名ギタリストにはそのプレイを象徴するギターモデルがあるように、トラックメイカーのなかにも、キャラクターやアイデンティティと直結する機材を持つ人がいる。

常に型破りでありながら、聴き手を選ばない不思議な味わいのあるトラックを作り続けてきた食品まつりa.k.a foodman。 彼の傍には、いつもKORGのサンプラー「ELECTRIBE ESX-1」という愛機がいる。

各メーカーが小型かつ多機能、高音質のグルーヴボックスの開発を競うように売り出している今、スペック面だけを見れば時代遅れのその機材を、なぜ使い続けるのか。 デジタル機材とのプリミティブで愛に溢れた関係性と、そこで生まれるクリエイティビティについて大いに語ってもらった。

制作とライブにおける、ESX-1の使い方

食品まつりさんのライブセットといえば、ELECTRIBE ESX-1(以下、ESX-1)一台、またはそこにラップトップやサンプラーを加えているパターンがあると思うのですが、とにかく食品まつりサウンドといえばESX-1というイメージがあります。 制作や録音、ライブといったシチュエーション次第で環境を調節しているように拝見していたのですが、実際にはどうなのでしょうか。

最近はまた色々変わっていて、ライブではESX-1を使うパターンと、使わないパターンがあります。 ESX-1を使うパターンは、パソコンと組み合わせていることが多いです。 そういう場合は、95パーセントの音はESX-1から音が出ていて、パソコンからは5パーセントくらいです。 パソコンの中のAbleton Liveに効果音をアサインしていて、たまにちょっと押して出している程度です。

ESX-1をパソコンと繋げて同期させたりはしていなくて。 パソコンはキーボードみたいな使い方なんですよね。 Ableton Liveの中に色んな音が入ってるから、たまにちょっとパッドやキーボードで弾いてみたりとか。 ESX-1の音をAbleton Liveに通して加工する、というようなことはしていないんです。 ESX-1とラップトップの音を小型ミキサーにまとめて入れるだけです。

ここ一年くらいでよくやっている組み合わせとしては、RolandのSP-404 MK2をESX-1と組み合わせて使うこともしています。 ESX-1のアウトからSP-404に入れて、SP-404を最終アウトにして音を出すという構成です。 SP-404を通して音に丸ごとガッとエフェクトをかけているんです。 フィルターとか、スキャッターみたいなエフェクトですね。 最近は、ESX-1を使わずにSP-404とプラスαだけでやるパターンもあります。

ラップトップだけというパターンもあるわけですよね。

そうですね。 最近は自分で歌う曲があるので、そのときはパソコンからすべての音を出していて、MIDIコントローラーで操作しながら、マイクにボイスエフェクターをかませて音を出しています。 アンビエントと歌もののセットはそういう感じで、ダンスっぽいセットのときはESX-1を使っていますね。

ライブはESX-1がメインで、作曲はAbleton Liveで完成させることが多い、という感じです。 とはいえ、ESX-1を触っているなかで曲の断片をつくることももちろんしますね。

なるほど。 ESX-1をライブで使い続けている理由について教えてもらえますか。

自分はクラブのダンス系のイベントに出てもDJをやることはなくて、基本的にはライブセットなわけですが、ESX-1は使い方が簡単だから、その時かけたい曲をその場でつくることができる、という発想になるんですよね。 こういう曲をかけたいなって思ったら、バッとつくっちゃう。 そのほうが楽曲を買って選ぶよりも早い、ということができることがESX-1をライブで使っている一番の理由かもしれないですね。

なので、意識的にはDJに近いんですけど、曲は全部自分でつくったもの、みたいな感覚でやっています。 自分でつくった曲をデータにしてDJミキサーでミックスするというのもあまり上手くできない。 ESX-1のようなマシンでやるほうが自分にとっては簡単なんですよね。

食品まつり氏が使っている初代のESX-1

食品まつりさんが使っている初代のESX-1は、メモリー容量がかなり少ないと思うのですが、そこにストレスを感じることはないですか。

そうですね。 容量がもっとあったらいいなと思うことはもちろんあるんですけど、割といけちゃう。 1時間のセットくらいは全然つくれちゃいますね。

毎回、それぞれのライブ用にESX-1の中に入れる音源をまるごと入れ替えているんですか。

そうですね。 早いBPMのセット、スローテクノみたいなセット、エクスペリメンタルなセットなどを毎回用意して入れています。 ESX-1の128メガバイトのメモリーカードには、ライブセット(ソングモード)をだいたい四つくらい保存できるので。 そのときのフロアの感じを見て、今日は早い方がいいぞとか、ある程度その場で判断できるようにしています。

ただ、フロアの雰囲気を読み間違えたときに、ESX-1がもう一台あると素早く切り替えられるんですが、現状一台しかないからそれができない。 ソングモードは別のソングをロードするときに音が一回止まってしまうんですよ。 だから、走り出したら止められない(笑)。 BPMを変えることもできますが、早いセットとして組んでいるもののBPMを落としてしまうとグルーヴ自体が変わっちゃいますからね。 それが上手くいくパターンもたまにありますが。

食品まつり氏と初代ESX-1

肉体化している機材なら、触っているだけで曲が生まれてくる

ESX-1の発売は2003年で、当時の扱いとしてもプロユースというよりビギナー向けのモデルでした。 メモリーの容量しかり、さまざまな面で現行のハード機材に比べると制約が多いと思います。 キャリアを積んでいくなかで、よりハイスペックな他の機材を買うという選択肢を持ったことは?

全然、ありまくりですね(笑)。 まずESX-1って重量が結構あるんですよ。 それがネックで、ElektronのDigitactを買ったこともあったんですけど、使いこなすことができず手放しまました。 階層に入って操作するタイプの機材に慣れていないせいかうまく扱えなくて…。 現場で聴いていてもElektronはやっぱり音が良いと思います。 けど、ESX-1はやっぱり簡単なんですよね。 使いたいものがほぼ盤面上に出ていて、階層に潜ってやらなくてもツマミを回せば音が変わる。 そもそも、単純に機械がそこまで得意じゃないんですね。 そういうこともあって、結局ESX-1が一番ということになるんだと思います。

ESX-1のエフェクトやフィルターはかなりキャラクターがありますよね。

そうなんですよね。 ぐにゃっとした変な感じ。 チープな感じでもあるんですけど、ESX-1らしい音だなとも思います。 ディレイが特に分かりやすいですね。

ESX-1

ライブ中にリボン・コントローラーは結構使っていますか?

かなり使います。 フィルをこれでダララララって。 リボンでぎゅっとやりながらMod Delayをかけるとダララララって感じになります。 更にリングモジュレーションをグッとかけると、ダララララってなりながら、ぐにゅん、みたいな。 気持ちいいんですよね。 すごくプリミティブな感じ。 リボンは本当に大活躍しますね。 無意識に触ってる。

リボン・コントローラー
リボン・コントローラー

プリセットの音色ってどれくらい使っていますか?

結構使ってます。 リズム系も、シンセ系も。 『Ez Minzoku』(2016年)というアルバムにはESX-1のプリセット音源を使ってつくった曲が4曲ぐらいあって。 ESX-1を使っている人だったら、あ、あの音だって分かると思います。

食品まつりさんがESX-1をどう使っているのか、少しわかってきました。 とはいえ、あのグルーヴのあるライブをこれ一台でやっているということはやはり驚きです。 こういったデジタルの楽器は、アコースティックな楽器以上に、表現に限界を感じると楽器自体を変えたりアップデートしたりしたくなってしまうものだと思うんですが、食品まつりさんはそうならなかったのはなぜなんでしょう。

そうですね。 やっぱりESX-1だけだとこのくらいが限界かな、と思うこともありました。 マンネリも何度も経験していて、飽きたことも何度もあります。 もういいや、みたいな感覚が訪れたことも1度や2度じゃないです。 けれど、これでやるのが一番「早い」んですよ。 そのスピード感のなかでやっていく内に、また新たな何かが見つかるんですよね。 そういうことを繰り返してきたんだと思います。 体と一体化してくると、それを触っているだけで曲が生まれてくるというか。 ELECTRIBEシリーズは、2001年ごろにEM-1を買ってからずっと使ってきているので。

それだけ使い続けていても、例えばエフェクトのモーションシーケンスの新しい使い方を発見したり、いまだにそういうことがあります。 ESX-1は各トラックのサンプルのシーケンスの長さを変えることができないんですよ。 何かの音は5で、何かの音は8でみたいな。 もしそれができたらポリリズムのような変拍子をつくれる。 今のグルーヴマシンはだいたいそういうことができますけど、ESX-1ではそれができないから無理矢理サンプルループを中途半端なところで切って流して、それっぽく聞かせています。 それはそれで面白かったりしますね。 できないならできないで工夫したら意外と面白くなる。

ESX-1について語る食品まつり氏

DAWにはない全能感とワクワク感。 グルーブボックスには夢がある

なるほど。

あとは、ほかのESX-1ユーザー、僕は「エレクトライバー」って呼んでるんですけど(笑)。 そういう人たちの動画を見て、まだまだやれるって思うことは多かったです。

昔、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(Oneohtrix Point Never)が運営していたSoftware Recording(ソフトウェア・レコーディング)というレーベルからジューク系のベースミュージックをリリースしていたスラヴァ(Slava)というアーティストがいました。 彼もESX-1一台でライブしていて、曲もESX-1だけでつくっているんです。 彼のプレイはかなり参考にしました。

あと、L.I.E.S. Records(ライズ・レコーズ)などからリリースしているゾーサー(XOSAR)というアーティストは、ESX-1を含めたELECTRIBEシリーズを8台くらい並べてライブをしている動画があります。 彼女はもうトップエレクトライバーですね(笑)。 アーティスト写真でもELECTRIBEを並べていて、ELECTRIBE愛がすごい人です。

ESX-1は現行の機材に比べると機能面や音質面で物足りなさがあるというお話がありましたが、一方で、中古のESX-1は今非常にプレミアが付いていて、高値で取引されています。 語っていただいたような制約の部分にこそ再評価の理由があるような気がしているのですが、いかがですか。

そうですね。 いわゆる「グルーブボックス」というものが僕も好きなんですよ。 これ一台で曲がつくれる。 それってめちゃくちゃテンションが上がるし、夢がある。 「RPGツクール」みたいで、これですごいものができるぞと思えるんですよね。 最強の武器を手に入れた感じというか、すごい全能感があるんです。 ワクワク感って言うんですかね。 そこはDAWソフトにはないものですね。

ESX-1はアプリケーション版(iELECTRIBE for iPad)もリリースされていて、とてもよくできているんですが、パッドの画面だとツマミを触れないんですよね。 やっぱりツマミを回したいんです。

bar bonoboのSEIさんは、ロータリーミキサーは重さを手に感じながら回すから音に感情を乗せられる、とおっしゃっていました。

それ、めちゃくちゃ良い話ですね。 確かにそう思います。 回すのって感情がグッとのりますね。 縦フェーダーだと行ったきりというか。

最後に、「機材」と「作曲」の相関関係についてお考えを教えてください。 食品まつりさんの作品やライブを見聴きしていると、どんな機材を使っても食品さんのサウンドになる「筆を選ばない人」という印象を持つと同時に、ESX-1のクセや特性があるからこそ、ああいった作風が形づくられたんじゃないか、という気もします。

それはそうですね。 ESX-1は、機材を触っているときの喜び、「楽しい!」という気持ちに導かれて、曲ができることが結構あるんです。 触っているうちに本気になる。 イチャイチャしている時間が大事なんですよね。 そのうちに無意識に気持ちが乗ってくるんですよ。 触っていくうちに、この音やべえな、じゃあこれも乗っけてみようかなって。 それを繰り返していくうちに気がついたら曲ができている、みたいな。

機材が多機能、高性能であることと触る面白さはイコールではないし、イチャつける関係性を築けているかが大切だということですかね。

そうですね。 あと、ワクワク感。 ワクワクして挑める関係かどうか。 だから、飽きてきたら一旦置いておいて、しばらくして久々に触ったら、やっぱ面白い!みたいな。 そのテンションから生まれるものが多い気がしています。 夢中になってつくっている時の方が絶対良いものができるんですよ。

そういう意味で、ESX-1は簡単さのなかにも、もっともっと触りたい、と思わせるワクワク感を持った名機なのかもしれないですね。

食品まつり

a.k.a foodman

食品まつり a.k.a foodman

名古屋出身の電子音楽家。 2012年にNYの〈Orange Milk〉よりリリースしたデビュー作『Shokuhin』を皮切りに、現在までNY、UK、日本他の様々なレーベルから作品がリリースされている。 また、2016年の『Ez Minzoku』は、海外はPitchforkのエクスペリメンタル部門、FACT Magazine, Tiny MixTapesなどの年間ベスト、国内ではMusic Magazineのダンス部門の年間ベストにも選出されてた功績を持つ。 2021年にはHyperdubと契約し、『Yasuragi Land』(2021年)、『Uchigawa Tankentai』などリリースを重ねている。

Words & Edit: Kunihiro Miki
Photo: Manabu Morooka
Transcription:Koki Kato