったことがなかったんですよね。

そこからどのようにして、現在のキャリアへと繋がったのですか?

転機は2017年のフジロックです。ヘッドライナーのエイフェックス・ツイン(Aphex Twin)と、その前夜に出演したアルカ(Arca)のアクトを観て、人生が変わるほどの衝撃を受けました。

当時はバンドをやっていたこともあり、聴く音楽もインディーロックが中心。どちらも初めて触れるようなサウンドでしたが、電子音楽のエクスペリメンタルな音が爆音で流れる中、強烈なビジュアルがステージに映し出されていく。その「音楽と映像の組み合わせ」が、今までにない強烈な体験として自分の中に突き刺さったんです。

それまでの僕にとって、音楽や映像は「美しさ」や「かっこよさ」を求めるものでした。でもアルカやエイフェックス・ツインのアクトを見て、音楽や映像でこんなにも「むちゃくちゃなこと」ができるんだと知りました。「これこそがリアルハードコアだ。バンドなんてやってる場合じゃない」と(笑)。

帰宅してすぐにAdobe Premiere Proを入れ、独学で映像制作を始めました。2019年には3DCGやVRのワークショップにも通い、少しずつ表現の幅が広がって自信がついた頃、VJとしてのキャリアをスタートさせました。先輩に誘われて出演した、平和島にある「BUCKLE KÔBÔ」というギャラリー兼スタジオで開催されていたイベントが初VJの場です。

当時はハウスやテクノといったダンスミュージックの文脈が一切わからず(笑)、遊びには行っていても、いわゆる「それっぽい」ビジュアルイメージが全く湧かなかったんです。その場で流れてくる音に対して、自分が純粋に好きだと思える映像を出していく。音に対して映像で「アンサー」していくような感覚で、それがとにかく楽しくて。バンドマンとしてパフォーマンスしていた時とは全く異なる立場から音楽を体験できたことは、今に繋がる大きな経験となりました。

MARGT ISLAND 2023 photo by Rintaro Kanemoto

「音ハメ」はパチンコと同じ。数学的解析を超えた「物語」の召喚

ベースとなる映像は、普段どのように制作されているのでしょうか。

基本的には3DCGをベースにしています。インターネット上の様々なリファレンスからインスピレーションを受けて制作を始めますが、いざ手を動かしてみると、当初のイメージとは全く違うものが生まれたりする。

僕はその予期せぬ変化こそが面白いと感じていますし、むしろそうした「偶発性」を形にすることの方が得意かもしれません。あとは、僕が映像を作る際に最も大切にしているのは、技術そのものや情報量よりも、その根底にある「物語性」なんです。

「物語性」とは、具体的にどのようなことでしょうか。

今の音楽って、録音技術などの発達によって「数学的」に捉えられすぎている気がするんです。僕はもっと前の、音楽が本来持っていた姿を考えたくて。教会の賛美歌やバリ島のガムランのように、一つの場所にみんなが集まって、音が鳴り、空間と人が溶け合っていく。音楽は本来、人を一体化させるための「装置」だったと思うんです。

以前オーストリアのウィーンに留学していた時、大きな教会を見てハッとしたことがあって。ただパイプオルガンが鳴っているだけじゃなく、ステンドグラスから差し込む光の角度まで計算されていて、ビジュアルを含めた空間全体で一つの体験ができるように設計されていたんです。

今のクラブカルチャーって、それをよりシステム化したものだと思うんです。照明や音響があって、人が集まる。そこで「司祭」の役割を果たすのがDJやライブアクト。そう考えると、VJの仕事はその場にいる人たちにどう一体感を感じてもらうかであり、そのためにはその空間にふさわしい「物語」が必要不可欠だと思います。

音に合わせて映像が動く、いわゆる「音ハメ」についてはどう考えていますか?

正直に言うと、音に合わせて図形がパチパチと動くような演出には、あまりピンときていません。メディアアートの世界でもよく見られますが、それを突き詰めると、行き着く先は「パチンコ」と同じ、単なる刺激の提示になってしまう気がして。

僕は数学的に音を解析して、ゼロイチの信号で映像を変化させることよりも、音が鳴り、人がそこにいる瞬間に「どんなビジュアルが立ち現れたら、観る側にどのような感覚が芽生えるのか」というイメージを大切にしたい。コンピューターと対話するのではなく、人間と対話するための、ゼロイチでは割り切れない「文学」や「物語」を提示したいんです。

テイル・オブ・アス(Tale Of Us)のマッテオ・ミレリ(Matteo Milleri)のソロプロジェクト、アニマ(Anyma)の演出が象徴的ですが、あれがオーディエンスの心を動かすのは、単に音と映像が合っているからではなく、そこに「神のような存在」という物語が介在し、音楽が神話化していくプロセスを踏んでいるからだと思うんです。

僕が衝撃を受けたエイフェックス・ツインやアルカもそうでした。日本の偉人の顔を自分たちの顔にすり替えたり、血まみれの出産の映像をあえて流したり。それらの強烈なビジュアルは、見る側の想像力を強制的に働かせる、圧倒的な「物語の突きつけ」なんですよね。

僕はそんな風に、ミュージシャンの意図を汲み取ったり、あるいは僕が音楽を聴いて勝手に「物語」を作って視覚化したりすることで、音楽が持つ想像力を三次元的に表現していきたいと思っています。

UnityとAIが拡張する、VJ表現のフロンティア

ここからは技術面についても深掘りさせてください。kakiさんがマストで使っているソフトはなんですか。

どんな現場でも必ず使っているのはResolumeです。これは世界的にも定番で、VJを始めるならまず選択肢に入るソフトの一つですね。汎用性が高く、エフェクトも豊富で、映像を直感的に出せる。VJに特化したツールとして、メインの核に据えています。

あと、僕が最近、積極的に使っているのがUnityで、本来の用途としては「ポケモンGO」などのゲームエンジンとして使われています。通常の映像は2D素材としてアウトプットされますが、これを使うと、3DCGのアニメーションの世界が構築できる。その中をカメラで自由に動き回ったり、オブジェクトに急接近したりと、まるでゲームの世界に入り込んだような没入感をフロアに提供できるんです。

ただ、UnityをVJ仕様に動かすにはプログラミングが必要で。例えば、キーボードを押すとカメラが切り替わったり、音に合わせてオブジェクトが登場したりといった挙動ですね。そうした複雑なコードを書く際に、僕はGoogleのGeminiをフル活用しています。

プログラミングの壁を、AIで乗り越えているのですね。

AIに必要なコードを書いてもらい、それをコピペして実装する。僕はプログラミングの専門家ではありませんが、AIという強力な相棒がいるおかげで、Unityを自分専用のVJシステムへと書き換えることができています。これは去年の末頃から導入したスタイルで、自分でもかなり挑戦的な試みだと思っています。

現場では2台のPCを駆使して、1台はUnityで3DCGをリアルタイム操作しながら、もう1台でResolumeを立ち上げて最終的なエフェクトや色調整を行う。このスタイルに辿り着くまでに、独学で7〜8年かかりました。

技術を学ぶより、独自の視点を。VJの「豊かさ」はセンスに宿る

これからVJという職業を目指す人はさらに増えていくと思います。kakiさんのように独学で突き詰めるのは簡単ではないかもしれませんが、初心者がまず「音と映像で遊ぶ感覚」を掴むために、おすすめのステップはありますか?

もちろんResolumeを触ってみるのもいいですが、最近はiPadのVJアプリなどもありますし、まずはそのくらいの身近なレベルでいいと僕は思っています。VJという職業は特に何かルールや縛りがあるわけではないので、自由に楽しみながら色々試してみることが一番。

例えばホームパーティーで、iPhoneをプロジェクターに繋いでYouTubeの映像を流す。それだけでも十分なんです。難しい技術を学ぶことよりも、音を聴いて、反射的に「これだ」と思う映像を流せるか。その感覚を養う方が、よほど大事だと思います。

技術の習得よりも、アウトプットの質や反射神経が問われるということですね。

そうです。「これを流したらヤバそう」というアイデアが瞬時に思いつくかどうか。しかも、「テクノが流れている時に、あえて日本昔ばなしのアニメを流す」といった、独自の観点があるかどうか。

最近は、TouchDesignerのように、音を数値化して映像を変化させるソフトが人気ですし、僕もそれは素晴らしい技術だとは思います。でも、そうした便利なツールに頼りすぎると、結局みんな同じような映像になってしまう。可能性が広がったようで、実は表現が均一化されて、どこか貧しくなっているような気がするんです。

技術が進化して「正解」が出しやすくなったからこそ、個性が消えてしまう。

どれだけVJの数が増えても、全員が同じ数学的な映像を出していたらつまらないですよね。それよりも、誰も思いつかないような映像を独自の視点でぶつけてみる。そんな「センス」の部分を磨くことが、僕は表現として豊かだなと感じます。

だからこそ、まずは技術に縛られず、独自の視点で音を「視て」ほしい。誰も見たことがない景色をフロアに提示してみる。そんな遊び心から始めてみてほしいですね。

JACKSON kaki

1996年静岡県生まれ、情報科学芸術大学院大学卒業。アーティスト、DJ、VJ、映像作家、グラフィッ クデザイナーとして活動する。VR/AR、3DCG、映像、パフォーマンス、インスタレーション、サウンド など、マルチメディアを取り扱った表現を行う。

国内ではMONDO GROSSO / D.A.N.などのアーティストのMUSIC VIDEO制作や、Fake Creators や(sic)boyのVJ/ライブ演出を勤めながら、AVYSSやFORESTLIMIT周辺での配信・VJとして活動する。

また過去には、Kode 9、Two Shell、caro♡(PC MUISC)、Dirty K、Vincenzo Pizzi、Eastern Margins、Daisy Maybe、Visioni Paralleleなど、多くの海外のアーティストやレーベルのアートワーク制作・コラボレー ションを行った。 2021/2024年にはMUTEK.JPへ出演も果たす。

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Photos:Hiroki Asano
Words & Edit:Mizuki Kanno

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