かつてないほどの活況を呈している現在のJ-POPシーン。その豊かな土壌を耕し、楽曲に豊かな色彩を与えているのがアレンジャー(=編曲家)という存在だ。トレンドのサウンドが見通しづらく、これまで以上にアーティストの個性や作家性を際立たせることが求められる昨今。指揮官としてのプロデューサーだけでなく、楽曲の持つ魅力を最大化するための善き伴走者として、アレンジャーの重要性について今一度言葉を尽くして語るべきではないだろうか?

J-POPの最前線で活躍するアレンジャーの仕事を追い、「編曲」という行為の拡がりと本質を探るべく話を聞いたのは、トオミヨウだ。米津玄師やあいみょん、aiko、槇原敬之など世代やジャンルを問わず多彩なアーティストにアレンジを提供しながら、玉置浩二のライブバンドにも参加し、石崎ひゅーいや秦基博ともタッグを組んで制作を行うなど、まさに「売れっ子」と言う他ない活躍を見せている。

ストリングスをはじめ数多くのボキャブラリーから楽曲のキャラクターに適ったサウンドを選択し、職人のような実直さと野心的なクリエイティビティを両立しているトオミヨウ。その手つきはどこか上品だ。印象的な楽曲をいくつかピックアップしつつ、アーティストとのコミュニケーションや自身の制作における哲学について訊いた。

「アレンジャー・トオミヨウ」の誕生

「アレンジャー」という職業を最初に知ったのはいつ頃ですか?

大学生の頃です。当時は自分のユニットで作曲をしていて、色んなレーベルにMDで音源を送っていたんです。父親が音楽業界の人だったので、(音楽業界誌の)『Musicman』を借りてそこに書いてある住所にひたすら郵送していて。

それでいくつかのレーベルからお話をいただいたんですけど、ある担当の方から「曲もアレンジもいいけど、歌が良くないからユニットとしてはあんまりだね」と率直に言われたんです(笑)。そこで初めてアレンジャーとしての仕事を提案していただいたんですけど、自分のユニットを優先するためにお断りしたんですよね。

今日もレディオヘッド(Radiohead)のTシャツを着用されていますが、ユニットを結成した当時の趣味もそういったオルタナティブ・ロックだったのでしょうか?

そうですね。僕は1980年生まれで、高校〜大学の時期がUKロックの全盛期だったんです。特にレディオヘッドからは影響を受けて、『KID A』からエイフェックス・ツイン(Aphex Twin)や音響派の作品を聴くようになったりしました。レディオヘッドを入り口に色々なジャンルの音楽を知りました。

なるほど。どういった経緯でユニットでの活動からアレンジャーへと活動の軸足を移したのでしょうか?

ユニットが上手くいかず、結局、色々なお話をいただいた数年後に辞めたんです。アーティスト以外の方法で音楽制作に携わることを考えるようになったのはそのタイミングですね。なので今思えば当時アドバイスしていただいた方は正しかったんだと思います。

ただ、当時はまだ仕事もそんなになくて。そんな中で尾崎裕哉くんと一緒に曲を作ることになったんです。尾崎豊さんのトリビュートアルバムが企画されて、「プロデューサーとアーティストの息子同士がカバーするのって面白いんじゃない?*」みたいなことになり、僕と裕哉くんがCrouching Boysというユニットで「15の夜」をカバーしたんですね。

その時、裕哉くんが普通に歌って僕が鍵盤を弾くみたいな、そんなのってカッコ悪いなって思ったんですよ。凄い人が参加しているトリビュートアルバムに、言ってみれば親のコネで入れさせてもらって、それで普通にカバーしたら負けてしまうし、「声が似てるね」っていう感想ばかりが恐らく先行してしまう。だからオリジナルのメロディーもほとんど入ってないような、カバーって言えるかギリギリの形まで崩したんです。当時は結構批判もされたんですけど(笑)。

*トオミヨウの父は尾崎豊などの作品を担当していた名物プロデューサーの須藤晃

ストリングスは「雲っぽい」。独特のトオミヨウサウンドとは?

ただ、結果的にトリビュートアルバムへ参加していた槇原敬之さんにお声がけいただいて、トオミさんの以降の仕事にも繋がっていきます。

トリビュートアルバムの曲順が槇原さんの次だったんですよね。まさに「15の夜」のカバーを聴いてストリングスアレンジを依頼していただいたんです。それからツアーのお仕事とかもやらせていただいて、徐々に「槇原さんの曲のアレンジを聴いた」とオファーをしてくれる方が増えていきました。

ストリングスアレンジを手掛けるにあたって、クラシックやオーケストラの作曲法などは学んでいたのでしょうか?

いや、全く学んでいないんです。というか、初めてストリングスをアレンジしたのが「15の夜」だったんですよね。

知り合いのツテでバイオリニストの吉田(翔平)くんを紹介してもらったんですけども、当時は譜面の書き方も分からなかったので、いざ弾いてもらったら全然音がきれいにハーモニーしていなくて。スタジオで弾いてもらったのを聴いて、また書き直して弾いてもらって……みたいな感じで作りましたね。

その後のトオミさんの担当した楽曲でもストリングスの音色は頻繁に使われている印象です。ご自身の中で、ストリングスはシグネチャーのような位置付けなのでしょうか?

どうなんですかね。よくそう言っていただけるんですけど、僕の中ではそんなつもりはないんです。

というのも、シグネチャーとなるサウンドを持っている人ってカッコいいとは思うんですけど、曲によって必要がないのにそれが強調されていたら余計に聴こえるじゃないですか。例えばアコギと歌だけの曲があったとして、「色々考えたけど、それだけで十分だ」ってなる時もあるんです。

そんな時に「これがベストです」って胸を張って言えるようにしなきゃいけないとは常に考えていて。音楽の良さみたいなものを俯瞰で見なきゃいけないし、サウンドも形を変えてフィットさせていくのが僕のやり方だとベストなんじゃないのかなって思います。

「J-POPとストリングス」という組み合わせですと、例えば小林武史さんのようなレジェンドが浮かびます。ご自身でJ-POPのアレンジを手掛けるにあたり、過去の名曲を顧みることはあったのでしょうか?

まさに小林武史さんからは影響を受けていると思います。中学生の頃にMr.Childrenを聴きまくっていたんです。素晴らしいアレンジをされる先輩方はたくさんいますけど、そのなかでも小林さんは最も影響を受けた編曲家の1人です。

他の楽器と比べても、ストリングスの音色はキャラクターとしての個性が強く、楽曲の雰囲気をガラリと変えますよね。トオミさんはどのような意図でストリングスの音色を選択しているのでしょうか?

ストリングスって風とか雲のイメージなんですよ。どよんとしているところにブワって風が吹いて、雲が全部なくなって晴れ間が差したりとか、そういう光景を表現する時にストリングスを使いたがるのかもしれません。視界が広がるような空気の流れを出したい時に頼りがちです。

アーティスティックに、ある光景を描くためにストリングスを用いていると。

えぇ、まさにそうです。

誰も最終的な形を想定していないと、ぼんやりした作品が出来てしまう

作品の在り方について考える上で、アレンジャーに近接した職業として「プロデューサー」というものがあります。トオミさんの中で、アレンジャーとプロデューサーとの間に明確な線引きはあるのでしょうか?

あまり分けて考えていないんですよね。プロジェクトによっては「こういうものを作りたい」っていう人から具体的なリクエストや音のイメージを貰ってアレンジをするパターンもありますし、アーティスト本人から「そんなにサウンドのイメージはないけどこの曲をアレンジしてほしい」とお任せされるパターンもあります。

僕は作業を始めてからイメージが膨らんで、最終的にはアレンジしたものをレコーディングする際のミュージシャンやエンジニアの人選まで指揮を執ることが多いんです。というのも、誰も最終的な形を想定していないと、ぼんやりした作品が出来てしまう。なので、その役割を自分が担当した方が良いと思えば、アレンジャーの立場からでもアイデアを出していくようにしています。

なるほど。

僕が普段関わるアーティストは、作品全体を俯瞰しながら細部までこだわり、自分自身をプロデュースする力に長けた方が多いんです。米津(玄師)さんや秦(基博)さんのように、作詞や作曲、さらにアレンジまで手がけるアーティストもいます。

アレンジについては共同で進めることも多く、僕が全体のサウンドを整えている間にも、彼らは歌詞やメロディを最後まで推敲し続けているんですよね。僕はアレンジを仕上げ、彼らは楽曲そのものをブラッシュアップして、締め切りに向けてお互いが作業を進める。同じ場所で一緒に作業をしているわけではなくても、一つの作品を別々の工程から同時に作り上げていくような感覚なんです。その上で、僕にお話が来てるってことは何かしら特別なことを期待されていると思うので、それを作業の中で探るようにしています。

「何かしら特別なこと」ってどんな要素だと思いますか?

例えばSSW(シンガーソングライター)の方が細かなアレンジやミックスまで入り込んでサウンドのことを考えている場合、アイデアはミクロにまで及んでいるということになるじゃないですか。そういう場合、僕は俯瞰して全体を見た方が良いと思うし、「ここはこだわってるけど、全体で見た場合にここはいらないよね?」みたいなところを切る判断が必要なときもあると思います。

それに、トータルの自己プロデュースはできても、アレンジやミュージシャンの人選、それに録音時のディレクションなどを全部自分でやるというのはやはり難しくて。そういう時に呼んでもらって一緒に作業を進めることが求められているとは思います。

あのヒット曲たちのアレンジメントをひも解く

ここからはトオミさんの手掛けた楽曲から、いくつかピックアップしてお聞きします。

まず米津玄師「さよーならまたいつか!」、こちらは共同アレンジとして米津さんと共にクレジットされています。

「さよーならまたいつか!」は曲の原型が送られてきた段階で、本番で使われている音はおおよそ入っていて、全体のサウンド感も出来ていました。なのでコードワークをちょっとイジったり、リズムのパターンや弦のハーモニーを変えたり、それを基にまた手をお互いに加えていって……という風に作っていきましたね。

先ほどのお話に照らし合わせると、米津さんはSSWとしてミクロな部分まで作り込んでくるタイプというか。

そうですね。「さよーならまたいつか!」は歌詞だけでなく、サウンドも朝のドラマで毎日流れることを凄く考えた上で作っていると思うんです。ドロッとしている歌詞だと僕は感じたんですが、爽やかでライトなタッチのサウンドだとサラッと聴けるっていう、そういう計算もあるというか。強い言葉にぶつかりすぎないようなサウンドを意識しましたね。

アレンジ案のキャッチボールはどのように行ったのですか?

具体的な音でやり取りしましたね。2mix*を送るタイミングで、トラックごとにバラバラにしたデータもお渡しして、それで音源が戻ってきた時に細部が整っていたり、逆に整えないまま採用されていたりもしている。言葉でコミュニケーションすることもあるんですけど、基本的には音の会話ですね。

*2mix:個別に録音・編集したトラックを左右の2チャンネル(ステレオ)にまとめた音源データ。

歌詞に沿ったアレンジを考える上で、アイデアはどのような場所から引っ張ってくるんですか?

僕は歌詞を書かないので、書ける人への憧れの気持ちが強いんですよね。それに対して全力でサポートしてるみたいな意識はあります。


その上で、僕はその時聴いている音楽からダイレクトに影響を受けるタイプだと思うんです。直感的にその時思いついたアイデアを全部試したくなるんです。そうなるとリアルタイムで聴いていたものからの影響が大きくなるというか。

例えば、コロナ禍にテイラー・スウィフト(Taylor Swift)が出した『folklore』っていうアルバムが衝撃的だったんです。それまで明るいポップスターのイメージが強かったんですが、暗くて地味なんだけど歌が際立っているアルバムを出したことに驚いて。

僕自身、サブスク以降は一つのアルバムを何十回も聴くっていうことをしばらくしていなかったんですよ。『folklore』は引力が強くて、何ヶ月もこのアルバムだけを聴いていました。それから引き算の旨味みたいなのに気づいて、自分のサウンドの作り方が変わったと思います。

テイラー・スウィフトのように、トオミさんが定点観測しているアーティストは他にもいるのでしょうか?

ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)はずっと気になっているというか、この前の『Coachella 2026』のパフォーマンスを観て「やっぱ凄いな」と思いましたね。歌のリズムが異常に良くて、もう歌だけで聴けるんですよ。 だからビートにリズムの要素を入れなくても聴けるというか。

確かに、『SWAG』シリーズはまさにそういった内容でしたね。

ああいうのを聴くと、音を足すことだけがアレンジじゃないって思いますね。作業として音を足していくのはめちゃくちゃ楽しいんですけど、一日作業して出来上がった時に「いっぱい鳴ってるけど全然良くないな」って思って消しちゃうこともあります(笑)。

続いて伺いたいのはaiko「相思相愛」です。この曲のシングルがリリースされた際のインタビューで、aikoさんが「トオミさんの提案によって曲の印象が変わった」という旨の発言をされていて。どのような提案をしたのでしょうか?

多分このことだと思うんですが、テンポを上げたんですよね。最初に歌とピアノのデモをいただいた時に少し遅く感じたんです。ただ、aikoさんに限らず、バンドが入る前のデモの段階では自分が歌いやすいテンポなので遅めなことはよくあるんですよね。それでアレンジでもを提出する時にテンポを結構上げたんです、「違うんじゃない?」って言われるくらいに(笑)。そうしたらそのまま採用されたんですよね。

まさに「何かしら特別なこと」というか、テンポという楽曲の手綱を握る役割を担ったんですね。

そうですね。下手したら曲を壊してしまうプレッシャーもありますけど、自由にやらせていただきました。

トオミさんの手掛けられた作品を網羅的に聴く中で、バラードが多い印象を受けました。ただ、いわゆる王道のバラードではなく、意外性のあるサウンドをどこかに配置しているように聴こえたんです。テンポを上げるという選択は、ある意味でその典型例なのではないかと。

サウンドとして耳を惹くような要素を入れてるというのはあるかもしれません。音楽的に正しくて、細部まで完璧に整っているものが「いいもの」というわけではないと思うんです。音楽のセオリーとしてはギリギリ合ってるんだけど、間違ってる要素が中に内包されてる方が面白かったりするんですよね。「これ、ちょっと間違ってない?」っていう違和感です。

恐らく、その面白さって僕が元々聴いていたロックとかサンプリングを多用する音楽の影響なんじゃないかと。例えば「なんかこの音だけデカいな」みたいなことだったりするんですよね、そういうのって。バランスが悪いことによる効果みたいなものを狙って、一通り出来上がった後にあえて特定のトラックの音量を少し上げたり、鳴っていたものを二番で下げるとか、そういう判断を直感的にしているんです。もちろん仕事としては整えていかなきゃいけない、けれど「崩し」をどこかに入れたほうが良いんじゃないか……みたいなことをよく考えています。

製作に携わるなかで、トオミさんが個人的に「踏み込んだな」と実感した作品はありますか?

土岐麻子さんの『PINK』ですかね。土岐さんと初めてご一緒させてもらったアルバムで、作曲と編曲を任せていただき、その上で土岐さんが詞を書いて歌うという自由度の高い制作だったんです。なのでそれまでの土岐さんのシティポップを歌うイメージから離れた作品を意識して、ほぼ全編打ち込みにしたんですよね。

正直、「これはめちゃくちゃ批判されるだろうな」ってリリースする前に思ったんですよ(笑)。でも、実際はとても良い反響をもらって。それまで作曲の仕事はあまりなかったんですけど、『PINK』がきっかけになって作曲のオファーがあったりして。ここまで攻めの姿勢で臨んだ仕事は初めてだったんですけど、このアルバムのおかげで直感的に面白いと思ったことを試せるようになったような気がします。

土岐さん自身のリアクションはいかがだったのでしょうか?

ありがたいことに土岐さんだけはめちゃくちゃノリノリだったんです、最初から(笑)。何か面白いものを作りたいという気持ちが先行していたんだと思います。そのおかげで、『PINK』の後も10年ほど一緒に制作をやらせてもらっています。

もう一曲、玉置浩二「ファンファーレ」についても伺わせてください。近年、トオミさんは玉置さんのライブバンドにも参加していますよね。どのような経緯でバンドに参加するようになったのでしょうか?

最初はアレンジャーとしてご一緒したんです。父親の関係で玉置さんと知り合い、アレンジを担当させていただいた流れでライブのメンバーとしても参加させてもらうようになったんです。

「ファンファーレ」は躍動感のあるスタジオワークが聴きどころで、オーケストラと共に近年ライブを行っている玉置さんのイメージに適ったアレンジなのではないかと。

ドラマのタイアップということを最初に伺ってからデモを聴いて、その中に既に玉置さんのサウンドのイメージがあったんですよね。これもその音源をブラッシュアップする形で進めました。

率直に、玉置さんってどんな方なんですか?

あの、歌に対してすごくストイックなんです。僕らに対してはとても優しいんですけど、自分に対しては厳しいというか。例えばライブ本番の日は基本的に楽屋から出ないで集中してるんです、なのでバンドのメンバーも玉置さんとは全然会えない。ステージの上でようやく会えるんですよね、僕らは(笑)。

その代わりに、ステージの上でとても積極的にコミュニケーションを取ってくれるんです。ミュージシャン同士の良い関係性だなって思います。それでライブが終わると玉置さんはホテルに戻って翌日の準備をする。それくらいストイックですね。

シンガーでありながら、指揮者やバンドマスターのような役割も兼ねていると。

このシステムの良さって、玉置さんと一緒に演奏をしている喜びがステージ上で爆発することなんですよ。本番前もほぼ会話もしていないので、「玉置さんに会えた!」っていう感情がお客さんと同じくらい引き出されるんです。

なるほど。トオミさんの仕事にとって、「歌を際立たせる」というのはとても重要な役割じゃないですか。その点、玉置さんは非常に大きな存在というか。

玉置さんはもちろんですが、玉置さんに限らず、歌が好きなんですよね、僕は。歌はいくらでもデカくていいと思ってますし、その部分では変わってないというか。僕は楽曲の中でも歌を聴かせたいっていうタイプだと思います。

良いアレンジが出来れば曲がピカピカになる

最後に、トオミさんにとって「アレンジャー」とはどのような職業ですか?

うーん……ちょっとズレちゃうかもしれないですけど、曲も詞も良くて、その上で歌も良ければ、アレンジはダメでも曲は売れると思ってるんですよ。ただ、その逆は絶対に売れないんです。

おぉ。

でも、めちゃくちゃ良いものと出会った時に、良いアレンジが出来ればピカピカになるんです。ブーストできるというか、曲が伝達するスピードを上げたり最初に聴いた時の印象を強くできる。その「良いもの」に出会うために色んな人と仕事をしている、それがアレンジャーなんじゃないかと。

結局、凄い作品を作って、凄い歌を歌う人と一緒に仕事したいんですよ。今出会ってる人とも沢山曲を作りたいし、新しい人とも出会いたい。そのモチベーションがなくなったら、もう仕事としてはつまんないだろうなと思ってて。人との作業が楽しいんですよね、だからアレンジャーをやっているんだと思います。

トオミヨウ

1980年11月14日生まれ、アレンジャー/プロデューサー/キーボーディスト。音楽プロデューサーの須藤晃は父。20代から編曲やプロデュースを行ない、槇原敬之、玉置浩二、トータス松本、ポルノグラフィティ、土岐麻子、Cocco、秦基博など数多くの作品を手掛け、特に石崎ひゅーい、あいみょん、菅田将暉の作品で知られる。

Photos:Harumi Shimizu
Words:Ikkei Kazama
Edit:Kunihiro Miki

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