長年にわたり愛好家のあいだで議論され続けてきた、科学的説明と主観的聴感のあいだに横たわる ”オーディオ神話” 。
今回は、発電所によって音が違うのか、CDの外周を緑に塗ると音が良くなるのか、CDを冷蔵庫で冷やす/消磁すると音が良くなるのか――この4つの神話について、オーディオライター・炭山アキラさんの見解をご紹介します。
発電所によって音が違う?
皆さんは、「発電所のコピペ」をご存じですか。「原子力はパワフルで重低音が効く。火力は温かみがありウォームな音色。」というように、発電方式によって音が違う、というジョークです。
私も機会があれば、一度その音の違いがあるのかないのか、実際に経験したいものだと願っていますが、残念ながらそれは叶いません。なぜなら、一般の商用電源はそれらがミックスされて届いているからです。
特に太陽光発電のメガソーラーや大規模風力発電所などは、膨大な電力を供給してくれますが、前者は太陽が雲に隠れれば、また後者は風が弱まれば、急激に発電量が低下します。商用電源は極めて安定していなければいけませんから、それらの電力が下がればその分だけ火力発電などが瞬時に出力を調整し、バックアップを受け持っています。ミックスにならざるを得ないのですね。
それでは、電力によって音の違いはないのかというと、一つ大幅に音質が違う項目があります。電源周波数の50Hzと60Hzです。ご存じのように、日本では中部・北陸地方を境として、西側が60Hz、東側が50Hzとなっています。
もう亡くなられて30年になるオーディオ評論家の沢村とおるさんは、大阪のあるオーディオメーカーへ所属した後、評論家として独立されました。それで首都圏へ仕事場を構え、愛用のリファレンス機器を搬入して音を出した途端、大問題に見舞われたそうです。
「俺は関西の60Hzで装置をチューニングしていたんだな。50Hzで給電したら、低音の力が全然足りなくなっちゃったんだよ」と話してくれた沢村さんの声は、今も懐かしく思い出すことができます。
1980年代の終わり頃からだったか、商用電源の電力を使い、発振器で生成した正確な波形の電力を、アンプと同じ要領で増幅してオーディオ機器に投入する、今でいうところの「クリーン電源装置」がチラホラと登場してきていました。沢村さんは、いち早くその装置の導入に踏み切られます。
当時から、東日本の50Hzでも出力を60Hzにできるクリーン電源装置は存在していました。沢村さんはその機能を使うことで、大阪の自宅で使っていた時と同様の力感を取り戻すことができたそうです。
それでは、私自身を含む東日本50Hz県内に住む人は、手の施しようがないのかといえば、そんなこともありません。現在も出力を60Hzに変更できるクリーン電源装置は存在していますし、それらを導入しないでも、高音質を求める方法はいろいろあるものです。
こちらも亡くなられて25年以上になるオーディオ評論家の長岡鉄男さんは、「自宅専用の電柱を立てなくても、一般の人を気絶させるくらいの音は出すことができる」と書かれていました。1980年代半ば頃だったと記憶します。もちろん、長岡さんは埼玉県にお住まいでしたから、50Hzでの話です。
それから40年、私たちには電源を改善するための装備が膨大にそろいました。懐具合をあまり痛めない範囲で、またご家族に顰蹙を買わないよう注意しながら、私たちも「気絶するような」高音質を目指していきましょう。
CDの外周を緑に塗ると、音が良くなる?
CDの光ピックアップは赤外線レーザー光を用いている、ということはご存じの人が多いでしょう。赤外線といっても波長780nm(ナノメートル=1mの10億分の1を表す単位)ですから、可視光線380〜780nmの下限に当たり、目で見るとほんのり赤く見えます。
そのレーザー光で、レンズを用い精密にピントを合わせて盤面から微細な凹凸を読み取り、デジタル信号が生成されていきます。ところが、CDの信号面には金属(多くはアルミ)が蒸着されており、幾らかは乱反射してしまうのですね。それが高音質再生に有害だということで、ディスクの外周に赤の補色である緑色のインクを塗り付け、乱反射した光を吸収させようという考えがあります。
最初にそのアイデアを考案したメーカーは、それ専用のペンを発売していましたが、実験好きのオーディオマニアは瞬く間にその話題へ飛びつき、「〇〇社の〇〇ペンは音が良い」とか「やっぱり緑じゃなきゃダメだな」とか、いろいろな話が飛び交ったものでした。
などと他人事のようにいっていますが、私自身もいろいろ実験したことがあります。先達が「いい」と挙げていた某社のポスターカラーを8色セットで買ってきて、幸いそれは水性ペンだったので、拭き取りながら各色を聴き比べてみたら、それぞれビックリするくらい音が違います。やはり緑色が最も正統派の高音質で、一番成績が良くなかったのは赤でした。
ただし、外縁を緑色に塗ったからといって、デジタル信号のエラーが少なくなるとか、そういう物理的な影響はないのだとか。それでも明確に音が違うのだから、不思議なものです。CD盤そのものにも、レーベル面を緑色に塗った高音質仕様がありますしね。
今から40年以上前、CDが世に出てしばらくの頃に、オーディオ評論家の傅信幸(ふう・のぶゆき)さんが、生まれたばかりのCDについて詳細に解説した単行本を出版され、その時に取材を重ねて分かったことを、講演などでお話になっていました。
私も何度かそれら講演会の聴衆になっていましたが、そこで一番印象に残ったのは、CDの蒸着面の厚みに関するお話でした。ディスクメーカーが蒸着の厚みを変えて、何枚も同じ音源を試作したそうですが、かざしてみると風景がうっすら見えるくらいにまで蒸着を薄くしてもさほど音質は変わらないものの、ある透過率を超えて背景が見えるようになったら、途端に音質は悪くなってしまったのだとか。
しかも、そうして音質が劇的に悪くなった盤でも、デジタル信号のエラーの率は全く変わらなかったそうです。不思議な話ですが、メーカーが厳密に試験をし、傅さんもしっかり音を聴き比べた結果をお話しになっていたわけですから、気のせいというわけもありません。
デジタルオーディオというものは、まったく訳の分からないところで音質が変わってしまうのだな、ということが分かりました。でも、引っくり返せば私たちにとって音質向上の余地が多大にある、ということでもあります。これからもどんどん可能性を追求していきたいものですね。
CDを冷蔵庫で冷やすと音が良くなる?
残念ながら、これは「根拠なし」といわざるを得ませんね。「冷やすと良くなる」ということ自体は、間違いではありません。しかし、本当に音質を向上させるためには、冷却する温度、その温度にまで達する時間、冷却してからその温度を保持しておく時間、常温へ戻すまでの行程、といった要素がとても大切になり、専門の業者へ依頼しないといけません。
実際のところ、金属を超低温処理(クライオ処理と総称します)すると、金属組織内に残る柔らかい成分が金属と同じくらいの硬さになり、長期間の安定がもたらされることが分かっていますが、CDをはじめとする樹脂製品がなぜ音質向上するのか、理屈は私にもよく分かっていません。しかし、何度もクライオ処理済みのCDを未処理のものと聴き比べましたが、明らかに音質が違い、前者の方が例外なく素晴らしい音に感じられたのは、間違いないところです。
※ご家庭の冷蔵庫や冷凍庫でCDを冷やす行為は、結露によるCDプレーヤーの故障(ピックアップレンズの曇りや内部ショートなど)を招く恐れがあるため、推奨いたしません。
CDを消磁すると音が良くなる?
20世紀の終わり頃だったと記憶しますが、「CD消磁器」という製品が発売されました。「CDはポリカーボネートだから、磁性体じゃないじゃないか」と思ったら、レーベル面の印刷に含まれるインクの一部が磁性体で、それを消磁することによって音質が向上するのだとか。私も実験させてもらいましたが、確かに結構な音質向上へ驚いたものです。
しかし、レーベル面の僅かなインクを消磁することで、ここまで音質がアップするものかと、不思議な気持ちにもなりますね。亡くなられたオーディオ評論家の長岡鉄男さんは、「交流の強力な磁界をかけることでCDの盤面を強く振動させ、ポリカーボネートの盤に残る力学的な不均一さを均し、平面性が向上してピックアップのサーボ電流が少なくなるのではないか」という説を唱えられていました。
ずいぶん後になって、メーカーの代表に話を聞いたら、「長岡先生には、商品はご高評いただいたのですが、原理はご理解いただけませんでした」と、苦笑いされていたものです。
そのCD消磁器は世代を重ね、今も現役で販売されています。いいものは古びない、という言い古された言葉を体現しているように感じますね。
※本記事で紹介している内容は、長年の試聴経験に基づく筆者個人の見解です。ご紹介した手法をお試しになる場合は、ご自身の責任において行っていただきますようお願いいたします。
Words:Akira Sumiyama
