映画『タイタニック』でレオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)が船首で叫んだ歓喜の声。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』でマーク・ハミル(Mark Hamill)が呟いた静かなる決意の言葉。『1917 命をかけた伝令』の戦場を駆け抜ける、役者たちの生々しい息遣い。

多くの人が知るこれらの名シーンには共通点がある。まず「セリフの録音が困難な状況」であること。そしてもうひとつ。すべて〈SONOSAX(ソノサックス)〉というブランドの音響機材によって収録されたこと。

前出の作品だけではない。数えきれないほどの名作の収録音が、同社の機材を経由し、我々の耳に届いている。が、SONOSAXの存在を知る人はほとんどいないし、一般の家電量販店で目にすることもない。それでもハリウッドのトップ録音技師たちが “ここぞ” というシーンで使用するのはSONOSAXだ。

同社の創業は1977年。以来、現在もCEOを務めるジャック・サックス(Jacques Sax)氏が、名うての職人集団を率いてブランドを築き上げてきた。彼は一体どんな人物なのか。スイスのローザンヌにあるオフィスを訪ねると、そこは映画産業の喧騒とはかけ離れた、静かで緑豊かな場所だった。来年で創業50年を迎えるSONOSAXの歩みを、ジャック・サックス氏が語り始める。

スタートは学生時代の自作スピーカー

SONOSAXの歴史をお聞きする前に、ご自身について教えてください。音楽や音響に興味を持ち始めたのは、いつですか?

音楽に対して強く興味を持ったのは1968年だったと思います。当時の私は10代の学生で、次々と出てくる新しい音楽を、仲の良い友人たちと楽しんでいた。フランスのシャンソン・フランセーズ*は毎週のように新しいアルバムが出ていて、とにかく数が多かった。

ロックも面白い状況で、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)、ピンク・フロイド(Pink Floyd)、ディープ・パープル(Deep Purple)、ドアーズ(The Doors)、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)…すべて夢中になりました。

*シャンソン・フランセーズ:Chanson française。フランス語で歌われる「歌」や「歌曲」の総称。メロディとともに歌詞が伝えるストーリーや喜怒哀楽、人生の機微が劇的に表現されることも特徴のひとつ。

でも、欲しいアルバムを全て手に入れるほどのお金はなかった。そこで私は友人たちとカセットテープでコピーを作り始めました。その作業が、私を本格的に音楽へ没入させていった。そして同じ頃、学校でパーティーをやるためにスピーカーを作り始めました。

学生時代からスピーカーを自作していたのですか?

そう、ラウドスピーカーのユニットを用意して、箱を作って。それから学校のパーティー用に照明機材も作りはじめた。じつは15、6歳の頃にアマチュア演劇で俳優として舞台に立っていたことがあってね。でも結局、演技の方はあまり好きになれなくて、なぜか照明や演出に興味を持つようになって。そこから舞台照明の仕事が始まりました。

と言っても、照明係の代役みたいな感じでね。たまに劇場から電話がかかってくるんです。「土曜の夜に人が必要なんだ」とか。そんな中で、やがて劇場の音響も担当するようになった。

劇場の音響担当は、どんな作業をやるのですか?

効果音を作ったり編集したり。演劇用のテープを作っていました。それと同時期にNAGRA*で有名なKudelski社にも在籍して、電子工学を学んでいました。当時のNAGRAはおもにテープレコーダーを製造していて、さまざまな部品はもちろん、ネジまで社内で作っていて、しかも非常に高い精度を誇っていた。そんな環境だったので、機械工学と電子工学を学ぶには最高の学校でした。

*NAGRA:ポーランド出身の発明家ステファン・クデルスキ(Stefan Kudelski)がスイスで創業した「クデルスキ・グループ」のオーディオブランド。 のちに同グループがデジタルTVのセキュリティ事業(Nagravision)などで巨大化し、2012年にオーディオ部門が独立した。

NAGRAにはどれくらいの期間いたのですか?

73年から77年の4年間。アプランティサージュ*で在籍して、電子工学を学びながらプロレベルでコンサートの仕事も始めていました。だから学校、勉強、そしてコンサートの仕事の間で、とても忙しくしていました。

*アプランティサージュ:Apprentissage。学校での座学と企業での実務経験を並行して行い、給与を得ながら実践的な技術や資格を学ぶ、ヨーロッパで広く普及している伝統的な育成システム。

その後、すぐに独立するのですか?

実習を終えたのは1977年の夏。その頃にはもうジャズクラブや野外イベントなどで音響エンジニアとしての仕事をいくつも持っていたので、同年の11月1日に会社を興しました。次に私がやったのは、オーディオ機材を修理するための道具を揃えることです。つまり最初の頃はおもに音響機材の修理や調整をやっていた。そこから始まったのです。

有名監督とハリウッドの反応

「SONOSAX」という名前で自社製品を作り始めたのはいつ頃ですか?

1980年です。最初はクラブ用のミキサーを作りました。その翌年には、さらに本格的な大型のプロ用ミキサーを作り始めた。その試作をアメリカのオーディオ・エンジニアリング協会が主催する展示会に出品したんです。

1980年に発売されたSX-B 。SONOSAXブランド初のミキシングコンソールとして、ナイトクラブやスタジオ向けに発売された

来場者の反応はどうでしたか?

多くの質問を受けました。その内容はおもに「バッテリーで動くのか」と「もう少し小さくできないか」というもの。みんなが同じことを聞いてきたんです。それで、何を改良すべきかが見えてきた。さらに、プロたちはポータブル機材に何を求めているのかを調べ始めました。そうして完成したのが、SX-S6という6チャンネルのミキシングコンソールです。

市場はすぐに反応しました。ディズニーやルーカスフィルムから電話があって「使ってみたい」と。そこからあっという間に広がってバーバンク・スタジオ*や映画監督たちからも連絡があった。

*バーバンク・スタジオ:The Burbank Studios。米カリフォルニア州バーバンクにある映像制作スタジオおよびメディア地区の名称。現在はワーナー・ブラザースやNBCなどの巨大スタジオが集まる、ハリウッド映画・テレビ産業の中心地の一つ。

音響エンジニアたちも反応したのでは?

もちろんです。その中にはエドワード・タイズ(Edward Tise)のような独立系の音響エンジニアもいました。彼は当時、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)の『フルメタル・ジャケット』を手掛けていて、そこでSX-Sを使いたいから実物を確認したい、と。そのためにイギリスからわざわざ私に会いに来たんです。

『フルメタル・ジャケット』は(作品の舞台はアメリカとベトナムだが)イギリスで撮影していて、実際に私自身も撮影現場へ行きました。すごく印象的だったのは、その人数です。ケータリングを含めても30人に満たない、とても小さなグループでした。

キューブリックは次の作品『アイズ・ワイド・シャット』でもSONOSAX製品を使ってくれた。残念ながら、それが彼の最後の作品となってしまった。

映画の撮影現場にはよく行くのですか?

私が撮影現場を訪ねることは稀です。そんな数少ない訪問先の一つが、先ほどの『フルメタル・ジャケット』ですが、ハリウッドへ行くこともありました。その時の撮影現場は200人くらいいたので、キューブリックの現場の少人数に驚いたのです。あと、ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)の撮影現場も驚くほど小規模だった。あの有名なジェラール・ドパルデュー(Gérard Depardieu)と女優が一人、スタッフを入れても5人。

SONOSAX社内で使用されているオーディオテクニカのヘッドホン『ATH-R70x』。多様なサウンドチェックに重宝するプロユースの人気モデルだ。

ゴダールはSONOSAXをたくさん使ってくれました。85年から最後の作品までずっと。彼は4年ほど前に亡くなりましたが、撮影現場でも自宅のポストプロダクションでも、ずっと使ってくれていた。

彼の作品で録音技師として活躍したフランソワ・ミュジー(François Musy)も私の親友の一人でした。彼はSONOSAXでセザール賞(フランスの映画賞)の音響部門を2度受賞しています。彼は生涯ずっとSONOSAXを使い続けてくれました。

ジャン=リュックやフランソワ・ミュジーとはよく会っていた?

彼らの拠点は、ここから近い25キロほどの場所にありました。ジャン=リュックもフランソワも同じ建物にいて、私はそこを何度も訪れました。ジャン=リュックはとても静かに話す人で、あまり多くを語りません。でも彼の言葉はとても明確で力がある。一言かけてくる、それだけで心を動かされるんです。

運びやすく頑丈で美しい道具

SONOSAXの製品開発において、あなたが最も大切にしていることは何ですか?

一番の理念は品質です。とにかく「頑丈な道具」である、という信頼性を保持しなければなりません。ただのミキサーではない、持ち運びやすく、湿度や温度の変化にも耐え、最高のオーディオ性能を発揮する。あらゆる面において最高のものを目指しています。

性能だけでなく機構についても同じで、ネジ一つでも徹底的に追求する。表面処理の完璧さのチェックに何時間もかけることだってあります。

本社オフィスは工房も兼ねており、基板などの電子部品の製作はもちろん、旋盤などの工作機械で筐体の試作をおこなうことも可能。アイデアをすぐに具現化できる環境である。

道具としての “美しさ” も感じますよ。

そう、デザインも僕の仕事の一部です。見栄えが良いものを作りたい。いつもそう心がけています。最初のミキサーが成功した理由の一つもそこにあると思います。人々がそれを見て、新しさと普遍性を感じたから。無駄な装飾は一切ありません。デザイン的に、時代の流行とは無関係なのです。

確かに、タイムレスな存在感がありますね。

そうそう、日本の無印良品みたいな感じです。あれもある種のデザインですよね。

なかでも特に「堅牢性と機動性の高さ」を重視する理由は?

たとえば映画撮影の現場だと、とにかく素早く移動しなければならない。ここで何か撮って、そのあとすぐに階下のカフェでまた何か撮る、となったら機材には軽快さが求められる。バッテリー駆動であることも大事です。電源がない場所もありますから。

そういった業界の希求に応えたことで、昨今ではドキュメンタリー映画での使用も非常に増えています。

2006年に発売された超小型のマルチトラック・オーディオレコーダー、MINIR82。縦横わずか8×12センチ。プロの映画撮影や音響収録で求められる高品位の音質で録音できる。

おもな市場はアメリカですか? 

そうですね。最初の市場はアメリカで、二番目はフランスでした。

日本との繋がりはありますか?

もちろん。私が初めて日本を訪れたのは1989年で、その時のことを今でもよく覚えている。昭和天皇が崩御した、その日でした。以来、何度も日本へ行っています。

最初の来日はどんな目的で?

エレクトロボイス(アメリカの音響機器メーカー)の日本法人に用があって。このとき、日本のいろいろな企業の方々とも会いました。東芝、東宝、NHK、フジテレビ、TBS…。これらの会社は全部お客さんでした。

オフィス内には歴代の名機たちが常置される。ブランドの歩みを振り返るだけでなく、新たなアイデアの源泉になることも。

SONOSAXを使った日本映画を知っていますか?

作品名はわからないけれど、いろんな現場で使用してもらっているはずです。ちなみに日本人の映画録音技師で、白取貢*さんという人を知っています。彼はたくさんの作品を手がけていて、うちの製品も使ってくれていると思います。

*白取 貢(しらとり みつぐ):映画録音技師。『ホテル・ハイビスカス』(2002)、『パッチギ!』(2004)、『フラガール』(2006)、『悪人』(2010年)など多くの作品で録音を手がける。近年では『国宝』(2025年)で音響も務めた。

卓越したアナログ技術の未来

SONOSAXは映画だけでなく音楽の制作現場でも絶大な信頼があります。たとえば、1991年にスイスのモントルー・ジャズフェスティバルで録音された、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)&クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)『Live At Montreux 2003』は有名です。

あれはステージ上に48本のマイクを設置して、SONYのデジタルレコーダーで収録しました。

その際に大活躍したのがSONOSAXのFD-M4(分配システムを備えたマイク/ラインアンプ)。当時、登場したばかりのデジタルレコーダーの弱点を見事に補っていました。デジタルコンソールが主流の現代においても、往年のSONOSAXのアナログミキサーを使い続ける “音の巨匠” たちが大勢いますね。

近年のSONOSAXのデジタルレコーダーにおいても、その音質の良さの秘密は「音の入り口」に配置されたアナログ回路(マイクプリアンプ)にある、という話も聞いたことがあります。

そもそも人間はアナログです。声も、演奏も、すべて。しかもアナログは単純ではない。とんでもなく複雑なシステムです。だって地球上に80億人もいて、誰かがあなたに電話をかけてきて、あなたはその人だと認識できる。これほど複雑なことはありません。この連鎖全体が「アナログそのもの」なのです。

ただし、それを保存する段階ではデジタルの方が優れています。ご存知の通り、かつて音響の世界はすべてアナログで制作されていて、本当に素晴らしい音質だった。今はあらゆる録音の分野がデジタル化していて、僕にとっては、今のデジタルサウンドの方向性はやりすぎだと感じることもありますが、この状況に対応しなければなりません。

そこで僕が考えたアイデアは、アナログで入力してその後にデジタル処理をするというもの。これがいま私たちのレコーダーでやっていることです。

SONOSAXの未来について、今どんなことを考えていますか?

将来について一つ言うと、私はもう引退してもおかしくない歳です。でも、やはりこの仕事が好きなんです。

ちなみに今こんなスピーカーを作っていますよ。コンパクトでありながら、低域も含めてフルスペクトラムのものを、というアプローチです。これはスタジオ用としても家庭用としても魅力的な製品。そんな、コンパクトでトップクオリティなものを、これからもお客様に届けていきたいです。

Words:Junichi Harada
Edit:Shinya kusumoto
Photos:SUZU

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