甘いものは女の子のもの——そんなイメージが根強かった昭和から、誰もが気軽にスイーツを楽しむ令和へ。ケーキをめぐる風景は、ずいぶん変わりました。では、当時の歌謡曲の中で、ケーキはどのように歌われていたのでしょうか。

歌詞に添えられたひと切れの甘さを手がかりに、時代を彩った名曲たちをアーカイヴァーの鈴木啓之さんとたどります。

甘いものは女の子のもの? 令和時代から振り返る、歌謡曲のケーキ

昭和の時代、男子が公衆の面前で甘いものを食べるのは少し憚られるような傾向があった。ケーキやパフェなどは女子の専売特許みたいなイメージ。男が甘いものを好きだなんて軟弱だ、みたいな穿った見方をされていたのだ。それが今ではカフェやファミレスで誰でも気軽に甘いものに舌鼓を打ち、スイーツ男子なる言葉さえ生まれた。少し前にも、銀座の不二家レストランで集団でパフェをつつく愛らしいオジさま達をみたことがある。つくづくよい時代になったと思う。

だからこそ最近では、ケーキを題材にした曲というのも少なくないのではなかろうか。例えば2018年、米津玄師も「クランベリーとパンケーキ」という曲を歌っている。ほかにもタイトルには付いていなくとも、歌詞にスイーツが出てくる曲はたくさんある。では昔はどうだったろうか。

宮脇康之「ケーキ屋ケンちゃん」──昭和のテレビ好きな子どもたちが口ずさんだ主題歌

昭和のテレビっ子が一番に思い浮かぶのは1972年から1973年にかけて放映された『ケーキ屋ケンちゃん』の主題歌だろう。歌は主演の宮脇康之。ケンちゃんシリーズの印象があまりに強く、今では芸名を宮脇健に改名している。もともとは四方晴美が演じたチャコちゃんという女の子が主人公のシリーズに始まり、やがて弟のケンちゃんが人気を得て長く続いた子供向けのドラマだった。

1969年から1982年にかけて、TBS系列で全国放送された子供向けテレビドラマのケンちゃんシリーズ。『ケーキ屋ケンちゃん』は1972年3月から約1年間にわたって放送された。

シリーズ毎に、すし屋、おもちゃ屋など実家の商売が替わってゆく中で、ケーキ屋はシリーズ最盛期の作品だっただけに特に印象深い。主題歌は劇伴も担当した高田弘の作曲で、当時は麻丘めぐみや桜田淳子の曲のアレンジなども手がけていた。これはいわゆるヒットソングではないけれども、一定の世代にとってはおなじみのテーマソングである。

竹内まりや「不思議なピーチパイ」──新しい時代の気分を告げた、1980年のヒット曲

誰もが知るヒットソングといえば、やはり竹内まりやの「不思議なピーチパイ」だろうか。ピーチパイは食べ物そのものではなく気分を表すワードとして使われており、純粋にスイーツを歌った曲とは言い難いが、インパクトは絶大。

安井かずみと加藤和彦の作詞・作曲コンビによるポップな作品は資生堂化粧品 ’80春のキャンペーンCMソングとして巷に流れた。コピーライターの土屋耕一の発案によるキャンペーンテーマの “ピーチパイ” に糸井重里が “不思議な” を付けたタイトル。新たな時代への希望を感じさせる、1980年のヒット曲だった。

竹内まりやはこの翌年、松本隆が作詞した「イチゴの誘惑」というシングルを出している。ものすごくショートケーキを想像させるタイトルだが、ケーキとは関係なく、歌詞に登場する “Strawberry Kiss” は甘いカクテルの名前である。いちごと言えば、かなり遡ると由美かおるが1967年に「ストロベリー・キッス」という曲を歌っており、こちらはマティーニと口づけを重ね合わせた甘酸っぱい青春ソングだった。

北原佐和子「スウィート・チェリーパイ」──80年代はケーキよりパイが歌いやすかった?

1982年にデビューしたアイドル、北原佐和子のセカンドシングルが「スウィート・チェリーパイ」というこれ以上はないくらいの甘い甘いアイドルポップス。

作詞は岡田冨美子、作曲はタケカワユキヒデで、後藤次利のアレンジ。同じ布陣によるアルバムバージョンもあって、どちらも甲乙つけ難い出来映えである。こうして見ると、少なくとも80年代はケーキよりもパイの方が歌にしやすかったようだ。

パイの名店として知られるアンナミラーズの発祥は1973年のアメリカだそうだが、日本で広く展開されたのは80年代に入ってからだったと記憶する。そんなことも少なからず影響しているのかもしれない。

森山加代子「パイのパイのパイ」──大正の流行り歌と洋菓子が出会った、60年代のカバー曲

80年代よりも前にもパイが登場する歌がある。1961年に森山加代子が歌った「パイのパイのパイ」だ。エノケンこと榎本健一も歌った大正時代の俗謡「東京節」のカバーで、渡舟人が新たにつけた詞にはアップルパイも登場しており、60年代には人々に知られた洋菓子だったことが判る。

三田寛子「ひとりぽっちの卒業式」──アップルパイとミルクティーで開く、ひとりだけの謝恩会

最近ではback numberの曲のタイトルにもなっているアップルパイは代表的なスタンダードケーキのひとつである。三田寛子が1983年に出した4枚目のシングル「ひとりぽっちの卒業式」にも、アップルパイとミルクティーでひとりだけの謝恩会を催すという一節があってなんとも切ない。

宍戸留美「秘密よDIET」──ティラミスにベイクドチーズ、歌詞に並ぶ平成の流行りケーキ

平成に入った年、1989年にデビューした宍戸留美が1990年にリリースしたファーストアルバム『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・シ・シ・ド・ル・ミ』の収録曲「秘密よDIET」には、カスタードプリン、ベイクドチーズ、バナナムースなど、流行りのケーキが登場。作詞は石嶋由美子。

特筆すべきは一世を風靡したトレンドスイーツ、ティラミスの名も盛り込まれていること。一大ブームになったスイーツはもっと歌の題材に採用されても不思議でなかったが、意外なことに全然見当たらない。

ほかにもモンブランやチーズケーキなど、具体的なケーキの名があしらわれた歌謡曲はなかったかと探してみたが、平成以降の作品がほとんどのようだ。やはりスイーツが日常的な市民権を得たのはだいぶ最近のことなのだろう。

少し大袈裟に言えば、昭和のケーキはたまにお父さんが買ってきてくれたり、お客様をもてなすための特別感のある食べ物であった。そんな時代に子どもだった筆者にとって、もっともケーキを食べる機運が高まった時期は間違いなくクリスマスだったのだ。

日本のクリスマスはなぜショートケーキ?

シーズンも近づいてきたということで、クリスマスとケーキの話を少々。キリストの誕生日を祝うクリスマスに甘い菓子を食べる風習は、ドイツのシュトーレン、フランスのブッシュ・ド・ノエルなどがある。ブッシュはフランス語で木の切り株を意味する言葉。キリストの生誕を祝って何日も火を絶やさず暖炉に薪をくべて燃やし続けたことに由来するらしい。

ほかにも、日本ではあまり知られていないかもしれないがイタリアのパネトーネ、イギリスのクリスマスプディング(ドライフルーツケーキ)など、クリスマスケーキは国ごとに定番がある。ショートケーキを食すのは日本独自の文化で、老舗洋菓子メーカーの不二家が大正時代に販売を始めたのが先駆けのひとつといわれている。

頂きに乗せられたイチゴと、スポンジを覆う生クリームの赤と白のコントラストが、サンタクロースの服装からインスパイアされたであろうことは想像に難くない。そのサンタの衣装のイメージにしてもコカ・コーラ社が造り上げたものという説がある。

ともあれ、クリスマスにはイチゴが乗せられた生ショートケーキを食べたくなる。もっとも、昭和のころのクリスマスケーキは生クリームではなくバタークリームのものが定番だった。近頃ではノスタルジーとして、食べ過ぎると胸やけしてしまうようなあの味わいが逆に恋しかったりもする。

不二家『ホーム・スイート・クリスマス』──ペコちゃんとポパイとオバQが歌うクリスマスソング

不二家が1965年に作った『ホーム・スイート・クリスマス』という宣伝用の非売品フォノシートには、同社がスポンサーだった番組のポパイとオバケのQ太郎、そしてペコちゃんが歌う「ジングルベル」の替え唄が収録されている。

ポパイとオバQのパートには、デコレーションやクリスマスケーキのワードが盛り込まれて商品のPRもしっかり。作詞のクレジットはないが、おそらく代理店のプランナーか社内の人間が書いたものだろう。編曲と指揮は小林亜星。コマーシャルな賑やかさはお手のものだ。今年のクリスマスもジングルベルを聴きながらケーキを食したい。いつの世も変わらずケーキはみんなの憧れ、幸せの象徴なのである。

鈴木啓之

アーカイヴァー。テレビ番組制作会社勤務、中古レコード店経営を経て、ライター及びプロデュース業。昭和の音楽、テレビ、映画を主に、雑誌への寄稿、CDやDVDの企画・監修を手がける。著書に『東京レコード散歩』『昭和歌謡レコード大全』『王様のレコード』ほか共著多数。FMおだわら『ラジオ歌謡選抜』、MUSIC BIRD『ゴールデン歌謡アーカイヴ』、YouTube『ミュージックガーデンチャンネル』に出演中。

Words:Hiroyuki Suzuki

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